第24話 探る人、探られる人
街道を外れた細い村道を、私たちはゆっくりと進んでいた。
道の両脇には背の高い草が揺れ、吹き抜ける風が葉をさらさらと鳴らしていく。
先頭を歩いているのはリオンで、その少し後ろを、私とアンナが並んで進んでいた。
同行することになってからしばらく経つというのに、私たちの間に交わされる会話は驚くほど少ない。
けれど、その沈黙は決して気まずいものではなく、むしろ互いの様子を静かに窺い合っているような、不思議な空気をまとっていた。
……いえ、正確には、窺っているのは向こうの方なのかもしれないけれど。
「レティ」
「はい?」
「旅は長いのか?」
前を歩いていたリオンが、不意に振り返って唐突に問いかけてきた。
「まだ始まったばかりです」
「そうか」
それだけ答えると、彼はまた前を向いて歩き出した。
(それを聞いて、どうするつもりなのかしら)
少し不思議に思っていると、今度はまた別の質問が飛んでくる。
「行き先は決まっているのか?」
「まだ決めていません」
「決めていない?」
「はい」
私は素直に頷いた。
「綺麗な景色があれば眺めて、美味しいものがあれば食べて……途中で何か気になることがあれば少し寄り道をして。そんな旅も楽しそうだと思いまして」
リオンはしばらく黙ったまま歩いていたが、やがて小さく呟くように言った。
「……ずいぶん自由なんだな」
「そうかもしれませんね。今まで、どこへ行くにも行き先は決められていましたから」
言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。 私は前世でも、旅行らしい旅行をほとんどしたことがなかったし、今世でも王都と屋敷を往復するばかりで、こうして気ままに旅をするのは初めてに近い。
旅というもの自体が、まだよく分かっていないのだ。
「どこかおすすめの場所はありますか?」
私がそう尋ねると、リオンは一瞬だけ言葉を失ったような顔をした。
「……おすすめ?」
「はい。綺麗な景色でも、美味しい食べ物でも」
「…………旅先でそんなことを聞かれたのは初めてだ」
「そうなのですか?」
「ああ」
何故か彼は難しい顔をしている。
そこで一度、会話は途切れた……はずだったのだけれど。
「困っている人を見ると放っておけない性格か?」
またしても、リオンから質問が飛んできた。
私は少し首を傾げる。
「……どうでしょう」
「どうでしょう?」
「私にできることでしたら、そのままお手伝いすることもあると思います」
「見返りもなくか?」
「見返りですか?」
「金とか名誉とか」
「……考えたことはありませんね」
少し考えてみたけれど、お金や名誉が欲しいかと聞かれると、特にそう思ったことはなかった。
生活するのに困らない程度にあれば、それで十分だ。
「何か気になることがあれば見に行きますし、私にできることでしたら、何かすることもあるかもしれません。でも、それだけです」
少し考えてから、小さく笑う。
「もちろん、私にもできないことはありますから。何でも解決できるわけではありませんし」
その瞬間、リオンの足がほんのわずかに止まった。
すぐにまた歩き出したけれど、その横顔は何かを考え込んでいるように見えた。
(変なことを言ったかしら)
ふと隣を見ると、アンナがじっとリオンを見つめている。
その目は穏やかではあるものの、どこか警戒を含んでいるようにも見えた。
「アンナ?」
「……何でもございません」
小さく呼びかけると、彼女はすぐにこちらへ視線を戻した。
そう答えたものの、その目はなおもリオンの背中を追っている。
(……?)
どうしたのだろう。
私にはよく分からない。
再び歩き始めてしばらくすると、今度はリオンの方からまた振り返ってきた。
「魔法は得意か?」
「ええ、一応」
「一応、か。……風魔法か?」
「え?」
「いや、何となくだ」
「……まあ、皆さんそれぞれ得意不得意がありますものね」
そう答えたところで、アンナがこほん、と小さく咳払いをした。
「レティさん」
「はい?」
「旅先でご自身のことをあまり詳しくお話しになるのは……」
「あ。たしかにそうね」
言われて、ようやく思い出す。
約束していたではないか。
目立たないこと。
むやみに自分のことを話さないこと。
「ごめんなさい」
「いえ」
「警戒するに越したことはありません」
アンナは困ったように微笑んだ。
そのやり取りを見ていたリオンが、苦笑を浮かべる。
「随分と信用がないな」
「旅人同士ですから。お互い、詮索しすぎない方がよろしいかと」
アンナはにこやかに答えた。
柔らかな口調だったけれど、その言葉にははっきりとした線引きがあった。
これ以上は踏み込まないでください、と、静かに告げているようでもあった。
リオンは少しだけ目を細める。
「……なるほど」
それ以上は何も聞いてこなかった。
私は何となく二人を見比べる。
(何だか二人とも、遠回しなお話をしている気がするわ)
けれど、その意味までは分からない。
そんなことを考えているうちに、今度は私の方から尋ねてみたくなった。
「リオンさんは?」
「何だ」
「どちらからいらしたのですか?」
「……色々な所を歩いている」
「旅がお好きなのですね」
「まあな」
返ってきた答えは、それだけだった。
(……あら?)
さっきまで私にはあれこれ質問していたのに、自分のことになると、ほとんど何も話さない。
少し不思議に思っていると、アンナが私へ小さく笑いかけてきた。
その笑顔を見て、私は何となく察する。
(そういうことだったのね)
聞かれたくないこともあるのだろう。
それなら、それ以上尋ねるのは野暮というものだ。
私は気持ちを切り替えて、話題を変えることにした。
「この辺りは静かなところですね」
思わずそう呟くと、リオンは足を止めることなく周囲へ視線を巡らせた。
「……静かすぎる」
「え?」
「いや」
聞き返すと、彼は小さく首を振る。
それだけ言って前を向く。
私はつられて辺りを見回した。
風が木々を揺らし、草がさらさらと音を立てている。
穏やかで、とても心地よい。
街道を歩いていた時よりも人の気配は少ないけれど、そのぶん自然が近く感じられる。
「私は好きですよ。この静けさ」
そう言うと、リオンは一瞬だけこちらを見た。
その表情はどこか複雑そうで、何かを考え込んでいるようにも見える。
「……そう見えるなら、それでいい」
「違うのですか?」
「いや。気にするな」
首を傾げると、彼は少しだけ苦笑した。
そしてそれ以上は何も言わず、再び前を向いて歩き始める。
(……変な人。でも、悪い人ではなさそうなのよね)
静かな森なのに、何がそんなに気になるのだろう。
私は小さく首を傾げながら、リオンの後ろを歩き続けた。
何だか含みのある言い方だったけれど、その意味を尋ねるより先に、遠くの方に小さな建物が見えてきた。
「あ……」
思わず声が漏れる。
道の先、煙突から細い煙が立ち昇り、その周囲には小さな畑が広がっていた。
石造りと木造の家々が寄り添うように並ぶ、こぢんまりとした村だった。
「村ですね」
「ああ」
私は少しだけ胸を躍らせた。
王都とは違う、小さな村。
そこには、私の知らない日常があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は静かに歩みを進めた。




