幕間Ⅰ『ある吟遊詩人の独白〜かくして物語の幕が上がる〜』◆
流れる風に身を任せ。
その者は何を感じるのか——
『ようやくだね』
街道を進む馬車の上で、僕はぼんやりと空を眺めていた。
相変わらず、世界樹の枝葉が空を遮ってしまっていたので、”空を”と言うと語弊があるけど。
太陽光を浴びた世界樹が、時刻に見合った光量を放っていた。
日中の燦々としたものから、穏やかな包み込むような朱へと変化していく。
東領では水平線に隠れようとする太陽を拝むことは出来ない。
その代わり、光量の移ろいが日没までの時間を知らせてくれる。
乾いた風が外套を揺らす。
夜の匂いが鼻腔をくすぐる。
その時だった。
ふわりと、風に紛れるようにして朧げな光が僕の肩口に集まった。
定まった形を持たないそれは、小さく震えるようにして何かを伝えてくる。
——なるほど。
僕は思わず微笑んだ。
ついに来たのか。
錆び付いていた運命の歯車が、ようやく回り始めたらしい。
「……どうかしたのかい?」
御者が振り返り、不思議そうに首を傾げる。
どうやら、自分でも気付かない内に口元を綻ばせてしまっていたようだ。
「いや、何でもないさ」
僕は肩をすくめた。
「ただ少し、嬉しい知らせを聞いたんでね」
視線の先には、どこまでも続く街道。
そしてその先で——
彼の物語が、始まろうとしていた。
◆
その気配を感じた瞬間、僕は確信した。
そして歓喜したとも。
仮初めの安寧の中で停滞していた運命が、終局を目前にしてようやく動き出したのだ。
過酷な宿命を背負った彼の足跡を見守るべく、僕も久方振りにヒトの世に干渉するとしよう。
おそらく、桃毛の彼が歩む道には過酷な運命が待ち受けているだろう。
宿業、そして世界の命運を背負うには、今の彼ではあまりにも脆弱である。
だが、その旅路の果てに幸福に満ちた結末があると願うばかりだ。
勿論、現実は物語のようにヒトに優しくない。
しかし、数奇な運命が絡み合い、きっと彼をそこへと導いてくれると信じている。
いや、正確には信じたい、が正しいかな?
桃毛の彼は清廉な騎士の挺身により、一つ目の苦難を潜り抜けた。
そのことで彼の心は悲しみに染まるだろうが、不器用な戦士が、そして新たに出会う縁が彼を癒し、手を引いてくれるだろう。
さぁ、彼の旅路はまだ始まったばかりだ。
これから長い付き合いになるだろうが、どうかその道行をご照覧あれ——
お読みくださりありがとうございます!
ひとまずプロローグはこれにて終了でございます。
まだまだ先は長いですが、これからもお付き合いいただけましたら幸いでございます。




