プロローグⅨ『差し伸べられた手』◆
絶望に沈む者。
手を差し伸べる者。
交わるはずのなかった運命が重なり合って——
『もう大丈夫だよ』
「訊きたいことは山程あるが」
そう前置きして、傍らでこちらを見上げてくる桃毛の兎人族の——恐らく少年ぐらいに見える相手を見据えて、こちらの疑問を投げ掛ける。
「お前を取り込んでいた化け物——TOIKIについて分かることはあるか?」
「TOIKI……」
オウム返しでその名を繰り返す様子に、望んだ回答は得られないと直感する。
やがて、すのぴと名乗った少年が首を横に振るのを見て、思わず深い息を漏らしてしまう。
「なら、お前さんの特性——《再生》とでも呼ぶべき力についてだが」
長年の観測で分かっていることがある。
TOIKIに取り込まれた彼は、およそ一年周期で体外へ排出される。
今までは卵状の姿しか目撃してこなかったが、今回でその正体を掴むことが出来た。
排出されてから回収するまでの間で、劇的にマナの量が膨れ上がっていたのだ。
消耗からの回復現象は《再生》と呼ぶに相応しいだろう。
つまりすのぴは『死にかけるほど消耗しても、一定周期で蘇る』ということだ。
「TOIKIから助け出したときに見たあれですね」
その時の光景を思い出してか、かぷこーんが背後で呟いているのを聞いて、頷きを返す。
「あの特性はワンダーラビットっていう種族特有のものなのか?」
TOIKIを討つために少しでも多くの情報が欲しいところであったが、TOIKIの生態は謎が多過ぎる。
ならばと、TOIKIに関わりのあるすのぴの話を聞き出したい。
先程のすのぴの様子からして返ってくる答えはあまり期待出来るものではないが、
——駄目で元々だ……
藁にも縋る気持ちは確かにあった。
こちらの質問を受けて、すのぴが呆然としている。
それを見て、諦めの感情が湧いてくる。
しかし、
「——《再生》はワンダーラビット固有のものではなく、一部の個体に発現した数ある特性の一つに過ぎません」
すのぴの口から流暢に紡がれた言葉に思わず目を剥く。
だが、その発言に驚きを露わにしたのは自分やかぷこーんだけでなく、
「……どう、して……?」
言葉を発した本人ですら、何故そのことを知っているのか分かっていない様子だった。
しかし、そんなすのぴの困惑をよそに、胸の内に興奮が沸き立つのを感じる。
「他に何か分かることはあるか!?」
すのぴの肩を掴み揺さ振る。
どんな情報でも構わなかった。
TOIKIに繋がる情報が得られるなら、どんな些細な事でも喉から手が出るほどに欲しかったのだ。
「えっ、と……」
「とらさん」
恐れの表情を浮かべるすのぴと、かぷこーんの静かな呼び掛けで我に返る。
「彼もまだ困惑しているようですし、話をするにしてももっと安全な場所まで移動しませんか?」
「そう、だな……」
地下回廊内は入り口の狭さもあってか凶悪な魔物の姿はないが、それでも依然としてここは魔窟と呼ばれる深淵領域の只中である。
かぷこーんの提案に冷静さを取り戻し、こちらに怯えた視線を向けてくるすのぴに頭を下げる。
「悪かった……とにかく今は深淵領域を抜けるのが先決だな」
立ち上がり、身支度を整えていく。
迅速にボックスから取り出していた物を収納していく。
最後に残ったすのぴの下に敷かせていた羊毛のシーツを回収しようとしたところで、すのぴが俯いたまま動かなくなっているのに気付いた。
特徴的な長耳は力無くしな垂れており、小言で何かを呟いているようだった。
「……だ……ない」
「おい、どうかしたのか?」
こちらの声にハッとした様子で、表情を跳ね上げる。
「……無理だよ……あの化け物からは、逃げられない」
悲壮感に包まれた力無い声が絞り出される。
絶望。
そう表現するしかない表情に思わず息を呑んでいると、すのぴの頬が濡れていくのが見えた。
◆
すのぴの絶望に塗れた表情を目撃した瞬間、胸の奥から込み上げる衝動があった。
——どれほど、辛い思いをしてきたのだろうか……
透き通った声が、嗚咽に掻き乱されていく。
状況からの推測でしかないが、きっと気が遠くなるような月日をTOIKIに奪われ続けたのだろう。
そして、先の発言からは、どうにか逃げ延びようとしたがそれが叶わなかったのだと感じさせられた。
ならば、彼に伝えなければならない。
「すのぴ」
彼の傍らに片膝をつき、目線の高さを合わせる。
すると、すのぴもこちらを見返してくる。
その瞳に大粒の涙が次から次へと溢れてくるのを見て、胸が締め付けられるように苦しくなるのを感じる。
彼の奥底に堆積した苦しみを少しでも軽く出来るように声を掛ける。
「——もう大丈夫だよ」
「……え?」
言われた言葉の意味を理解出来ないといった様子だったが、彼を安心させるために言葉を続ける。
「かつてはどうだったかは分からないが、今は僕がいる」
聞きようによってはなんと高慢な物言いだろうと内心苦笑するが、今はそれで構わないとも思う。
虚言を弄するつもりはない。
確かな意志を持って、彼を助けたいという思いが言葉を紡いでいく。
「それにこっちのおっかない人も、世間では英雄と称されるほどの実力者だ」
「おい」
とらが睨みつけてくるが、先程すのぴを怯えさせた分を払拭しようとしての物言いなので、容認していただきたい。
「自己紹介がまだだったね。僕はかぷこーん——西領諸国ソルベ法国の正騎士かぷこーんだ」
そう告げて、すのぴに手を差し伸ばす。
すると、弱々しく持ち上げられた手がこちらを掴んでくる。
拭いきれない恐怖からか震えが止まらない手に、安心してもらえるよう握り返す。
「……助けて、くれるの……?」
「もちろんだ。君が助かりたいと諦めない限り、僕も君を助けることを諦めない」
まぁ、君がどう思っていようが僕は問答無用で君を助けるよ、と付け加える。
とらが呆れた声でお節介野郎め、と茶々を入れてくる。
「スタンスは違えど、貴方も同じ考えでは?」
「……さぁな」
ぶっきらぼうに、しかしとらもすのぴの手を掴み、引き起こそうと力を込めていく。
それに倣い、こちらも腕を引き、三人で立ち上がる。
「わっ……と」
まだ上手く力が入らないのか、すのぴが足をもつれさせてしまうのをしっかりと受け止める。
「まだ歩くのはキツそうだね……とらさん」
「しゃーねぇな」
とらが頭を掻きながら背を向ける。
背負っていた鞘が生物のように蠢き、収めていた大剣を放出する。
それを掴んだとらが肩越しに、
「背負ってやるからこっちに来な」
「えっと……」
すのぴが困惑しているようだったので、大丈夫と声を掛けて、その身を支えてとらの背に近付ける。
すると、鞘がすのぴを包み込むように形を変えていく。
見る間に首から下を覆われたすのぴがとらの背部に固定される。
「重く、ないですか?」
「全然。それにこいつに収まったもんの重さは感じないようになっててな」
「便利な魔道具——いえ、そのサイズということは古代遺物、ですね」
異相空間に物を収納するボックスは生きている者を入れることを禁じられている。
要救護者の運搬にはとらが使っているそれが有用だなと眺めていると、とらが得意気に特別製だぜと広角を吊り上げてみせた。
「さて——地下回廊も後半日もあれば抜けられるはずだ」
とらに促され、かぷこーんも足を進める。
その後も魔物と遭遇することもなく、順調に回廊を歩み続け、そして——
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




