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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第36話 普通のはずなのだけれど



 リオンが先に洞窟へ足を踏み入れ、周囲へ鋭い視線を巡らせながら慎重に奥を確かめていく。


 しばらくしてから、小さく息を吐いた。


「……よし。魔物の気配はないな。奥行きもあるし、雨風をしのぐには十分だ。今日はここにしよう」

「本当に洞窟で泊まるのね」


 思わず辺りを見回す。

 岩肌がむき出しになった洞窟など、本の挿絵で見た程度しかない。

 少しだけ胸が弾んだ。


「こんな場所で休むのは初めてだわ」

「俺は薪を集めてくる。アンナ、水筒を貸してくれ。水場も探してくる」

「承知いたしました」


 アンナが素直に水筒を差し出すと、リオンは今度はこちらへ視線を向けた。


「で、レティは——そこに座って待っててくれ」

「……え?」


 一瞬考え込むような顔をしてから、真顔で言われた。

 予想外の言葉に思わず目を瞬かせた。


「私も何かお手伝いできるわ」

「いや、目を離した隙に『少し見てくるわ』とか言って、洞窟の奥まで歩いて行きそうだからな」

「そんなことしないわよ」


 少しだけ頬を膨らませると、隣からアンナが穏やかに微笑んだ。


「レティさん。先ほど道に迷われたばかりですので」

「……それは」


 言葉に詰まる。

 確かに否定はできない。


 おとなしく入口近くの岩へ腰を下ろすと、リオンは「よし」と一つ頷いて洞窟を出て行った。



 しばらくすると、両腕いっぱいに薪を抱えたリオンが戻ってきた。


 水筒にもたっぷりと水が汲まれている。


 薪を組み終えたリオンは、小さく息を吐くと、指先へそっと魔力を集めた。


 次の瞬間、小さな火種が生まれ、乾いた薪へ静かに燃え移る。


 ほどなくして炎は安定し、ぱちぱちと心地よい音を立てながら、洞窟の中を柔らかな橙色に照らし始めた。


「火を起こす魔法がお得意なのね」

「これくらいなら簡単な魔法だ。……まぁ、魔法を使える人間にとっては、だけどな」


 苦笑したリオンは、焚き火へ薪をくべながら続けた。


「魔法を扱える人間は、それほど多くないからな」

「そうだったの?周りでは当たり前のように皆使っていたから、普通なのだと思っていたわ」


 私は驚いて目を丸くした。

 これまで私の周りにいた人たちは、皆ごく当たり前のように魔法を使っていた。

 だから、それが普通なのだと思っていたのだ。


 呆れたような顔をして火の具合を確かめると、リオンは真面目な顔でこちらを見た。


「……やっぱり、レティは少し世間知らずだな」

「そうかしら?」


 首を傾げると、隣にいたアンナが小さく口元を緩めた。


「レティさんの周りは、魔法を扱える方ばかりでしたからね」

「そういうことだったのね」


 納得して頷く私の横で、アンナは一瞬だけリオンへ視線を向ける。


 けれど、すぐに何事もなかったように鍋へ視線を戻し、静かにスープをよそい始めた。


「さて。夜は見張りを交代しよう。火も絶やさない方がいい」

「見張り?」


 思わず聞き返す。


(まるで本で読んだ冒険譚そのままだわ)


 本で読んだことはあったけれど、自分がすることになるとは思ってもみなかったため、少しだけ胸が躍る。


「交代で夜を見張るのね」


 そう言った瞬間、リオンの表情が固まった。


「……まさか」

「今までしたことはないわ」

「ないのか?」

「ええ。結界を張るもの」


 私は立ち上がると、洞窟の入口へ静かに手をかざした。


 淡い光が足元へ広がり、透明な膜のような結界が洞窟全体を包み込む。


「これで大丈夫よ」

「警戒結界か」

「ええ。誰かが近づけばすぐ分かるわ」

「それだけか?」

「それだけだけれど」

「いや、それじゃ意味ねぇだろ! 侵入されたら終わりじゃねぇか! だから見張りを立てるんだ!」


 リオンは勢いよく立ち上がって叫んだが、私は首を傾げる。


「近づけば目が覚めるでしょう?」

「その前に斬られたらどうするんだ!」


 頭を抱えるリオンを見ていると、アンナが静かに口を開いた。


「恐らく、その心配はございません」

「……どういう意味だ?」

「これまで夜中に結界を破られたことは、一度もございませんでした」

「それは運が良かっただけじゃ——」

「いいえ」


 アンナは静かに首を横へ振る。


「レティさんの結界を突破できる方がおられるのでしたら、見張りが一人増えたところで結果は変わりません」

「…………」


 リオンは無言のまま入口へ近づき、そっと結界へ手を伸ばした。

 するり、と手は何事もなく外へ抜ける。


「普通に出られるな」


 そのまま洞窟の外へ出ると、今度は中へ戻ろうと一歩踏み出した。


 その瞬間だった。


 バチッ——!!


「っ!?」


 鈍い衝撃とともに身体が弾き返され、リオンは勢いよく尻餅をついた。


「リオンさん!」

「あら……」


 私は目を丸くし、アンナはどこか納得したように頷く。


「やはり、そのようですね」

「……入れねぇ」

「おかしいわね。ただの警戒結界のはずなのだけれど……」


 呆然と入口を見つめるリオンと、そして首を傾げる私にアンナがどこか納得したように微笑んだ。


「……レティさん。どうやら、普通の警戒結界とは少し違うようですね」

「そうなの?」


 きょとんと首を傾げる私を見て、リオンは額へ手を当てて長いため息をついた。


「……本人だけ気づいてねぇのかよ」

「え?」

「いや、何でもねぇ」


 私が尋ねると、リオンは結界へ視線を向けたまま、小さく息を吐いた。


「……こんな結界、見たことも聞いたこともねぇぞ」


 その声は、私へ説明するというよりも、驚きが思わず口をついて出たような呟きだった。



「……これで大丈夫よ。入ってちょうだい」

「……助かった」


 一度結界を解いてもらい、リオンはどこか警戒した様子で洞窟の中へ戻ってくる。


 やがてアンナが温かなスープをよそい、三人で焚き火を囲んだ。


 静かな夜の洞窟に、他愛のない話し声がゆっくりと広がっていく。


 これまで旅先で出会った人々のこと。

 道中で起きた思いがけない出来事。


 危うく道に迷いかけたことまで話題に上ると、リオンは何度目か分からない溜め息を漏らした。


「本当に……二人だけでここまで旅をしてきたのか」

「失礼ね。ちゃんとここまで来られたでしょう?」

「無事に着いたこと自体が奇跡じゃねぇか」


 少しだけ口を尖らせる私に、リオンは苦笑する。

 その言葉にアンナまで小さく笑い、洞窟の中へ穏やかな笑い声が広がった。


 食事を終えると、それぞれ寝床へ横になる。


 焚き火の炎が小さく揺れ、赤い火の粉がふわりと宙へ舞った。


 焚き火を見つめるリオンさんは、先ほどから何度も考え込むような表情を浮かべていた。


 ……やっぱり、見張りをしなくていいというのは変なのかしら。


 でも、今まで困ったことは一度もなかったのだけれど。


 そんなことを考えながら、私も焚き火の揺らめきを眺める。


 焚き火の薪が、ぱちり、と小さく爆ぜる。


 炎の揺らめきに照らされた洞窟には、穏やかな静寂が広がっていた。


 その静寂を縫うように、洞窟のさらに奥深く——闇だけが支配する場所から、乾いた足音にも似た小さな音が響く。


 カツン。


 あまりにも微かなその音は、焚き火の爆ぜる音へ紛れ、誰の耳にも届くことはなかった。




読んでいただきありがとうございます!

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