第94章『見極めるもの』
言葉を交わすだけでは事足りぬ。
心奥に眠る本質を引き出すためには——
『見せてみよ』
「ねぇ、とらさん?」
「…………どした?」
すのぴは置かれた状況を上手く理解出来ずに佇んでいた。
助けを求めるように振り返ると、離れた場所で腕を組んでいたとらが視線を明後日の方向へと泳がせている。
その様子は、現状を受け入れる他ないと言わんばかりで、彼からの助けは望めなそうだった。
他の面々はこちら同様に困惑の表情を浮かべており、とらだけが頼りだったのだが——
——いや、レインさんは面白がってるよね……
一人だけ楽しそうに微笑んでいるレインに、こちらの窮状を視線で訴えかけるがどこ吹く風である。
——どうして、こんなことに……
原因となる相手に向き直ると、そちらはそちらで不敵な笑みを浮かべていた。
鍛え上げられた豪腕に白銀のガントレットを纏わせたルークが、両の拳を打ち付けている。
その視線は鋭く、こちらを値踏みしているように感じられた。
「あの……話を聞きたいってことでした、よね?」
「そうじゃ。だからここに連れてきた」
さも当然という口振りに、今いる場所を改めて確認する。
建物の三階分の高さがある天井に100メートル四方はありそうな広大な室内だ。
壁際に設けられた棚には、様々な武器や防具が整然と並べられている。
話をするための場所ではないということは、明らかだった。
ルークの様子からして、身体を動かしたり、訓練するための場所だと考えられる。
では何故、ここへ連れて来られたのか?
疑問が脳内を埋め尽くしていると、
「お主の人となりについては、とらからの報告である程度は理解しておる」
なら、ここで何をするのか。
そんな疑問が表情に出ていたのだろう。
こちらにニッと笑みを濃くしたルークが身構える。
「じゃが、本質や実力を知るには——拳で語り合うのが手っ取り早いのでな。ちと、殴り合おうか」
「いやどういうことですか!?」
理屈が飛躍したように感じられ、理解が追い付かない。
こちらの困惑になど気にも留めない様子でルークが続ける。
「なぁに、遠慮はいらん。本気で掛かってくるが良い」
「そんなこと言われても……」
話がどんどんと進められていく。
こちらの制止は聞き入れて貰えないのだと、すぐに理解出来た。
とらが言うには、目の前のルークはただの老人という訳ではない。
一目で分かる程に鍛え抜かれた肉体から放たれる圧力は、それだけで只者ではないことを物語っている。
本気で殴り掛かったとしても、簡単にいなされてしまうだろうと、直感が告げている。
だが——
——ど、どうしたら……
状況が飲み込めず、思考が纏まらない。
そもそも殴り合う必要があるのか。
話をするだけじゃ駄目なのだろうか。
色んな考えが駆け巡っては、視線をあちこちに泳がせてしまう。
「ふむ……あまり気が乗らんようじゃな」
そうこうしている内に、見かねたルークから助け船が出される。
「殴り合うという言い方が拙かったかの……訓練を付けてやると言えば、まだやりやすいかの?」
「そ、そう言うことでしたら」
それならば、今までもとらやレイン相手に何度も経験してきた。
理由も分からないままに会って間もない相手と殴り合うのは、どうしてという疑問が勝ち過ぎていた。
訓練を付けてくれると言うのであれば、目的もはっきりとしていて余計なことに思考が囚われることもない。
呼吸を落ち着け、構えをとる。
両の拳を握り締める。
右脚を半歩引き、腰を落としていく。
ルークを見据え、脚に踏み出す力を込めていき——
「いやしかし、それじゃとお主の中にあるものを引き出すのは難しそうじゃな」
「え……?」
肩透かしを食らう——いや、意識が集中していき、それが極限に達しようとした直前に、不意に掻き乱されたように思考に雑念が混じる。
——僕の、中にある……?
それが何を指しているのか。
分かっている。
青黒く染まる自身の姿が脳裏に映し出される。
この人の目的は何か。
先程、語っていた。
——僕を、見極めるため……
その言葉の意味が、どういったものなのか。
漠然とした靄のようなものが、輪郭がはっきりしていくような感覚を味わう。
「そうじゃ! お主にやる気を出してもらうために、条件を付けてやろう」
「条、件……?」
ルークの言葉を繰り返す。
聴覚はそれを聞き入れていても、意識はそれどころではなかった。
ルークがうむと頷き人差し指を立てる。
「儂に傷を一つでも付けれたら、お主に有益な情報を与えてやろう。逆に——」
続く流れで中指を立てると——その表情から、色が消えた。
「傷一つ付けられんようなら、お主はここで保護させてもらう」
言葉の意味を理解するよりも先に、視界が迫り来る拳で埋め尽くされた。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




