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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第74話 返品してください


 翌朝。


 店へ向かう途中で、昨日より悪くなっていることに気づいた。


「髪が抜けたんだって」


「一人じゃないらしいぞ」


「頭が痒くなった人もいるって」


 足を止める。


 昨日、確認できたことは一つだけだ。


 洗髪後に使う商品を持ち込んだ男性が、頭皮の強い痒みを訴えた。


 髪が抜けたとは言っていない。


 同じ症状を訴えた人も、昨日の時点では他にいなかった。


 なのに、一晩で増えている。


 症状まで。


 人数まで。


「……増えてる」


 人じゃない。


 話が。


 店の前まで来ると、いつもより人が多かった。


 買いに来た人ではない。中を覗き込んでいる人や、何人かで話している人。手に商品を持っている人もいる。


 店の人が私を見つけ、すぐに駆け寄ってきた。


「ココア様! ちょうどお呼びしようと思っていました」


「新しく具合が悪くなった人、来た?」


「いえ」


「一人も?」


「はい。昨日の方だけです。ただ、噂を聞いた方から問い合わせが何件も……」


「髪が抜けた人は?」


「聞いておりません」


 やっぱり。


 事実は増えていない。


 噂だけが増えている。


「昨日のと同じ日に作った分、まだ売ってないよね?」


「はい。おっしゃった通り止めています」


「残ってるものは?」


「すべて保管してあります」


「前の日と、次の日に作った分も残ってる?」


「少量ですが」


 それなら比較できる。


「先生は?」


「先ほどいらっしゃいました。奥に」


 店へ入ると、先生は帳簿を開いていた。


「先生」


「おはようございます、ココア様。どうやら少々面倒なことになっておりますな」


「うん」


 先生の横へ行き、帳簿を見る。


 販売数。


 製造日。


 昨日までに売れた数。


 残っている数。


 昨日止めた分。


 数字を追ってから、私は顔を上げた。


「先生」


「はい」


「返品してもらおう」


 先生の指が止まった。


「どの範囲を?」


「問題が出た日と、その前後」


 店の人が驚く。


「前後もですか?」


「うん。問題が出た日だけがおかしいなら、その日の材料や作り方を疑える。でも、今はそれも分からないでしょ?」


「それは……はい」


「だから比べたい」


 問題が出た日だけでは足りない。


 前の日。


 問題が出た日。


 次の日。


 材料や作り方が同じなら、どこで違いが出たのかを見る。


「すでに使用されている方にも、いったん使用を控えていただきましょう」


 先生が言った。


「うん。心配なら返してもらう。お金も返す」


 店の人の顔が曇った。


「ですが、それではかなりの金額に……」


「……どれくらい?」


 先生が帳簿をこちらへ動かした。


 指で数字を追う。


 私は黙った。


 もう一度見る。


「…………研究費が」


「ココア様」


「分かってる!」


 思わず帳簿から目を逸らした。


 痛い。


 すごく痛い。


 《放電》も調べたい。


 昨日飛ばした鉄片だって、まだ一度成功しただけだ。


 金属線も欲しいし、絶縁に使える材料も試したい。


 できるなら、一枚でも多く残したい。


 でも。


「返す」


 もう一度言った。


「原因が分からないものを、分からないまま使ってもらう方が駄目」


 先生がこちらを見る。


「よろしいのですね?」


「よくないよ」


「ほう」


「お金は減ってほしくない」


 先生の口元が少しだけ動いた。


「でも、それとこれは別」


「承知いたしました」


 先生が帳簿を閉じる。


「では、そのように」


「うん」


 研究費は惜しい。


 ものすごく惜しい。


 だからこそ、まず原因を調べよう。



     ◇



 店の奥に商品を並べてもらった。


 問題が出た日のもの。


 その前の日。


 その次の日。


 製造担当者、使った材料、作った場所、保管した場所も確認する。


 昨日の男性が持ってきた容器だけは、少し離して置いた。


 全部を一つずつ最初から調べ直す必要はない。


 比較する条件を揃える。


「すいへー……りーべー……」


 視界を切り替える。


 《エレメントサイト》。


 まず前日のもの。


 次に、問題が出た日。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 大きな違いはない。


 翌日のものも見る。


 これも同じ。


 製造日の違うものを並べて比較すると、材料由来らしい小さなばらつきはある。でも、それはこれまでの商品にもあった範囲だ。


 そして最後。


 男性が持ち込んだものを見る。


「……やっぱり」


 違う。


 昨日見たときと同じだ。


 これだけ。


「ココア様?」


「待って」


 決めつけない。


 もう一度、順番を変えて見る。


 前日。


 持ち込まれたもの。


 問題の日。


 翌日。


 やっぱり違う。


 ノートを開いた。


『比較対象

 問題発生日製造分――異常差なし。

 前日製造分――異常差なし。

 翌日製造分――異常差なし。


 申告者持参品のみ、他では確認できない構成差あり。』


 ここまでは事実。


 その下に書く。


『製造工程由来の可能性――低下。』


 ゼロとは書かない。


 同じ日に作った中で、一つだけ何かが混じった可能性はまだ残る。


「同じ日に作ったなら……」


「はい?」


 店の人を見る。


「材料そのものがおかしかったり、作り方に問題があったりしたなら、他にも出る可能性が高いよね」


「そう、ですね」


「でも、今のところ違うのはこれだけ」


 男性が持ち込んだ容器を見る。


「じゃあ、作ったあと……?」


「ココア様」


 先生の声がした。


「はい」


「可能性と事実は分けておかれた方がよろしいかと」


「うん」


 鉛筆を動かす。


『製造後の変化、保管中または購入後の外部混入――要確認。』


 これでいい。


 誰かが入れた、とはまだ書かない。


 次は、人だ。



     ◇



「確認できたのは、一人だけです」


 店の人が戻ってきた。


「昨日から?」


「はい。こちらへ直接申し出た方、販売した方へ確認できた範囲では、昨日の男性以外に同じ症状を訴えている方はいません」


「髪が抜けた人は?」


「おりません」


「何人も痒くなったっていうのも?」


「確認できませんでした」


 ノートへ書く。


『確認済み症状――頭皮の痒み、一名。


 脱毛――確認なし。


 複数被害――確認なし。』


 確認できた事実は単純だ。


 なのに、町ではもう違う話になっている。


 店の外を見ると、朝より人が増えていた。


「ココア様。どういたしましょう」


「話す」


 ノートを閉じた。



     ◇



 店の前へ出ると、視線が集まった。


 少し怖い。


 こういうときだけ、七歳の身体は妙に正直だ。


 先生を見る。


 すぐ隣にいる。


 それだけで、少し楽になった。


「聞いてほしいことがあります」


 声を出す。


 ざわついていた人たちが、少しずつ静かになった。


「昨日、この店の商品を使ったあと、頭がすごく痒くなった人がいました。その人は、本当にいます」


 誰かが小声で何かを言った。


「だから、同じ頃に作ったものは売るのを止めました。前の日と次の日に作ったものも調べています」


「やっぱり危ないんじゃないのか?」


 男の人が言った。


「分かりません」


 答える。


 周りが少しざわついた。


「分からないのか?」


「はい」


 ここで大丈夫とは言えない。


「原因は、まだ分かってません。だから売りません」


 ざわめきが少し小さくなった。


「でも、分かっていることもあります」


 指を一本立てる。


「頭が痒くなったと確認できた人は、一人です」


 二本目。


「髪が抜けた人は、今のところ一人も確認できてません」


 三本目。


「何人も具合が悪くなった、というのも確認できてません」


 さっきまで話していた人たちが、互いの顔を見る。


「じゃあ、髪が抜けたってのは?」


「私は確認できてません」


「嘘だったのか?」


「それも分かりません」


 首を振った。


「聞き間違えたのかもしれないし、途中で話が変わったのかもしれない。だから、誰かが嘘をついたとも言いません」


 昨日の男性だって、痒いと言った。


 本当に痒かったのかもしれない。


 私には、その人の身体の中までは見えない。


「でも、分からないことと、起きてないことを、本当に起きたことにするのは違うと思う」


 今度は、誰も口を挟まなかった。


「買ったものが心配な人は、使わないでください。返してくれたら、お金も返します。原因が分かって、安全だって確認できるまで、売るのも止めます」


 店の人が用意した箱を前へ出す。


「全部か?」


「調べている分は全部」


「いつまで?」


「分かるまで」


 答えると、後ろから小さなため息が聞こえた。


 先生だ。


「……何?」


「いえ」


「絶対何か思ったでしょ」


「研究費が遠ざかっておりますな、と」


「言わないで!」


 何人かが笑った。


 張っていた空気が、少しだけ緩む。


 すると、一人の女の人が手を上げた。


「私、使ってるけど何ともないよ」


 別の人も言う。


「うちの娘もだ」


「私も使った」


 声がぽつぽつと増える。


 でも、それで安全だとは言えない。


「何ともなかった人がいるのも記録します。でも、一人でもおかしくなった人がいるなら調べます」


「じゃあ、いつ売るんだい?」


 最初に手を上げた女の人が聞いた。


「安全だって分かったら」


「なら、そのときまた買うよ」


「……うん」


 胸の奥が少し温かくなった。


 大丈夫だと言ったからじゃない。


 安くしたからでもない。


 売るのを止めたのに。


 それでも、また買うと言ってくれた。


「ありがとうございます」


 頭を下げた。



     ◇



 返品を受け付け始めた。


 私は店の奥で待った。


 しばらくして箱を見る。


 もう少し待つ。


 もう一度見る。


「……先生」


「はい」


「少なくない?」


「何がでございますか?」


「返品」


 もっと来ると思っていた。


 だって、髪が抜けるなんて噂まで出ている。


 怖くなって当然だ。


 なのに、箱の中には数えるほどしか入っていない。


 店の人が戻ってきた。


「あの」


「やっぱり返したい人、外にいる?」


「いえ。その逆でして」


「逆?」


「調査が終わるまで使わずに取っておく、と」


「……返金するよ?」


「お伝えしました」


「お金、戻るんだよ?」


「はい」


「なのに?」


 店の人が笑った。


「安全だと分かったら、また使うから、と」


「……」


 箱を見る。


 ほとんど空だ。


 なんだろう。


 嬉しい。


 すごく嬉しい。


 売れたときとは、少し違う。


「先生」


「はい」


「これって……」


「信用というものは、売れた数だけでは測れないということでしょうな」


「……そっか」


 もう一度、空に近い箱を見る。


 信用。


 目には見えない。


 《エレメントサイト》でも見えない。


 でも、ある。


 なんだか、結合みたいだと思った。


 見えなくても、人と人の間にちゃんとある。


「でも」


「はい?」


「返金が少なかったら、研究費あんまり減らない?」


「ココア様」


「だって大事だよ!」


「先ほどまでの感動が台無しでございます」


「信用も大事! 研究費も大事!」


 店の人が笑った。


 先生は額を押さえている。


 私も笑った。


 昨日から胸の奥にあった重いものが、少しだけ軽くなった。



     ◇



 夕方。


 返品された商品も一つずつ確認した。


 製造日。


 買った日。


 使用の有無。


 保管場所。


 《エレメントサイト》でも比較する。


 異常はない。


 やっぱり、今のところ違うのは昨日の男性が持ち込んだものだけだった。


 ノートを見る。


『製造工程由来の可能性――低下。』


『製造後の変化、保管中または購入後の外部混入――要確認。』


 なら、次に確認する場所は決まっている。


「これ、作ってから売るまで、ずっと誰かが見てた?」


 店の人に聞いた。


「ずっと、ですか?」


「うん。作ったあと、容器に入れて、店に置いて、売るまで」


 店の人が考える。


「普段は誰かおりますが……」


「誰もいなかった時間は?」


「……一度だけ」


 顔を上げる。


「いつ?」


「問題になった商品を作った日です。荷物が届きまして、皆でそちらを手伝いました」


「どれくらい?」


「長くはありません」


「その間、商品は?」


「店の奥に」


「鍵は?」


「奥の部屋そのものにはございません」


「店には誰かいた?」


「お客様が何人か……」


「奥に入った人を見た?」


「いいえ」


「商品に触った人は?」


「見ておりません」


 そこまで。


 誰かが入った証拠はない。


 商品へ触った人を見た人もいない。


 私はノートへ書く。


『製造後から販売までの経路確認。


 問題発生日

 保管場所が一時的に無人となった時間あり。

 店舗内に複数の来客。


 第三者による保管場所への侵入――未確認。

 第三者による商品への接触――未確認。』


 鉛筆を止める。


 これでもまだ足りない。


 誰かがやったとは言えない。


 昨日、入口で男がヒルダへ手を出そうとした。


 市場では、外から来た商人と揉め事が起きた。


 商品の異常。


 事実とは違う噂。


 一つずつなら、偶然で説明できる。


 全部がつながっているようにも見える。


 でも、そう見えることと、証明できることは違う。


「先生」


「はい」


「昨日の入口の記録、残ってるよね?」


「無論でございます」


「市場のも?」


「ヒルダから報告を受けております」


「見せて」


 先生の目が少し細くなった。


「何か分かりましたか?」


「まだ」


 首を振る。


「だから、並べてみたい」


 入口。


 市場。


 商品。


 噂。


 起きた時間。


 関わった人。


 どこから来たのか。


 誰が最初に話したのか。


 研究と同じだ。


 一つだけ見ていても分からないなら、条件を揃えて比べればいい。


 先生が帳簿とは別の記録を持ってくる。


 私はノートの新しいページを開いた。


 まだ、ヴァルガスさんの名前は書かない。


 書ける証拠がない。


 誰かがやったとも書かない。


 ただ、昨日までとは一つだけ違う。


 問題の商品を見る。


「これ、商品が悪いだけじゃないかもしれない」


 その横に、四つの項目を書いた。


『入口』


『市場』


『商品』


『噂』


 次は、一つずつではなく。


 並べて見る。

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