第88話 優しい使い道
第88話 優しい使い道
「すいへーりーべー……」
私は小さく呟いた。
筒に巻かれたコイルへ意識を向ける。《エレメントサイト》に映る電荷の動きを確かめ、狙いを定める。
そして、《弾く》。
ドンッ!!
凄まじい音とともに、土の的が砕け散った。
「えっ!? ちょっと待って、ココア!」
ノエルが目を丸くした。
的があった場所には、崩れた土の塊が転がっている。私はその様子を確かめると、嬉しくなって胸を張った。
「えへへ。どう?」
「どうって……あれ、かなり硬く固めたんだよ? 表面だけじゃなくて、中までしっかり!」
「うん!」
「それなのに、一発で砕けちゃった……。前に試したときは、穴が開くだけだったのに!」
「威力を上げられるようになったの! 自主練、頑張ったんだよ!」
私はコイルを巻いた筒を持ち上げた。
ノエルが《ココアガン》と名付けてくれた装置だ。
以前から狙った場所へ鉄片を飛ばせるようにはなっていたけれど、最近は発射する力を変える練習を重ねていた。強く飛ばせることよりも、必要な強さを選べること。その違いを確かめるのが面白くて、気づけば何日も実験を続けていた。
「これなら、もっと大きな魔物が来ても倒せるんじゃない?」
「うーん、どうかな。硬い魔物もいるだろうし、実際に試してないから分からないよ」
「そっか。でも、あの的を壊せるなら、かなりの威力だと思う。土を固めた私が言うんだから!」
「えへへ。ありがとう!」
ノエルに褒められると、一人で成功したときとは違う嬉しさが込み上げてくる。
私は頬を緩ませたまま、人差し指を立てた。
「でもね、ノエル。今日はこれだけじゃないの!」
「まだ何かあるの?」
「あるよ! 今度は的を三つお願い!」
ノエルが地面に手をかざすと、土が盛り上がり、少しずつ間隔を空けて三つの的が現れた。
「今度は同じ硬さにしておいたよ。これなら、当たり方の違いも分かるでしょ?」
「うん、ありがとう!」
私は装置の準備を始めた。
これまでは一発撃つたびに鉄片を入れ直していたけれど、自主練習では次の鉄片を続けて送り込む方法も試していた。まだ長く撃ち続けることはできない。それでも、何度も練習するうちに、短い間隔なら続けて発射できるようになったのだ。
「じゃあ、よく見ててね!」
「うん!」
私は一つ目の的へ筒を向けた。
「すいへーりーべー……」
パンッ! パンッ! パンッ!
三つの音が続けて響いた。
一つ目の的が欠け、二つ目が崩れ、三つ目にも鉄片が命中する。
最後の的から土が落ちるのを見届けると、私は大きく息を吐いた。
「ふうっ……成功!」
「ええっ!?」
ノエルが三つの的を見比べた。
「今、三回撃ったの!? しかも全部違う的に!」
「うん!」
「一つ目は表面が欠けて、二つ目は崩れてる……。同じ硬さにしたのに、壊れ方が全然違うね」
「まだ一発ずつ、力の加減が違うんだと思う。続けて撃つのって難しくて」
「でも、ちゃんと三つとも当たってるよ!」
「えへへ。そこは前から練習してたからね!」
ノエルが駆け寄ってきた。
「それにしても、いつの間に三回も続けて撃てるようになったの?」
「だから、自主練したんだってば!」
「ココアの自主練って、どれくらいやってるの……?」
「えっと……」
私が指を折り始めると、ノエルが笑った。
「もういい! たくさんやったのは分かった!」
私もつられて笑った。何度も失敗して、ようやく続けて撃てるようになったときも嬉しかったけれど、こうしてノエルが驚いてくれると、頑張った時間まで報われる気がした。
「でもね、まだ三発までなの。もっと続けようとすると、途中でうまくいかなくなるんだ」
「三発も撃てたのに?」
「うん。鉄片を送るのと、《弾く》の操作を続けるのって、思ったより大変で」
「じゃあ、次は四発?」
「そう! その次は五発!」
「ココアなら、明日には十発くらい撃ってそう」
「さすがに無理だよ!」
私は笑ってから、少し考えた。
「……でも、十発かあ」
「考え始めちゃった!」
「だって、できるかもしれないでしょ?」
ノエルは呆れたように笑った。
「セバス先生に、ちゃんと休みなさいって言われない?」
「……言われる」
「やっぱり!」
「でも、今日はちゃんと休むもん!」
「今日は、ね」
「もう、ノエル!」
二人で笑ってから、私は崩れた的を見つめ、手帳に結果を書き留めた。
威力の調整は成功。三発の連続射撃も成功。ただし、連射を続けると操作が難しくなる。
まだまだ調べたいことはある。
けれど、手帳を閉じようとしたとき、ふと昨日、オスカー先生と話したことを思い出した。
自分が作ったものが、誰かを傷つけるために使われるかもしれない。
その可能性を、作った本人が完全に消すことはできない。
私はココアガンを見下ろした。
この装置を作ったのは、大切な人たちを守るためだ。けれど、同じ仕組みを知った誰かが、違う目的で使わないとは限らない。
「ココア?」
ノエルに呼ばれ、顔を上げる。
「どうしたの?」
「……ううん。ちょっと考え事」
「また研究?」
「それもあるけど、少し違うかな」
ノエルは不思議そうな顔をしたが、それ以上は尋ねなかった。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん!」
私は装置を片付け、ノエルと並んで歩き始めた。
◇
帰り道、私たちは建設中の壁の近くを通った。
「わあ……!」
ノエルが足を止めた。
私も思わず目を見張る。
以前は一部しか形になっていなかったコンクリートの壁が、今では長く続いていた。遠くの区画まで灰色の壁面が伸び、足場の上でも地上でも、大勢の職人たちが働いている。
領地へ移り住む人が増えたことで、建設に携わる人手も増えていた。資材を運ぶ人、型枠を組む人、仕上がった部分を確かめる人。それぞれが役割を持ち、工事を進めている。
「こんなに進んだんだね!」
「うん! 人が増えたのも大きいんだと思う」
私は壁の向こうまで続く作業の様子を眺めた。
材料の研究を始めたころには、こんな光景を想像していなかった。
今では、私一人では作れないものを、大勢の人が力を合わせて作っている。
「あれ?」
作業場の一角で、見覚えのある人物が職人と一緒に木材を運んでいた。
「オスカー先生!」
声をかけると、白いものが混じった髪を後ろで束ねた男の人が顔を上げた。
「おや、ココア様。こんにちは」
「こんにちは! 先生、どうしてここにいるの?」
「少し見学をさせていただいていたんです」
オスカー先生は運んでいた木材を職人に渡し、額の汗を拭った。
「学校の授業で使えるものがないかと思いましてね。セバス殿にお願いして、こちらの作業場を見せていただいているんですよ」
「そうだったんだ!」
「ええ。ただ、見ているだけでは申し訳ないので、少しお手伝いをしていたところです」
近くの職人が笑った。
「先生さん、木材を運ぶのは慣れてないみたいだけどな!」
「ええ。皆さんのようにはいきませんね」
オスカー先生も笑った。
そのやり取りを見ていると、私まで嬉しくなった。
「あ、そうだ!」
私は隣のノエルを紹介した。
「こちらはノエル。土の魔法が得意で、私の研究も手伝ってくれてるの!」
「ノエルです。よろしく!」
「オスカー・ベルンハルトです。こちらこそ、よろしくお願いします」
オスカー先生はノエルと目線を合わせるように、少しかがんだ。
「土の魔法がお得意なのですね」
「うん! さっきもココアの実験を手伝ってたんだよ!」
「それは心強いですね」
オスカー先生は穏やかに笑った。
「そうだ、ココア様。ちょうどお見せしたいものがあるんです」
「何?」
「こちらです」
案内されたのは、作業場の端にある小さな木枠だった。
中には灰色のコンクリートが流し込まれている。中央にはくぼみがあり、壁の工事に使うものとは形が違っていた。
私はしゃがみ込んだ。
「これ、何を作ってるの?」
「植木鉢です」
「植木鉢?」
「ええ。職人さんにお願いして、材料を少し分けてもらいました。まだ固まっていないので、うまくできるかは分かりませんが」
オスカー先生は木枠を見つめ、少し照れたように笑った。
「花を飾るものを作ってみたかったんです」
「お花を?」
「はい」
私はもう一度、木枠の中を覗いた。
壁や水路、建物の基礎。コンクリートの使い道なら、いくつも思いつく。
でも、オスカー先生が作ろうとしているのは、小さな花を飾るための器だった。
「……どうして植木鉢なの?」
私が尋ねると、オスカー先生は少し考えてから答えた。
「この壁が完成すれば、皆さんが安心して暮らせる場所が増えるでしょう。それは、とても大切なことだと思います」
「うん」
「でも、安心して暮らせることと、毎日を楽しく過ごせることは、少し違いますから」
オスカー先生は木枠に目を向けた。
「家の窓辺に花が一つあったら、帰ってきた人が少し嬉しくなるかもしれません。そんなものも、この材料で作れるんじゃないかと思ったんです」
私は、まだ固まっていない植木鉢を見つめた。
昨日、オスカー先生に聞かれたことを思い出す。
自分が作った便利な道具で、誰かが人を傷つけたらどうするのか。
今日だって、私はココアガンの威力を上げることに夢中になっていた。
大切な人を守りたい。その気持ちに嘘はない。
でも、強くなればなるほど、誰かを傷つける力も大きくなる。
だから、少し怖くなっていた。
自分が作るものは、本当に人のためになるのだろうか。
どれだけ良いものを作っても、悪い使い方をする人がいたら、どうすればいいのだろう。
そんなことばかり考えていた。
けれど、今、目の前にあるのは、小さな植木鉢だった。
オスカー先生は、誰かに頼まれたわけでもない。
私が教えたわけでもない。
ただ、窓辺に花があったら、誰かが少し嬉しくなるかもしれない。
そう思って、作り始めたのだ。
私はコンクリートを、もっと丈夫に、もっと便利に使う方法ばかり考えていた。
でも、オスカー先生は違った。
私が思いつかなかった、優しい使い道を見つけてくれた。
……そっか。
悪い使い方を考える人がいるなら、良い使い方を考えてくれる人だっている。
私一人で、すべての使い道を考えなくてもいいんだ。
もちろん、危険な使い方を防ぐ努力は必要だし、これからも考え続けなければならない。
それでも。
私が作ったものを、誰かが自分の優しさで、もっと素敵なものにしてくれることもある。
そう思うと、胸の奥で固くなっていたものが、少しだけほどけた。
私はもう一度、植木鉢を見た。
まだ花も植えられていない、灰色の小さな器。
なのに、そこに色とりどりの花が咲いているような気がした。
「オスカー先生」
「はい?」
「私……嬉しいです」
オスカー先生が目を瞬かせる。
「この材料で、そんなものを作ろうって思ってくれたことが」
私は笑った。
「私、もっと丈夫にできないかなとか、もっと便利にできないかなとか、そういうことばっかり考えてたから」
「それはココア様にしかできない、大切なことですよ」
「でも、私が思いつかないことを、オスカー先生は思いついたんだよね!」
「ええ。きっと、ほかの人なら、また違うものを思いつくのでしょうね」
「……うん!」
私は大きくうなずいた。
その横で、ノエルが植木鉢を覗き込んでいた。
「ねえ、これ、どんな花を植えるの?」
「まだ決めていないんです」
「じゃあ、花を探さなくちゃ!」
「そうだね!」
私も身を乗り出した。
「オスカー先生、何色のお花が好き?」
「えっ? そうですね……」
突然の質問に、オスカー先生は困ったように笑った。
「そこまでは考えていませんでした」
「えーっ! せっかく植木鉢を作るのに!」
「先に鉢を作りたくなってしまいまして」
「それ、ちょっと分かる!」
私が即答すると、ノエルが笑った。
「ココアも、思いついたらすぐ作りたくなるもんね」
「だって、試してみたくなるでしょ?」
「うん。だから似てるなって」
私とオスカー先生は顔を見合わせ、思わず笑った。
「じゃあ、できあがったらお花を探しに行こうよ!」
「よろしいんですか?」
「もちろん!」
「私も行く!」
ノエルが元気よく手を挙げた。
「じゃあ、三人で探しましょうか」
「うん!」
私は嬉しくなって、もう一度、木枠の中を見た。
まだ何も植えられていない、小さな植木鉢。
ここに、どんな花が似合うだろう。
「……えへへ」
「どうしました、ココア様?」
「ううん!」
私は顔を上げた。
「オスカー先生、その植木鉢、完成したら絶対に見せてね!」
「もちろんです」
「約束だよ!」
「はい。約束です」
私は満面の笑みを浮かべた。
何色の花にしようかな。
ノエルと相談しながら、私は帰り道を歩き始めた。




