第20話 ようやく掴んだ証拠 ◇
アルバート視点です。
「離しなさいよ! どうして私が牢屋になんて入らなきゃいけないのよ!」
甲高い叫び声が、静まり返った城内へ響き渡った。
なおも暴れ続ける少女——アリスへ向けられる視線は、冷たいものばかりだった。
それでも本人だけは、その空気に気づいていない。
「アル様!ねぇ、何か言ってください!」
必死に助けを求めるように顔を上げる。
執務室の中央で静かに彼女を見下ろす。
兵士に腕を掴まれたアリスは必死に身をよじり、それでもなお俺だけを見つめていた。
——まるで俺なら自分を助けるだろうと言わんばかりに。
「私は悪くない! 全部誤解なんだから!」
甲高い叫び声が執務室へ響き渡る。
その叫びを聞きながらも、心は驚くほど静かだった。
怒りもない。
失望すら、もう通り越している。
あるのは、ようやく終わるという安堵だけだった。
何も言わずにその様子を眺めていると、その沈黙をアリスは都合よく解釈したらしい。
「これは試練なんですよね?私だけの特別なイベントなんでしょう?だって私は——」
そこで一度言葉を切り、まるで恋人へ囁くような声で続けた。
「あなたに選ばれる運命なんですもの」
涙を滲ませながら、それでも嬉しそうに笑った。
その言葉に、兵士たちが顔を見合わせる。
何を言っているのだ、この娘は——
そんな空気だけが部屋を満たした。
諦めの気持ちとともに小さく息を吐いた。
自分が何をしたのかも、何故捕らえられたのかも、何一つ最後まで理解しない。
「フィオーレ王国の機密情報漏洩。敵国との内通。国家反逆罪。提出された証拠は十分だ」
「……え?」
感情を交えず罪状だけを告げたその瞬間、アリスの笑顔が初めて崩れた。
「そ、そんなはずない!違うの!私はっ……!全部、殿下のために!」
アリスは理解できないとでも言うように、何度も首を横へ振った。
「違う!これは愛の——」
最後まで言い切る前に、兵士が腕を引いた。
それ以上視界に入れたくなくて、そのタイミングで兵士に指示を出す。
「連れて行け」
「はっ」
「いやっ!!離して!アル様!ルーカス様もいるんでしょう!?エドガー様!ダリル様!」
アリスが近づいていた子息たちの名前を叫んでいる。
しかしその声も段々と遠ざかっていく。
「皆さん、何をしてるんですか!私を助けてください!私はヒロインなのよ!」
呼びかけても、誰一人として応える者はいなかった。
「これイベントなんでしょう!?こんなのゲームと違う!間違ってる!皆、私を放っておくはずないわ!」
絶叫だけが廊下へ響く。
その声はやがて遠ざかり、完全に聞こえなくなった。
執務室に残ったのは、重苦しい静寂だけだった。
◇
扉が閉まる音を聞き届けると、静かに息を吐いた。
——ようやく終わった。
本当に長かった。
レティシアが姿を消したあの日から、休む間もなく証拠を集め続けていた。
ルーカスにはレティシアの捜索を命じ、自分は王都へ残った。
アリスだけは、どうしても放置できなかったからだ。
最初は違和感だった。
きっかけは、レティシアへ向けられる視線だ。
初めて会った日から、アリスはレティシアを見るたびに笑顔の奥へ棘のような感情を滲ませていた。
本人は隠しているつもりなのだろう。
だが、幼少期の経験から、人の悪意には誰よりも敏感だったのだと思う。
だからこそ、アリスが笑顔の奥へ隠していた敵意も、最初から見えていた。
嫉妬とも違うあれは、明確な害意だった。
「邪魔者を見る目」——そう表現するのが一番近い。
それ以来、密かにアリスを警戒し始めた。
それだけではない。
アリスは俺だけではなく、ルーカスをはじめ将来王国の中枢を担う高位貴族の令息たちへ次々と近づいていった。
まるで相手を昔から知っているかのように振る舞い、自然に距離を縮めていく。
最初に報告を上げてきたのはルーカスだった。
「……気持ち悪いくらい、僕の好みを知ってるんだ」
苦々しく漏らしたその一言を、今でもよく覚えている。
好きな花や好きな菓子、好みの女性の髪型や服装など。
まるで何年も前から知っていたかのように、自然に話題へ織り交ぜてきたという。
同じ報告はルーカスだけでは終わらなかった。
「妙に話が合う」
「こちらのことを知りすぎている気がする」
エドガーやダリルからもそんな証言が次々と集まる。
一度や二度なら偶然で済む。
だが、それが王国の中枢を担う者ばかりとなれば話は別だ。
その頃にはもう、違和感は確信へ変わっていた。
あまりにも都合が良すぎる。
知っているはずのない未来や過去を口にし、攻略対象だの運命だのと意味不明なことを語る。
そして何より、レティシアへ向けるあの異様な敵意。
あんなものをレティシアに向けられて黙っていられるわけがない。
そこで俺はその令息たちに命じた。
「誰も拒絶するな。泳がせて尻尾を出すのを待て」
その予想は外れなかった。
調べ始めると、次々に証拠が出てきた。
隣国との接触、密かに交わされた書簡、暗号で記された報告書、城内で聞き出した情報を書き留めた記録。
決定的な証拠を掴むには、警戒させるわけにはいかなかった。
また調べるほどに、レティシアへ向けられた悪意は一度や二度ではなかった。
王妃教育で使う教材の紛失。
茶会の時間を偽って伝えようとした侍女。
そしてレティシア付きの侍女へ接触した形跡。
一つひとつは些細な出来事だった。
だが、その裏には必ず同じ名前があった。
——アリス
そして、あの日の庭園も。
あの日、俺はレティシアを誘うかどうか迷っていた。
婚約者とはいえ、彼女と二人で過ごした記憶はほとんどない。
どう声をかければいいのか。
彼女は迷惑に思わないだろうか。
でも少しでも距離を縮めたい。
……そう思っていても、誘えたことはないが。
今度こそ、とそんなことを考えながら、俺は先に庭園の様子を見に来ていた。
そこで出会ったのが、アリスだった。
『まあ、殿下。こんなところでお会いするなんて偶然ですね』
あの時の彼女の笑顔に、疑問を抱かなかったわけではない。
だが、まさか裏で何かを企んでいるなどとは思わなかった。
後から調べて分かった。
あの日、彼女は侍女を通じて「庭園の花が見頃だ」という話を広めていた。
俺が来ることも、レティシアが来る可能性があることも、すべて知ったうえで。
偶然などではなかったのだ。
だがどれも決定打には欠けたため、証拠を揃えるためだけに泳がせた。
そのために笑顔で接し、隣へ立つことも許し、話しかけられても拒絶しなかった。
本当は近づくことすら、不快だった。
レティシアが隣に立つことは昔から当たり前だった。
それでも、肩が触れそうになるだけで鼓動が速くなる。
近づきたいのに、近づけない。
そんな相手だった。
だからこそ、アリスが何の躊躇もなく距離を詰めてくるたび、胸の奥がひどくざわついた。
(……最悪だった)
レティシア以外の女性が腕へ触れようとするたび、反射的に振り払いたくなる。
それでも耐えた。
証拠を掴むため、国を守るため。
そして——レティシアを守るため。
そうでも思わなければ、あんな茶番に付き合う気にはなれなかった。
そして今日ようやく決定的な証拠が揃い、投獄まで漕ぎ着けた。
これでもう、レティシアへ危害が及ぶことはない。
その思いだけが、わずかな安堵となって胸へ落ちた。
◇
「陛下がお呼びです」
衛兵の声に、俺は静かに立ち上がった。
王の執務室へ入ると、国王陛下は書類から顔を上げる。
「終わったか」
「はい。証拠はすべて提出いたしました」
「よくやった。これでしばらくは、あちらも大きく動けまい」
陛下は静かに頷いた。
だが、俺の胸に残っているものは安堵だけではなかった。
「……しかし、レティシアを巻き込んだことだけは、許すつもりはありません」
思わず拳に力が入る。
陛下は、そんな俺をしばらく見つめたあと、小さく息を吐いた。
「あの娘は、お前が思っている以上に優秀だ。誰より努力家で、誰より国を思っていた」
その言葉に、胸が痛んだ。
彼女が誰より努力家だったことは知っている。
それなのに、何も告げずに姿を消した。
理由は分からない。
ただ——その原因が自分にあるのではないかという思いだけは、日に日に強くなっていた。
「あまり顔を合わせる機会は多くなかったが……私も、あの娘を高く評価している。——見つけて、必ず連れ戻せ」
それは王命でありながら、父親としての願いにも聞こえた。
「これでアリスが再びレティシアへ近づくことはない。これでもう心置きなく、あの娘を守れるだろう」
「……はい」
深く頭を下げた、その時だった。
——ドンドンッ!!
激しいノックの後、声が掛かるよりも前に執務室の扉が勢いよく開かれる。
「失礼いたします!」
飛び込んできた伝令兵は息を切らし、その場へ膝をついた。
切迫した声が執務室へ響く。
「陛下!至急、ご報告がございます!」
その場の空気が、一瞬で張り詰めた。




