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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第54話 見えていなかった異変



「……あんなものは、俺の知ってる計画にはなかった」


 低く落とされたリオンの声に、それまでとは違う緊張が混じる。


 少し離れたところに控えているダリオも、険しい表情を浮かべた。

 先ほどリオンを迎えに現れた彼もまた、ヴァルガードから密かに動いていた者の一人なのだろう。


 男性が一歩前へ出る。


「殿下。一度、ヴァルガードへお戻りください。戦争派の計画にない術式が使われているとなれば、状況が変わりました。こちらで掴んでいる情報も、すべて洗い直す必要があります」

「……ああ。そうだな」


 リオンは僅かに眉を寄せながらも、否定はしなかった。


 確かに、彼の言う通りなのだろう。

 リオンが把握していた者たちとは別の何者かが動いているのなら、ここで闇雲に調べ続けるより、一度ヴァルガードへ戻って情報を整理した方がいい。


 それに、弟君を狙う者たちが動き始めているという話を聞いたばかりだ。


 けれど、私は先ほどから一つだけ気になっていることがあった。


「……リオンさん」

「なんだ?」

「私とアンナはこれまで、ほとんど街道に沿って旅をしてきました」

「……ああ」

「でしたら、私たちが見つけた異変が街道の周辺に集中しているのは、当然なのではないでしょうか」


 リオンは何も答えなかった。

 けれど、その目が僅かに細められる。


「……気づいたか」

「私たちが通っていない場所でも、異変が起きているのですね?」

「ああ」


 その答えを聞いて、私は荷物の中から地図を取り出すと、その場にしゃがみ込んで地面へ広げた。

 王都を出てから、これまで辿ってきた道筋を指先でなぞる。


「教えていただけますか? 他にどこで、何が起きているのか」


 リオンはしばらく私を見ていたが、やがて小さく息を吐くと、私の隣へしゃがみ込んだ。


「……俺たちが掴んでるだけでも、いくつかある。この辺りじゃ、少し前に街道の一部が崩れた。一時は荷馬車も通れなくなったらしい」


 そう言って、リオンは地図の一箇所を指し示した。

 続いて、その指が少し離れた場所へ移る。


「こっちは川だ。急に水が濁って、しばらく使い物にならなくなったって報告が上がってる」

「それも、戦を望んでいる方々の仕業だと?」

「そう思ってた。国境付近を不安定にするための工作の一つだとな」

「…………」


 私は地図へ目を落とした。

 王妃教育で、フィオーレ国内の地理は嫌というほど頭に叩き込まれている。

 主要な街道も、物流の中心となる都市も、軍事上重要な土地も。


 けれど、リオンが示した場所を見ても、すぐには意味を見出せなかった。


 国境線に沿っているわけではない。

 重要な都市だけを狙っているわけでもない。


 だからといって、何の関係もなく散らばっていると片づけてしまうには、どこか引っかかる。


「……妙ですね」

「何がだ?」

「それが、まだ分からないのです」

「おい」

「分からないものは仕方ありません」


 そう答えると、リオンが呆れたように息を吐いた。

 けれど私にも、まだ何がおかしいのかを説明できなかった。


 王都にいた頃の私なら、地図に記された情報だけを見て、それぞれ別の事件として考えていたのかもしれない。


 けれど今は、実際に街道を歩いてきた。

 井戸から水がなくなれば、そこで暮らす人々がどれほど困るのか。

 街道に魔物が現れれば、人の行き来だけではなく、物の流れまで滞る。

 地図の上では小さな一点でしかない場所にも、人が暮らしている。


 それを、この旅に出て初めて知った。


「戦を起こすために人々の不安を煽ることが目的なら、これでも説明はできると思います」

「ああ」

「ですが……今朝の鹿のことまで考えると、すべてを同じ方々の仕業だと決めつけてしまうのは、少し危険な気がします」

「…………」


 人を襲うはずのない魔獣を苦しめていた黒い靄。

 そして、浄化した直後に地面へ浮かび上がった、私にも見覚えのない魔法式。


「戦争を起こそうとしている方々の企みに紛れて、別の目的を持った誰かが動いている可能性もあるのではありませんか?」


 リオンはすぐには答えなかった。

 地図に落とされた点を追うように視線を動かし、やがて低く息を吐く。


「……否定できねぇな」

「殿下」


 ダリオは再び口を開いた。


「でしたら、なおさら一度お戻りになるべきです。こちらで把握している報告をすべて確認し直しましょう。第二王子殿下の周囲についても、今まで以上に警戒する必要があります」

「分かってる」


 リオンも、それに異論はないようだった。

 けれど私は、地図に記された場所をもう一度目で追っていた。


 そして、その中の一つで指を止める。


「……ここは?」

「あ?」

「先ほど、ここについては何も仰いませんでしたよね?」


 私が指したのは、これから向かう予定だった宿場町から、それほど離れていない場所だった。

 リオンの眉が僅かに寄る。


「……そこも調べさせてる」

「何があったのですか?」

「それが分からねぇんだよ」

「分からない?」

「ああ。妙な報告がいくつか上がってきたから、人を送った。俺が直接使ってる奴だ。そこらの兵よりよっぽど信用できる」


 その言葉に、傍らにいた男性も表情を曇らせた。


「ですが、数日前から連絡が途絶えています」

「まあ……」


 リオンが直接動かすほど信頼している者が調査へ向かい、そのまま消息を絶っている。

 それなら、何も起きていないとは考えにくい。


 しかも――。


「私たちがこれから向かう道の近くなのですね」

「……おい」


 顔を上げると、リオンが何とも言えない表情でこちらを見ていた。


「何でしょう?」

「その顔やめろ」

「顔?」

「まさか、見に行こうとか考えてねぇだろうな」

「元々こちらへ向かう予定でしたもの。少し寄り道をするだけでは?」

「ほらな!」

「?」


 何が「ほらな」なのだろう。

 隣にいたアンナを見ると、彼女は困ったように微笑んだ。


「レティさんは、連絡が途絶えている方がいらっしゃると知って、そのまま通り過ぎられる方ではございませんので」

「アンナ」

「事実でございます」

「…………」

「それに、その方はリオンさんにとって大切な方なのでしょう?」

「……は?」

「連絡が途絶えていると仰った時、とても心配そうなお顔をしていらっしゃいましたから」

「…………」


 リオンは僅かに目を見開いたまま、何も答えなかった。


「リオンさんは、ここまで一緒に旅をしてきた方です。そのリオンさんが大切にしている方なら、私にとってもまったく関係のない方ではありません」

「……お前」

「ですから、少し様子を見に参りましょう」


 リオンが額を押さえる。

 その隣では、ダリオが何とも言えない表情で私とアンナを見比べていた。


「殿下。まさかとは思いますが……」

「……俺も行く」

「殿下!?」

「一か所だけだ。状況を確認したら戻る」

「しかし、今は一刻も早くヴァルガードへ――」

「俺が直接送り込んだ奴が消えてるんだ。……放って帰れるかよ」


 低い声でそう言われ、ダリオが言葉を詰まらせる。

 リオンは畳みかけるように続けた。


「それに、今朝の術式と関係がある可能性もある。だったら実際にあれを見た俺たちが確認した方が早い」


 そこまで言ってから、なぜかリオンの視線が私へ向いた。


「特にこいつなら、何か見つけるかもしれねぇしな」

「こいつではなく、レティです」

「そこかよ!」


 間髪入れずに返ってきた声に、思わず瞬きをする。

 名前は大切だと思うのだけれど。


 隣ではアンナが口元へ手を当て、ダリオは脱力したように肩を落としている。

 けれど、先ほどまで張り詰めていた空気が僅かに緩んだのも束の間、リオンはすぐに表情を戻した。


「……とにかく、行って確認する。何もなきゃ、そのままヴァルガードへ戻る。それでいいな」

「……承知しました」


 ダリオは渋々といった様子ではあったものの、最後には頷いた。

 そうして、次の目的地が決まった。



 街道を外れてしばらく歩くと、周囲の景色は少しずつ変わっていった。


 初めのうちは荷馬車が通れるほど広かった道も、進むにつれて細くなっていく。

 左右から木々が迫り、足元には草が目立つようになった。

 どうやら普段から人の往来が多い場所ではないらしい。


「その方は、一人でこちらへ?」

「ああ。下手に人数を動かせば目立つからな」


 先頭を歩くリオンが、前を向いたまま答える。


「一人でも問題ない方なのですか?」

「問題があるような奴なら、最初から送り込んでねぇよ」

「では、やはり連絡が途絶えたのは不自然なのですね」

「……そういうことだ」


 それきり、リオンは口を閉ざした。

 先ほどまでの軽口はすっかり消え、周囲へ注意を向けているのが分かる。


 私も辺りを見回しながら、その後ろを歩いた。

 森そのものに、おかしなところがあるようには見えない。


 木々の間からは柔らかな光が差し込み、風が吹けば葉が揺れる。

 けれど、奥へ進むにつれて、何となく落ち着かない感覚が強くなっていった。


(……何かしら)


 何がおかしいのかは分からない。

 ただ、先ほどまでとは何かが違う。


 そう思いながら歩いていると、不意に先頭のリオンが足を止めた。


 私も危うくその背中へぶつかりそうになり、慌てて足を止める。


「リオンさん?」

「……静かすぎる」

「え?」


 言われて、耳を澄ませる。

 風が木々を揺らす音は聞こえる。

 けれど――


「……鳥の声が」

「ああ」


 いつの間にか、聞こえなくなっていた。

 少し前までは、森のあちこちから鳥のさえずりが聞こえていたはずなのに。


 虫の羽音さえ、ほとんどしない。

 まるで、この先にある何かを避けるように。


 リオンの手が、ゆっくりと剣の柄へ伸びた。


「……ここからは気をつけろ」


 その低い声に、私も無意識に息を潜める。

 静まり返った森の奥へ視線を向けても、まだ何も見えない。


 それなのに、なぜかそこだけがぽっかりと何かを隠しているように思えた。





いつもお読みいただきありがとうございます!

評価、ブックマークにとても励まされています(´˘`)

ここまでレティシアたちの旅を見守ってくださり、本当にありがとうございます!

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