#08. 忘却
「あんなとこに探偵事務所なんてあったっけ?」
月曜日。何をするにも気だるい。
「だってバイトしてるんだよー。あんたんとこのやんちゃ猫だって預かってもらってるのにー。」
「何言ってんの、うちのコ達はみんな無事里親決まってまーす。」
「ええー。逃げた時に見つけてもらったじゃん」
「そんな事件ないない。」
「おでこに目玉模様のキジトラよ?覚えてないの?」
「うちのコ、生粋のアメショーなんだけどwキジトラってw」
「あれえ?」
自分の記憶が頼りない。こういうときは。「行動あるのみ!」そう気合をいれて、事務所に向けて走り出した。
でも。
たどり着いた場所には、小綺麗だけど、明らかな廃ビル。
1階、事務所のはずのドア。鍵は掛かっていなかった。
キィ。と微かに蝶番を軋ませて中に入る。何も、ない。デスクもイスも。空っぽの部屋。
定期的に掃除されていたのか、埃っぽさはない。それが妙に懐かしい。大きな金髪さんも、メガネの人も。最後に会えなかったあの人も。何故か朧げにしか思い出せない。どうして。
財布に入れていたバイト代は、何時の間にか消えていた。何もない、何も残ってない。消えていく。思い出が、砂のように、さらさらと。
「どうしたの?」急に優しい声がかけられる。「そんなに泣いて。」
「え。」気付かぬうちに頬は涙で濡れていた。
「ココに、みんな」うぅ。「いたはずなんです」
(見つけた。楔だ。)
「そう。」
「とにかく、女の子が1人でこんなところにいたらダメよ?とりあえず私のオフィスにいらっしゃい。」
(遭わせてあげようじゃないか。)
そうして連れてこられた「オフィス」は、とんでもないところだった。
「ココココって」あわわわ「社長室というのでは····?」「そうともいうわね」「てことは、社長は」「私ね」ヒエー。街を支える巨大企業のエライヒトにお会いしてしまった。
ニャア。
「あ、猫」なんとなく見覚えのあるような。
「そうだ、あなた。ココでバイトしてみない?」
「へっ?」
「その子、すっかりココに居着いちゃったんだけど、お世話する人が居なくって。エサ水、トイレ交換と、ついでに掃除もしてくれると嬉しいわ。」
猫がすり寄ってくる。
「いいんですか?」猫を抱き上げながら聞く。
「その子に触らせてもらえてる人、初めてなのよね。みんな引っかかれちゃって。だから、むしろお願いしたいくらい。」
「じ、じゃあ、お願いします!」
「ありがとう!そうね、許可証とか手続きもあるから、事務の方に行きましょうか」
一部始終を見せられた.。
皆、囚われて、事務所の偽装は解けてしまったのだろう。そうなれば、過去にさかのぼって痕跡が消えてしまう。現地人の記憶からも。
依頼主からはじまった彼女の記憶も。おそらく。
俺の中には鮮やかに刻み付けられているというのに。
その彼女が、ココへ来てしまった。ヤツの腹の中に。何をさせるつもりかは分からないが、間違いないのは、何も知らない彼女が人質だということ。
俺が執着したばっかりに巻き込んでしまった。
コレが「お礼」?なんて悪趣味な。
手も足も出ない、声まで封じられたこの檻の中が、心さえも苛む地獄に変じたことを知った。
第1プラント、順調に稼働しています。




