第95章『見守るもの』
時にそれは冷たく刺さるもの。
されど、その眼差しはその背を見詰め——
『信じてる』
「すのぴさん!?」
轟音と共に建物自体が揺れたような感覚を受ける中、ハラミの悲壮な叫びが反響する。
ルークが振り下ろした拳により、修練場内に敷き詰められていた土が噴き上がり、視界を遮っていく。
バニラは巻き上がる土煙を払い除け、視線を凝らす。
ルークが放った言葉に気を取られていたせいで、彼の初動が全く分からなかった。
すのぴも呆然としたところに強襲を受けた形だったが、
——ギリギリのところで避けていました、わよね!?
見間違いでなければ、身を捩っていたように見えた気がする。
そうでなければ、土煙の中では悲惨な光景が広がっていることになる。
嫌な予感が頭を掠めるが、すぐにそれは否定される。
土煙の中から飛び退くようにして現れる影が一つ。
その姿がすのぴのものだと分かった瞬間に安堵の息が漏れ出すが、状況は予断が許されないままだった。
すのぴが後退した距離をルークは瞬時に詰め、豪腕による乱打を浴びせかけようとしていた。
それに対して、回避に徹したすのぴがルークの猛攻を紙一重で避け続けている。
「どうした! 逃げてばかりじゃ話にならんぞ!?」
猛る咆哮が空間を震わせる。
そして、挑発的なルークの言葉に、すのぴの表情が歪むのを捉える。
困惑するすのぴへ畳み掛けるように攻撃の手を緩めないルーク。
あまりにも一方的な状況に、止めるべきだろうかとバニラは逡巡する。
視線を周囲に向けると、ぽーはいつでも魔法が発動出来るよう、既に準備を整えていた。
その横でレインは微笑を保ち、目の前の立ち合いを目に焼き付けているようだったが、その手にはいつの間にか双剣が握られていた。
——いざとなったら介入する気ですわね……
ならばと、バニラは意識をすのぴから外し、問うべき相手に向き直る。
湧き上がった疑問をぶつけるべく、言葉を放つ。
「とらさん」
聴覚に届く音はとても静かに感じられた。
だが、その語気は、バニラ自身も驚く程に怒気を孕んでいた。
「貴方、最初からこうするつもりでしたの?」
詰問の矛先を向けられたとらが、しかし動じることなくバニラの鋭い視線を受け止めてくる。
物怖じしないとらの様子に、逆にバニラが飲まれそうになっていると、とらが溜め息混じりに続ける。
「……別に、爺さんにすのぴを保護してもらうよう進言しちゃいねぇよ。だがな——」
とらの視線がバニラの横に流れていく。
すのぴを見守る三人の背中に、とらが言葉を投げ掛けていく。
「お前等も考えなかったわけじゃないだろ?」
「それは……」
問い掛けに、背後でハラミが更に戸惑いの気配を強くしていたが、あとの二人は落ち着きを保っていた。
バニラにもとらの言いたいことは、分かっていた。
——このまますのぴさんを同行させて良いのか、ですわよね……
とらの言う通り、バニラもそのことを全く考えなかったわけではない。
TOIKIに狙われていることやワンダーラビットの存在が明るみになってしまった際の危険性。
それだけではない。
青黒い紋様とそれに伴う暴走状態など、すのぴが抱える問題は沢山ある。
それらのリスクを思えば、信用に足る場所で保護してもらうのが得策なのは間違いない。
だが、それは——
——すのぴさんの決意を……
自身を狙う存在に脅え続けたくない。
誰かを守れるように強くなりたい。
そして、自分の代わりとなったかぷこーんを——
——そのために、ここまで歩み続けてきましたのに……
すのぴの意志を蔑ろにして保護してしまうのは、すのぴの尊厳を踏みにじることに他ならない。
だが、保護を目的とするのならば、目の前の立ち合いに違和感を覚える。
有無を言わさずとなれば、それこそ不意をついて取り押さえることも出来ただろう。
「……そう言うことですのね」
「ど、どういうことですか?」
状況を整理していく中で、ようやくバニラの中で納得のいく理由が浮かび上がってくる。
未だ状況に困惑していたハラミが振り返ってくるが、バニラは毅然とした声音で答える。
「ギルドマスターはすのぴさんにチャンスを与えていますの」
そうでしょう、ととらに視線を向ける。
とらが静かに頷き、すのぴとルークを見据える。
「これから先も旅を続けるなら、リスクから目を背けてばかりじゃいられねぇ」
だから、
「窮地を退けられる力があるかどうか——それを見極めてんだろうよ」
と、とらが吐き捨てるように言葉を放つ。
その口振りはどこか呆れが混じっているような、あるいは自身に言い聞かせているように感じられ、
「結局、とらさんとしてはどうお考えなんですの?」
とらのスタンスを見極めるために、バニラが問い掛ける。
すると、とらからは当然と言わんばかりの言葉が返ってきた。
「決まってんだろ——あいつを、信じてるさ」
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