↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/80

第75話 ココアガン

 翌朝。


 机の上には、二冊のノートが開いていた。


 一冊には、


『入口』

『市場』

『商品』

『噂』


 もう一冊には、


『単段コイルによる鉄片の射出を確認』


 町の方は、先生に入口と市場の記録をお願いしてある。ヒルダも、外から来た人について確認してくれている。


 私がここで待っていても、記録が増えるわけじゃない。


 だから。


「……ちょっとだけ」


 もう一冊を見る。


 昨日、一度だけ飛んだ。


 でも、一度できただけでは使えない。


 同じ条件なら、同じように飛ぶのか。


 どれくらいずれるのか。


 作用を止める位置で、飛び方はどう変わるのか。


 そっちも確認しなきゃいけない。


 決して遊びたいわけではない。


 研究だ。


「……ほんとに」


 誰もいないのに言い訳してから、二冊のノートを閉じた。



     ◇



「また来た」


 ノエルは畑の脇で私を見るなり言った。


「昨日、いいって言ったでしょ」


「言ったけど、本当に朝から来ると思わなかった」


「条件を変えたくないから」


「じょうけん?」


「昨日と同じくらいの時間に、同じ場所でやった方が比べやすいの」


「ふうん」


 ノエルが私の抱えているものを見る。


「今日は飛ぶの?」


「それを調べる」


「昨日は飛んだよ?」


「一回だけだからね」


「じゃあ、たまたまかもしれない?」


「そういうこと」


「研究って大変だね」


「楽しいよ?」


「ココアだけだと思う」


 そんなことはない。


 たぶん。


「壁お願い」


「はいはい」


 昨日と同じ場所に、ノエルが土壁を作る。


「昨日と同じくらい?」


「うん。でも今日は印をつけていい?」


「どこに?」


「真ん中」


 壁の中央に印をつける。


 狙う場所がなければ、どれくらいずれたのか分からない。


「そこに当てるの?」


「できれば」


「外したら?」


「記録する」


「すごく外したら?」


「それも記録する」


「私の方に来たら?」


「来ない場所にいて!」


「やっぱり危ないんじゃん」


「だから後ろにいてって言ってるの!」


 ノエルが笑いながら私の後ろへ回った。


 射線上に人がいないことを確認する。左右も見る。


 昨日と同じ小さな鉄片。


 同じコイル。


 できるだけ同じ位置。


 ノートを開いた。


『目的

 同一条件下での射出再現性確認。


 固定条件

 鉄片。

 コイル。

 射出位置。

 土壁までの距離。


 記録

 射出可否。

 着弾位置。

 導線の状態。

 《エレメントサイト》上の偏り。』


「よし」


「今度こそ始まる?」


「始まるよ!」


 深呼吸する。


「すいへーりーべー」


 《エレメントサイト》。


 導線の両端に偏りを作る。


 昨日と同じように、金属の中で崩す。


 鉄片が引かれる。


 中心へ。


 今。


 止める。


 鉄片が飛び出した。


 ぽすっ。


「当たった!」


 ノエルが声を上げた。


「待って!」


「近づかないよ。昨日も言われたもん」


 壁を見る。


 中央の印から、少し右。


 でも、飛んだ。


 二回目は左。


 三回目はコイルの途中で止まった。


 四回目は右上。


 五回目は印の少し下。


「……五回やって四回」


「いっぱい当たったね」


「壁にはね」


「駄目なの?」


「駄目じゃない。でも、同じところじゃない」


 ノートへ書き込む。


『五回中、射出四回。

 土壁到達四回。

 停止一回。


 着弾位置にばらつきあり。

 同一条件のつもりでも結果は一致しない。


 要確認

 鉄片初期位置。

 コイル中心軸。

 作用停止位置。

 電荷移動量。』


 一度きりではなかった。


 でも、まだ安定していない。


「……再現はできた」


「じゃあ成功?」


「第一段階は」


「やった!」


「うん!」


 ノエルが喜ぶから、私まで嬉しくなる。


 いや。


 もともと嬉しい。


「次は?」


「ずれを減らす」


「強くするんじゃないの?」


「しない」


「昨日も言ってたね」


「強く飛ばせても、どこへ行くか分からなかったら危ないでしょ?」


「それはそうか」


 昨日、ノートへ書いた。


『現段階で護身用途への使用不可』


 それはまだ変わらない。



     ◇



 何度か試しているうちに、同じ方向へずれることがあった。


「また右」


「うん」


「さっきも右だったよ」


「……待って」


 コイルを見る。


 巻き方が均一じゃない。


 手で作ったんだから当然だ。


 鉄片の形も完全には同じじゃない。


「これも条件か」


「なにが?」


「全部」


「全部?」


「コイルの巻き方も、鉄の形も、置く位置も」


 前世なら、もっと精度の高い部品を用意できた。


 同じ太さの線。


 同じ形の鉄片。


 きちんと固定された装置。


 でも、ここにはない。


 ないなら、作れる範囲で揃えるしかない。


「ノエル」


「なに?」


「土でこれ作れる?」


 紙に簡単な形を描く。


 台。


 コイルを置く溝。


 鉄片を同じ位置に置くための目印。


「これ?」


「毎回同じ場所から始めたいの」


「それならできるよ」


 ノエルが地面へ手を向けた。


 小さな土の台が盛り上がる。


「ここ?」


「もうちょっと右。そこ」


「こう?」


「うん!」


 コイルを置く。


 さっきより動かない。


「すごい」


「壁より簡単だよ」


「これ欲しい」


「持って帰る?」


「土だよ?」


「そっか」


「また作ってあげる」


「ほんと?」


「うん」


「ありがとう!」


 ノートへ追加する。


『射出台を固定。

 ノエル作製。

 コイルおよび鉄片初期位置のばらつきを低減。』


「私の名前書いた」


「作った人だからね」


「じゃあ私も研究してる?」


「してるよ」


 ノエルが嬉しそうに笑った。


 その顔を見て、私も笑う。


「じゃあ、もう一回」


「うん!」


 固定台を使って試す。


 一回目は、中央から少し右。


 二回目は、少し下。


 三回目。


 ぽすっ。


「……」


「……」


 ノエルと顔を見合わせた。


「真ん中」


「真ん中だね」


「当たった」


「見れば分かるよ」


「真ん中だよ!」


「分かったってば!」


 すぐに壁へ行きたい。


 でも待つ。


 昨日と同じように、安全を確認してから二人で近づいた。


 印のところに、小さな穴が開いている。


 昨日より深いわけじゃない。


 威力はほとんど変わっていない。


 でも、狙った場所へ飛んだ。


 嬉しい。


 昨日とは違う。


 飛んだことだけが嬉しいんじゃない。


 考えて、条件を揃えて、ばらつきの原因を一つ減らした。


 その結果が変わった。


 それが嬉しい。


『固定台導入後、着弾範囲に変化あり。

 三射目、目標中央へ到達。


 出力増加なし。


 次回

 固定条件下で試行数を増やす。

 命中範囲を記録。

 異常発熱確認。

 連続使用による変化確認。


 ※精度向上の判断は試行数を増やした後。』


「できた?」


 ノエルが聞く。


「まだ」


「また?」


「でも、昨日よりは進んだ」


「じゃあ、名前は?」


「名前?」


「それ」


 ノエルが実験具を指差した。


 少し考える。


「……コイルガン」


「こいるがん?」


「うん」


「どういう意味?」


「この、金属の線をぐるぐる巻いてるところがコイル。ここに電気を流すと磁気的な力が生まれて、鉄が引っ張られるの。その力を使って飛ばすから、コイルガン」


 ノエルは巻かれた金属線を覗き込んだ。


「じゃあ、ガンは?」


「……そこ?」


「だって、コイルは今聞いたもん」


 困った。


 この世界には、銃がない。


「えっと……小さなものを、すごく速く飛ばす道具の名前」


「それがガン?」


「だいたいそんな感じ」


「だいたい?」


「そこはいいの!」


「ふうん」


 ノエルは土壁を見る。


 小さな穴がいくつもある。


 次に実験具を見る。


 最後に、私を見た。


「じゃあ、ココアガン」


「なんで!?」


「小さいものをすごく速く飛ばすのがガンなんでしょ?」


「そうだけど!」


「これ、ココアが飛ばしてるじゃん」


「コイルも使ってるよ!」


「でも、ココアがいないと飛ばないんでしょ?」


「……今はね」


「じゃあ、ココアガン」


「ならないよ!」


「なるよ」


「ならない!」


 ノエルはもう決めた顔をしていた。


「ヒルダさんにも教えてあげよ」


「やめて!」


「なんで?」


「絶対怒られるから!」


「やっぱり怒られるんじゃん」


「危ないことはしてないもん!」


「鉄飛ばしてるよ?」


「土壁に!」


「ココアガンで」


「その名前やめてってば!」


 ノエルが笑う。


 私も、途中で我慢できなくなった。


 土壁には、小さな穴がいくつも残っている。


 人に向ければ、笑えないものだ。


 だから、強くする前に、ちゃんと止められることと、狙ったところへ飛ばせることを調べる。


 そこは絶対に変えない。


「ココアガン」


「もう言わないで!」


 どうして名前だけ、こんなに締まらないんだろう。



     ◇



 屋敷へ戻ると、先生が待っていた。


 机には、昨日頼んだ記録が並んでいる。


「集まった?」


「確認可能な範囲では」


 椅子へ座る。


 入口。


 市場。


 商品。


 噂。


 昨日、同じページに並べた四つだ。


「まず入口でございますが、昨日の男について、入町記録を改めて確認いたしました」


「うん」


「今回、届け先として申告された店へ確認したところ、男との取引を否定しております」


「やっぱり?」


「少なくとも店主は、そのような商人と約束した覚えはない、と」


 記録する。


『入口

 今回申告された届け先――取引予定を否定。』


「市場の方は?」


「揉め事を起こした商人は別人です。こちらは正規に入町しております」


「昨日の男とは?」


「現時点で関係は確認できません」


「そっか」


 線は引かない。


『市場

 入口の男とは別人。

 関係――未確認。』


「商品は、昨日調べた通り」


「左様でございますな」


『商品

 持込品のみ構成差。

 製造後、一時的に保管場所無人。

 第三者接触――未確認。』


「噂は?」


 先生が別の紙を出した。


「店の者に確認させました。少々興味深い結果が出ております」


「なに?」


「『髪が抜けた』という話をどこで聞いたか、確認できた者に尋ねたそうです」


 身を乗り出す。


「誰?」


「それが、一人ではございません」


「何人も言い始めたの?」


「いえ。逆です」


 先生が紙を私の前へ置いた。


「確認できた複数の者が、同じ人物から聞いたと答えております」


 指が止まった。


「同じ人?」


「はい」


「その人は?」


「旅の商人だと名乗っていたそうですが、昨日のうちに町を出ております」


「……どこへ?」


「確認中でございます」


 ノートを見る。


 初めて、噂に形ができた。


「その人、髪が抜けた人を見たって言ってたの?」


「そこまでは。ただ、『洗髪用の商品で髪が抜けた者がいるらしい』と、何人かへ話していたようです」


「らしい……」


 自分で見たとは言っていない。


 誰から聞いたとも分からない。


 でも、少なくとも。


 一晩の間に、町の人たちがそれぞれ勝手に同じ話を作ったわけではない。


 同じところから、事実とは違う話が広がっている。


『噂

 「脱毛」の情報源。

 確認できた複数名が、同一人物から聞いたと証言。


 人物――旅商人を自称。

 すでに出町。

 情報源――未確認。』


 四つの記録を見る。


 入口。


 市場。


 商品。


 噂。


 まだ、全部はつながらない。


 入口の男と、市場の商人は別人。


 商品の異常に誰かが関わった証拠もない。


 噂を広めた人が、商品へ触った証拠もない。


 ヴァルガスさんの名前を書く証拠なんて、もっとない。


「先生」


「はい」


「噂だけは、偶然じゃない可能性が高くなったよね」


「左様でございますな」


 昨日までなら、誰かが聞き間違えて、それが広がった可能性も考えられた。


 でも今は、実際には確認されていない『脱毛』という話を、一人の人間が複数の場所で話している。


「なんで?」


 思わず口から出た。


「何がでございますか?」


「なんで、そんなことするの?」


 商品が嫌いだから?


 この町が嫌いだから?


 面白がって?


 誰かに頼まれて?


 分からない。


「理由を先に決めてはいけませんぞ」


「……分かってる」


 先生を見る。


「先生、最近増えた揉め事も、全部記録して」


「すべて、でございますか?」


「うん。外から来た人だけじゃなくて、町の人同士のも」


「関係のないものも混じりますぞ」


「それでいい」


 関係があるものだけを集めたら、最初から答えを決めることになる。


「いつ、どこで、誰が、何が原因で。分かる範囲でいいから」


「承知いたしました」


「あと、噂も」


「こちらも?」


「何を聞いたかだけじゃなくて、誰から聞いたか」


 先生の口元がわずかに上がった。


「随分と大きな研究になりましたな」


「研究じゃないよ」


「左様で?」


 ノートを見る。


 入口。


 市場。


 商品。


 噂。


「……調査」


「なるほど」


 でも、やっていることは同じだ。


 観察する。


 記録する。


 比べる。


 分からないものを、分かったことにしない。


 そして、違う結果が重なったときだけ仮説を立てる。


 ページの下へ書いた。


『仮説1

 商品に関する虚偽または未確認情報を、意図的に拡散している人物が存在する可能性。


 目的――不明。』


 そこで鉛筆を止めた。


 誰が、はまだ分からない。


 なぜ、も分からない。


 入口も、市場も、商品も、まだ一本の線ではつながらない。


 でも。


 噂だけは違う。


 勝手に大きくなったんじゃない。


 大きくした人がいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。