第21話 迎えに行く ◇
アルバート続きます。
その場の空気が、一瞬にして張り詰めた。
飛び込んできた伝令兵を見据えた陛下は、低く落ち着いた声で命じる。
「申せ」
「はっ!」
伝令兵は胸元から一枚の紙を取り出すと、両手で恭しく差し出した。
「西方辺境の方より、緊急伝達魔法が届きました!」
緊急伝達魔法——
この魔法を扱える者は、王国でもごくわずか。
膨大な魔力に加え、高度な魔法制御を必要とするため、王族と限られた上層部しか使用できない。
情報漏洩を防ぐため、存在そのものも秘匿されている緊急連絡手段だった。
陛下は紙を受け取り、静かに目を走らせる。
その表情が僅かに変わったのを見て、思わず息を呑んだ。
「……陛下?」
問いかけても返事はない。
もう一度紙へ視線を落とした陛下は、小さく息を吐いてから俺を見た。
「アルバート」
「はい」
「西方へ向かえ。結界石の状況を確認し、必要であれば対処せよ」
その命令に、思わず言葉を失った。
「……ですが」
ようやくレティシアを探しに行ける。
そう思った矢先だった。
結界石の異常を放置できないことも、王太子である以上この命令を拒めないことも、理解している。
それでも、握り締めた拳には自然と力が入ってしまう。
そんな俺の様子を見た陛下は、何かを悟ったように小さく息を吐くと、手にしていた紙を静かに差し出した。
「これを見ろ」
受け取った紙へ視線を落とすと、そこに記されていたのはたった一文だけだった。
『国境付近の結界石に異常があります。至急ご確認ください』
その文字を目にした瞬間、心臓が大きく脈打つ。
「……これは」
見間違えるはずがない。
十年以上、見続けてきた文字だった。
「レティシア……?」
「私もそう思っている」
思わず零れた名前に、陛下は静かに頷く。
「ですが、なぜ……」
「分からん。だが、偶然とは思えん」
真っ直ぐ俺を見据えた陛下は、穏やかな声で続けた。
「魔術師団も同行させる。結界石を確認してこい」
その言葉の意味を理解するまで、一瞬だった。
結界石の調査という名目で西方へ向かえ。
つまり——レティシアを探してこいということだ。
陛下の真意を悟った俺は、深く頭を下げた。
「かしこまりました」
◇
国王陛下の執務室を辞したあとも、あの紙のことが頭から離れなかった。
自室へ戻るなり机の上へ静かに広げ、指先でそっと紙の端をなぞる。
短く簡潔な報告文に、癖のない整った筆跡。
それでも、その止めや払いに滲む僅かな癖だけは見間違えようがなかった。
王妃教育で提出された報告書も、政務でまとめた資料も、会議で交わした書類も、これまで何度となく目を通してきた。
だから分かる。
これは間違いなく、レティシアの字だった。
「……無事だったんだな」
自然と漏れた声に、自分でも驚く。
胸の奥で張り詰めていたものが、少しだけほどけていくのを感じた。
名を書かなかった理由も理解できた。
今の彼女は、自ら姿を消している身だ。
名前を書けば、それだけで居場所を知らせることになってしまう。
だから何も記さなかった。
それでも困っている者を放っておけず、こうして知らせだけは寄越したのだろう。
「……本当に、お前らしい」
苦笑にも似た笑みが漏れたその時、控えめなノックの音が執務室へ響く。
「失礼します」
聞き慣れた声に顔を上げると、旅装束のままのルーカスが一礼して部屋へ入ってきた。
「殿下。白銀の魔女について、新しい報告があります」
「何か分かったのか」
「はい」
ルーカスは頷くと、机の上へ一枚の地図を広げた。
「白銀の魔女に関する噂が、どこから広まったのか調べてきました」
そう言って地図の一点を指差す。
「最初は枯れた井戸の回復、次が土砂崩れの復旧。そして男を叩きのめしたこと」
「……叩きのめした?」
レティシアとは結びつかない言葉がでてきて思わず聞き返してしまう。
「問題のある男が女性に絡み、暴力から守ったとのことでした。その際に男たちは手も足もでずに一瞬で制圧されたとか」
「……まぁ、レティシアなら素人相手なら不思議はないな。続けてくれ」
レティシアの武術の技術の高さは知っている。
俺でも勝てるのかわからない。
……いや、勝てないな。
レティシアに手をあげるなんて訓練であっても無理だ。
一瞬思考が飛ぶが、我に帰りルーカスをみると、一つ、さらに二つと印をつけていっていた。
「はい。そして最後が魔物の討伐です」
四つ目の印を付け終えると、ルーカスはそれらを一本の線で結んだ。
「ご覧ください。すべて同じ街道沿いなんです」
思わず地図へ身を乗り出して確認すると、西方へ続く街道だった。
そして、その終点は——
先ほど陛下から命じられた結界石のある場所と、ほぼ重なっていた。
ルーカスは静かに言葉を続ける。
「さらに、そのすべての噂が流れ始めた時期は、姉上が姿を消した直後でした」
その一言で、胸の鼓動が大きく跳ねる。
視線は自然と机の上の紙へ落ちた。
西方。結界石。白銀の魔女。そして、この筆跡。
散らばっていた点が、一つ、また一つと線で繋がっていく。
もう疑う余地はなかった。
「……白銀の魔女は——レティシアだ」
静かに息を吐き、確信を口にする。
ルーカスも同じ結論に辿り着いていたのだろう。 力強く頷きながら、「俺もそう思います」と短く答えた。
その瞬間、胸の奥を満たしたのは、何よりも大きな安堵だった。
生きていた。
無事だった。
それだけで十分だった。
ようやく居場所へ繋がる道を見つけたのだ。
もう迷うことはない。
机の上の紙を丁寧に畳み、そっと胸元へしまう。
そして静かに立ち上がる。
「迎えに行く」
その一言に、ルーカスはすぐには頷かなかった。
少しだけ視線を伏せ、小さく息を吐く。
「……本当は、俺が迎えに行きたいです。姉上は俺の家族ですから」
その声には、どこか悔しさが滲んでいた。
何も言わず、その言葉を受け止める。
ルーカスは苦く笑うように続けた。
「でも、殿下が城を空けるなら、こちらを回す人間が必要です」
アリスの件もまだ終わってはいない。
王太子が不在となれば、その間の政務も滞らせるわけにはいかなかった。
「だから、城のことは俺に任せてください」
一度言葉を切ると、ルーカスは真っ直ぐ俺を見つめた。
「その代わり——姉上を迎えに行ってください。……でも、無理に許してもらおうとはしないでください」
その瞳には、弟としての切実な願いが宿っていた。
静かな声が執務室に響く。
「まずは帰ってきてもらう。それだけで十分です。残りは……殿下が自分でやってください」
その言葉に込められた意味は痛いほど伝わった。
レティシアを傷つけたのも、誤解を生んだのも、すべて、自分自身が向き合わなければならないことだ。
だから迷うことなく頷いた。
「ああ。必ず連れて帰る」
揺るぎない決意が込めて頷く。
ルーカスはその言葉を聞くと、ようやく小さく笑みを浮かべる。
「……お願いします」
その一言だけを残し、深く頭を下げた。
静かにマントを翻し、その場を後にする。
今度こそ。
今度こそ、この手で迎えに行く。
二度と、その手を離さないために。
読んでいただきありがとうございます!
次回からまたレティシア視点に戻ります。
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