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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第42話 帰らない命



 夜も更け、焚き火を囲んで眠る人々の寝息だけが、静かな森に響いていた。


 私もアンナの隣へ腰を下ろし、野営地全体を包み込むように結界を張る。


(これで安心ね)


 結界が完成したのを確かめると、肩の力が抜けた。


「少しだけ、休んでもいいかしら……」

「はい。どうぞお休みください。見張りは私がしておりますので」


 アンナの声を聞きながら目を閉じる。

 すぐに、浅い眠りへ落ちていった。



 ――バチィッ!!


「いってぇ……!」

「……リオンさん?」


 聞き覚えのある声に、私は勢いよく身体を起こした。


 慌てて辺りを見回すと、結界の外で顔を押さえているリオンが目に入る。


「あっ……!」


 私は慌てて結界を解いた。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「……いや」


 駆け寄ると、リオンさんは額を押さえながら苦笑する。

 一度だけため息をつくと、小さく肩をすくめた。


「考え事してて、結界のことを忘れてた俺も悪い」

「でも……」

「それより……誰も起きてねぇみたいだな」


 リオンさんは辺りを見回し、ほっとしたように息をついた。


 その言葉に私も耳を澄ませた。

 あちこちから聞こえてくるのは、変わらない寝息だけ。


「よかった……」


 胸を撫で下ろした私を見て、リオンがふっと笑った。

 どこか肩の力が抜けたような、そんな穏やかな笑みだった。


「そんなに慌てるな。これくらいじゃ死なねぇよ」

「でも、痛かったですよね……」

「まあ、それなりにはな」


 困ったように笑うその表情を見て、私も思わず笑ってしまう。


「本当にごめんなさい……。おかえりなさい、リオンさん」

「……悪くない」

「え?」

「いや。『おかえり』って言われるのも、案外悪くない」

「?」

「……いや、こっちの話だ。……ただいま」


 よくわからないが、怪我もなさそうでほっとする。


「ごめんなさい。村の皆さんが安心して眠れるようにと思って」

「……まあ、そうだろうな」


 ため息をつきながら肩を落とすリオンさんに、思わず苦笑が漏れる。


「野暮用は終わったのですか?」

「ああ」


 返ってきたのは、それだけだった。

 どこか考え込んでいるようにも見えたけれど、私が踏み込んで聞くことではない。


「それなら、ゆっくり休んでくださいね」

「ああ……そうする」


 短く答えたリオンさんは焚き火のそばへ腰を下ろし、炎を見つめたまま黙り込んでしまった。


 私はそれ以上何も言わず、アンナの隣へ戻った。



 翌朝。

 温かな朝食を終えた私たちは、街へ向かう準備を進めていた。


 村の皆さんが何度も頭を下げてくださるたび、私は恐縮してしまう。


「お嬢さんがた、本当にありがとうございます」

「困ったときは、お互い様ですもの」


 そう答えたところで、昨日聞いた話がふと頭をよぎった。


「そういえば……昨日、村長さんは見せしめに殺されたと仰っていましたよね」


 その一言で、賑やかだった空気が静まり返る。

 しばらくの沈黙のあと、一人の女性が幼い男の子の手を引いて前へ出てきた。


「……あちらです」


 静かな声に導かれ、私たちは村外れの小さな丘へ向かった。

 そこには土を盛っただけの質素なお墓があり、小さな木の墓標が静かに立っていた。


 私は道端に咲いていた花をそっと供え、目を閉じる。


 生前の村長さんとは会ったことがない。

 だから、守れなくてごめんなさいと言う資格は私にはないと思った。


 ただ一つ願う。


(どうか、安らかに眠ってください)


 静かに祈りを捧げ、私はゆっくりと目を開けた。



 丘を下りながら、私は静かに口を開いた。


「……あの洞窟にいた方たちは、捕まれば死刑になるのでしょう」


 村人たちは驚いたように足を止める。


「ええ……それだけのことをしましたから」


 一人の男性が重々しく頷いた。

 私はゆっくりと立ち止まり、皆さんの方へ振り返る。


「……村長さんは、もう帰ってきません」


 静かな風が吹き抜け、誰も言葉を返さなかった。

 私は一度だけ丘の上のお墓へ視線を向ける。


「……私は、死んで終わりになってほしいとは思いません」


 その一言に、その場の空気がぴたりと止まった。

 驚いたように目を見開く村人たち。

 私は穏やかに続ける。


「どのような命であっても、大切です」


 一度失われた命は、決して戻らない。

 どれほど願っても、どれほど悔やんでも、失った命は帰ってこない。


 そのことを、私は知っている。


 ……だからこそ。


「どのような理由があったとしても、身勝手に誰かの未来を奪う権利はありません。命をもって償うのではなく、生きて償っていただきたいと私は思います」


 奪われた穏やかな暮らし。

 家族を失った悲しみ。

 もう二度と戻ることのない日常。

 それらを知ることなく、死んで終わりにすることは許されない。


「命を奪うということが、どれほど重いことなのか……生きて、その重さを知っていただかなければなりません」


 私は再びお墓へ目を向け、小さく息をついた。


 その言葉が静かに響いた瞬間、辺りは水を打ったように静まり返った。


 誰一人として口を開かない。


 村人たちは息を呑み、ただ私を見つめている。

 ふと視線を向けると、リオンさんもまた、何かを考え込むように黙り込んでいた。


(……少し、言い過ぎてしまったかしら)


 そんなつもりはなかったのだけれど。

 私は小さく首を振ると、皆さんへ穏やかに微笑みかける。


「さあ、行きましょうか」


 その一言で止まっていた時間が動き出したように、皆さんは「はい」と頷き、再び歩き始めた。


 私はもう一度だけ丘の上のお墓を振り返る。


(もう二度と、このような悲しい出来事が起こりませんように)


 胸の中でそっと願いながら、私は前を向いた。

 村人の皆さんを安全な街まで送り届けるため、私たちは再び歩き出すのだった。



 村を出た私たちは、街道を歩き続け、やがて見慣れた城壁が視界へと入ってきた。


「また、この街へ戻ってくることになるなんて……」


 思わず苦笑すると、アンナも小さく頷く。


「少し寄り道をしてしまいましたね」


 そんな話をしながら街へ近づいていくと、不意に城門の上ではためく旗が目に入った。


「……あら?」


 私は思わず足を止める。

 見間違えるはずがない。

 青地に金の紋章が刺繍された、大きな旗。

 王家の旗だった。


「どうかしましたか?」


 アンナが私の視線を追い、同じように城門を見上げる。


「……王家の旗?」


 街へ王族が滞在している時に掲げられる旗。

 普段はそう簡単に見ることはない。

 リオンも城門を見つめ、小さく眉をひそめた。


「王族が来てるのか……?」


 その時だった。

 城門の向こうから、一隊の騎士たちが姿を現す。

 磨き上げられた鎧に、統率の取れた足並み。

 そして、その胸元に刻まれた紋章を見た瞬間——


「……あれは」


 思わず小さく息を呑んだ。




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