↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/80

第38話 魔法の色


 翌朝。


 朝食を終えたココアは、食器が下げられるのを待ってからヒルダを呼んだ。



「ヒルダ。」


「はい、ココア様。」


「水魔法、見せて。」


「……。」



 ヒルダが無言でセバスを見る。


 セバスは紅茶を置き、眼鏡を押し上げた。



「わたくしは、ココア様が朝食をすべて召し上がられたことを確認いたしました。」


「私も、ちゃんと食べた。」


「ええ。存じております。」


「だから大丈夫。」


「朝食を召し上がることと、安全な実験であることは別問題でございます。」


「……。」


「とはいえ。」



 セバスがヒルダを見る。



「食事を抜いて研究へ走らなかった点については、成長されましたな。」


「そこ?」


「大切なことでございます。」



 ヒルダも頷いた。



「非常に。」


「二人とも、マーサに影響されてない?」


「良い影響でございます。」


「……。」



     ◇



 屋敷の庭。


 ヒルダが右手を差し出した。



「小さなもので、よろしいのですね?」


「うん。見るだけ。」


「触りませんね?」


「触らない。」


「結合にも。」


「触らない。」


「絶対に?」


「……絶対。」


「今の間は何でございますか?」


「覚悟。」


「何のです?」


「触らない覚悟。」


「最初からお願いいたします。」



 ようやくヒルダが頷いた。



「では。」



 掌の上で、空気が僅かに揺れた。


 何もなかった場所へ水が集まり、小さな球になる。



「すいへー……りーべー……。」



 ココアの視界が切り替わる。


 青い元素。


 白から淡い青の結合。


 水を構成する水素と酸素。


 それ自体は分かる。


 三歳の頃から、何度も見てきたものだ。



 けれど。



「……。」



 水だけではない。


 水球が形を取る、その瞬間。


 ほんの僅かに。


 青でも白でもない何かが重なった。



「……あった。」



 ヒルダの眉が動く。



「何が、でございますか?」


「昨日見つけた色。」


「旧河道の土で見えていたものですか?」


「うん。」



 セバスの表情も変わった。



「ヒルダ。もう一度お願い。」


「承知いたしました。」



 水球が崩れ、芝へ落ちる。


 数秒置いて、もう一度。


 ヒルダの掌に水が集まった。



「……やっぱり。」



 同じだ。


 昨日、旧河道の土に重なっていたもの。


 水ではない。


 水素でも酸素でもない。


 既知の元素や結合とは違う。



「ヒルダ。」


「はい。」


「私、これ前にも見てる。」



 記憶が繋がった。



     ◇



 三歳の頃。



『ヒルダは?』


『魔法使える?』


『水も見たい!』



     ◇



 初めてヒルダに水魔法を見せてもらった日。


 ココアは夢中で水ばかり見ていた。


 魔法で生まれた水は普通の水と違うのか。


 水素と酸素はどうなっているのか。


 そこしか見ていなかった。



「……あの時も、あった。」


「わたくしには、何のお話か分かりかねますが。」


「私も、あの時は分かってなかった。」



 見えていなかったわけではない。


 見えていたのに、意味のある情報として認識していなかった。



 ココアは研究帳を開く。



『水魔法――旧河道と同じ色』



 横からセバスが覗き込んだ。



「ココア様。」


「なに?」


「それが、魔力なのではございませんか?」



 ペンが止まる。



「……可能性はある。」


「では。」


「でも、まだ決めない。」



 昨日の頁を開く。



『旧河道』


『通常と異なる色』


『意味――不明』



「魔法を使ってない土にもあった。」


「なるほど。」


「だから、水魔法にあるだけじゃ魔力だって言えない。」



 セバスが静かに頷いた。



「では、比較が必要でございますな。」



 ココアが顔を上げる。



「先生。」


「はい。」


「今、ちょっと研究者っぽかった。」


「教育係でございます。」


「惜しい。」


「何がでございますか。」



     ◇



「土魔法?」



 少しして呼ばれてきたノエルが首を傾げた。



「うん。」


「昨日まで土を調べてなかった?」


「調べてた。」


「今日は魔法?」


「土を調べてたら、魔法が出てきた。」


「……。」


「私も困ってる。」



 ノエルはしばらくココアを見つめた。



「やっぱり、ココアの研究って変。」


「八回目。」


「まだ数えてるんだ。」


「うん。」



 ノエルが笑いながら地面へ手を向ける。



「じゃあ、やるよ。これくらいでいい?」


「小さくていい。」



 土が僅かに震え、柔らかな塊が地面から持ち上がる。



「すいへー……りーべー……。」



 ココアは見る。


 土。


 砂。


 水分。


 含まれている元素と、その結合。


 そして。



「……ある。」



 同じだった。


 ヒルダの水魔法にも。


 ノエルの土魔法にも。


 あの色が重なっている。



「また見えてる?」


「うん。」


「いつものと違う?」


「違う。元素じゃない。結合とも違う。」


「昨日の土にあったやつ?」


「それ。」


「それが私の魔法にもあるの?」


「うん。」


「なんで?」


「分からない。」


「また?」


「また。」



 研究帳へ書き足す。



『水魔法――ある』


『土魔法――ある』


『旧河道の土――ある』



 三つ。


 属性も違う。


 起きている現象も違う。


 それなのに、同じ何かが見える。



 魔力。



 その言葉は当然浮かぶ。


 だが。


 もしこれが魔力なら。


 なぜ魔法を使っていない地面にも存在するのか。



 そして。


 ココア自身は――。



     ◇



 六歳。


 魔力判定。


 零。



     ◇



 魔法は使えない。


 それなのに。


 三歳のあの日。


 兄の暴走した火球へ、確かに触れた。



 炎を支える何かを切ったのか。


 魔法そのものへ触れたのか。


 まだ分からない。



「ココア様?」



 ヒルダの声で我に返った。



「大丈夫でございますか?」


「うん。」


「続けますか?」


「……もう少し。」


「ココア。」



 ノエルが遮った。



「なに?」


「畑。」


「……。」


「昨日、確かめるって言ってた。」


「……。」


「魔法は逃げないよ。」



 研究帳を見る。


 ノエルを見る。



「地下水は動く。」


「じゃあ行くよ。」


「うん。」



 セバスが小さく頷いた。



「大変よいご友人を持たれましたな。」


「先生。」


「はい。」


「私もそう思う。」



「ココア、早く!」



 すでに庭の向こうまで走ったノエルが振り返った。



「待って!」


「走らない!」


「ヒルダ。」


「転ばれます。」


「……はい。」



     ◇



 その日の調査は、昨日より範囲を広げた。


 旧河道に沿って何か所も土を採る。


 表面。


 少し下。


 さらに深い場所。


 深さを揃え、量を揃え、同じ方法で比較する。



 そして今日は、ココアたちだけではなかった。



「水、線までだぞ!」


「分かってる!」


「混ぜるの二十回!」


「十九、二十。終わり!」


「待つ時間、誰が見てる?」


「俺だ!」


「その布違うぞ。同じの使えって書いてあるだろ!」



 農家たちが、自分たちで動いていた。


 土を採る者。


 水を量る者。


 記録する者。


 皿を並べる者。



 分からなければ隣に聞く。


 それでも分からなければノエルへ聞く。


 ノエルでも判断できなければ、最後にココアへ来る。



 少し離れた場所から、その様子を眺めていると。


 ノエルが隣へ来た。



「ココア。」


「なに?」


「また、『私、何もしてない』って思ってる?」


「……ちょっと。」


「じゃあ成功じゃん。」



 ココアは農家たちを見る。


 誰も、ココアが来るまで手を止めていない。


 自分たちで調べ。


 比べ。


 考えている。



「うん。」



 自然に笑った。



「成功。」



     ◇



 午後。


 地図には、新しい情報が増えていた。



 雨のあと、水が残りやすい場所。


 深いところほど湿っている場所。


 水に溶けるものが多い場所。


 そして、バルドが覚えている昔の川筋。



「……ここ。」



 ノエルが地図を指した。



「なに?」


「たぶん、こっち。」



 指が畑と畑の間を進む。



「水の道。」


「どうして?」


「この畑、雨の次の日も乾くの遅いから。」



 別の場所を指す。



「ここは、お父さんが昔から春に深く耕すなって言ってる。」


「なんで?」


「下がずっと湿ってるから。」



 さらに指が移る。



「こっちは去年、作物の根が横に広がってた。」


「下に伸びなかった?」


「うん。お父さんが変だって言ってた。」



 ノエルは地図へ線を引いた。



「だから、たぶん。」


「この下、水が通ってる。」



 ココアはノエルを見た。



「ノエル。」


「なに?」


「私、まだ見てないよ?」


「うん。」


「元素視覚、使ってない。」


「うん。」


「それでも分かったの?」


「たぶん。」



 ノエルが少し得意そうに笑う。



「だって、畑は見てるから。」



 ココアは何も言わず、地面へ視線を落とした。



「すいへー……りーべー……。」



 視界が変わる。


 土の湿り方を追う。


 ノエルが引いた線の方向へ。


 地下の水分が連続している。


 そこに溶けているものも、似た傾向で続いていた。



「……合ってる。」


「ほんと?」


「うん。」


「やった!」



 ノエルが両手を上げた。



「見えなくても分かった!」


「うん。」



 ココアには。


 それが、自分だけに見えるものを見つけた時より嬉しかった。



 同じものを見る必要はない。


 同じ知識を持つ必要もない。


 違うものを見て。


 違うことを知っていて。


 それでも。


 同じ答えへ辿り着ける。



「ノエル。」


「なに?」


「すごい。」


「今さら?」


「二回目。」


「それも数えてるの?」


「数えてる。」



     ◇



「なるほどな。」



 地図を見ていたバルドが低く呟いた。


 太い指で、ノエルの引いた線をなぞる。



「昔の川筋に近い。」


「同じ?」


「全部じゃない。だが、重なる場所は多い。」



 ココアは昨日見た上流を思い出した。


 三年前の大雨。


 流された岩。


 堆積した土砂。


 倒木。


 変わった川筋。



「川の形が変わって。」


「地面の下の水まで変わった?」



 ノエルが聞く。



「可能性はある。」



 ココアは地図上の問題畑を見る。



「でも。」


「川の水そのものは、塩が多くなかった。」



 今朝ではなく。


 昨日。


 自分たちが確認したことだ。



「じゃあ、川が塩を運んできたんじゃない?」


「少なくとも。」


「そのまま畑に運んだわけじゃなさそう。」



 ココアは地面へ目を落とした。



「水が抜けにくくなって。」


「地下の水が高いところまで来る。」


「その水に何かが溶けてたら。」


「水だけ乾いて。」


「溶けてたものは、土に残る。」



「塩も?」


「塩も。」



 一度なら僅かでも。


 何度も繰り返せば。


 一年。


 二年。


 三年。



 少しずつ。


 土に積み重なる。



 バルドが腕を組んだ。



「なら、水を逃がせばいいのか。」



 以前なら。


 ココアはすぐ頷いていたかもしれない。



 排水路を掘る。


 水を流す。


 終わり。



 けれど。


 セバスに言われたことを覚えている。



 誰の畑か。


 誰の収穫か。


 誰の生活がかかっているのか。



「どこに?」



 バルドが眉を上げた。



「何がだ?」


「逃がした水。」


「どこに流す?」



 ココアは地図を指す。



「こっちには畑がある。」


「こっちには家。」


「塩が入った水なら。」


「別の場所に流しただけじゃ駄目。」



 バルドが黙った。


 やがて、僅かに口元を上げる。



「少しは考えるようになったな。」


「最初から考えてる。」


「なら、もっと考えろ。」


「考えてる。」


「もっとだ。」


「バルドさん、厳しい。」


「畑だからな。」



「……うん。」



 ココアも頷いた。



「畑だから。」



 だから。


 まず小さく試す。


 水がどこへ動くのか。


 何が変わるのか。


 その先に誰がいるのか。



 全部見てから。


 広げる。



     ◇



 夕方。


 叔父の屋敷。



「試したい。」



 ココアは机へ地図を広げた。


 問題の大きい一帯。


 その中でも、水の流れを確認しやすい場所へ一本の線を引く。



「いきなり全部は直さない。」


「まず一本。」


「短い排水路を作って。」


「水がどこから来て。」


「どこへ流れるかを見る。」



 叔父が地図を覗き込んだ。



「下流は?」


「先に確認する。」


「人は?」


「必要。」


「期間は?」


「……。」


「金は?」


「……。」



 ココアはゆっくり横を向く。



 セバスが立っていた。



「先生。」


「はい。」


「助けて。」



 セバスが眼鏡を押し上げる。



「ようやく、正しい教育係の使い方を覚えられましたな。」


「先生、嬉しそう。」


「気のせいでございます。」


「口元。」


「気のせいでございます。」



 叔父が笑った。



「よし。」


「試験として認める。」



 地図を指で叩く。



「人も出す。」


「必要な道具と金も見積もれ。」


「ただし。」


「勝手に広げるな。」


「一本だけ。」


「一本だけだ。」


「途中でもっと掘りたくなっても。」


「……一本だけ。」


「今、間があったな。」


「なかった。」


「セバス。」


「ございました。」


「先生。」


「事実でございます。」



     ◇



 その夜。


 ココアは机に研究帳を広げていた。



 左の頁には。



『地下水』



 三年前の大雨。


 変わった川筋。


 旧河道。


 湿った深い土。


 問題畑。



 右の頁には。



『魔法』



 ヒルダの水魔法。


 ノエルの土魔法。


 そして。



『同じ色』



 本来なら。


 別々の研究だった。



 領地の水と。


 魔法。



 関係なんてないはずだった。



 机には、三つの土が並んでいる。


 問題畑。


 旧河道。


 昨日、バルドと上流へ行った時に採ったもの。



 ヒルダは少し離れた椅子に座っている。



「見るだけですよ。」


「うん。」


「触りません。」


「うん。」


「結合も。」


「触らない。」


「よろしい。」



「すいへー……りーべー……。」



 視界が切り替わる。



 青。


 白。


 淡い青。



 そして。


 あの色。



 問題畑。


 薄い。



 旧河道。


 ある。



 上流側。



「……こっちも。」



 ココアの手が止まった。



 もう一度。


 最初から見る。



 結果は同じ。



 研究帳へ書く。



『問題畑――薄い』


『旧河道――確認』


『上流側――確認』


『強さに差?』



 最後に、大きな疑問符。



 三か所だけ。


 これで何かを決めてはいけない。



 けれど。


 今日分かったことが、もう一つある。



 川の水。


 ナトリウムも塩素も。


 異常に多くはなかった。



 普通の水だった。



 なのに。



 畑には塩がある。



「……先生。」



 帳簿を整理していたセバスが顔を上げた。



「はい。」


「川の水は、普通だった。」


「左様でございましたな。」


「でも、畑には塩がある。」


「はい。」



 ココアは地図を引き寄せた。



 現在の川。


 旧河道。


 問題畑。



 指で繋ぐ。



「だったら。」


「水が途中で変わってる。」



 セバスの視線も地図へ落ちる。



「変わる、とは?」


「何かを溶かしてる。」


「どこかで。」



「何を、でございますか?」



「分からない。」



「どこで?」



「それも分からない。」



 ココアは少しだけ笑った。



「分からないこと、増えた。」


「嬉しそうでございますな。」


「うん。」



 研究帳の新しい頁を開く。



『地下水は、どこを通っている?』



 その下。



『塩は、どこから来た?』



 そして。


 少し離して。



『あの色は、何?』



 三つの疑問。



 ココアは、最初の一つへ線を引いた。



 地上を流れる川なら。


 見れば分かる。



 でも。


 今度追うのは。


 目には見えない水だ。



 土の下を流れ。


 どこかで何かを拾い。


 三年間かけて。


 畑へ運んできた水。



「明日。」


「水を追う。」



 ココアの指が。


 地図の上を進む。



 畑から。


 旧河道へ。



 そして。


 その先へ。



 まだ誰も知らない。



 塩が。


 どこから来ているのか。



 でも。



 水は必ず。


 どこかを通ってきている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。