間話② 不可解な復旧
※本編の補足となる王都騎士団あたりの視点のお話です
土砂崩れの報告を受けた王都騎士団は、ある日の昼過ぎ、復旧作業を担う土木職人たちとともに現地へ到着した。
本来であれば、この先の街道は巨大な岩と倒木に塞がれ、街道は完全に通行不能となっているはずだった。
騎士たちは周囲の警戒を担当し、荷馬車には土木道具や資材が積み込まれている。
復旧には一か月ほどは少なくともかかる——それが王都で立てられた見立てだった。
先頭を歩いていた隊長が、ふいに足を止める。
「……この辺りのはずだが」
後ろに続いていた騎士たちや職人たちも次々と歩みを止め、その視線が前方へ集まった。
「隊長……」
「ああ」
そこには、何事もなかったかのように街道が続いていた。
崩れ落ちていたはずの山肌は綺麗に元へ戻り、巨大な岩も、道を塞いでいた倒木も見当たらない。
ただ一つ、街道脇に立てられた『通行止め』の木札だけが、場違いなほど静かに風へ揺れていた。
「……場所を間違えたか?」
若い騎士が困惑したように呟く。
「いや、間違いない」
隊長は木札へ歩み寄り、刻まれた日付を確認した。
間違いなく数日前、自分たちが設置したものだった。
「報告では、山肌ごと崩れていたはずだが……」
「はい。現地確認を行った者からも、復旧にはかなりの日数を要すると報告を受けています」
同行していた現場責任者の職人も、困惑したように山肌を見上げた。
「……誰かが先に復旧したのでしょうか」
「これをか?」
隊長は辺りへ視線を巡らせる。
新たに土を運び入れた跡はない。
木々は自然に根を張ったまま立ち、岩だけを動かしたような痕跡も見当たらなかった。
職人はゆっくりと首を振る。
「もし人の手で直したなら、必ず掘り返した跡や土を運んだ跡が残ります。ですが……何もありません」
まるで最初から崩れてなどいなかったかのようだった。
その時、一台の商人馬車が街道をゆっくりとやって来る。
隊長は商人へ歩み寄って話しかけた。
「すまない」
「おや、騎士様方」
「少し聞きたい。この街道は、いつから通れるようになった?」
「昨日にはもう通れましたよ」
「昨日?」
「ええ。私も驚きました。数日前に通った時は確かに山が崩れていたんです。だから今回も迂回するつもりだったんですが、来てみたら、この通りで」
商人は苦笑しながら肩をすくめる。
「誰かが工事をしていた様子は?」
「いえ、私は見ていません」
「何か変わったことはなかったか?」
商人は少し考え込み、やがて「ああ」と思い出したように声を上げた。
「そういえば、この辺りで旅人を見かけました」
「旅人?」
「ええ。二人連れでした」
「男か?」
「いえ、女性です」
その言葉に、隊長の眉がわずかに動く。
「女だけで旅を?」
「ええ。珍しいでしょう?」
商人も少し首を傾げる。
「深くフードを被っていたので顔は見えませんでしたが、一人は少し小柄で、もう一人はその隣を静かに歩いていました」
「護衛はいなかったのか」
「見た限りでは、おりませんでした」
「他には?」
「それだけです。少し目が合ったくらいで、そのまま通り過ぎていきました」
隊長は腕を組み、静かに元へ戻った山肌を見上げる。
女性二人だけの旅は確かに珍しい。
だからといって、山を元へ戻したなどという話になるはずもない。
だが、現実として山は元通りになっている。
同行していた宮廷魔法士が、静かに口を開いた。
「……魔法かもしれません。調べてみます」
魔法士は山肌へ手をかざし、慎重に魔力を巡らせる。
静寂が流れ、やがてその顔色が変わった。
「……馬鹿な」
「どうした」
「これは、土砂を取り除いたのではありません」
「何?」
「崩れた地盤そのものが修復されています」
その場にいた全員が息を呑んだ。
「……そんなことが可能なのか」
「少なくとも、私には不可能です」
魔法士はゆっくりと首を振る。
「これほど広範囲の地形を、ここまで自然な状態へ戻す魔法など聞いたことがありません」
沈黙が落ち、風だけが木々を揺らす葉擦れの音だけが静かに響いていた。
やがて、一人の若い騎士がおそるおそる口を開く。
「……そういえば」
「何だ」
「数日前、宿場町で妙な噂を耳にしました」
「噂?」
「枯れていた井戸が、一晩で水を取り戻したそうです」
隊長は眉をひそめる。
「それがどうした」
「町の者たちは皆……『白銀の魔女』の仕業ではないかと話していました」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
やがて隊長は小さく鼻で笑う。
「くだらん。昔話を本気で信じる者がいるか」
そう言いながらも、その視線は再び傷一つない山肌へ向けられる。
理屈では説明がつかない。
だからこそ、その名だけが妙に胸へ引っ掛かっていた。
——白銀の魔女。
その噂を、本気で信じる者はまだいない。
けれど、人知では説明できない出来事が重なるたび、その名だけは静かに、人々の記憶へ刻まれていくのだった。




