第3章『路地裏の乱闘者達』
話を聞かない相手にこちらの意を伝えるためにはどうすれば良い?
それでも対話を試みる?
それとも力で捩じ伏せる?
選ぶ選択は、
『まとめてかかって来いよ!』
「そっちの嬢ちゃん、多分こっちの連れなんでな――どっか行ってくんねぇか?」
突如として現れた黒衣の男性が非常に面倒だと態度に表しながら、行手を遮っているならず者達に告げている。
眇められた視線は、脇目も振らずにこちらへと向けられている。
――なに、を……?
彼の言葉の意味が上手く脳内で処理出来ず、反応が遅れてしまう。
その間に、
「あぁん? なんだテメーは!?」
「しゃしゃり出てきてんじゃねぇよオッサン!」
などと、ガラの悪い連中がこちらに向けていた矛先を男性へと移していく。
こちらの失態で彼らを刺激してしまったことが事の始まりではあったが、闖入者である彼が連中の一人を地面に叩き付けたことで、今にも怒りの衝動が爆ぜてしまいそうになっていた。
だが、男性はそんな空気に臆する事なく、周囲を睨み付けて威圧していく。
「引くつもりがないなら、少し痛い目に遭ってもらうぞ」
「ぬ、抜かせ! これだけの人数を相手に勝てると思ってんのかよ!?」
ならず者の一人が声を震わせながらも、気丈に言い返している。
その言葉通り、人数差は歴然であった。いつの間にか集まってきたのか連中の人数は軽く五十人を越えており、狭い路地裏にひしめき合っていた。
だが、
――数の有利を活かすには地の利がありませんわね……
冷静さを取り戻してきた頭で状況を分析すれば、先程まで焦りを覚えていた自分に恥ずかしくなる。
男達がこちらの背後を取ろうとしても、既にこちらの背は壁で遮られているためそれも難しい。
ならば、この狭い通路であれば、一度に接敵するのは二〜三人が限度だろう。
そうなると、騎士として日々の鍛錬を積み重ねてきた身としては、時間は掛かるだろうがこの状況を抜け出す事も可能であろう。
「やれやれですわね」
打開の目処が立ってくると、心は更に凪いでいく。
つい口に出してしまった言葉に、近くにいた者達が険悪な表情を向けてくるが、気に留める必要性も薄れていた。
自らの行いの結果である以上自身の力で解決すべきところなのだが、わざわざ助けに入ってくれた男性の申し出を無碍にするのも無粋であろう。
見ず知らずの相手ではあるが、彼の顔を立たてるためにも、助けを乞う事にする。
――決して、面倒だからではありませんことよ?
と、誰とはなしに内心で弁解しつつ、恭しく礼を送り、
「どこのどなたかは存じませんが、少々厄介な状況でして……助けていただけますでしょうか?」
「その依頼、承った。――すのぴ」
男性の口角が僅かに吊り上がったように見えたが、次の瞬間には別のものへと意識が移ってしまった。
男性の背後から、音もなく布切れか何かで覆われた物体がならず者達を飛び越えるようにこちらへと向かってくる。
軽い身のこなしで目の前に着地したことで、それが何かという疑問は何者なのかという誰何へと転じた。
目深に被った外套のせいで姿が判然としないが、特徴的なフードでその者の人種だけはすぐに理解出来た。
――兎人族の方、ですのね。
そういうことならば、先程の大跳躍も理解出来る。 強靭な脚力を持つ兎人族ならではの芸当である、と感心していると、当の人物がこちらを振り仰ぎ、
「ここから離れるんで、しっかり掴まっててください」
「あら」
視線が交差したことでその相貌が視界に映された。
まるで染め上げてかのような純白の毛並みを持つ彼が、声を掛けてきた直後、こちらを抱きかかえるように肩や膝裏へと手を回してくる。
流れる動作につい身を任せてしまうと、あっという間に抱き上げられてしまった。
顔が近付いたことで、よりはっきりとその表情を窺い見ることが出来たが、それ以上に鼻腔を刺激する甘酸っぱい臭いに思わず意識がそちらへと向けられる。
――この方の臭い、ですの……?
そうであるならば、もう少し体臭に気を配っていただきたいですの、と気持ちが滅入るがそれを口に出している場合ではなかった。
ならず者達がようやく何が起こったのかを理解し、こちらへと手を伸ばしてくる。
耳障りな罵声を浴びせかけてもくるが、それらがこちらを絡め取ることはなく、こちらを抱きかかえた彼が再度の跳躍を行ったことで、刹那の内に男達を眼下に眺める位置へと到達する。
「とりあえず安全なところまで行きますね」
少年のような柔らかくて涼やかな声で告げてくる彼に了解の頷きを返すと、屋根伝いを軽快に駆け抜けていく。
助けを乞うたものの、共にならず者達を追い払うものと思っていたが、どうやら黒衣の男性に後を任せてこの場を離れてくれるようである。
事態の当事者である手前、後ろめたさを覚えるが彼らの厚意を素直に受け取ることにする。
だが、気になることは解消しておくべきと、疑問を投げかける。
「ところで、貴方がたはどちら様ですの?」
「えっと……」
問われた彼が言い淀むのを見て、嫌な予感が胸中に去来する。
安全な場所まで退避したことを確認すると、こちらの身を降ろして、正面から向き合う形をとってくる。
「実はこれを頼りにこの街まで来たんです」
そう言って、外套の内側――腰にあたる場所をまさぐったかと思うと、その手に掴んだ物を掲げて見せてくる。
それが何かを理解した瞬間に、全身の血の気が沸き立つのを感じ、
「かぷ――」
目の前の人物が何かを言っているが、その音の響きを脳が処理する前に、
「――――――――」
沸騰したかのような血流が全身を駆け巡り、世界が赤く染め上げられた。
◆
すのぴの足跡が遠ざかって行くのを感じ取り、この半月程での成長具合に感嘆を覚える。
――元々素質があったのか、あるいは……
失った記憶上の彼は、それこそ戦い慣れた戦士の身だったのかもしれないな、と想像を働かせる。
深淵領域を脱してからの約二週間、かぷこーんによって助けられたことをきっかけに、すのぴは強くなろうと懸命になっている。
この街への道中でも折を見てはこちらに教えを請い、まさに寝る間も惜しんで努力を重ねている。
――少し危うく感じるが……
すのぴの気持ちは十二分に理解出来るから、その気持ちを汲んで鍛錬に付き合っている。
彼の心身に支障が来さないようこちらでセーブしないとな、と改めて考えていると、
「てめぇ、この人数相手に一人でどうにかできると思ってんのかよ!?」
「こちとらこの街で知らねぇ奴がいねぇほどのアウトロー、ホワイトケルベロスって分かってんのか!?」
見るからに血の気が盛んそうな連中がくだをまいている様子に意識が引き戻される。
ホワイトケルベロスという大層な名に因んでか、よく見ると男達の刺青は白地の三叉首の魔犬で統一されていた。
「街の不良が名乗るには随分名前負けしてる気がするが」
こちらの呆れ声に、周囲の怒気が膨れ上がるのが分かるが、半月前に味わった死線に比べれば生温いにもほどがある。
「啖呵を切ったからには、覚悟しろよ」
腰を落とし、徒手空拳で構えを取る。
ならず者達とはいえ、流石に斬り捨てる訳にもいかないので、背にした相棒は抜かずにおいてやることにした。
だが、連中にとってはこちらの配慮も舐められたと挑発に捉えたようで、
「調子に乗ってんじゃねぇ!!」
先頭にいた男が激昂してこちらに殴りかかってくる。
しかし、あまりにも大振りなそれをわざわざ受けてやる理由もないので、
「――フッ!」
こちらに向かってくる拳を側面から弾く。すると、力の向きを逸らされた勢いに釣られ、男が勢い良く体勢を半転させる。
無防備に晒された背に蹴りを叩き込み、後続に向けて吹き飛ばすと、数人単位で絡まり合いながら地面に身を投げ出す結果となった。
「どうした? この程度か?」
「な、舐めんな!」
機先を削がれてたじろいでいた連中の中から、短剣を抜き放った者がこちらに突っ込んでくる。
「遅い」
腰だめに得物を構えて突撃してくる男を躱し、首筋に手刀を放ち意識を刈り取る。
地に伏す仲間達を見て、ようやく戦力差がどちらに傾いているのかを理解し始めたようで、残った連中は皆が及び腰になっているようだった。
それでも余計なプライドのせいか、後に引くような素振りまでは見せることはなかった。
面倒だなと思いつつも、ここから先はものの数分でならず者達の大半を無力化していく。
いよいよ残りのメンバーの反骨精神さえ折れるかといったところで、
「とーらーさーーーーん!!」
背後から少し気の抜けた、情けない悲鳴が聞こえてくる。
何事かと意識をそちらにも割くと、声の主が泣きそうな表情でこちらへと駆けてくるのが見えた。
――あいつ……
その姿は外套のフードが外れており、染料で偽装しているから良いものの、その相貌が晒されてしまっている。
注意するよう念を押していたのに何をやっているのかと悪態を吐きそうになるが、これまでの付き合いの中で彼がこちらの言いつけを忠実に守ってきたことを思い出す。
そんな彼がなりふり構わず何かから逃げてきている様子に、ただならない事態が起きているのだと直感する。
「おい、どうし――」
問い掛けは、すのぴの影に隠れていた人物が視界に入ったことでその必要性が失われた。
すのぴがこちらを盾にするかのように回り込んだことで、その背後に迫っていた存在が露わになる。
荒い呼吸に開き切った瞳孔、ただならぬ雰囲気を振り撒いて差し迫ってくる存在は、先程すのぴが連れて行ったはずの女性だった。
「それを――返せぇ!!!」
鬼気迫る形相ですのぴに掴み掛かろうとしてきた腕を捕らえて引き込むことで、その全身を背後へと受け流す。
女性はたたらを踏むが、すぐに体勢を整えてこちらへと向き直ってくる。
背後にならず者達がいることなど気に留める様子もなく純白の髪を振り乱し、鋭い目線でこちらを射抜いてくる。
「貴方も私の邪魔をしますのね」
腹の底から響く唸りでこちらを威圧してくる彼女の様子に、まともに話を聞いてくれそうにないことを悟る。
「すのぴ……お前何したんだよ」
という問い掛けにすのぴは震え上がりながら、しきりに首を横に振るばかりだった。
――面倒臭ぇ……
理由はどうあれ、彼女を落ち着かせないかぎり、話し合いも難しいだろう。
「ったく……頭、冷やさせてもらうぞ」
構えを取り直し、怒り狂った女性に対峙すると、有無を言わずにこちらへと飛び掛かってくるのだった。
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