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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第44話 本当の成果



 夜風が静かに木々を揺らし、焚き火の炎がパチパチと音を立てていた。


 今日一日の疲れが出たのだろう。

 アンナが口元を押さえながら、申し訳なさそうに小さくあくびを漏らした。


「申し訳ありません……少し眠くなってしまいました」

「いいのよ、アンナ。昨日は私が休んでいる間も起きててくれたもの。今日はゆっくり休んで」

「……はい。では、お言葉に甘えさせていただきますね」


 アンナは横になると、間もなく穏やかな寝息を立て始めた。


 辺りはふたたび静寂に包まれる。

 揺れる炎を挟んで、自然と私とリオンのふたりだけが残された。


 リオンは無言のまま焚き火を見つめ、私は今日見た街の光景を静かに思い出していた。


「……街、本当に変わっていましたね」

「……ああ」

「子どもたちも楽しそうに笑っていました」


 数日前までの重苦しさが嘘のように、活気を取り戻した街の姿。


 その光景は、いつまでも私の心に残っていた。


 しばらく沈黙が続いた後、リオンさんがぽつりと呟いた。


「……時間がねぇんだよな」

「時間……ですか?」

「……ああ。俺には、どうしても確実な成果が必要なんだ」


 どこか遠くを見つめる彼の横顔には、焦りと重圧が滲み出ていた。


 私はあえて詳しい事情を尋ねなかった。

 理由を聞くのは野暮だし、誰しも立ち入れない事情のひとつやふたつはあるものだから。


「……大変なのですね」


 短くそう答えながら、私は「成果」という言葉に、懐かしくも苦い記憶を呼び起こされていた。


(成果、か……)


 前世では数字と評価に追われ、今世では未来の王妃として結果を出すことを求められ続けた。


 王妃教育でも、何度となく教えられたことがある。


 ――王や王妃は、自らのためではなく、国と民のために結果を残さなければならない、と。


 あの頃の私は、その言葉の意味をどこか遠いもののように聞いていた。


 けれど今日見た街は違う。


 たった一人の領主がいなくなっただけで、人々の表情は変わり、子どもたちは笑い、村には未来への希望が戻っていた。


(……これが、本当の意味での成果なのかもしれない)


 窮屈だと思っていた立場にも、守れる日常があるのかもしれない。


 そう思うと、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなった。


「あの……リオンさん」

「ん?」

「成果って、数字や目に見える形だけではないと思うのです」


 リオンが視線をこちらに向けた。


「今日みたいに、誰かが安心して笑えるようになることも……きっと立派な成果ですよ」



 リオンはしばらく焚き火を見つめたまま、静かに息を吐いた。


「……それでも、時間がねぇんだ」


 その声には、焦りとも諦めともつかない響きが混じっていた。


「急がなければならない理由が、あるのですね」

「ああ。……まあな」


 それ以上は語らない。

 きっと話せない事情があるのだろう。

 私もまた、自分のことを深く聞かれたいとは思わない。


 だから、無理に尋ねることはしなかった。

 誰にだって、胸の奥へしまっておきたいものはあるのだから。


 代わりに、今日一日のことを思い返しながら、私は穏やかに口を開いた。


「今日、街へ着いて本当に安心しました。……村の皆さんも、ようやく安心して眠れますね」

「……ああ」


 焚き火の向こうでリオンが小さく頷きながら、短く返事をした。


 その横顔を眺めながら、ふと盗賊たちのことが頭をよぎる。


「あの盗賊の方たちも……もう二度と同じことを繰り返さなければいいのですが」

「……そんな簡単な話じゃねぇよ。人間、そう簡単に変われるもんじゃねぇ」


 リオンは少しだけ眉を寄せながらも、焚き火へ薪をくべながら、苦々しくこぼした。

 

 私はその言葉を静かに受け止め、炎が揺れ、温かな光が二人の間を照らしているなか、小さく首を傾げた。

 

「そうでしょうか。……もちろん、理由は人それぞれなのでしょう」


 生活のためだったのかもしれない。

 誰かを守るためだったのかもしれない。

 私には、その事情までは分からない。


 それでも。


「どんな理由があったとしても……誰かを傷つけてまで手に入れたものでは、本当の意味で幸せにはなれないと思うのです」


 リオンは何も答えなかった。

 ただ、焚き火を見つめたまま静かに黙り込んでいる。


(……また考え込んでしまったみたい)


 今日のリオンは、そんなことが多い気がする。

 けれど、それ以上声を掛けることはしなかった。


 しばらく静かな時間が流れる。

 ぱちり、と薪が弾ける音だけが夜へ溶けていった。


 揺れる炎を見つめながら、私はぽつりと呟く。


「今日、街を見て改めて思いました。安心して暮らせる場所があるだけで、人はあんなにも笑えるのですね」


 露店の賑わい。

 子どもたちの笑い声。

 心から安堵したような村人たちの表情。


 数日前には見ることのできなかった光景だった。


「だから私は……人を傷つけて得る成果より、誰かが笑顔になれる成果の方が、ずっと素敵だと思います」


 そう口にした瞬間、不思議と胸の奥が少しだけ温かくなった。


 前世でも、今世でも、私はいつも成果ばかりを求められて生きてきた。


 けれど今日見た街は、そんな"成果"とは少し違っていた。


 たった一人の領主がいなくなっただけで、人々は笑い、子どもたちは安心して駆け回っていた。


 立場一つで、守れる日常がある。

 そんな当たり前のことに、私は今日初めて気づいたのかもしれない。


 ふと視線を向けると、リオンは相変わらず焚き火を見つめたままだった。


 その表情は炎に照らされてよく見えない。


 けれど、いつものように軽口を返してくることはなく、静かな沈黙だけがそこにあった。


(……やっぱり、不思議な人ね)


 そう思いながら、私は静かに夜空を見上げた。


 リオンは焚き火を見つめたまま、一度も口を開かなかった。

 その横顔は相変わらず何を考えているのか分からない。

 けれど、どこか昨日とは違って見えた。


 それが何なのかは分からないまま、私は静かに目を閉じた。





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