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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第53話 守りたいもの



「中途半端なところで止めたら、下っ端を何人か捕まえて終わりだ。上にいる奴らまで引きずり出すには、ある程度泳がせるしかなかった」

「その間に、被害が出ることも?」

「分かってた」


 短い答えだったが、その声には先ほどまでの力がない。


「水がなくなりゃ困る奴が出る。魔物が増えりゃ怪我人だって出る。下手すりゃ死ぬ奴がいることも……最初から分かってた」


 そこで言葉を切ったリオンの横顔を、私は黙って見つめた。


 先ほど彼が零した言葉を思い出す。


――『分かってた……はずなんだよ』


 先ほどの言葉が、ようやく本当の意味を持って胸へ落ちた。


 きっとリオンさんは、起こり得る被害を理解していた。

 けれどそれは、あくまで計画の上でのことだったのだ。

 実際にその土地を歩き、困っている人々を見て、大切な人を失った者の声を聞いた。


 だからこそ今は、以前と同じようには割り切れなくなっているのだろう。


(……だから、「分かっていた、はず」なのね)


 知識として知っていることと、実際に自分の目で見ることは違う。

 それは、この旅に出てから私自身も知ったことだった。


 もしかすると、リオンも同じなのかもしれない。


 それに、彼の考えがまったく理解できないわけでもなかった。


 前世では、限られた時間の中で仕事を終わらせるために、嫌でも物事へ優先順位をつけなければならなかった。


 そして今世では、王妃教育の中で、国を動かす立場にある者がすべてを等しく守ることなどできないのだと教えられてきた。


 人も、時間も、お金も、使えるものには限りがある。

 何を優先し、何を後へ回すのか。限られたものの中で、選ばなければならない場面があることも知っている。


 だから、優先順位をつけることそのものが間違っているとは思わない。


 リオンにも、きっとそれが必要だったのだ。


 そして彼が何よりも優先したかったものが――弟君だった。


 そう考えれば、彼が選んだ方法も、焦っていた理由も理解はできる。


 ――けれど、理解できることと、それを正しいと思えることは、やはり別だった。


「……リオンさん」

「なんだよ」

「弟君を守りたいというお気持ちは、分かりました」

「……そうか」

「ですが、それと国境に暮らす方々を危険に晒してよいかどうかは、別のお話です」

「…………」


 リオンは反論しなかった。

 ただ、僅かに眉を寄せたまま黙っている。


「弟君を大切に想うお気持ちと同じように、あの村の方々にも、大切な方がいらっしゃいます」


 村長を失った人々の姿が、脳裏に浮かんだ。

 誰かにとっては、計画のために生じる僅かな被害なのかもしれない。


 けれど、そこで暮らす人にとっては違う。

 失ったものは、決して数字ではない。


「誰かを守るためなら、別の誰かが犠牲になっても仕方がないとは……私は思えません」

「…………」

「それに――」


 一度言葉を止め、私はリオンを見つめた。

 彼はもう、私から目を逸らしてはいなかった。


「……あなたも今は、それが分かっているのでしょう?」


 僅かに、リオンの瞳が揺れた。

 しばらく何も答えなかった彼は、やがて諦めたように大きく息を吐くと、片手で額を覆った。


「……ああ。分かってる」


 その声は、とても小さかった。

 だからこそ、今朝あれほど怒っていたのだろう。

 人を襲うはずのない魔獣が、何者かによって無理やり狂わされていたことに。


 自分が知っていた計画の範囲を越えて、命が弄ばれていたことに。

 リオンはしばらく額を押さえたままだったけれど、やがて小さく息を吐いた。


「……ったく。お前といると、自分の嫌なところばっか見せつけられてる気分になるな」

「まあ。私は本当のことしか申し上げておりませんけれど」

「それが一番きついんだよ」


 リオンは呆れたように言いながらも、ほんの僅かに口元を緩めた。


 少しだけ張り詰めていた空気が和らいだところで、それまで少し離れた場所に立っていた男性が、こちらへ歩み寄ってきた。


「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。ダリオと申します。殿下の護衛を務めています」

「まあ。レティです。こちらはアンナ」

「存じております」

「そうなのですか?」


 尋ねると、ダリオさんは一瞬だけ何とも言えない顔をした。


「……殿下から、少々」

「おい、余計なこと言うな」

「事実です」


 何を聞いているのだろう。

 少し気にはなったけれど、リオンさんが露骨に嫌そうな顔をしたので、それ以上尋ねるのはやめておいた。


「では、ダリオさんとお呼びしますね」

「はい」


 そう答えたダリオは、どこか複雑そうに私を見ていた。


「……ついでに、一つ言っとく」

「何でしょう?」

「俺がお前らについていった理由だ」

「まあ」


 そういえば、結局きちんと聞かないままだった。

 確かめたいことがあると言いながら、それでもリオンが私たちとの旅を続けていた理由を。


「最初は、お前を調べるためだった」

「私を?」

「ああ」


 呆れたように息を吐いたあと、リオンは木へ預けていた背を僅かにずらした。


「最初にお前に会ったのは、ベルナだった」

「ベルナ……あの宿場町ですか?」

「ああ。酒場で酔っ払いを叩きのめしてただろ」

「……ああ」


 言われて、ようやく記憶が繋がった。

 あの時、酒場にいた旅人の一人。

 酔客を取り押さえたあと、僅かに言葉を交わした男性だ。


「あの時の方だったのですね」

「……今気づいたのかよ」

「どこかでお会いしたような気はしていたのですけれど」

「普通、もうちょい早く気づくだろ」

「旅装の方は皆さん、似たような格好をしていらっしゃいますから」

「…………」


 確かに、あの場には何人もの旅人がいた。


 まさかその後、一緒に旅をすることになる人だったとは思いもしなかった。


「あの頃から、俺たちが追ってた連中の計画が妙に狂い始めた」

「計画が?」

「井戸は元に戻る。魔物絡みの異変は片づけられる。こっちが様子を見てる間に、次から次へとな」

「まあ」

「まあ、じゃねぇよ」


 なぜか睨まれた。

 その少し後ろでは、ダリオが怪訝そうに私を見ている。

 けれど、リオンは構わず話を続けた。


「そのうち、白銀の魔女なんて噂まで聞こえてきた」

「白銀の魔女……」


 以前にも聞いた気がする。

 けれど、やはり誰のことなのかは分からない。


「その時、酒場で見たお前が頭に浮かんだ。まさかとは思ったけどな」

「それで、私を?」

「ああ。探してみたら、本当にいた」


 リオンはそこで一度言葉を切ると、何とも言えない目で私を見た。


「で、少し様子を見るつもりが……上位種の魔獣が逃げるわ、村までついていけば妙なことに首突っ込むわ、聞きたいことがあって探り入れてものらりくらり躱すわ」

「躱していたつもりはありませんけれど」

「それが一番厄介なんだよ」

「?」


 質問されたことには、きちんと答えていたはずなのだけれど。


「…………」


 何となく視線を感じて横を見ると、ダリオがこちらを凝視していた。


 最初は怪訝そうだっただけなのに、リオンさんの話が進むにつれて、その表情はどんどん複雑なものへ変わっている。


 今ではもう、明らかに信じられないものを見るような目だった。


「どうかなさいました?」

「……いえ」


 そう答えたものの、明らかに「何なんだ、この人は」と言いたげな顔をしている。


 けれど、どうしてそんな顔をされるのか分からない。


「それでも最初は、お前が噂の白銀の魔女で、俺たちの計画を潰して回ってる本人だって確信まではなかった。けど、トロン伯爵のところでさすがにな」


「…………」


 また視線を感じた。

 見ると、ダリオが今度は先ほどまでとは比べものにならないほど複雑な顔で――リオンさんと私を交互に見ている。


「……何でしょう?」

「いえ……何でもありません」


 今日は何でもないことが多い。


 そんなことを思いながらも私は、以前リオンから尋ねられたことを思い出した。


――『お前が白銀の魔女なのか?』


「だから、あの時……」

「ああ。直接聞いた」

「ですが、私は白銀の魔女ではありませんよ?」

「…………」

「何です?」

「いや。もういい」


 リオンが無言で私を見つめていたが、聞いてみると諦めた顔をする。

 なぜそんな顔をするのだろう。


「とにかく、お前が俺たちの計画を片っ端から狂わせてる奴かもしれねぇと思った。何を知ってるのかも分からねぇ。だったら監視も兼ねて、しばらく一緒にいた方がいいと思ったんだよ」

「それで、ついてきたのですね」

「最初はな」

「……最初は?」


 尋ねると、リオンがぴたりと黙った。

 自分でも今の言葉が引っかかったのか、僅かに眉を寄せる。


「…………」

「リオンさん?」

「……何でもねぇ」


 そう言って、リオンは誤魔化すように視線を逸らした。

 けれど、次にこちらを見た時には、その表情から先ほどまでの緩さは消えていた。


「……ただ、一つ問題がある」

「問題、ですか?」

「ああ」


 木から背を離したリオンの顔に、再び鋭さが戻った。


「今朝の鹿だ」

「…………」


 私も表情を引き締める。


 鹿の身体へまとわりついていた、あの黒い靄。

 浄化したあと、地面へ一瞬だけ浮かび上がった見知らぬ魔法式。

 そして先ほど、リオンを迎えに来たダリオから聞いた話。


「……あんなものは、俺の知ってる計画にはなかった」


 低く落とされた声に、先ほどまでとは違う緊張が混じる。


「魔物を増やすために仕掛けられていたものとも違う。少なくとも俺が掴んでた情報には、魔獣をあんなふうに変える術式なんて一つもなかった」

「では……」

「ああ。……俺の知らねぇところで、別の何かが動いてる」


 リオンは険しい表情のまま、街道の先へ視線を向けた。


 風が吹き抜け、木々の葉がざわりと揺れた。


 戦を望む者たちが企てていたこと。

 それを利用しようとしていたリオンさん。

 そして、そのどちらも知らなかった黒い靄と魔法式。


 どうやら私たちが思っていたよりも、事態はずっと複雑になっているらしい。






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