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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第25話 静かな村



 遠くに見えていた小さな村は、歩みを進めるごとに少しずつその姿をはっきりと現していった。


 石と木で造られた家々が寄り添うように建ち並び、その周囲には畑や家畜小屋が点在している。


 村の規模はそれほど大きくはない。

 王都と比べれば、人の数もずっと少なかった。


「思っていたより小さな村なのですね」


 私が呟くと、リオンは短く「ああ」とだけ返事をする。

 その横顔は、村へ近づくにつれて少しずつ険しくなっているような気がした。


(どうしたのかしら)


 何か気になることでもあるのだろうか。

 けれど尋ねるほどでもない気がして、そのまま歩き続ける。


 村の入口へ辿り着くと、畑で作業をしていた年配の男性が私たちへ軽く頭を下げた。


「旅のお方ですかな」

「ええ。少し休ませていただこうと思いまして」


 私が答えると、男性はどこか疲れたような笑みを浮かべた。


「それでしたら宿があります。一本道を進んだ先です」

「ありがとうございます」


 私が礼を言うと、男性は笑みを返した。


 ……けれど、その視線は私ではなく、一瞬だけ村の奥へ向いた。

 何かを気にしているようだった。


 けれど、村へ入ってすぐ、私は小さく首を傾げた。


(……静かな村なのね)


 人がいないわけではない。


 畑では鍬を振るう人がいて、井戸のそばでは女性たちが洗濯をしている。


 それなのに、どこか活気がない。


 誰もが必要以上に口を開かず、私たち旅人へ向ける視線も、どこか様子を窺うようだった。


(田舎だから……かしら)


 子どもたちの笑い声も聞こえない。

 王都では朝から夕方までどこかで子どもが走り回っていたから、その違いに少しだけ驚く。


「レティさん?」


 私が辺りを見回していることに気づいたのか、アンナが小さく声を掛けてくる。


「ええ。少し静かな村だなと思って」

「田舎ですからね」

「そうね」


 アンナは穏やかに微笑んだ。

 前世でも、田舎は若い人が都会へ働きに出てしまうと聞いたことがある。


 高齢の方が多くなるのは珍しくないのだろう。

 そう考えると、この静けさにも納得がいった。


 私は特に気にすることなく歩みを進める。


 一方で前を歩くリオンは、家並みや畑へ視線を巡らせながら、ときおり歩幅を緩めていた。


 井戸の近くで立ち話をしていた村人へ何気なく目を向ける。

 広場の脇に積まれた荷車や干された洗濯物。

 そんな些細なものまで、一つ一つ確かめるように視線を動かしている。


(何を見ているのかしら)


 景色を楽しんでいるというより、何かを探しているようにも見える。


(本当に、不思議な人)


 村を見るだけでも、何かを探しているようだった。


 やがて村の中央らしき場所へ辿り着く。

 小さな広場があり、その奥には二階建ての建物が見えた。


 入口には木製の看板が掛けられている。


「宿ですね」

「ああ」


 リオンは頷いたものの、その視線は宿ではなく広場へ向いていた。


 私もつられて見渡してみるが、特に変わったものはない。

 年配の女性が野菜を並べ、小さな露店を開いているくらいだ。

 王都ほど賑やかではないけれど、のどかな村の風景に見えた。


「どうかなさいましたか?」

「いや。……行こう」


 私が尋ねると、リオンは一瞬だけこちらを見たが、それだけ言ってまた前を向いた。


 宿の扉を開けると、小さな鈴が澄んだ音を鳴らした。

 受付の奥から現れたのは、五十代ほどの女性だった。


「いらっしゃいませ」


 優しい笑顔だった。

 けれど、その笑顔はどこかぎこちなく見える。


 ……気のせいだろうか。


「三人だ」

「空いておりますよ」


 リオンが告げると、女性は帳面を取り出しながら答えた。


「一泊でよろしいですか?」

「ああ」


 そのやり取りを聞きながら、私は宿の中を見回した。

 昼時を少し過ぎているというのに、食堂には人影がまばらだった。


 数人の旅人らしき人が食事をしているだけで、村人らしい姿はほとんど見当たらない。


(皆さん、お仕事中なのかしら)


 畑仕事なら、この時間でも外にいるのは不思議ではない。

 そう思えば特に違和感はない。


「お部屋はこちらになります」


 宿の女性に案内されながら階段へ向かう。

 その途中、不意にリオンが口を開いた。


「この村は昔からこんなに静かなのか?」


 何気ない問い掛けだった。

 けれど、宿の女性の足がほんのわずかに止まったように見えた。


「……ええ。小さな村ですから」


 振り返った彼女は穏やかな笑顔を浮かべていた。

 けれど、その笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ影が差したような気がした。


(……気のせい、かしら)


 私は深く考えることなく、そのまま女性の後を歩き続けた。


 一方で、リオンだけは何も言わず、その背中をじっと見つめていた。



 部屋へ荷物を置いたあと、私たちは一階の食堂へ降りてきた。


 夕暮れが近づいていることもあって、先ほどより人は増えていたものの、思っていたほど賑やかではない。


 旅人らしき人が数組と、村人と思われる人が数人おり、皆静かに食事を口へ運んでいる。


「落ち着いた宿ですね」

「ああ」


 思わずそう呟くと、向かいに座るリオンが小さく周囲を見回し、短く返事をした。


 宿の女将が料理を運んできてくれる。


「お待たせしました」


 焼いた川魚と野菜の煮込み、それに焼き立てのパン。

 どれも素朴だけれど、とても美味しそうだった。


「ありがとうございます」


 礼を言って口へ運ぶと、野菜の甘みが優しく広がった。


「美味しい……」

「お気に召しましたか?」

「はい、とても」


 思わず声が漏れると、女将が嬉しそうに笑った。

 私が微笑むと、女将もどこか安心したように笑みを返す。


 そのまま去ろうとしたところで、不意にリオンが声を掛けた。


「この村は静かだな」

「……そうですねぇ」


 女将の肩が、ほんの僅かに揺れた気がしたが、笑顔のまま答える。


「旅人はよく来るのか?」

「ええ……最近は少し増えました」

「この規模の村には珍しいな」

「そう……ですね」

「商人も?」

「そう……ですね」


 短い返事だったが、その笑顔はどこか引きつって見えた。


「その割には、村はずいぶん静かだ」

「皆さん早寝ですから」

「若い者も少ないようだ」

「田舎ですので」


 どこか決まり文句のような返事だった。

 女将はそれ以上話を広げることなく、一礼して厨房へ戻っていく。


 私はパンをちぎりながら小さく首を傾げた。


「若い方は街へ出てしまうのでしょうか」

「そういう村も多いと思います」


 アンナが静かに答える。


(……前世でも、そんな話を聞いた気がするわ)


 そう考えると、この村が静かな理由も納得できた。

 けれど向かいに座るリオンだけは、まだ何か引っ掛かっているようだった。


 食事の最中も時折窓の外へ視線を向けている。


「何か気になることでもあるのですか?」

「……いや」


 私が尋ねると、彼は少しだけ考えてから答えたが、それだけだった。


(本当に変な人)


 何か言いかけては飲み込む。

 そんなことを何度も繰り返している。


 夕食を終え、私は少し外の空気を吸いたくなった。


「少しだけ歩いてこようかしら」

「私もご一緒します」


 アンナが立ち上がろうとすると、リオンも静かに席を立った。


「俺も行く」

「そんなに警戒なさらなくても」


 思わず苦笑すると、リオンは真顔のまま答える。


「護衛役だからな」

「この村まで、でしたよね?」

「……まぁ、そうだ」


 渋い顔ながらも真面目に返されてしまい、それ以上何も言えなくなる。


 三人で宿を出ると、空は茜色から群青へと移り始めていた。


 村には明かりが少なく、遠くで犬が鳴く声だけが響いている。


 私はその静かな景色を眺めながら歩いていた。

 その時、遠くで馬のいななきが聞こえた。


 荷馬車だろうか。

 村外れの方から、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 私は何気なくそちらへ目を向けた。


「こんな時間でも荷物を運ぶのですね」


 そう呟いた瞬間だった。

 隣を歩いていたリオンの足が止まる。


 その表情が、これまでになく険しくなっていた。


「……どうかなさいましたか?」


 私が尋ねても、彼は答えない。

 荷馬車を見つめたまま、静かに目を細めている。


 荷台には大きな布が掛けられていて、中は見えない。


 けれど、その荷馬車は村の中心へ向かうことなく、建物の裏手へ回るように進んでいった。


 荷馬車が近づくと、道端にいた村人たちが何も言わず道を空けた。


 誰も荷台を見ようとしない。

 まるで最初から存在しないもののように目を逸らしていた。


 しかも御者は周囲を何度も見回し、まるで人目を避けるようだった。


 私はただ、「夜だから慎重なのかしら」としか思わなかった。

 けれど、リオンだけは違った。


(……おかしい)


 その一言を、彼は口には出さなかった。


 それでも、隣に立つ私にも分かるほど、その眼差しだけは鋭く変わっていた。


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