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第14章『任され場面の克服者』

 迫る力に浮かぶのは恐怖。

 されど、あの日の決意を胸に、前へと進むーー

『逃げてばかりじゃいられないんだ』

 それは人の形をした嵐だった。

 身の丈三メートル以上もある巨体が強化された膂力に任せて手足を振り回す様は、まさに嵐と評しても過言ではなかった。


 巨木のような腕を掻い潜り、地を這う大蛇が如き蹴りを飛び越える。

 猛攻は止めどなく繰り返されるが、それらがこちらを捉えることはなかった。


 ――とらさんとの訓練のおかげだ!


 ノース・ダストまでの道すがら、とらに教授して貰っていたのは、主に生き延びるための術――防御や回避を主体としたものだ。

 ワンダーラビット、それも〈再生〉の特殊能力を持つ自分には不要なのではという疑問があったが、


『あぁん? そんなもん――死なねぇってだけで、無力化されて捕まったら元も子もねぇだろ』


 だからまずはそのことを重点的に叩き込めと、とらに言い聞かされて励んできたお陰で、こうして相手の攻撃を受けることなく済んでいる。


 ――でも……


 心に巣食う恐怖心が顔を覗かせようとするのを必死で抑え込む。


 TOIKIに比べれば、目の前の相手は明らかに小さい。

 だけど、自分より大きな存在がこちらに対して敵意を持って向かってくる様子には恐怖を抱いてしまう。

 禿頭で彫りが深い相貌に威圧感を覚えていたが、敵意を剥き出しにして睨み付けて、襲い掛かってくる様に肝が冷える。


 道中、魔物を相手にすることもあったが、小型であっても足がすくみ、何度もとらに助けられて、無力感を味わってきた。

 どうにか戦いの中でも身体が硬直するようなことは無くなったが、それでも怖いものは怖い。


 とらから教えられたことを身につけ、出来ることが増えても、恐怖はこちらに付き纏ってくる。


 ふと、思い出す言葉があった。


『どんなに強くなろうと、恐怖というものはなくなってはくれなかった』

『それどころか増えていくばかりさ』


 かぷこーんが言っていた言葉の意味が、朧げながらも理解出来そうだった。

 強くなり、出来ることが増えてくると、それまで以上に多くのことが見えるようになってくる。


 自分の力が及ばなければ、どうしよう。

 相手に負かされてしまえば、守るべきものも守れない。


 そんな不安が絶え間なく心を蝕み、膝を折ろうとしてくるのだ。


 ――かぷこーんさんやとらさんは、こんな不安を抱えながら戦っているのか……


 それはどんなに辛く、苦しいことだろうか。

 今の自分では、想像しただけでもその恐怖に飲み込まれてしまいそうだ。

 だが、


 ――思い出せ!


 彼はこうも言っていた。


『大丈夫さ――その時にはきっと、その恐怖に打ち克てるる心の強さも手に入れているはずだから』


 あれからまだ二週間程しか経っていないのだから、その強さを手に入れているとは到底思うことは出来ない。だが、強くありたいと願う気持ちに偽りはない。

 今はまだ遠く離れていても、いつかは横に並び立てれるように――そして、目標としている一人からは、この場を任されたのである。だから――


「逃げてばかりじゃ――いられないんだ!」


 想いが自然と言葉として発せられていた。


 相手の巨腕が振りかぶられ、風を切って迫ってくる。

 眼前にまで迫った拳を膝を落とすことで紙一重で回避。風圧で体勢を崩しそうになるのを堪え、直後に地を蹴り相手の腕を遮蔽物代わりにして懐へと潜り込む。

 自らの腕でこちらを視界から消してしまった相手がバックステップで距離を置こうとしてくるが、相手が体勢を整える前に、更に一歩を踏み込む。巨漢との間合いが詰まりきったところで屈み、姿勢を低くした反動を利用し、


「これで、どうだぁ!」


 バネのように両脚を弾いて飛び上がり、勢いを乗せた右拳で相手の顎を打ち抜く。


 ――い、ったぁ!!


 顎の骨を打った拳が悲鳴を上げる。

 傷付けられる側ではなく、傷付ける側の痛みに苦悶の声を漏らしそうになるが、そんな余裕はなさそうだった。


 こちらの攻撃がクリーンヒットしたにも関わらず、男は少し仰け反るだけですぐに上半身を起こしてくる。

 その瞳には一撃を加えられた怒りが灯っているように見え、こちらを萎縮させようとしてくる。


「もう――一発!!!」


 相手の膝上を蹴り、上半身を後方へと逸らす。

 腕を振り、腰を捻ることで空中という不安定な状況で身体を錐もみ回転させる。


 相手が目を見開き、驚きの表情を浮かべている。

 咄嗟に腕を持ち上げて防御体勢に入ろうとしたが、こちらの方が一瞬早かった。


 回転の遠心力を加えた脚が、側面から相手の顎を蹴り飛ばす。

 先の縦揺れに加えて、脳を横方面に揺さぶったことで相手の目が焦点を失い、虚な眼差しを中空へと向けていた。


 どんなに巨大な相手であっても、生物ーーそれも人に即した種族であるならば脳を急激に揺らせば、脳震盪を起こす。

 咄嗟に考えて動いた結果だが、どうにか結果は身を結びーー


「ーーーーーー……」


 遂には、眼前の巨体が地に伏していくのを見て、全身から汗が噴き出すのを感じた。


「や、やった……」


 初の対人戦闘、それも自分の倍以上ある巨躯に勝利出来たことに、声を出すことで徐々に実感が湧いて来る。


 乱れた呼吸を落ち着かせるようにしながら、握り締めた拳を眺める。

 戦うことの痛みを改めて知り、それに対する怖さも感じるが、


 ーー乗り越えて、行こう……


 決意を新たにしていると、近付いてくる足跡に気付く。


「よぉ、お疲れさん」

「お見事でしたわ」


 とらとバニラが労いの言葉を掛けてくる。

 二人も無事に相手を退けることが出来たようで胸を撫でおろす。


「しっかし……まさかアイツを倒しちまうとはな」

「え?」


 とらの発言に間の抜けた声が漏れてしまう。


「時間さえ稼いでくれりゃあ、こっちでどうにかするつもりだったがーーやるじゃねぇか」


 そう言って頭を乱雑に撫でてくるのを、抵抗する気も起きずに受け入れる。


 ーーえぇ……


『すのぴ! お前はそっちのデガブツを頼む!』


 確か、彼はそう言っていたのだ。

 あの状況で頼むと言われたのだから、自分があの巨人族をどうにかしなければと思うのは、自然ではなかろうか。


「……とらさん」

「なんだ?」


 彼の横にいるバニラも視線を細めて、とらを睨んでいるので、こちらと同じような感想を抱いているのだろう。

 自分だけではないことに安心を覚え、そして言わなくてはならないことをはっきりと伝えるために、


「言葉が足りないよぉーーーー!!!!」


 周囲のどよめきを掻き消す勢いで、自身が放った叫びが反響していく。


 勘違いしたことから手にした勝利を祝福するかのように、僅かに差し込み始めた朝日がこちらを照らしていた。

 お読みくださりありがとうございます! 


 恐怖を克服して立ち向かう勇気を手にしたすのぴや言葉足らずが過ぎるとらの事を少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!

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