プロローグⅩⅠ『覚悟の衝突』◆
退くことは叶わず。
逃げることも許されない。
だからこそ——
『覚悟を決めろ』
姿の変貌からある程度の予測を立ててはいたが、それ以上にTOIKIの戦い方は数日前とは大きく異なっていた。
変化した故に使用出来なくなったのかは分からないが、今の所、伸縮自在な舌による攻撃は繰り出されてこない。
巨大な翼が唸る。
突風が巻き起こり、身体が大きく揺さぶられる。
続けざまに——紅蓮の吐息。毒霧のブレス。
破壊が荒野を塗り潰していく。
だが、それだけでは終わらない。
「チッ! 鬱陶しいったらないぜ!」
とらが悪態をつくのを見て、こちらも内心で同意する。
広範囲のブレスで視界を覆われたかと思うと、直後に硬質な鱗が矢のように飛んでくる。
以前の戦い方は直線的で読みやすかった。
だが今は違う。
まるで獲物を追い詰める“狩り”だった。
——どうにか直撃は免れているけど……
自身もそうだが、とらの方もダメージを負いつつある。
二人掛かりでどうにか拮抗出来ていたが、傷によって動きに精彩を欠くようになるのも時間の問題である。
そうなると、自分達が辿る運命は破滅でしかない。
「——っ!」
視線をすのぴの表情へと向ける。
青ざめてはいるが、悲鳴を上げることなく口を硬く引き結んでいた。
恐怖を抑え込もうとしているのが見て分かる。
もう駄目だと悲嘆に暮れるのではなく、劣勢にあってもまだ自分達を信じてくれている。
ならば、
「とらさん!!」
もうこれ以上出し惜しみしている場合ではない。
アレを見られたとしても、きっとこの二人なら——
「どうにかTOIKIの動きを止めてください!」
「はぁ!?」
無茶を言うなと、とらから言外に返される。
だが、どうにかして隙を作る必要があった。
人目に晒すことは避けるべきだが、状況を打開するためにも二の足を踏んではいられない。
なので、
「あ、とらさんには無理でしたか?」
わざとらしく肩を竦めてみせる。
◆
あまりにも安い挑発だった。
およそ騎士を名乗る身分の人間がする言動ではなかった。
だが、その奥にある意図は見え透いている。
——少しでも足止め出来りゃ、状況を打開出来るってか!?
ならば、先の挑発は効果的だったと言えるだろう。
出会って僅か数日の付き合いだが、既にこちらの性格を捉えられていることにむず痒さを覚える。
だが、あんな煽られ方をされると、
「出来ねぇなんて——言ってねぇだろが!!」
全身に力を漲らせ、TOIKIの挙動に意識を集中させる。
口内に炎が灯るのを見て、重心を低くし、前傾姿勢をとる。
「ーーーーーーーー!!」
耳を裂くような咆哮と共に紅蓮の吐息が吐き出される。
「とらさん!?」
背負ったすのぴが堪らず悲鳴を上げるが、気にせず行動に移す。
鞘に意識を乗せると、その姿が変化してすのぴの露わになっていた頭部をも包み込んでいく。
そして、こちらは咆哮に向かうように全身を前へと弾く。
押し寄せる炎に皮膚が焼けつく。
熱が全身を包み込もうとする直前、更に姿勢を低くし、地面で身が擦れるギリギリを駆け抜ける。
かくして、TOIKIの懐に潜り込むことに成功し、しかし、
「——ッ!」
こちらの動きを見透かしていたかのように、TOIKIの口腔が視界を埋め尽くしていた。
今まで何度も体験してきた光景に、世界が覆われていく。
◆
眼前でとらとすのぴが丸呑みされたのを見て、己の言動の軽率さを呪った。
——いや、まだだ!
このまま何もせずにいれば、本当に取り返しが付かないことになる。
奥の手を起動させるために掲げていたソレから刀身へとマナの伝達を切り替えていく。
すると、
「ーーーーーーーー!!?」
恍惚の表情を浮かべているよう見えたTOIKIが、突然全身を震わせる。
もがき苦しみ、その果てに、
「ぶはっ!!」
とらとすのぴが呑み込まれた瞬間と変わらぬ姿のまま、吐き出される。
——いや、全身涎塗れですが……
突然の出来事に思考が横に逸れてしまうが、すぐさま雑念を振り払う。
己が役割を果たすために中断していた準備を再開する。
「起動せよ——万象を織り成す願望器よ!!」
◆
「くそったれがっ!!」
覚悟していて飛び込んだものの、やはり丸呑みされる経験は一向に慣れることはなかった。
全身に纏わりつく粘液を振り払うように起き上がり、苦しみもがく巨体を睨みつける。
「いい加減てめぇもこりねぇな!」
どういうわけか自分はTOIKIに呑み込まれることがないらしい。
それどころか、体内に入り込むと先程のような拒絶反応と共に吐き出されるのである。
自分の何がそうさせているのかは不明だが、この特性故にギルドでは自分こそがTOIKIを討つ存在だと噂されている。
学習してもいいものの、と思わないでもないが、所詮は怪物の類である。
知性はあっても理性はない、ということなのだろうか。
——それか記憶力がない、ってか!
考察が頭を過るが、そんなものは後でゆっくりやれば良い。
未だ拒絶反応が治っていないTOIKIを睨みつけ、ここぞとばかりの大技を繰り出す。
大剣を地に突き刺し、ありったけのマナを注ぎ込む。
それは、臥龍と呼ばれる大いなる存在を模したもの。
翼をもがれ地に堕ちた龍。
されど、その威光は失われず——
「臥龍堅殻——」
大地が唸る。
雄々しきその姿を鎧う、堅固な外殻が悪きものを貫き穿つ。
「——破穿甲刃!!」
馬上槍を彷彿とさせる岩石群が無数に隆起し、TOIKIを串刺し磔にしていく。
「ーーーーーーーー!!!!」
技を放ったこちらでも把握しきれないほどの地殻が隆起する。
複数方向からTOIKIの身体を貫いていた。
鼓膜を突き破られそうになる程の悲鳴が大気を震わせる。
TOIKIの怒りに満ちた視線が突き刺さる。
身を捩らせて拘束を外そうとしているが、容易に抜け出せるものではない。
——それでも回復力にものを言わせて、抜け出すのも時間の問題か……!
「かぷこーん!!」
苦痛に喘ぐ悲鳴と噴き出す血の雨を浴びながら、かぷこーんへと振り返る。
そこでは、眩い光を放つ何かを掲げた騎士がこちらを見据えていた。
「とらさん、貴方に感謝を——」
今すぐ退避を、と促してくるかぷこーんが掲げていた何かをこちらの背後、TOIKIへと差し向ける。
「万象を織り成す願望器よ、我が望みを聞き届けよ」
《——■■■・末端機構マジカルソフト、所有者かぷこーんの要請により、保有する権能を解放します》
聞き慣れない声のようなものが、響き渡る。
——おいおい、マジか!?
願望器、という単語を聞いた瞬間に自分の中で散らばっていたピースが綺麗に当て嵌まる感覚に総毛立つ。
それは数多の物語で伝えられたあらゆる願いが叶うとされる奇跡の象徴。
民間伝承やおとぎ話で語られるそれは、誰も見たことのない空想の産物とされていた。
だが、
——あれがそうだってのか!?
何故それがソフトクリームを模した形なのか。
どこでそれを手に入れたのか。
疑問が頭を駆け巡る。
だが、眼前の光景に目を奪われ、思考が霧散していく。
そして遂に、かぷこーんの手元より光の奔流がTOIKI目掛けて放たれる。
その瞬間。
光より先に、背筋が凍った。
いつの間にか鞘が解けて顔を出していたのか、不意に背後から響いた声に意識が輪郭を露わにした。
「——駄目だよ!!」
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




