第38話 盗賊には見えません
「……あー、ごめんなさい。今解除するわ」
私は小さく指先を鳴らした。
すると、その場を包み込んでいた拘束魔法がふっと霧のようにほどけていく。
「はぁっ……!」
「あ、動ける……」
その場にいた全員が、大きく息を吐いた。
リオンは肩で息をしながら立ち上がり、アンナは服についた土埃を静かに払う。
一方、男たちは互いに身を寄せ合い、怯えた目でこちらを見つめていた。
私は武器を持っていないことが伝わるよう、そっと両手を見せながら一歩前へ出る。
「安心してください。お話を聞かせていただけませんか?」
男?戸惑ったように私を見つめる。
「……話を?」
「ええ。皆さん、私には盗賊には見えないのです」
その言葉に、男は苦く笑った。
「……盗賊なんかに、なりたくてなったわけじゃねぇ」
ぽつりと落ちたその一言に、私は静かに息を呑む。
男は遠くを見るような目で続けた。
「俺たちは、この先の村で畑を耕して暮らしてた。ここはもともと痩せた土地でな。作物もそう多くは採れねぇ。納税を済ませれば、残るのは家族が食いつなぐ分だけだった。……それがある日、武器を持った連中が現れて、この辺りを使うから協力しろって言われた」
「協力、ですか?」
「ああ。でも断った」
男は拳を強く握る。
「そしたら畑を焼かれた。家畜も奪われた。逆らった村長は殺された」
思わず言葉を失う。
木陰では、小さな子どもが母親の服をぎゅっと掴き、不安そうにこちらを見ていた。
「それなら領主へ……」
思わず口を開く。
男はゆっくり首を横へ振った。
「何度も役人へ頼んだ。……だが、誰も来なかった」
「この辺りは、どなたが治めている領地なのですか?」
私が尋ねると、男は訝しそうに眉をひそめた。
「……トロン伯爵だ」
「トロン伯爵……」
その名を聞いた瞬間、すべてが腑に落ちた。
領民から不当に税を取り立て、逆らう者を捕らえ、違法な工場で働かせていた男。
助けを求める声が握り潰されていたとしても、何ら不思議ではない。
「だから、何度助けを求めても誰も来なかったのね……」
思わず漏れた呟きに、男が驚いたように顔を上げた。
「伯爵のことを知ってるのか?」
「ええ。少しだけ」
詳しく説明する必要はないだろう。
トロン伯爵はすでに拘束され、これまでの悪事も明るみに出つつある。
そのことを伝えれば、彼らも少しは安心できるはずだ。
男は驚いたように目を見開いた。
「……本当、なのか?」
「ええ。トロン伯爵はすでに捕らえられています。あの方がこれまで行ってきたことも、いずれ明らかになるでしょう」
男たちは顔を見合わせる。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
信じたい。けれど、信じるにはあまりにも長い間、希望を失い続けてきたのだろう。
やがて、一人の女性が口元を押さえ、小さく涙を零した。
「……助かる、のね」
その一言をきっかけに、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
私はそっと胸を撫で下ろした。
その時、不意に昨夜見た洞窟の光景が頭をよぎる。
「……ということは、あの洞窟は皆さんが使っていた場所なのですか?」
私が尋ねると、男は首を横へ振った。
「いや、違う。あそこは盗賊のアジトだ。俺たちはあそこを見つけて、奪われた食料があるのか確認しようとしてただけだ」
「そうですか……では、洞窟に残されていた荷物について、何かご存じですか?」
「荷物?」
「ええ。盗賊の隠れ家にしては、あまりにも整いすぎている気がしたのです」
(私の思い込みなのかもしれないけれど……)
盗賊の隠れ家というなら、もっと荒れ果てた場所を想像していた。
「おそらく……隣国の連中だ。俺たちも最初は盗賊の隠れ家かと思った」
男は周囲を警戒するように声を潜め、洞窟の方角へ視線を向ける。
「だが、運び込まれていた荷物はどれも妙に揃ってた。何度も荷車が出入りしてたし、見張りまで立ってた」
「盗賊にしては、ずいぶん組織立っていたのね」
「そうだ。それに話してる言葉も、この辺りの訛りとは違ってた。村に一時期行商人が来てたんだ」
「行商人?」
「ああ。隣国から来る商人もいた。その連中と、どこか話し方が似てた。あとは……」
男は少し考え込むように眉を寄せた。
「……何度か洞窟へ様子を見に行った時にな、木箱へこんな印が描かれてた」
男は近くに落ちていた木の枝を拾い、地面へ印を描く。
「こんな形だった」
「……!」
地面へ描かれた印は、見慣れない幾何学模様だった。
その印を見た瞬間、リオンの表情が僅かに強張る。
「リオンさん?」
「……いや」
思わず声を掛けると、リオンはすぐに表情を戻したが、そう答えながらもその視線は地面の印から離れない。
「その印に、何か心当たりがあるの?」
「……どこかで見た覚えがある。だが、まだ断定はできねぇ」
その場に、しばらく重い沈黙が落ちた。
やがてリオンが小さく息を吐き、苦笑混じりに頭をかく。
「……俺は少し早まった。盗賊だと決めつけて、いきなり剣を抜いた。悪かった」
「いや……俺たちも武器を向けた。お互い様だ」
男は苦く笑って肩をすくめた。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。
そんな中、リオンがこちらへ視線を向けた。
「レティ」
「何かしら?」
「……あんたと会ってから、俺の常識が毎日ひっくり返される」
「そうなの?」
「はい。レティさんですから」
「……それは、褒めているの?」
「もちろんです」
アンナは迷いなく頷く。
リオンは額へ手を当て、大きくため息をついた。
「……アンナはもっと常識人だと思ってたんだが」
「? アンナはしっかり者よ?」
「そういうことじゃない……。アンナまで、そっち側だったのか」
「?」
アンナは不思議そうに首を傾げる。
「今さらお気づきになったのですか?」
「……今さら知ったんだよ」
心底疲れたでも言いたげにこぼれた言葉に、思わず笑みがこぼれる。
その場に流れていた重苦しい空気は、いつの間にか穏やかなものへと変わっていた。




