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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第19話 また会えたら



「石をもう少し右だ!」

「縄を引け!」


 職人たちの声が飛び交う。

 崩れた橋を前にしても、誰一人諦めた様子はなかった。


 石工は割れた石の断面を確かめ、大工は新しい足場を組み上げていく。

 一つひとつの作業に迷いはなく、その姿からは長年積み重ねてきた技術が伝わってきた。


(やっぱり、すごいわ)


 崩れた橋を、少しずつ元へ戻していく職人たちの手際は見事だった。


 私なら岩を退かすことはできても、この橋を元通りにすることはできない。


 やっぱり餅は餅屋、ということなのだろう。


 橋の修復は、思っていた以上に順調だった。

 朝から町中へ金槌を打つ音が響き、職人たちは迷いなく石を積み直していく。


 崩れていた石は一つひとつ積み直され、傷んだ部分も新しい石材へと置き換えられていく。


 町へ足止めされていた商人や旅人たちは、日に日に形を取り戻していく橋を見つめながら、何度も安堵の息を漏らしていた。


「今日の昼には渡れるぞ!」


 職人の一人が大きな声を張り上げると、周囲から歓声が上がる。


「助かった!」

「これでようやく先へ進める!」


 嬉しそうに笑う人々を眺めながら、私は少しだけ肩の力を抜いた。


(よかった)



 宿へ戻ると、机の上にはここ数日かけて作っていた木の板が並んでいた。

 宿の主人に端材を譲ってもらい、少しずつ削って表面を整えたものだ。


 この世界の文字を、前世で見た「文字一覧」のような形にできないかと思い、一枚の板へ並べてみた。

 完璧とは言えないけれど、最初に覚えるには十分なはずだった。


 最初は文字が小さすぎて、自分でも読みにくかった。

 もう一枚作ってみれば今度は大きすぎる。


 子どもたちが地面へ写しやすい大きさはどれくらいなのか。

 何度も並べ替えては書き直し、ようやく今の形へ落ち着いた。


 それでも、本当に分かりやすいのかは自信がない。


 板を手に取り眺めていると、アンナが隣から覗き込んだ。


「完成しましたね」

「ええ……一応は。……でも、本当にこれで分かるのかしら」


 少しだけ不安になる。

 前世では当たり前に使っていたものだ。

 学校へ行けば誰もが教わり、自然と覚えていた。


 だからこそ、どう教われば覚えやすいのかまでは、正直あまり覚えていない。


 アンナは優しく微笑んだ。


「試してみれば分かります」

「……そうね」


 使ってみなければ、良いのか悪いのかも分からない。

 私は木の板を抱え、小さく頷いた。



 昼前。

 橋が開通するまでには、まだ少し時間があった。


 町の外れでは、行き場をなくした子どもたちが退屈そうに遊んでいる。


 私はその輪へ近づくと、しゃがみ込んで目線を合わせた。


「少しだけ、一緒に遊ばない?」


 突然話しかけられ、子どもたちは顔を見合わせる。

 少し警戒した様子だったが、一番年上らしい男の子が恐る恐る近づいてきた。


「これ、なあに?」


 木の板を見つめ、小首を傾げる。

 私は一本の枝を拾い、地面へゆっくりと同じ形を書いてみせた。


「文字よ。こうやって書くの」


 男の子も真似をする。

 ぎこちない線だったが、形はちゃんと似ていた。


「できた!」

「本当だ!」


 嬉しそうな声が響き、私は思わず笑みがこぼれた。


「上手よ」

「へへっ」


 男の子は照れくさそうに頭をかいている。

 その様子を見ていた他の子どもたちも目を輝かせる。


「ぼくも!」

「私も書きたい!」

「順番!」


 いつの間にか枝を取り合うほどの騒ぎになり、思わず笑ってしまった。


 気づけば周りには十人近い子どもたちが集まり、代わる代わる枝を持って地面へ文字を書き始めていた。


「もう少しだけ、ここを丸くしてみて」

「こう?」

「そうそう、上手よ」

「できた!」

「ほんとだ!」

「お姉ちゃん見て!」


 一文字書けるたびに、まるで宝物を見つけたような笑顔を浮かべる。


 その笑顔を見ていると、不思議と私まで嬉しくなった。

 教えることが、こんなにも楽しいなんて思わなかった。


 一人ずつ声を掛けるたび、子どもたちの表情がぱっと明るくなる。


 最初はただの線だったものが、少しずつ文字らしい形へ変わっていく。


 アンナは少し離れた場所で、その光景を穏やかな笑みを浮かべながら見守っていた。



 いつの間にか、子どもたちだけではなく大人たちも足を止めていた。


「文字を教えてるのか」

「珍しいことをするお嬢さんだな」


 昨日橋の前で話した老人も、その中にいた。

 地面へ書かれた文字をじっと見つめ、小さく呟く。


「……俺も読めたら、昨日みたいな契約書に騙されずに済んだんだろうな」


 その一言に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 私は老人の方へ向き直る。


「大人になってからでも遅くありません。少しずつ覚えていけばいいんです」


 老人は目を瞬かせたが、しばらく黙って私を見つめ、それから照れくさそうに笑う。


「……そうだな」


 そんなとき、近くにいた女性がぽつりと呟いた。


「……うちの孫にも教えてやりたいわ。文字が読めれば、町の外へ働きに出ても困らないだろうし」


 その言葉に、周囲の大人たちも静かに頷いた。

 誰もが必要ないと思っていたわけではない。

 ただ、学ぶ機会がなかっただけなのだ。


 そしてちょうどその時、カーン、と乾いた鐘の音が町へ響き渡った。


「橋が開通したぞー!」


 誰かの大きな声に、人々が一斉に歓声を上げる。


「やっと通れる!」

「急げ急げ!」


 荷馬車が動き始め、町全体が再び活気を取り戻していく。

 子どもたちも飛び跳ねながら喜んだ。


「お姉ちゃん!」

「ありがとう!」

「また来てね!」

「今度はもっと教えて!」

「約束だからね!」


 小さな手が服の裾をぎゅっと掴む。

 私は少し困ったように笑った。


「ふふ……約束はできないけれど、また会えたらね」


 一斉に抱きつかれ、思わずよろける。

 その拍子にふわり、と頭を覆っていたフードが肩まで滑り落ちた。


 陽の光を浴びて、白金にも銀にも見える長い髪がさらりと風になびく。


「あ……」


 私は慌ててフードへ手を伸ばすが、子どもたちは気にも留めず笑い続けていた。


◇◇◇


 一方その頃。


 青年は、この町へ入ってから何軒もの宿や商店を回り、人々へ同じ質問を繰り返していた


「銀髪の女性を見なかったか」

「いや、知らんな」

「宿にもそれらしい方はいませんでした」


 手掛かりは、どこにもない。


(……もう町を出てしまったのか)


 そう思った、その時だった。


「町外れで、子どもたちが大勢集まってるぞ」


 何気ない会話が耳に届き、青年は反射的に視線を向けた。

 そこには子どもたちの輪の中心に笑顔でしゃがみ込む、一人の女性がいた。


 そして風に揺れる、見覚えのある白金色の髪。


 青年の瞳が静かに見開かれる。

 見間違えるはずがなかった。

 誰にも聞こえないほど小さく、息を吐くように呟く。


「……見つけた」


 その視線に、レティシアはまだ気づいていなかった。



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