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もうどうでもよくなったので、私に関わろうとするのはご遠慮ください  作者: はな


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第9話 少しだけ元へ戻してみました

 

 誰にも気づかれない程度に、馬車が一台通れるくらいの道を作るだけなら、きっと問題ない。


 私は静かに山肌へ手をかざした。


「少しだけ、元へ戻ってちょうだい」


 淡い光が指先から零れ落ち、大地へ染み込むように広がっていく。


 次の瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴ……。


 低い地鳴りが山全体を震わせる。


「……え?」


 崩れた土砂が、まるで見えない誰かに持ち上げられたかのように浮かび上がった。


 砕けた岩は吸い寄せられるように元の場所へ戻り、横倒しになっていた倒木も、時間を巻き戻すようにゆっくりと起き上がっていく。


 舞い上がった土煙が風に流され、やがて静寂が戻った。


 その先に広がっていたのは——


 まるで最初から何事もなかったかのように続く、一筋の街道だった。


「…………」

「…………」


 しばらく、二人とも言葉を失ったまま立ち尽くす。


 私はパチパチ何度か瞬きを繰り返し、恐る恐る街道を見渡した。


「……あら?」


 馬車一台が通れるくらいの道を作るつもりだったのだけれど。


 どうやら、思っていたより少しだけ……直りすぎてしまったらしい。


 隣ではアンナが崩れたはずの山肌を見上げたまま、ぴくりとも動かない。


「アンナ?」


 呼びかけても返事はなく、私はおずおずともう一度声を掛けた。


「ええと……?」


 ようやくこちらを向いたアンナは、何とも言えない表情で口を開く。


「……お嬢様」

「……何かしら」

「確か……『少しだけ』と仰っておりましたよね?」

「そのつもりだったのだけれど……」


 私は改めて街道を見渡した。


 どこにも土砂崩れの痕跡は見当たらない。


 首を傾げながら、小さく呟く。


「……少し、加減を間違えたのかもしれないわ」


 するとアンナは、小さく肩を落とした。


「……お嬢様は昔から、その『少し』が少しではありませんので」

「……そうだったかしら?」

「王城の先生方も、何度もお困りになっておりました」

「でも皆様、『次から気をつけましょう』と仰っていたわ」


 その言葉に、アンナは何とも言えない顔になる。


「……王城の皆様も、お嬢様を基準に考えていらっしゃいましたから」


 王太子殿下も、王族の方々も、皆が桁違いの魔力を持っていた。


 だから私は、自分だけが特別だと思ったことは一度もない。


 幼い頃から「魔法の天才」と呼ばれていても、その言葉に実感を持ったことは一度もなかった。


 周囲にも、それだけの力を持つ人ばかりがいたからだ。


 そんな私を見つめていたアンナは、静かに目を閉じ、小さく息を吐く。


 そして諦め半分、感心半分といった笑みを浮かべた。


「……お見事です」

「……それは、褒められているのかしら?」

「はい」


 一拍置いてから、アンナはきっぱりと言い切る。


「褒めるしかございません」


 その言葉に、私は思わず苦笑してしまった。


 ともあれ、道は無事に通れるようになったから、それで十分だろう。

 私たちは何事もなかったように街道を歩き始める。


 ——この時の私は、まだ知らなかった。


 元へ戻ったのは街道だけではない。


 山を流れる川も、その地下を巡る水脈もまた、本来あるべき姿を取り戻していたことを。



 夕暮れの街道を、一台の商人馬車がゆっくりと進んでいた。


「この先は通行止めだったよな」


 御者の男が手綱を引きながら呟く。


 つい三日前、この街道を通った時には、山肌が崩れ、巨大な岩と倒木が道を完全に塞いでいた。


 仕方なく大きく迂回し、そのせいで荷の到着も遅れてしまったばかりだ。


「まだ工事なんて始まってねぇはずだが……」


 やがて問題の場所へ差しかかった男は、思わず馬車を止めた。


「……は?」


 そこには何事もなかったかのように街道が続いていた。


 山肌にも崩れた跡は見当たらない。


 通行止めを知らせる看板だけが、まるで置き去りにされたように立っている。


「おいおい……どうなってやがる」


 御者は呆然と街道を見つめる。


 その時だった。

 深くフードを被った旅装の女性が二人、男の脇を静かに通り過ぎていく。


 一瞬だけ視線が合うが、二人は何事もなかったように歩き去っていった。


 商人は一瞬だけその背中へ目を向けたが、すぐに視線は元通りになった街道へ戻る。


「……まさかな」


 旅人が山を元通りにできるはずがない。

 男は小さく首を振ると、なおも不思議そうに街道を見つめ、やがて馬車をゆっくりと走らせる。



 山道を抜けた頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。


 街道の先には大きな宿場町が見えてくる。


 国境を越える旅人たちのために栄えた町らしく、今まで立ち寄った宿場町よりもずっと活気があった。


「今日はここまでですね」


 アンナの言葉に、私はほっと息をつく。


「もうだいぶ、王都からは離れたわよね」

「ええ。ここが国境までの間にある最後の大きな宿場町になります」


 宿へ荷物を預けると、そのまま一階の食堂へ向かった。


 夕食時ということもあり、店内は多くの旅人で賑わっている。


 商人らしい男たちが酒を酌み交わし、国境へ向かう馬車の御者たちが今日一日の出来事を笑い合っていた。


 そんな喧騒をどこか心地よく感じながら、私たちは空いていた席へ腰を下ろす。


「今日は煮込み料理がおすすめだそうですよ」

「そうなの? 楽しみだわ」


 アンナが店員から聞いた話を教えてくれる。

 少し前までの私なら、食事を楽しみにする余裕などなかった。


 けれど旅に出てからは、知らない土地の料理を味わうことも、小さな楽しみの一つになり始めている。


 やがて運ばれてきた温かな料理からは、香草の良い香りが立ち上っていた。


「では、食べましょうか」


 スプーンを口へ運ぼうとした、その時だった。


 ガタンッ、と椅子が倒れる音が食堂へ響く。


「申し訳ありません!」


 若い女性店員が慌てて頭を下げている。

 どうやら酒を運ぶ途中で、客の杯を倒してしまったらしい。


「申し訳ありません、では済まねぇだろ!」


 男の怒鳴り声が店内へ響いた。


 周囲の客たちもちらりと視線を向けるが、誰も止めようとはしない。


「……」


 私は視線だけ向けて、すぐ料理へ戻した。


 関わってはいけない。

 今は目立つべきではない。


 そう、自分へ言い聞かせる。


 するとアンナも小さく頷いた。


「レティさん」

「ええ。分かっているわ」


 私は静かにスプーンを握り直した。


 その時だった。


「だから女は駄目なんだ」

「女のくせに働こうなんざ百年早ぇ」


 男が吐き捨てるように笑う。


 その言葉が耳へ届いた瞬間、胸の奥で何かが小さく軋んだ。


 ——女だから。

 ——女のくせに。


 前世で、何度も何度も浴びせられてきた言葉。


 必死に働き、誰より結果を出しても、最後はその一言ですべてを片づけられた。


 その記憶へ重なるように、今度は今世の教えが脳裏をよぎる。


 淑女とは控えめであるべき。

 男性を立てなさい。

 一歩下がって支えなさい。


 幼い頃から当たり前のように教え込まれてきた、その教えが胸の奥で静かに軋みを上げる。


 それでも私は動かなかった。


 今は目立ってはいけない。


 そう自分へ言い聞かせながら、ぎゅっとスプーンを握り締める。


 ——あと少しだけ。我慢すればいい。


 そう思った、その時だった。


 男が女性へ向かって大きく腕を振り上げる。

 怯えた女性が、小さく肩を震わせた。


 その姿を目にした瞬間、胸の奥で張り詰めていた何かが、ぷつりと音を立てて切れた。


 考えるよりも先に、私の体は動いていた。



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