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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第71話 十回

第71話 十回

 そこまで待つつもりだった。


 昨日は途中で失敗したけれど、条件を一つずつ揃えてやり直した今日は、朝から十回続けて小さな火花を出せた。


 大きさは相変わらず、パチッ、と鳴る程度。


 範囲を決める。


 《エレメントサイト》で偏りを見る。


 一度に動かそうとせず、少しずつ《弾く》。


 偏りが一定のところまで大きくなると――。


 パチッ。


 十回。


 全部、同じように起きた。


 電子そのものを動かしているのか、それとも《弾く》が別の何かへ作用した結果として偏りが生まれているのかは、まだ分からない。


 でも、一つだけ言える。


 偶然じゃない。


 ノートに並んだ十個目の丸を大きく囲んだ。


「……できた」


 思わず頬が緩む。


 昨日、ヒルダに言った。


 十回やって、十回できたら見せる。


「ヒルダに見せよう」


 ちゃんとできるようになったら、一番に見せる。


 きっと驚く。


 そのあとで、危ないことをしていないか聞かれる気もする。


 というか、たぶん聞かれる。


 それでも、見せたい。


 ノートを抱えて部屋を出た。


「ヒルダ?」


 廊下にはいない。


 厨房にもいない。


 玄関にも姿がなかった。


 代わりに見つけたのは、書類を抱えて歩いていた先生だった。


「先生、ヒルダ知らない?」


「ヒルダ殿でしたら、町の入口へ行かれましたぞ」


「また?」


「朝から荷車が続いておりますのでな」


 先生が抱えている書類へ目を落とす。


「先生も忙しい?」


「おかげさまで」


「それ、いい意味?」


「さて、どちらでしょうな」


 分からない。


「ヒルダのところ行ってくる」


「ココア様」


「なに?」


「走られませぬよう」


「……走らないよ」


 先生の前では、ちゃんと歩いた。


 角を曲がってから少し速くなったけれど、両足が同時に床から離れていなければ、たぶん走ってはいない。



     ◇



 町へ出ると、すぐに先生の言っていた意味が分かった。


 壁の工事に使う資材を運ぶ荷車が増えている。それだけじゃない。店へ商品を運ぶもの、畑から作物を運んでくるもの、見たことのない商人の馬車まで並んでいた。


 町の入口では、前に決めた確認役の人たちが、一台ずつ荷車を止めている。


「お名前と、どちらからいらしたかをお願いします」


「荷物は?」


「布だ。向こうの店に頼まれてる」


「どちらのお店です?」


 名前。


 来た場所。


 用件。


 届け先。


 前に決めたことは、ちゃんと動いている。


 そう思った直後だった。


「ヒルダさん!」


 少し離れたところから声が飛んだ。


 ヒルダがすぐに向かう。


「どうなさいました?」


「この人、南の倉庫に行くっていうんだけど、届け先がはっきりしなくて」


 ヒルダが商人へいくつか質問する。


 荷物を確認し、話を聞いて、行き先まで説明する。


 終わったと思ったら、今度は反対側から声が飛んだ。


「ヒルダさん、ちょっと!」


「はい」


 その間にも次の荷車が来る。


「……あれ?」


 少し離れたところから見てみる。


 入口には、ちゃんと人がいる。


 いつもの荷物。届け先がはっきりしている人。記録と同じことを言っている人。


 そういうときは、確認役の人たちだけで終わっている。


 でも、少しでもいつもと違うと、


「ヒルダさん」


 になる。


「……これ、分けられてない」


「ココア様?」


 気づいたヒルダがこちらを見た。


「どうなさいました? お一人でこちらまで」


「ヒルダを探してたの」


「私を?」


「うん。でも、先にお仕事して」


「申し訳ございません。少々お待ちくださいませ」


 ヒルダがまた呼ばれた。


 私は入口の邪魔にならないところで待った。


 一件が終わる。


 すると、また別の確認役がヒルダを呼ぶ。


 ヒルダは嫌な顔一つせず、一つずつ判断していった。


 ようやく戻ってきたところで聞いた。


「ヒルダ、お手伝いする人、決めたよね?」


「はい。交代でお願いしております」


「なのに、なんでみんなヒルダを呼ぶの?」


 ヒルダが入口を振り返った。


「通常の確認はお願いしております。ただ、判断に迷うことがあれば、わたくしへ回すよう伝えておりますので」


「それ、もっと人が来るようになったらどうするの?」


「確認役を増やす必要がございますね」


「でも、人を増やしてもヒルダのお仕事は減らないよ」


 ヒルダが私を見る。


「分からないことが増えたら、その分だけヒルダが呼ばれるんでしょ?」


「……現状では、そうなります」


「だったら、ヒルダを増やさないと駄目になる」


「わたくしを、でございますか?」


「うん」


「それは少々難しいかと」


「私もそう思う」


 ヒルダが少しだけ笑った。


 その顔を見たところで、壁の工事を思い出した。


 最初は、私が《エレメントサイト》で見なければ分からないことがあった。


 でも、それではずっと私がいなければならない。


 だからグレタさんは、私が見つけた空洞や偏りを「どう作ったときに起きるのか」に変えた。


 材料の量、混ぜ方、詰め方。


 今では職人さんたちも、自分で気をつけられる。


「……同じだ」


「何がでございますか?」


「壁」


「壁?」


「これも、やり方にできない?」


 入口を指す。


「どういうときは通していい。どういうときは止める。どういうときだけヒルダを呼ぶ。もっと決めておけば、みんなが自分で判断できることが増えるでしょ?」


 ヒルダはすぐには答えなかった。


 入口に並ぶ荷車を見る。


 確認役の人を見る。


 記録を取っている机を見る。


「……できますね」


「ほんと?」


「少なくとも、今よりは」


 ヒルダの目が変わった。


 人を見る目から、仕事の流れを見る目になる。


「昨日も来た者であれば、前日の記録と照合できます。届け先が決まっている荷物も、受け取り側が確認できていれば、わたくしを呼ぶ必要はございません」


「うん」


「反対に、記録と申告が違う場合。届け先が確認できない場合。荷物について説明できない場合は、そこで止める」


「それなら分かりやすい」


「夜間は、また別に決めた方がよろしいでしょう」


 ヒルダはしばらく考え、それから私を見る。


「ココア様」


「なに?」


「これまで実際に起きたことを整理いたします。その上で、通常の対応と、判断を必要とする対応を分けましょう」


「うん。それがいい」


「それでも判断できない場合だけ、わたくしへ」


「うん!」


 ここから先は、ヒルダの方が詳しい。


 毎日ここに立って、人を見て、どんなことで困るのかを知っている。


 人を増やすならお給料も必要になるし、壁ができれば入口の使い方だって変わる。


 そこは先生や叔父様とも相談することだ。


 私一人で決めることじゃない。


「ヒルダ」


「はい」


「私ね、人が来なくなる町にしたいわけじゃないよ」


「存じております」


「知らない人が来ても、大丈夫な町にしたい」


 ヒルダが微笑んだ。


「はい」


「だから、ヒルダ一人が頑張る町も駄目」


「……わたくしは、頑張ることを苦にはしておりませんが」


「知ってる」


 だから困る。


「ヒルダ、できちゃうから」


「はい?」


「できるから、みんな頼っちゃうの」


 私もそうだ。


 困ったとき。


 怖かったとき。


 嬉しいとき。


 何かできたとき。


 気づけばヒルダを探している。


 今日だってそうだった。


 十回できた瞬間、最初に思ったのは、ヒルダに見せたい、だった。


「でも、ヒルダがいないと何もできない町になったら困るでしょ?」


「左様でございますね」


「だから、ヒルダがいなくても守れるようにする」


 言ってから、胸の奥が少しだけ変な感じになった。


 ヒルダがいなくても。


 その言葉は、あまり好きじゃない。


 するとヒルダが、私の顔を見て笑った。


「わたくしを追い出されるおつもりですか?」


「違うよ!」


 すぐに否定した。


「ずっといて!」


「では、そういたします」


「でも、いなくても大丈夫にはするの」


「難しい注文でございますね」


「そう?」


「ええ」


 ヒルダは笑っていた。


 私も笑った。


 そこで、ようやく思い出した。


「あっ!」


「どうなさいました?」


「違う! 今日はこれじゃなかった!」


「これではなかったのですか?」


「ヒルダに見せたいものがあったの!」


「そのために、わたくしを探していらしたのでは?」


「そうだった!」


 完全に忘れていた。


 ヒルダが口元を押さえる。


「笑った?」


「いいえ」


「笑ったよね?」


「さあ」


「ヒルダ!」


「それで、何を見せてくださるのです?」


 誤魔化された。


 でも、今はこっちの方が大事だ。


「ここだと人が多いから、ちょっと来て」



     ◇



 入口から少し離れ、人の通らない場所へ移動した。


 ノートをヒルダへ渡す。


「持ってて」


「はい」


「見ないでね」


「秘密なのでは?」


「今から見せるからいいの」


「左様でございますか」


 両手を空ける。


 昨日は、狙ってできることを確かめた。


 今日は十回続けて成功した。


 これが十一回目。


「見てて」


「はい」


 一度、息を整える。


「すいへー……りーべー……なーまがる、しっぷす、くらーくか……」


 《エレメントサイト》。


 元素。


 結合。


 さらに意識を深くする。


 電子そのものが見えるわけじゃない。


 でも、昨日より偏りを捉えやすくなっている。


 範囲を決める。


 焦らず、少しずつ《弾く》。


 偏りが大きくなる。


 もう少し。


 ここ。


 パチッ。


 青白い小さな光が走った。


「……まあ」


 ヒルダが目を見開いた。


「できた!」


 十一回目。


 ヒルダの前でも、ちゃんとできた。


「今の光は、何でございますか?」


「放電!」


「ほうでん?」


「えっと……雷と同じように、電気が移動したときに起きる現象。でも、雷って呼んだら怒られそうなくらい小さいやつ」


「雷……」


 ヒルダの顔から笑みが消えた。


 やっぱり、そっちが先だった。


「危険ではございませんか?」


「今のは小さいよ」


「今のは?」


「……今のも」


「ココア様」


「大きくする前に、ちゃんと調べる!」


「大きくなさるおつもりなのですね」


「まだしないよ」


「まだ」


 同じ言葉を返された。


「……ちゃんと調べてから」


「お願いいたします」


 念を押された。


 でも、成功した。


 十回目までとは、少し違う。


 見せたかった人に、ちゃんと見せられた。


「もう一回やるね」


「はい」


 同じくらいの範囲。


 同じくらいの偏り。


 一度にやりすぎず、少しずつ。


 パチッ。


 また青白い光が走った。


「十二回目!」


「数えていらしたのですか?」


「今日は十回続けてできたの。それで、ちゃんとできるようになったら一番にヒルダに見せるって言ったでしょ?」


 ヒルダが瞬きをした。


「覚えていてくださったのですね」


「当たり前だよ」


 昨日の約束だ。


 忘れるわけがない。


「最初に見せたかったの」


 ヒルダの表情が、ゆっくり柔らかくなった。


「ありがとうございます」


「うん」


 たったそれだけなのに。


 十回続けて成功したときより、少しだけ嬉しかった。


 ヒルダがノートを返してくれる。


「では、わたくしは戻ります」


「うん。お仕事のやり方、考えてね」


「承知いたしました」


「私も先生と叔父様に相談する」


「お願いいたします」


 ヒルダが入口へ戻っていった。


 私はその背中を少しだけ見送ってから、ノートを開いた。


 十個並んだ丸。


 その下に二つ書き足す。


『十一回目――成功』

『十二回目――成功』


 十回できたら、ヒルダに見せる。


 そこまでは決めていた。


「……次、どうしよう」


 距離。


 範囲。


 湿り気。


 偏りの大きさ。


 調べたいことは、まだたくさんある。


 でも、大きくするのは駄目だ。


 ヒルダにも言った。


 なら――。


『距離を変える』


 そう書いて、少し考える。


 その横へ、小さく付け足した。


『大きくしない』


「……よし」


 これなら約束は守っている。


 たぶん。

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