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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第56話 初雪

「ココア様」


 肩を揺すられた。


「……ん」


「朝でございますよ」


「起きてる」


「目を閉じておられますが」


「考えてるの」


「何をでございますか?」


「……今日の予定」


「寝ておられましたね」


 ばれた。


 布団の中で目を開ける。


 いつもより部屋が暗い。


 もう朝のはずなのに、窓から入ってくる光が白っぽかった。


「ヒルダ」


「はい」


「今日、曇り?」


「ご自分でご覧になりますか?」


 なんだろう。


 ベッドから降り、窓へ向かう。


 ガラスの向こうを見た。


「……雪」


 屋根が白い。


 道も白い。


 昨日まで土が見えていた場所が、全部白くなっている。


「雪!」


「はい。今年の初雪でございます」


 窓に近づく。


 新しく建った家にも、店にも、倉庫にも雪が積もっている。


 少し前までなかった建物ばかりだった。


「積もってる!」


「左様でございますな」


「ヒルダ、外行っていい?」


「朝食を召し上がってからでございます」


「ちょっとだけ」


「朝食を召し上がってからでございます」


「温床も見たい」


「朝食を召し上がってからでございます」


「……はい」


 強い。


     ◇


 朝食を終えて外へ出ると、昨日までとは音まで違っていた。


 踏むたびに、足元で雪が鳴る。


 息を吐くと白い。


 冷たい。


「ココア様。走らないでくださいませ」


「走ってないよ」


「歩幅が普段の倍でございます」


「早歩き」


「昨日も聞いた言葉でございますな」


 後ろからセバス先生の声がした。


「先生も行くの?」


「温床を確認されるのでしょう?」


「うん」


「その前に、少々こちらをご覧になりますか」


 先生が指した先には、倉庫がある。


 扉が開き、男の人たちが袋を運び込んでいた。


「昨日の荷車?」


「はい。雪が本格的になる前にと、商人が予定を早めてくれました」


 穀物。


 豆。


 塩漬けの肉。


 干したもの。


 全部、冬を越すためのものだ。


「足りそう?」


「現在想定しております人数であれば、かなり余裕を持たせられる見込みでございます。ただし、まだ全て揃ったわけではございません」


「そっか」


 少し安心した。


 でも、町は止まっていなかった。


 軒下へ薪を積んでいる人がいる。屋根の雪を落としている人もいる。店の前では、朝から雪を脇へ寄せていた。


 少し先には、ヒルダとグレタさんが決めた詰所もできている。


 まだ小さな建物だけれど、中には人がいた。


 街道から入ってきた荷車が脇へ寄り、何か話してから町へ入ってくる。


「動いてる」


「何がでございますか?」


「みんな」


 雪が降ったら、町は止まると思っていたわけじゃない。


 でも、白くなった景色の中で、昨日までと同じように人が働いているのを見ると不思議だった。


「当然でございましょう」


 先生が言う。


「ここで暮らしておられるのですから」


「……うん」


 そうだった。


 ここはもう、研究をするために来ただけの場所じゃない。


 みんなが暮らしている場所だ。


「ココア様」


「なに?」


「温床へ向かわれるのであれば、そろそろ」


「あ!」


 忘れてた。


「今、忘れておられましたね」


「忘れてないよ。ちょっと町見てただけ」


「左様でございますか」


「その顔、信じてないでしょ」


「まさか」


 絶対信じてない。


     ◇


「……出てる」


 木枠の前にしゃがんだ。


 ガラスの向こうに、小さな緑がある。


「出てる!」


「見れば分かるよ」


 先に来ていたノエルが言った。


「いつから?」


「昨日はこんなじゃなかったよ。朝来たら出てた」


「外は?」


「こっち」


 少し離れた場所に、同じ種を蒔いた比較用の箱がある。


 そちらには、まだ目立った変化がない。


 同じ種。


 同じ数。


 できるだけ同じ土。


 でも、片方は雪の中。


 片方はガラスの下で芽を出している。


「成功?」


 ノエルが聞く。


「まだ」


「まだなの?」


「芽が出ただけだから。ちゃんと育つか分からないし、もっと寒くなったらどうなるかも分からない」


「でも出たよ?」


「うん」


「嬉しくないの?」


「嬉しいよ!」


 そこは別だ。


 ガラスに顔を近づける。


「ココア様」


「触ってないよ」


「まだ何も申し上げておりません」


「近いって言うつもりだったでしょ?」


「はい」


「やっぱり」


 ヒルダが私の襟元を軽く引いた。


「曇りますので、少しお離れくださいませ」


「私の息?」


「左様でございます」


 一歩だけ下がる。


 ガラスの内側は、外より少しだけ湿って見えた。


 中には緑。


 外には雪。


「……ほんとにできた」


 小さな春。


「お嬢様」


 声がして振り返った。


 バルドさんと、知らない農家の人が二人立っている。


「おはよう」


「ああ。聞いたぞ。芽が出たんだって?」


「うん。でも、まだ――」


「分かってる。最後まで育つかは分からねえんだろ」


「……うん」


「お前、そればっかり言ってるからな」


 覚えられていた。


 バルドさんが木枠の中を覗く。


「外のは?」


「まだ」


「同じ日に蒔いたんだよな?」


「うん」


「へえ」


 隣の農家の人もしゃがんだ。


「これ、うちでも作れるのか?」


 聞かれて、少し考える。


「木枠は作れると思う。中に入れてるものも、農家ならあるよね?」


「ああ」


「でも、ガラスが高い」


「そこだよな」


 私が答える前に、別の人が口を開いた。


「何軒かで一つ使うのは駄目なのか?」


「一つ?」


「冬に採る分は大した量にならんだろ。でも春の苗なら、一か所で育てて、あとで分けりゃいい」


 バルドさんが腕を組む。


「それなら使えるかもしれんな」


「畑ごとに作らなくていい?」


「苗だけならな」


 私が考えていなかった使い方だった。


「それ、いい」


「お嬢様が言い出したんだろ」


「でも、その使い方は考えてなかった」


「じゃあ、やっていいのか?」


「私に聞くの?」


「お前が作ったんだろ?」


「作ったのはガレスさん」


「面倒くせえな」


「叔父様と先生にも聞いて」


「結局そこか」


 バルドさんが笑った。


 私も笑う。


 最初は一個だけ。


 先生と約束した。


 でも、もし本当に使えるなら、その次を私が全部決めなくてもいい。


 使う人たちが、自分たちに合う使い方を考えてくれる。


「ココア!」


 遠くから声がした。


 誰だろう。


 振り返る。


 三人の子供が走ってきた。


 見覚えがある。


 職人さんと一緒に引っ越してきた姉妹と、この前一緒に走っていた子だ。


 その後ろから、もう一人。


「あ」


 花をくれた女の子だった。


「ココア様!」


「おはよう」


 女の子が笑う。


 手には何も持っていない。


 今日は花じゃなかった。


「一緒にやろう!」


「なにを?」


「雪!」


 指差した先を見る。


 家の間に、丸めた雪がいくつも転がっていた。


「雪?」


「大きいの作るの!」


「何を?」


「まだ決めてない!」


 決めてないんだ。


「ココアも来て!」


「私?」


「うん!」


 少しだけ、返事が遅れた。


 何かを聞きに来たんじゃない。


 お願いでもない。


 お礼でもなかった。


 ただ、一緒に遊ぼうと言われた。


「ココア?」


 ノエルが横から顔を覗き込む。


「なに?」


「行かないの?」


「行く」


「即答だね」


「ちょっとだけ」


「ココア様」


 ヒルダを見る。


「……駄目?」


「駄目とは申し上げておりません」


「ほんと?」


「ただし、手袋を」


「してる!」


「帽子を」


「してる!」


「走らない」


「それは無理かも」


「ココア様」


「気をつける!」


 子供たちのところへ向かう。


「ココア様」


 また呼ばれた。


 振り返る。


「なに?」


「温床はよろしいので?」


 ガラスの向こうを見る。


 小さな芽が並んでいる。


 もっと見たい。


 何個出たのか数えたい。


 外の箱と比べたい。


 明日も見たい。


 でも。


「あとで見る」


 ヒルダが少しだけ笑った。


     ◇


「冷たい!」


「雪だからね!」


「知ってる!」


 知っているのと、手で触るのは別だった。


 丸めた雪を押していくと、どんどん大きくなる。


「もっとそっち!」


「重い!」


「ココア、力ない!」


「六歳だから!」


「私七歳!」


「一歳しか違わない!」


 笑い声が響く。


 ノエルまで混ざっていた。


 何を作るのか決めていなかったはずなのに、いつの間にか大きな雪の塊が二つ重なっている。


「顔いる!」


「枝持ってくる!」


「石は?」


「ある!」


 みんなが勝手に動いていく。


 私は雪だらけになっていた。


 手袋も濡れてきた。


 頬が冷たい。


 でも、楽しい。


「ココア様」


 嫌な予感がした。


 振り返る。


 ヒルダが立っている。


「……まだ走ってないよ?」


「存じております」


「じゃあ何?」


「そろそろお戻りくださいませ」


「もう?」


「もう、でございます」


 空を見る。


 遊び始めたときより、雪が少し強くなっていた。


「あとちょっと」


「その『ちょっと』は研究と同じ長さでございますか?」


「違うよ!」


「では?」


 雪の塊を見る。


 まだ顔が完成していない。


「顔だけ」


「それが終われば?」


「戻る」


「約束でございますよ」


「うん」


 枝を刺す。


 石を二つ並べる。


 口は――。


「これ!」


 花をくれた女の子が、小さな枝を渡してくれた。


「ありがとう」


 少し曲がっている。


 ちょうど笑っているみたいだった。


「できた!」


 みんなで少し離れて見る。


 大きい。


 形はちょっと変。


 でも、笑っている。


「明日もあるかな」


「溶けなきゃあるよ」


「明日もやろう!」


「うん」


 返事をしてから気づいた。


 明日も。


 約束した。


「ココア様」


「分かってる。戻る」


 今度は言われる前に歩き出した。


     ◇


 屋敷へ戻る途中、もう一度だけ温床へ寄った。


「寄り道はしないお約束では?」


「帰り道にあるから寄り道じゃないよ」


「誰に似たのでしょうな、その理屈は」


 先生が呆れている。


「見るだけ」


 ガラスの前にしゃがむ。


 外には、今年最初の雪が降っている。


 家の屋根も、道も、畑も白い。


 少し離れた場所からは、さっきまで一緒に遊んでいた子供たちの声が聞こえる。


 ガラスの中を見る。


 そこには、小さな緑が並んでいた。


 昨日まではなかったもの。


 今日、初めて出てきたもの。


「ココア様」


「なに?」


「嬉しそうでございますな」


「……うん」


 今度は否定しなかった。


 雪の中で遊ぶ子供たちがいる。


 冬支度をする大人たちがいる。


 ここで働いて、ここで暮らして、明日もここにいる人たちがいる。


 そして、ガラスの中には小さな緑がある。


 冬が来た。


 でも、何も止まっていなかった。


 ガラスの外には、今年最初の雪。


 ガラスの中には、小さな緑。


 冬の中に、春ができていた。

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