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プロローグⅩ『怪物との再会』◆

 恐怖を知らぬ者はいない。

 恐怖を抱き、それでも前へ——

『行くぞ』

 その気配を感じ取ったのは、おそらく自分が最初だったと思う。


 長い月日を、あの怪物の体内で過ごしていたが故の感覚。

 確信に近い予感が全身に駆け巡る。


 嵐の闇夜に放り出されたかのように、心がざわつく。


「嫌な予感というのは、どうしてこうも当たるんでしょうね」

「神様はよっぽど俺たちに試練を与えたいらしいな」

「……意外でした。とらさんは無神論者かと思ってました」

「敬虔な騎士様と比べられたら、そりゃあお世辞にも信心深いと言えねぇがな」


 こちらを背負うとらと、その横を歩むかぷこーんもそれを察知したらしい。

 だが、歩みは鈍ることなく、変わらぬ歩調で進み続ける。

 むしろ、これまでの道行きで多少打ち解けたのもあってか和やかに会話を続けている。


「二人は、怖くないの……?」


 率直な疑問を口にする。


 二人は顔を見合わせると、それぞれが笑みを浮かべた。


「怖くない……なんてことはねぇよ」


 とらが自嘲するかのように笑い声を漏らす。


 とらは歴戦の戦士と聞いていたし、その佇まいからは恐怖とは無縁の存在だと思い込んでいた。

 だが、そんな彼でもこの先に待ち受けているものに対しては恐れがあるらしい。


「僕もだよ。どんなに強くなろうと、恐怖というものはなくなってはくれなかった」


 それどころか増えていくばかりさ、と肩をすくめるかぷこーんに、ちげぇねぇととらが相槌を入れる。


 ——強くなると、怖いものが増える……?


 逆なのでは、と思った。


 強くなれば、怖いものなんてなくなるものだと——そう思っていたからだ。


 どうやらこの二人には通じ合うものがあるらしく、こちらの様子にまた笑みを溢していた。


「君にもいつか分かる日が来ると思うよ」

「……怖いものが増えるのは、嫌だなぁ……」


 穏やかな口調のかぷこーんに率直な感想を述べると、その瞳が優しげに細められる。


「大丈夫——その時にはきっと、その恐怖に打ち克てる心の強さも手に入れているはずだから」


 そういうものなのか、と自分に言い聞かせるように彼の言葉を内心で咀嚼していく。


 出口が目前に迫る。

 先程から感じていた威圧感が、肌を焼くような濃度へと変わっていく。


「——ッ」


 この先にいる。

 間違いなく、あれが。


「先に出ますね」


 迷いなく、かぷこーんが剣を抜いた。


 先を行く背中からは物怖じした様子は感じられなかった。


「行くぞ」


 とらが短く、こちらに覚悟を決めるようにと言わんばかりに真剣な声音で告げてくる。


 身体は恐怖に震え、この地下回廊の中で留まり続けたい気持ちが湧き上がってくるが、


「——はい!」


 今は二人を信じ、臆病な自分を圧し殺す。


 回廊を抜けた途端、一陣の風が頬を殴り付けてきた。


「ーーーーーーーー!!!!」


 それが眼前でこちらを睥睨している存在が放った咆哮によるものだと、すぐに気付かされる。


 吹き曝されて、所々が風化した岩石が散乱する荒野。

 その只中で——


 それは、こちらを見下ろしていた。


「随分と様変わりしましたね」


 白銀の光を放つ蛙の体躯に、猛禽類を思わせる脚部。

 爬虫類を思わせる前肢と尾——だけではなかった。


 目の前のそれは、記憶の中にあるものとは異なっていた。


 全身の至る所が鱗状の外殻で纏われ、青黒い紋様が血脈のように張り巡らされている。

 背部には体躯に見合わない程に巨大な翼が生えていた。

 そして——


「……え?」


 言葉が漏れた。


 怪物の頭部。

 そこに生えていたのは——桃色の長い耳だった。


 見間違いようが、なかった。


「ワンダー、ラビット……」


 自分と、同じ耳。


 言いようのない怖気が身体を硬直させていく。


 呼吸が苦しい。


 身体が、動かない。


 周囲の音が遠ざかっていき、目の前が暗転していこうとする。


「三日ぶりぐらいだが……芸風、変えたのか?」


 とらが身体を揺すり、こちらの意識を呼び戻してくれる。

 その口調は、変貌したTOIKIを揶揄するような色を帯びていた。


 言葉が通じているとは思えなかったが、TOIKIもそれを挑発と受け取ったようだ。


 視線を鋭くし、今にも飛びかかってきそうな気迫を放ってくる。


 とらとかぷこーんも武器を構え、臨戦態勢に入る。


「…………」


 数秒——いや、数分にも感じられる時間が流れ、


「——!!」


 緊張が極限にまで高まった瞬間、TOIKIが地を蹴った。

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

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