第34話 芽
七日後。
◇
「出てる!」
朝。
まだ。
日が昇りきる前。
ノエルの声が。
畑に響いた。
「お父さん!」
「芽!」
「芽、出てる!」
◇
ココアも。
走った。
いや。
走ろうとした。
「ココア様。」
「……。」
「転びますぞ。」
「急いでる。」
「芽は逃げません。」
「でも。」
「逃げません。」
「……はい。」
◇
セバスに。
手を引かれながら。
それでも。
急ぐ。
◇
三つの。
小さな区画。
その前に。
ノエルが。
しゃがみ込んでいた。
「見て!」
◇
小さな緑が。
土を。
押し上げている。
一つ。
二つ。
三つ。
◇
「……。」
ココアも。
その隣へ。
しゃがんだ。
◇
一つ目。
何もしなかった土。
◇
芽は。
出ている。
でも。
少ない。
出ていても。
細い。
小さい。
頼りない。
◇
二つ目。
水の逃げ道を作り。
水を入れて。
土の中に溜まったものを。
洗い流した区画。
◇
「……出てる。」
◇
明らかに。
多い。
何もしなかった場所より。
ずっと。
◇
そして。
三つ目。
◇
二つ目と同じように。
排水と洗浄を行い。
さらに。
ココアが。
余分な塩類を。
減らした区画。
◇
「すごい……。」
◇
ノエルが。
息を漏らした。
三つの中で。
一番。
多い。
芽の高さも。
揃っている。
◇
「お父さん!」
「早く!」
「分かった!」
◇
ヨハンが。
畑の向こうから。
走ってくる。
「どうした!?」
「見て!」
「……。」
◇
ヨハンが。
止まった。
◇
何も。
言わない。
ただ。
芽を。
見ている。
「お父さん?」
◇
ゆっくり。
しゃがむ。
◇
一本の芽へ。
指を。
伸ばす。
◇
触れる。
その寸前で。
止めた。
◇
「……出た。」
「うん!」
「……本当に。」
もう一度。
芽を見る。
「出た……。」
◇
三年。
◇
肥料を。
変えた。
種を。
変えた。
耕し方も。
変えた。
◇
それでも。
まともに。
育たなかった。
◇
今年で。
諦めようとしていた。
畑から。
◇
今。
◇
緑が。
出ている。
◇
「……よかった。」
◇
ヨハンが。
小さく。
呟いた。
◇
「お嬢様!」
ノエルが。
ココアを見る。
「成功だよ!」
「まだ。」
「ええ!?」
「まだ。」
「成功じゃない。」
「なんで!?」
「芽が。」
「出ただけだから。」
「出たじゃん!」
「出た。」
「じゃあ成功!」
「ちゃんと育って。」
「収穫できるまで。」
「まだ。」
「分からない。」
「……。」
◇
ノエルが。
頬を。
膨らませた。
「お嬢様。」
「なに?」
「めんどくさい。」
「六回目。」
「それ。」
「変って言ってない。」
「……。」
「増やす?」
「増やさない。」
◇
後ろで。
ヨハンが。
吹き出した。
◇
でも。
◇
ココアが。
見ていたのは。
一番。
たくさん芽が出た区画では。
なかった。
◇
その隣。
◇
二つ目の。
区画。
◇
「……。」
◇
ココアが。
近づく。
しゃがむ。
◇
一本。
もう一本。
◇
芽を見る。
◇
「お嬢様?」
「……出てる。」
「そっちも。」
「出てるよ?」
「うん。」
「でも。」
◇
ココアが。
土を。
指差す。
「ここ。」
「私。」
「触ってない。」
「……。」
「私の力。」
「使ってない。」
「うん。」
「でも。」
◇
ココアの。
口元が。
緩んだ。
「芽が。」
「出た。」
◇
一番では。
ない。
◇
二番目。
◇
それなのに。
ココアは。
一番。
嬉しそうに。
笑っていた。
◇
「お嬢様。」
「なに?」
「そっちの方が。」
「嬉しいの?」
「うん。」
「なんで?」
「私が。」
「いなくても。」
◇
ココアは。
芽を見る。
「できたから。」
◇
ノエルが。
黙った。
◇
「私が。」
「一個ずつ。」
「土の中から。」
「余分なものを。」
「取らなくても。」
「水の道を作って。」
「水に溶かして。」
「外へ流したら。」
「土が。」
「変わった。」
「……。」
「私じゃなくても。」
「できる。」
◇
ノエルが。
二つ目の区画を。
見る。
「じゃあ。」
「他の畑でも。」
「できる?」
「できる。」
「かもしれない。」
「お嬢様が。」
「いなくても?」
「うん。」
「私が。」
「いなくても?」
「鍬でも。」
「水の道は作れる。」
「……。」
◇
ノエルが。
少し。
不満そうな顔をした。
◇
「でも。」
「ノエルが。」
「いた方が早い。」
「……!」
「すごく。」
「早い。」
「でしょ?」
◇
胸を。
張る。
ココアも。
笑った。
◇
科学を。
知っている人が。
考える。
◇
土地を。
知っている人が。
教える。
◇
魔法を。
使える人が。
できることをする。
◇
農家が。
自分の畑を。
守る。
◇
全部を。
◇
一人で。
やる必要は。
ない。
◇
「ココア様。」
◇
セバスだった。
「なに?」
「よいお顔を。」
「なさっておりますな。」
「そう?」
「ええ。」
◇
眼鏡を。
押し上げる。
「ご自身の実験が。」
「成功した時より。」
「嬉しそうで。」
「ございます。」
「……。」
◇
ココアは。
もう一度。
二つ目の区画を見る。
◇
自分が。
やったんじゃない。
◇
自分にしか。
できないことでも。
ない。
◇
でも。
◇
嬉しい。
◇
「……ほんとだ。」
◇
前世の。
研究室では。
知らなかった。
◇
自分が。
見つけることだけじゃない。
◇
自分が。
できることだけでもない。
◇
誰かが。
◇
自分で。
できるようになること。
◇
それも。
◇
こんなに。
嬉しい。
◇
「お嬢。」
◇
ヨハンが。
立ち上がった。
「ん?」
「じゃあ。」
「畑全部に。」
「同じことをやればいいのか?」
「……まだ。」
「またか。」
「うん。」
「今度は何だ?」
◇
ヨハンまで。
笑っている。
◇
「水。」
「水?」
「うん。」
◇
ココアは。
畑を見る。
「水が。」
「どこから来てるのか。」
「どうして。」
「ここだけ。」
「抜けにくくなったのか。」
「どこへ。」
「流すのがいいのか。」
「それから。」
「他の畑でも。」
「同じことが。」
「起きてないか。」
「他の畑……。」
◇
ノエルが。
呟いた。
◇
そして。
少し離れた。
東の畑を見る。
「ねえ。」
「なに?」
「だったら。」
「雨のあとに。」
「見ればいいんじゃない?」
「……。」
「水が残ってる畑。」
「全部。」
◇
ココアが。
止まった。
「……全部?」
「うん。」
「どこに。」
「水が溜まるか。」
「見たいんでしょ?」
「……。」
◇
ココアが。
ノエルを見る。
「ノエル。」
「なに?」
「頭いい。」
「知ってる。」
「……。」
「嘘。」
◇
ノエルが。
笑った。
◇
その日。
◇
二人は。
畑を回った。
◇
ヨハンにも。
来てもらった。
◇
農家にも。
聞いた。
◇
「雨のあと。」
「水が残る場所は。」
「ありますか?」
◇
「最近。」
「前より。」
「育ちにくくなった場所は?」
◇
「収穫は。」
「変わってませんか?」
◇
最初は。
首を。
傾げられた。
◇
六歳の。
小さな。
伯爵令嬢。
◇
畑仕事とは。
どう見ても。
縁遠く見える。
◇
けれど。
「ヨハンのところだろ?」
「ああ。」
「聞いたぞ。」
◇
話は。
すでに。
少しずつ。
広がっていた。
◇
三年間。
◇
何をしても。
育たなかった畑から。
◇
芽が。
出た。
◇
農家にとって。
◇
それは。
十分に。
話を聞く理由になった。
◇
「うちも。」
◇
一人の農夫が。
手を挙げた。
「川側の二枚。」
「去年から。」
「少し悪い。」
◇
「こっちもだ。」
◇
別の男が。
言う。
「雨のあと。」
「乾くのが遅い。」
「昔は。」
「そんなこと。」
「なかったんだがな。」
◇
「見てもいい?」
「ああ。」
「頼む。」
◇
一人。
◇
もう一人。
◇
昨日まで。
ココアを。
ただの。
小さな伯爵令嬢として。
見ていた人たちが。
◇
自分から。
畑の話を。
してくれる。
◇
「ここも。」
「見てくれないか?」
◇
ココアは。
頷いた。
「うん。」
◇
研究帳に。
印が。
増えていく。
◇
一つ。
二つ。
三つ。
◇
さらに。
四つ。
◇
「……。」
◇
ココアが。
研究帳を見る。
◇
ヨハンの畑だけでは。
ない。
◇
まだ。
同じ原因とは。
言えない。
◇
でも。
◇
調べる理由は。
十分に。
あった。
◇
夕方。
◇
叔父の屋敷。
◇
ココアは。
一枚の地図を。
広げていた。
◇
「これが。」
「ヨハンさんの畑。」
◇
印。
◇
「これが。」
「東の畑。」
◇
印。
◇
「それから。」
「今日。」
「話を聞いたところ。」
◇
印。
印。
印。
◇
叔父が。
地図を見る。
「……多いな。」
「うん。」
「全部。」
「同じ原因か?」
「まだ。」
「分からない。」
「だろうな。」
◇
叔父は。
笑わなかった。
◇
ただ。
一つ。
一つ。
印を。
見ている。
◇
「ヨハンの畑だけの。」
「問題じゃないかもしれない。」
「うん。」
「それを。」
◇
叔父が。
ココアを見る。
「調べられるのか?」
「……。」
◇
ココアは。
研究帳を。
開いた。
◇
土。
水。
布。
皿。
火。
◇
ノエルと。
作った方法。
◇
「できる。」
「お前が。」
「全部見るのか?」
「違う。」
◇
ココアは。
首を振った。
「私が。」
「見なくても。」
「できる。」
「農家でも?」
「できる。」
「魔法がなくても?」
「できる。」
「高価な道具は?」
「いらない。」
◇
「……。」
◇
叔父が。
椅子へ。
深く。
座り直した。
◇
「なら。」
◇
地図へ。
手を置く。
◇
「調べよう。」
「……。」
「この辺りの畑を。」
◇
「全部だ。」
◇
ココアが。
瞬きをした。
「全部?」
「ああ。」
◇
叔父の指が。
地図についた印を。
一つずつ。
なぞる。
◇
「一枚の畑で。」
「起きたことなら。」
「一人の問題かもしれない。」
◇
「だが。」
◇
「同じことが。」
「何枚もの畑で。」
「起き始めているなら。」
◇
指が。
止まる。
◇
「領主の問題だ。」
◇
領主。
◇
父が。
やっていたこと。
◇
叔父が。
やっていること。
◇
誰か一人の。
生活の問題を。
◇
土地に暮らす。
みんなの問題として。
考える仕事。
◇
「……。」
◇
ココアが。
地図を見る。
◇
最初は。
一枚だった。
◇
三年間。
作物が育たない。
◇
ヨハンの。
畑。
◇
ただ。
その原因が。
知りたかった。
◇
でも。
◇
今。
目の前には。
◇
この土地の。
地図がある。
◇
ココアは。
研究帳を。
開いた。
◇
『ヨハンさんの畑』
◇
その下へ。
◇
新しく。
書く。
◇
『この土地の水と土』
◇
「先生。」
「はい。」
「畑って。」
「全部で。」
「何枚あるの?」
◇
セバスが。
眼鏡を。
押し上げた。
◇
「この周辺だけで。」
「百四十七枚でございます。」
「……。」
◇
ココアは。
地図を見る。
◇
「……いっぱいある。」
「見れば分かる。」
◇
ノエルだった。
「……七回目。」
「今の。」
「変って言ってないよ?」
「……。」
◇
叔父が。
吹き出した。
◇
百四十七枚。
◇
その全部に。
◇
誰かの。
生活がある。
◇
三年間。
誰にも。
分からなかった。
◇
一枚の畑の。
異変。
◇
そこから。
始まったものは。
◇
もう。
一枚だけの。
問題では。
なかった。




