その展開は予想してなかった
「だから私も、私のことをちゃんと知って、それでも好きだって言ってくれる人がいい……んです」
アイリスがそう言い切ったあと、エヴァンはまるで予想外の問題を出された子どものように、しばらく目をぱちぱちと瞬かせていた。
やはり、言いすぎただろうか。
アイリスが不安になりかけたとき、エヴァンはふいに天井を仰いだ。
「……幸運のスキルも、万能ではなかったんですね」
エヴァンはどこか納得したように頷いたあと、アイリスへ視線を戻した。
「このスキルがあるから、欲しいものはなぜか巡り合わせよく手に入ります。会いたい人には会えるし、困ったときには手を貸してくれる人が現れる。だから、あなたが目覚めてくださったときも……」
エヴァンは困ったように笑い、気まずそうに視線を伏せた。
「僕が一生懸命に好きだと言えば、アイリス様もそのうち僕を好きになってくださるのではないかと思ってしまいました」
「いやいや、そんなわけがないでしょう」
「ですよね」
今度は、素直に肩を落とす。
「アイリス様がおっしゃる通りです。僕が好きだったのは、眠っているアイリス様と、昔話の中の大聖女様と……たぶん、それを好きだと言っている自分だったのかもしれません」
「わかってくれたなら、それでいいんです」
「言わせてしまってすみません」
素直に引き下がったエヴァンを見て、アイリスはほんの少しだけ口元を緩めた。
すると彼は、その変化を見逃さなかったらしい。ぱっと表情を明るくする。
「今、少し笑いましたよね」
「笑っ……たかもしれません」
ふふ、とエヴァンは楽しそうに笑った。
「愛想笑いではない、アイリス様の本当の笑顔が、僕はもっと見たいです」
エヴァンは、先ほどよりも真面目な目でアイリスを見つめた。
「笑った顔だけじゃない。目の前で僕に呆れて、遠慮なく突っ込んでくださるアイリス様だって、もっと見たいんです」
アイリスは、急に胸のあたりが落ち着かなくなるのを感じた。
——もしもこれから、真面目に好きって言われたら、こっちも真面目に答えなきゃいけなくなる……よね?
視線の置き場に困り、アイリスは手元のグラスへ逃げるように指を伸ばした。けれど、口をつける寸前で、エヴァンが何か言いたげに身じろぎしたことに気づく。
彼は一度だけ唇を開き、すぐに閉じた。
いつものように勢いよく言葉を重ねるのではなく、珍しくためらっているようだった。
「……それで、ひとつお願いがあるのですが」
エヴァンはそれから意を決したようにアイリスへ向き直った。
「一緒に旅に出ませんか?」
「はぁ?」
あまりに急な提案に、アイリスの手から危うくグラスが滑り落ちそうになった。
エヴァンは慌てて両手を上げる。
「いえ、誤解しないでください。今すぐ二人きりで駆け落ちをしようという話ではありません」
「そんな誤解はしてません」
「今ここにいるあなたが、何を食べるのが好きなのか。どんな景色を見て、何を嫌い、何に腹を立てるのか。僕は何一つ知りません。あなたが百年前、どんな気持ちで旅をして、どんな人たちに会い、何を守ろうとしたのかも」
エヴァンは少し身を乗り出した。
「百年前にあなたが浄化のために巡った場所を、僕も見てみたいんです。記録に書かれた出来事を確認するためではなく、今のあなたがそこを見て何を思うのか、聞いてみたい」
そこまで言うと、彼はなぜか少し言いにくそうに口を閉じた。
それから、決まり悪そうに視線を泳がせる。
「……それに、僕はずっと、祖先であるルークをうらやましいと思っていました」
「ルークを?」
「はい。僕の曾祖父である勇者ルークは、大聖女様を守った英雄として王家に語り継がれています。だから、僕も幼い頃から尊敬していました」
エヴァンは苦笑した。
「でも、ルークは伝説の大聖女様ではない、旅をしていた頃のアイリス様を知っていたのでしょう。どんなことで困って、何に腹を立てて、どんな顔で笑ったのかも」
「それは……同じ旅の仲間でしたから」
「ええ。わかっています」
エヴァンは頷いたあと、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。
「だからこそ、少しだけうらやましいんです。会ったこともない、それも尊敬すべきご先祖様に対抗心を抱くなんて、格好悪いとは思うのですが」
「そんなことで」
予想外の返答に、アイリスはまた少し笑ってしまった。
エヴァンは、その笑顔を見つけると嬉しそうに目を細める。
「今のような顔を、僕ももっと知りたいんです」
そして今度は、冗談めかさずに言った。
「ルークだけが知っているアイリス様を、僕にも少しだけ見せてください」
なろう異世界ファンタジーフェス! 2026用なので、10月13日までに完結予定です。
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