プロローグⅩⅡ『奇跡の代償』◆
奇跡は願いを結ぶ。
見合った代償を糧に——
『差し出せ』
握り締めた奇跡の象徴が、放つ輝きを増していく。
《——対象を捕捉。適正術式の構築を開始します》
目が眩む程の光に、しかし力を向けるべき相手を見失わないよう、目を凝らす。
やがて、放つ力を構築し終えたことを告げる言葉が手元より放たれる。
《——術式の構築を完了。発動権限を所有者かぷこーんに移譲します》
どういう原理かは分からないが、マジカルソフトが伝達してきたであろう力の名を高らかに告げる。
「物質消滅魔法<ミドガルズの大蛇>——発動!!」
言葉と共に膨大なマナがTOIKI目掛けて放たれる。
うねりを帯びた力の奔流が対象を呑みこまんと襲い掛かる。
TOIKIの表情に恐怖のようなものが浮かぶのが見えた。さしもの怪物も迫り来る力の本質を理解し、己の終焉を予期したのだろう。
——これで、終わる!
大蛇の顎が開かれ、破壊をもたらす光と共に禍禍しい巨躯を呑み込んでいく。
そして——
「——駄目だよ!!」
「なっ!?」
すのぴの悲鳴じみた叫びが鼓膜を震わせた直後、全身を襲う衝撃が走り、遥か後方へと吹き飛ばされる。
◆
端から見ていたからこそ、何が起きたのかを理解出来た。
正確には、どういった原理が働いてそうなったのかは分からないが、事象としての結果だけは認識出来ていた。
かぷこーんが持つマジカルソフトと称される願望器から放たれた膨大なマナが破滅の力を齎し、TOIKIを呑み込もうとした直後に霧が強風で吹き飛ばされるかの如くに掻き消え、
——無防備なところにカウンター!
姿を変貌させてからは一切繰り出してこなかった伸縮自在な舌による攻撃を、完全な不意打ちのタイミングで叩き込まれたのだ。
完全に意識外からの一撃だった。
防ぐことも叶わず、彼は吹き飛ばされた。
その安否が気掛かりだったが——
「……?」
TOIKIの異変に眉を顰める。
全身の青黒い紋様がその密度を増しており、底知れぬ禍々しさを周囲に振りまいていた。それに加えて、
——微動だにしてねぇ……?
まるでTOIKIの時間だけが止まってしまったかのように、些細な動きすら見てとれなかった。
「これ、チャンスじゃねぇか?」
無防備を晒し続けている相手に卑怯ではないかと、内心の良心が顔を出そうとするが、TOIKIを相手にそんな生易しいことは言っていられない。
期せずして訪れた千載一遇の好機に呆気にとられるが、致命の一撃を叩き込むためにマナを振り絞っていく。
「だ、め……逃げて……」
だが、か細いその声を聞いた瞬間に、無意識のうちにTOIKIとの距離を取っていた。
どうしてすのぴがそう告げたのかは分からないが、先程かぷこーんを止めようとしたこともあり、その言葉に耳を傾けるべきと本能が叫んだ結果であった。
当の本人も、何故そう言ったのか分かっていない様子だった。
——無くした記憶が、そうさせたのか……?
原因は不明だったが、その忠告が正しかったことをすぐに理解した。
「おいおい……」
身動き一つしなくなったTOIKIだったが、青黒い紋様で不気味に蠢き体表の隅々まで覆われたかと思うと、身体の至る所が隆起していき、その姿形を瞬く間に変えていった。
——まだ変貌するってか!?
嫌な予感が止める猶予もなく、現実へと侵蝕してくる。禍々しさを越えた悍ましさに、背筋が寒くなるのを感じる。
「とらさん!!」
すのぴの悲痛な叫びに弾かれて、身を翻して駆け出す。
◆
「——カハッ!」
全身を駆け巡った衝撃がもたらした麻痺から回復してきたところで、嘔吐くように血が喉元を逆流していく。
——内臓を、やられたか……
視線を胸元に落とすと、白銀の騎士甲冑が無惨に砕かれているのを捉える。
これがなければ、今の一撃で絶命していたかもしれないと思うとゾッとする。
痛みに喘ぎ、軋む身体に力を込めてどうにか上体を起こす。
随分と後方まで弾き飛ばされようだったが、あまりにも周囲が静けさに包まれていることに違和を覚える。
そう長く意識を失っていたとは思えないが、その僅かの時間に事態が最悪を迎えたのではないかと、不安が過ぎる。
——状況は……
視線を巡らせると遥か遠方にTOIKIの巨体が見え、こちらへと近付いてくる影を見付けた。
とらとすのぴが無事なようなのでひとまずの安心を得るが、依然として状況が見えなかった。
とらたちの後方にあるTOIKIの輪郭が動く素振りを見せていないことに不可解に感じるが、
「何が……起きたか、分かるかい……?」
言葉を発するのも苦痛だったが、握りしめたそれへと声を掛ける。
《——状況、精査……中》
どこか弱々しさを感じさせる声量に心配が顔を覗かせるが、結果がすぐに出て、その内容に意識を傾ける。
《——術式の、中断を確認……上位……による、アクセス……確認》
言葉は途切れ途切れであったが、おおよその状況は掴めた。
TOIKIを仕留めるために放った術式はその効果を発揮する前に中断されたということらしい。
何故それが起きたのかは不明であり、TOIKIを倒せなかったという事実だけが重くのしかかる。
——次の手を……
だが、失意に暮れている場合ではない。
どういうわけかTOIKIは動きを見せていない。
ならば、今は撤退し体勢を整えるべき——もしくは深淵領域外へと逃げるべきかと考えるが、
《対象の……状況、確認……完了。およそ、三百秒後……に、活動再開……と予測》
直ぐさま甘い考えは打ち砕かれた。
——逃げることも、難しいか……
ともすれば、このままでは悲惨な結末が待ち構えている。状況を打開するための策を絞り出そうと、失血により遠のきそうになる意識を駆け巡らせる。
まず自分の怪我が良くない。
治癒魔法でも回復に時間を要するダメージを負ったままでは足手纏いだ。
ならば、自分を囮にせめてあの二人を逃がすべきか。
否、すのぴの回収を第一義としているTOIKIに対して、今の自分では気を引くことさえままならないだろう。
では、
《所有者、かぷこーんの……思考を、トレース。状況を、打開する策……を、具申》
今にも消え去りそうな声が告げる内容は酷なものだった。
三人が生き延びる可能性は——
皆無に等しい。
誰かが犠牲になるか、最悪全滅を示唆するものだった。
だが、最後に伝えられた案は少なくとも自分にとっては採用するに足る内容だった。
——彼らには怒られてしまうかも、しれないな……それに……
帰りを待ってくれている仲間を思うと心苦しくもあるが、騎士として誰かを犠牲にしてまで生き延びる気はなかった。
だから、
「やってくれ」
《要請を、受諾……術式、展開》
全身が暖かい光に包まれて、身体の輪郭が溶けゆくのを感じる。
人族としての、かぷこーんの生涯に——幕が下りた。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




