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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第34話 彼女が残した足跡 ◇

アルバート視点です。


 朝靄が東の森を淡く包み込み、冷えた空気が静かに辺りを満たしていた。


 無残に崩れ落ちた鉄門と、黒く焦げ付いた瓦礫の山。

 その前では、集結した騎士たちが慌ただしく後始末に追われている。


 俺はその光景を静かに見つめながら、調査を終えた騎士隊長へ視線を向けた。


「——状況はどうなっている。何か分かったか?」


 問い掛けると、騎士隊長はどこか緊張した面持ちで一礼する。


「はっ。昨日、王都直轄の部隊が突入し、工場を制圧いたしました。調査の結果、大門を木っ端微塵に吹き飛ばした一撃は、高度な魔法術式によるものと判明しております」

「誰の仕業か特定できたのか?」

「いいえ。これほどの規模の爆炎陣を一瞬で展開できる魔法使いは、国中を探してもそう多くはおりません。しかし、名乗りを上げることなく立ち去ったようで、犯人の特定には至っておりません」

「……そうか」


 短く応じると、俺は馬を降り、焦土と化した門の跡へと歩み寄った。


 崩れた石材へそっと手を触れる。


 焦げ臭い空気の中には、爆炎の余韻だけではない、かすかな魔力の残滓が今なお漂っていた。


 澄み切った水面のように美しく、それでいて底知れない強さを秘めた魔力。


 ほんのわずかに残されたその痕跡へ触れた瞬間、胸の奥で確信が静かに形を成す。


(……間違いない)


 レティシアだ。


 他の者には決して気づけないほど微かな気配だった。

 だが、その魔力を俺が見誤ることは決してない。


 幼い頃から、誰よりも近くで見続けてきた魔力だ。


 何千、何万という魔法を目にしてきた今でも、その魔力だけは決して忘れることができなかった。


 どれほど巧みに気配を消そうとも、その名残は俺の肌へ痛いほど鮮明に伝わってくる。


「……それと、アルバート殿下。保護された領民たちから、一つ気になる証言がございました」


 騎士隊長の声に、ゆっくりと振り返る。

 隊長は手元の書類へ目を落としながら続けた。


「爆発の直後、この工場を見下ろす北側の崖の上に、二つの人影を見た者がおります。もっとも、炎に照らされていたとはいえ夜間のことですので、怯えた領民による見間違いという可能性も——」


 その言葉を最後まで聞くことはなかった。

 気づけば俺は、弾かれたように北の崖を見上げていた。


 切り立った崖の上には、朝焼けの淡い光が静かに差し込んでいる。


 そこにはもう、誰の姿もない。


(……そこに、いたのか)


 ほんの数時間前まで、あの場所には彼女がいた。

 俺がここへ辿り着くより、ほんの少しだけ早く、この地を去ってしまったのだ。


(……また、一歩遅かった)


 知らず、手綱を握る手へ力がこもる。

 今すぐ馬を走らせれば、追いつけるのではないか。


 そんな衝動が胸を激しく掻き立てる。


 問い掛けたいことは山ほどあった。

 あの日の手紙に込められた本当の想いを、俺はまだ何一つ理解できていない。


 なぜ一人で背負い込み、誰にも頼ろうとしなかったのか。

 だからこそ、その姿をこの目で確かめたかった。


 けれど、その衝動を押し殺すように、俺は静かに目を閉じる。


 肺の奥に溜まっていた息を、ゆっくりと吐き出した。


(……無事なら、それでいい)


 誰にも縛られることなく、自らの信じる道を歩み、こうして生きている。


 それだけで十分だった。


 少なくとも、彼女は生きている。

 その事実だけが、張り詰めていた胸をわずかに緩めてくれる。


 再び目を開けると、胸の内に残っていた迷いは、静かな決意へと変わっていた。


「……引き上げる。トロン伯爵の身柄と隠し帳簿は厳重に押さえろ。関与した者たちも、一人残らず洗い出せ」

「はっ!」


 レティシアが残したこの手掛かりを、決して無駄にはしない。


 そう心に誓いながら、俺は静かに踵を返した。


◇◇◇


 数日前、西の結界石に異常が発生したとの緊急伝達を受け、俺は魔術師団を率いて西の辺境へと向かった。


 しかし、現地で確認した結界石には異常らしい異常は何一つ見当たらなかった。


 それどころか、結界はこれまで以上に強固なものへと組み替えられ、澄み切った魔力によって隅々まで補強されていたのである。


(……この魔力は)


 間違えるはずがなかった。


 これほどの規模の結界を再構築できる者は、この国でも限られている。


 国王陛下か、俺か——あるいは、レティシア。


 調査を終えた俺は、情報収集と砦の状況確認を兼ね、その夜は砦へ滞在することにした。


 そこで耳にしたのは、少し前に起きた奇妙な出来事だった。


 砦の近くに架かる橋が何者かによって崩され、川を塞ぐ巨大な岩のせいで復旧作業は難航を極めていたという。


 橋には人為的に破壊された痕跡が残されており、兵たちの間でも何者かの工作ではないかと囁かれていたらしい。


 ところが翌朝、その状況は一変したという。


『本当に驚きましたよ。一晩明けたら、あれほど動かせなかった巨岩だけが跡形もなく消えていたんです』


 兵士は今思い返しても信じられないというように目を丸くしていた。


 そのおかげで橋の復旧は順調に進んだという。


 しかし、それで話は終わらなかった。


 数日後、今度は二キロほど離れた森の奥で、その巨岩が発見されたというのである。


 現場には何かを押し潰したような跡が残され、周囲には証拠を隠滅しようとした形跡まで見つかったらしい。


 現在も調査は続けられているという報告だった。


『酒場では皆、『白銀の魔女』の仕業だって噂してますよ。岩ごと転移させたんじゃないかって』


 酔った兵士たちは笑い話のように語っていた。


 俺も表向きは何も言わず、その話を聞き流した。

だが、胸の奥では一つの答えが静かに形になり始めていた。


(……レティシア。やはり、お前なのか)



 翌朝、すぐにレティシアの足取りを追おうとした矢先だった。


 通りがかった広場で、大勢の子どもたちが楽しそうに輪になって遊んでいる姿が目に入る。


 よく見ると、大人たちまで興味深そうに輪へ加わっていた。


 自然と足がそちらへ向く。


 子どもたちの前には、文字が書かれた札が並べられ、それを組み合わせながら言葉を作って遊んでいた。


 遊びながら自然と文字を覚えられるよう工夫された教材だった。


「……これは何だ」


 問い掛けると、一人の少女が嬉しそうに札を掲げる。


「お姉ちゃんが作ってくれたの! みんなでお勉強できるんだよ!」

「お姉ちゃん?」

「うん! すっごく綺麗で、お姫様みたいな人だった!」


 その言葉に胸が小さく揺れた。


 さらに周囲の者へ話を聞くと、以前詐欺に遭いかけたところを助けられたという老人が、その時のことを思い返すように目を細めた。


「あのお嬢さんは、本当に美しい瞳をしておってな。まるで高価な宝石のようじゃった。……高価な宝石など見たことはないがな」


 そう言って老人は照れくさそうに笑った。


 だが、その言葉を聞いた瞬間、脳裏に浮かんだのは、陽の光を受けて輝くサファイアのような、澄んだ青い瞳だった。


 探し求めていた人物像が、一つ、また一つと繋がっていく。


 俺は老人から聞いた道筋を胸に刻み、そのまま馬首を南へ向けた。



 辿り着いた村は、不思議なほど活気に満ちていた。


 事情を尋ねれば、領主に囚われていた家族が戻ってきたのだと、誰もが涙を浮かべながら喜んでいる。


 王太子である俺は耳を疑った。


 詳しく話を聞くうちに、トロン伯爵が裏で行っていた強制労働や人身売買の実態が少しずつ明らかになっていく。


 その時だった。


「……この間のお嬢さんは、ご無事かしら」


 人混みの中から聞こえたその一言に、思わず足が止まる。


「今の話を、詳しく聞かせてくれ」


 声を掛けると、村人は青ざめた顔で震えながら口を開いた。


「数日前、この村を通られた旅のお嬢様です。深くフードを被っていらっしゃいましたが……月明かりのように綺麗な髪が見えて、それに、一瞬だけ見えた瞳が、本当に宝石みたいで……」


 そこで言葉を詰まらせると、村人は気まずそうに俯き、小さく唇を噛んだ。


「この辺りでは、美しい女性を見かけたら伯爵へ報告するよう命じられていたのです。気に入られた女性は屋敷へ連れて行かれると……。あの女性が巻き込まれていなければよいのですが……」


 胸の奥が、鈍く軋んだ。

 静かな怒りが、ゆっくりと全身へ広がっていく。


(……あの男は、レティシアにまで手を伸ばそうとしたのか)


 それ以上話を聞くことなく、俺は馬へ飛び乗った。


 街へ着いた時には、すでに王都直轄騎士団が伯爵の配下を制圧している最中だった。


 俺はそのまま詰所へ向かい、伯爵の尋問結果と現状の報告を受け——そして今、この場所へ辿り着いたのである。



(……すべて、繋がった)


 北の崖を見つめながら、俺は静かに息を吐いた。


 結界石の補強も。

 崩れた橋と巨岩も。

 子どもたちへ残した教材も。

 そして、この工場を破壊し、人々を救い出したことも。


 すべて、レティシアが歩んできた軌跡だった。


 公爵家を出たあとも、彼女は行く先々で人を救い、優しさを残しながら旅を続けていたのだ。


「……ふ」


 思わず小さく笑みが漏れる。

 俺はずっと、彼女は守られるべき存在なのだと思っていた。


 だが、本当は違った。


 彼女は誰よりも強く、自らの意志で歩き続けられる人だった。


(……それでも、お前に会いたい)


 だが、今はその想いだけで動くわけにはいかない。


 レティシアが危険を冒してまで残してくれた、この手掛かりを無駄にするわけにはいかなかった。


「トロン伯爵に関わる者を徹底的に洗え。帳簿に記された者は一人残らず調べ上げろ」

「はっ!」


 レティシアが切り開いた道は、俺が最後まで繋ぐ。


 それが王太子としての務めであり、今のレティシアに俺ができる唯一のことだった。


(待っていてくれ、レティシア)


 すべてを片づけたその先で、必ずお前を迎えに行く。


 その想いだけを胸に、俺は静かにその場を後にした。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、評価(★★★★★)やブックマークで応援していただけると、とても励みになります。


次回からは新たな展開へ進んでいきますので、引き続きレティシアたちの旅を見守っていただけたら嬉しいです。

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