第23話 お断りします
私はそんな青年の様子を見つめながら、ほんの少しだけ眉を寄せた。
(……なんだか失礼な人ね)
別に笑われるようなことを言った覚えはない。
隣を見ると、アンナも青年へじとりとした視線を向けており、やがて私の袖をそっと引いた。
「レティさん、先を急ぎましょう」
「ええ、そうね」
これ以上ここにいても仕方がない。
小さく頷き、その場を離れようと足を踏み出した、その時だった。
「待ってくれ」
背後から呼び止められ、私は怪訝に思いながらも振り返る。
青年は苦笑しながら小さく頭を掻く。
「気を悪くさせたならすまない。ここまで笑ったのは、ずいぶん久しぶりでな」
少し照れくさそうに視線を逸らすと、慌てたように言葉を続けた。
「勘違いするな。君を馬鹿にしたわけじゃない。ただ……想像していた人物と、あまりにも違いすぎた」
最後のほうは何か言っていることはわかったが、何を言っているか聞き取れなかった。
先ほどまで笑っていた青年は、今度は打って変わって真面目な表情をしていた。
「それでなんだが……一緒に行かせてもらえないか」
「……?」
思わず首を傾げる。
どうしてそんな話になるのだろうか。
「お断りします」
考えるより先に答えが口をついて出た。
青年は一瞬目を丸くし、それから苦笑する。
「即答か」
「ええ。必要ありませんので」
知らない男性と旅を共にする理由など一つもない。
まして、どうして同行したいのか、その理由さえ分からないのだから。
再び歩き出そうとすると、青年は小さく息を吐き、静かに口を開いた。
「さっきのは魔物だ」
その一言に、私は思わず足を止める。
「あれは、ただの魔物じゃない」
「え?」
「ラビットファングの上位種だ」
思わずアンナと顔を見合わせた。
「ラビットファング……?……上位種だったの?」
思わず眉を寄せる。
王妃教育で学んだラビットファングは、中型犬ほどの大きさをした魔物だったはずだ。
けれど、先ほど目の前にいたのは、どう見ても野うさぎほどしかなかった。
私の顔から疑問を読み取ったのか、青年は言葉を続けた。
「普通のラビットファングはもっとでかい。だが、上位種は違う。魔力を隠し、獲物を油断させるため、小型化する性質がある。見た目が可愛らしいほど危険だと思え」
「そうだったの……」
「存じませんでした……」
アンナも少し驚いたように呟く。
青年は呆れたように額へ手を当てた。
「まさか、知らずに近づいたのか?」
「かわいかったので」
素直に答えると、青年は言葉を失った。
何か言いたげに口を開きかけては閉じることを何度か繰り返し、ようやく諦めたように息を吐く。
「……普通は人間を油断させ、近づいたところで喉笛を食い破る魔物だ」
「そうだったのね。教えてくださってありがとうございます。次からは気を付けます」
私は素直に頷き、礼を言って軽く頭を下げる。
これで話は終わりだと思ったのだけれど、青年はなぜか信じられないものを見るような顔をした。
「……それで終わりか?」
「?……それでは」
私は首を傾げつつも、もう一度会釈をして歩き出そうとする。
「待て」
また呼び止められた。
さすがに何度も止められると困ってしまう。
「俺もこっちへ用がある」
「そうなのですね」
それなら道が同じなのだろう。
そう納得した私へ向けて、青年は当然のように言った。
「だから同行する」
「しません」
即座に断ると、青年は一瞬黙り込み、それから真顔のまま私を見つめた。
「……」
「……」
しばらく無言が続いたあと、私は小さくため息をつく。
「同行は不要です。ついてこないでください」
「断る」
「一本道ですもの。同じ道を歩くなとは言えませんけれど……」
「そういう意味じゃない」
あまりにもきっぱりと言い切られ、私は思わず瞬きをした。
「これまで何もなかったから大丈夫、という考えは危険だ」
「大丈夫ではなくても、あなたに護衛をお願いするつもりはありません」
「……そこじゃないんだが」
私が首を横へ振ると、青年は疲れたように額へ手を当て、小さく息を吐いた。
そしてしばらく黙り込んだあと、諦めたように私を見た。
「……どこから来たのかは知らないが、この先は大きな街がほとんどない。村と森ばかりだ。街道を少し外れれば魔物と遭遇することも珍しくない」
そう言って、前方へ続く街道へ視線を向ける。
私はその言葉に小さく頷いた。
「そうなのですね」
「……そんな呑気な話じゃない」
青年は頭痛でもするかのようにこめかみを押さえる。
「さっきみたいに上位種へ何も知らず近づけば、本当に命を落とすぞ」
「でも、教えていただきましたから。次からは気を付けます」
「そういう問題じゃない。魔物は種類ごとに習性も違えば、危険度も違う。見た目だけでは判断できないものも多い」
「……そんなに違うのですか?」
「ああ。知識がなければ、いつ命を落としてもおかしくない」
青年は深いため息を漏らしながらも、迷いなく頷いた。
私は少しだけ考え込み、小さく頷く。
「……知識不足でした」
素直に認めると、青年は一瞬だけ意外そうな顔をした。
「今まで誰と旅をしてきた?」
「アンナと二人です」
そう答えると、アンナも静かに続ける。
「街道沿いを進みながら、村へ立ち寄ってまいりました」
青年は私たちを見比べると、呆れたように息を吐いた。
「……運が良かっただけだな」
「運、ですか?」
「ああ。この先は今までとは違う。人も少ない。魔物も増える。運だけで歩ける道じゃない。……俺は、それで命を落とした奴を何人も見てきた」
青年は静かにそう言った。
先ほどまで笑っていた人とは思えないほど低く落ち着いた声だった。
「知識がないまま森へ入り、『運が良かった』だけで生き延びてきた奴ほど危ない。……運は、いつか尽きる」
真っ直ぐ向けられたその視線には、脅かそうという色はなかった。
ただ事実だけを告げているのだと分かる。
だからこそ、私は素直に頭を下げた。
「忠告、ありがとうございます」
礼を言って再び歩き出そうとすると、青年は大きくため息をついた。
「……やっぱり駄目だ」
「?」
青年は今度は私ではなく、隣に立つアンナへ視線を向ける。
「君一人なら、まだ好きにしろと言えた。だが、二人だ。いざという時、一人が戦えば、もう一人を守らなければならない。魔物はそんな都合よく待ってくれない」
アンナはその言葉に静かに青年を見返した。
「……私も多少は剣を扱えます」
アンナの言葉に、私は思わず隣を見た。
(アンナ、剣が使えたの……?)
初めて聞く話だった。
青年は私たちの反応など意に介した様子もなく、小さく頷いた。
「それは見れば分かる。立ち方に無駄がない。多少は剣を握ったことがあるんだろう。だが、上位種相手では足りない」
(え、わかるものなの……?)
私の内心は置いてけぼりに、青年は首を横に振る。
そこで一度だけ私たち二人を見回し、観念したように息を吐いた。
「少なくとも次の村までは同行する」
これ以上断っても、この人は引き下がりそうにない。
それにここまで真剣に危険を伝えようとしてくれる人を、無下に追い払うのも違う気がした。
魔物に関する知識や、この先の街道の情報を教えてもらえるのは、確かに心強い。
「……分かりました。次の村まで、よろしくお願いします」
「ああ」
私が小さく頭を下げると、青年はどこか安堵したように、けれど気まずそうに小さく鼻を鳴らした。
青年は一瞬だけ視線を伏せ、それから静かに口を開いた。
「……俺はリオンだ」
「私はレティと申します。こちらはアンナです」
「よろしく頼む、レティ、アンナ」
こうして、私たちは次の村まで『リオン』と名乗る青年と同行することになってしまった。




