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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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36/82

第35話 任せる


 百四十七枚。


     ◇


「……無理。」


「はい。」


 即答だった。


 ココアが顔を上げる。


「先生。」


「はい。」


「もう少し。」


「考えてから言ってもいいと思う。」


「昨日の時点で。」


「分かっておりましたので。」


「……。」


 朝食の席。


 テーブルには。


 この周辺の畑を記した地図。


 その数。


 百四十七枚。


 昨日。


 聞いた時は。


 多いと思った。


 でも。


 調べればいいとも思った。


 土を取る。


 水を入れる。


 混ぜる。


 待つ。


 濾す。


 水を飛ばす。


 残ったものを比べる。


 一枚ずつ。


 丁寧に。


「……。」


 ココアは。


 研究帳の端へ。


 一枚に必要な時間を書く。


 掛ける。


 百四十七。


「……。」


 もう一度。


 計算する。


「……やっぱり無理。」


「はい。」


「二回目。」


「結果は。」


「変わりませんので。」


 セバスが。


 紅茶を置いた。


「ココア様。」


「なに?」


「まさか。」


「お一人で。」


「百四十七枚すべてを。」


「調べるおつもりでしたか?」


「……ちょっと。」


「ちょっと?」


「かなり。」


「でしょうな。」


 ココアは。


 地図へ視線を戻した。


 自分で見ればいい。


 自分で調べればいい。


 分からなければ。


 もっと調べればいい。


 前世でも。


 そうしてきた。


 この世界へ来てからも。


 そうしてきた。


 でも。


 百四十七枚。


 一人では。


 届かない。


「じゃあ。」


「はい。」


「人を増やす。」


「誰を?」


「ヨハンさん。」


「他には?」


「農家の人。」


「何人ほど?」


「……いっぱい。」


「どのように。」


「調べていただきますか?」


「昨日の方法。」


「土の量は?」


「同じ。」


「何をもって。」


「同じといたします?」


「……。」


「水の量は?」


「同じ……。」


「待つ時間は?」


「……。」


「使う布は?」


「……。」


「皿に残ったものを。」


「多い。」


「少ない。」


「誰が判断いたしますか?」


「……先生。」


「はい。」


「今日。」


「質問多い。」


「百四十七枚。」


「ございますので。」


「それ。」


「便利だね。」


「ええ。」


     ◇


 人を増やす。


 それだけでは。


 駄目。


 ココアができる方法ではなく。


 誰でも。


 同じようにできる方法にする。


 そうしなければ。


 人を増やしても。


 結果が。


 ばらばらになる。


「……揃える。」


「何を?」


「全部。」


 ココアが。


 椅子を降りる。


「先生。」


「はい。」


「ノエルのところ行ってくる。」


「朝食は?」


「……。」


「朝食は?」


「食べる。」


「よろしい。」


     ◇


 朝食後。


 ヨハンの家。


     ◇


「分かりにくい。」


「……。」


「これも。」


 ノエルが。


 調査票へ指を置く。


「分かりにくい。」


 もう一つ。


「これも。」


「……全部?」


「全部じゃないよ。」


「……よかった。」


「半分くらい。」


「……。」


 ココアが作ってきた調査票。


『雨後の滞水時間』


『土壌含水状態』


『排水先までの高低差』


『前年差収量』


 ノエルが。


 眉を寄せる。


「これ。」


「農家の人に。」


「聞くんだよね?」


「うん。」


「だったら。」


 指差す。


「雨の次の日に。」


「水が残ってた?」


「……。」


「去年より。」


「採れた?」


「採れなかった?」


「……。」


「水がどっちに流れるかは。」


「畑見れば分かる。」


「……。」


 ココアが。


 ノエルを見る。


「駄目?」


「駄目。」


「全部?」


「半分。」


「……。」


 隣で。


 ヨハンが。


 肩を震わせている。


「ヨハンさん。」


「ん?」


「笑ってる。」


「笑ってない。」


「笑ってる。」


「気のせいだ。」


「ノエル。」


「笑ってるよ。」


「ほら。」


「ノエル。」


「なに?」


「味方だと思ってた。」


「味方だから。」


「分かりにくいって言ってるの。」


「……。」


 ココアが。


 もう一度。


 調査票を見る。


 その通りだった。


     ◇


 知りたいことを書く。


 それだけでは。


 駄目。


 これは。


 研究帳ではない。


 この土地の人が。


 自分の畑を。


 自分で調べるためのもの。


 自分にとって。


 正確でも。


 使う人が。


 使えなければ。


 意味がない。


「……直す。」


「うん。」


「ノエル。」


「なに?」


「手伝って。」


「いいよ。」


     ◇


 二人で。


 作り直した。


 雨の次の日。


 水が残る。


 ○。


 ×。


 去年より。


 収穫が減った。


 ○。


 ×。


 川から。


 近い。


 遠い。


 畑の中で。


 水が溜まりやすい場所。


 あり。


 なし。


 そして。


 土を入れる器。


 水を入れる器。


 混ぜる回数。


 待つ時間。


 濾す布。


 皿へ入れる量。


 全部。


 同じにする。


 最後。


 水がなくなった皿へ。


 残ったものを。


『少ない』


『普通』


『多い』


 三つに分けた。


「これなら?」


「分かる。」


「ほんと?」


「うん。」


「ヨハンさん。」


「ん?」


「やってみて。」


「俺が?」


「うん。」


     ◇


 ヨハンが。


 調査票を持つ。


 決められた器で。


 土を取る。


 水を入れる。


 決めた回数だけ。


 混ぜる。


 待つ。


 濾す。


 皿へ移す。


 ココアは。


 一度も。


 手を出さなかった。


「……。」


 途中。


 一度だけ。


 右手が。


 ぴくりと動いた。


 量が。


 少しだけ。


 気になった。


 でも。


 止める。


 自分が直したら。


 意味がない。


「……できたぞ。」


「うん。」


「これでいいのか?」


「いい。」


「昨日も。」


「似たようなこと。」


「やっただろ?」


「違う。」


 ココアは。


 調査票を。


 持ち上げた。


「昨日は。」


「私が調べた。」


「今日は?」


「方法を作った。」


「……。」


「私じゃなくても。」


「できる方法。」


     ◇


 昼。


 ヨハンの畑へ。


 五人の農家が。


 集まった。


「難しいことは。」


「やらない。」


 ココアが。


 説明する。


「同じ器。」


「同じ量の土。」


「同じ量の水。」


「同じ回数。」


「同じ時間。」


「それで。」


「同じように。」


「記録する。」


 一人の農夫が。


 紙を見る。


「字が苦手な奴は?」


「……。」


 ココアが。


 止まる。


「あ。」


 ノエルが。


 横から。


 紙を取った。


「じゃあ。」


「絵にすれば?」


「絵?」


「水が残るなら。」


「水たまり。」


「川なら。」


「川の絵。」


「去年より採れなかったなら。」


「空っぽの籠。」


「……。」


 ココアが。


 ノエルを見る。


「ノエル。」


「なに?」


「頭いい。」


「昨日も聞いた。」


「今日も思った。」


「じゃあ。」


「明日も言って。」


「分かった。」


 農家たちが。


 声を上げて笑った。


     ◇


 文字。


 数字。


 簡単な絵。


 読める人も。


 読むのが苦手な人も。


 同じように。


 使えるものへ。


     ◇


「これなら。」


 一人の農夫が言った。


「俺でもできるな。」


「うん。」


「魔法は。」


「いらないのか?」


「いらない。」


「お嬢が。」


「見なくても?」


「できる。」


「……。」


 農夫が。


 少し不思議そうに。


 ココアを見る。


「魔力がないって。」


「聞いてたが。」


「うん。」


「なのに。」


 手にした。


 調査票を見る。


「魔法がなくても。」


「畑を調べられる方法を。」


「作るのか。」


「……うん。」


 隣にいた男が。


 苦笑した。


「変な話だな。」


「何が?」


「魔力がないから。」


「何もできないって。」


「ずいぶん聞いたぞ。」


 男は。


 紙を。


 ひらひらさせる。


「その何もできないはずの子に。」


「俺たちは今。」


「畑の調べ方を。」


「教わってる。」


「……。」


 誰かが。


 小さく笑った。


 でも。


 それは。


 ココアを。


 馬鹿にする笑いではない。


「そういや。」


 別の農夫が。


 ぽつりと言う。


「眼鏡作ったのも。」


「このお嬢なんだろ?」


「そうらしいな。」


「白い調味料も。」


「マヨネーズ。」


 ココアが訂正する。


「それ。」


「……。」


 最初の男が。


 もう一度。


 調査票を見る。


「魔力がないと。」


「何もできねえ、か。」


 鼻で。


 少し笑った。


「誰が言い出したんだろうな。」


「噂なんて。」


 ヨハンが言った。


「畑じゃ。」


「芽も出さんからな。」


 農家たちが。


 笑う。


「……。」


 ココアだけが。


 少し。


 首を傾げた。


「噂を蒔いたら。」


「芽が出る?」


「出ない。」


「肥料にしたら?」


「ならん。」


「燃やす?」


「そこ。」


「真面目に考えるな。」


「むぅ。」


 また。


 笑いが起きた。


     ◇


 魔力零。


 それだけで。


 何もできないと。


 決められた。


 けれど。


 今。


 魔法を使える農家も。


 使えない農家も。


 その少女が作った方法を。


 手にしていた。


 噂より。


 目の前の結果。


 この土地の人たちは。


 少しずつ。


 そちらを。


 見始めていた。


     ◇


「じゃあ。」


 ココアが。


 地図を広げる。


「分かれる。」


 農家たちが。


 覗き込む。


「ヨハンさんは。」


「西側。」


「分かった。」


「こっちは。」


「二人で。」


「おう。」


「こっちは――」


 割り振っていく。


 そして。


 ココアは。


 東側を見る。


「私は――」


 言いかける。


「……。」


     ◇


 自分で見れば。


 早い。


 間違いも。


 少ない。


 分からなければ。


 エレメントサイトを使えばいい。


 それが。


 一番。


 確実。


     ◇


 でも。


 昨日。


 一番嬉しかったのは。


 自分が。


 塩を減らした区画ではなかった。


 自分が。


 何もしなかった区画。


 自分がいなくても。


 芽が出た場所。


『私がいなくても、できたから』


 そう。


 思った。


 なのに。


 調べる時だけ。


 全部。


 自分でやるの?


     ◇


 ココアは。


 隣を見る。


 ノエル。


 水が残る畑を。


 最初に見つけた。


 今日。


 ココアが作った調査票を。


 半分。


 駄目だと言った。


 そして。


 もっと。


 使いやすくした。


 この土地の畑を。


 ココアより。


 ずっと知っている。


     ◇


 自分でやった方が。


 安心。


 でも。


 それでは。


 百四十七枚には。


 届かない。


「ノエル。」


「なに?」


 ココアは。


 一枚の調査票を。


 差し出した。


「東側。」


「お願いしていい?」


「……。」


 ノエルが。


 紙を見る。


「私が?」


「うん。」


「ココアは?」


「行かない。」


「……なんで?」


 ココアは。


 一瞬。


 迷った。


 それから。


「私が全部やったら。」


 紙を。


 もう少し。


 前へ出す。


「ずっと。」


「私がいないと。」


「できないから。」


「……。」


 ノエルは。


 まだ。


 紙を受け取らない。


「私。」


「ココアみたいに。」


「見えないよ?」


「うん。」


「土の中が。」


「どうなってるかも。」


「分からない。」


「うん。」


「だったら――」


「でも。」


 ココアが。


 ノエルを見る。


「畑は。」


「私より見てる。」


「……。」


「水も。」


「土も。」


「作物も。」


「私より知ってる。」


「……。」


「私にできることと。」


「ノエルにできることは。」


「違う。」


「違うから。」


「一緒にできる。」


「……。」


 ノエルが。


 ココアを見る。


「分からなかったら?」


「分からないって書いて。」


「それでいいの?」


「いい。」


「間違えたら?」


「一緒に調べる。」


「……。」


 ノエルが。


 ゆっくり。


 紙を受け取った。


「分かった。」


 ぎゅっと。


 握る。


「行ってくる。」


「うん。」


     ◇


 ノエルが。


 走っていく。


 ココアは。


 その背中を。


 見ていた。


 落ち着かない。


 自分で。


 見に行きたい。


 ちゃんと。


 同じ量を使えているか。


 記録できているか。


 一歩。


 足が動く。


「ココア様。」


「……なに?」


「西側は。」


「こちらでございます。」


「分かってる。」


「左様で。」


 セバスが。


 眼鏡を押し上げた。


「任せるというのも。」


「なかなか。」


「難しいものでございましょう?」


「……うん。」


「ですが。」


「はい。」


「ノエル殿へ。」


「任せたのでしょう?」


「うん。」


「でしたら。」


 セバスが。


 西側を見る。


「まずは。」


「ご自身のお仕事を。」


「……うん。」


 ココアは。


 ノエルとは。


 反対の方向へ。


 歩き出した。


     ◇


 夕方。


 一人。


 また一人。


 農家たちが。


 戻ってくる。


 調査票が。


 集まった。


 水が残る。


 収穫が減った。


 川に近い。


 皿に残るものが多い。


 そして。


「ただいま!」


 ココアが。


 振り返る。


 ノエル。


 泥だらけ。


 髪には。


 草。


 でも。


 笑っている。


「これ!」


 三枚の。


 調査票。


「三つ?」


「うん。」


「一つは。」


「たぶん大丈夫。」


「一つは。」


「雨のあと。」


「すごく水が残る。」


「最後の一つは……。」


 ノエルが。


 少し考える。


「分かんない。」


「……。」


「水は残るけど。」


「作物は普通。」


「だから。」


「分かんないって書いた。」


 ココアが。


 紙を見る。


『分からない』


 ちゃんと。


 そう書いてある。


「……。」


 ココアが。


 笑った。


「すごくいい。」


「分からないのに?」


「うん。」


「分からないことを。」


「分かったことに。」


「しなかったから。」


「……。」


「それ。」


「すごく大事。」


     ◇


「じゃあ。」


「確認する。」


 ココアが言った。


 ノエルの顔が。


 少しだけ。


 曇る。


「私のこと。」


「信用してない?」


「違う。」


 ココアは。


 すぐに。


 首を振った。


「今日だけ。」


「今日だけ?」


「この方法で。」


「ノエルが調べた結果と。」


「私が見た結果が。」


「同じになるか。」


「確かめたい。」


「……。」


「同じなら。」


「次から。」


「全部は見ない。」


「ほんと?」


「うん。」


「今日の三枚は。」


「ノエルを試すんじゃなくて。」


「この方法を。」


「試すの。」


「……。」


 ノエルが。


 紙を見る。


「分かった。」


     ◇


 一枚目。


 ココアが。


 土へ意識を向ける。


「すいへー……。」


「りーべー……。」


 世界が。


 変わる。


 見る。


 二枚目。


 見る。


 そして。


 三枚目。


「……。」


 しばらく。


 黙る。


     ◇


 戻った頃には。


 ノエルが。


 待ちきれない顔をしていた。


「どうだった?」


「……。」


「間違ってた?」


 ココアは。


 三枚の紙を見る。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


「合ってる。」


「……どれが?」


「全部。」


「……全部?」


「うん。」


 ノエルが。


 目を見開く。


「私。」


「見えてないよ?」


「うん。」


「ココアみたいには。」


「何も。」


「見えてない。」


「うん。」


 ココアが。


 調査票を。


 ノエルへ返す。


「でも。」


「分かった。」


「……。」


 ノエルが。


 紙を見る。


 その顔が。


 ゆっくり。


 笑顔になる。


「分かった!」


「うん。」


「私にも!」


「うん!」


 ココアも。


 笑った。


「じゃあ。」


「次から。」


「うん。」


「ノエルのところは。」


「任せる。」


「……。」


 一瞬。


 ノエルが。


 何も言わなくなる。


 それから。


 大きく。


 頷いた。


「任せて!」


     ◇


 任せるのは。


 怖かった。


 自分で確かめる方が。


 ずっと。


 簡単だった。


 でも。


 任せたから。


 自分以外にも。


 分かる人が。


 一人増えた。


     ◇


「ノエル。」


 後ろから。


 声。


 昼にいた。


 農夫だった。


「なに?」


「明日。」


「うちの南の畑も。」


「見てくれないか?」


「……。」


 ノエルが。


 固まる。


「私?」


「ああ。」


「ココアじゃなくて?」


「お嬢は。」


「他も見なきゃならんだろ。」


 男が。


 笑う。


「お前。」


「分かるんだろ?」


「……。」


 ノエルが。


 ココアを見る。


 ココアは。


 何も言わない。


 ただ。


 笑って。


 頷いた。


「……うん。」


 ノエルが。


 農夫を見る。


「見る。」


     ◇


 昨日まで。


 ノエルは。


 農家の娘だった。


 今日。


 初めて。


 別の農家から。


 畑を見てほしいと。


 頼まれた。


     ◇


 そして。


 少し前まで。


 魔力零の伯爵令嬢は。


 何ができるのかと。


 遠巻きに。


 見られていた。


 今日。


 その少女が作った。


 調査票を持って。


 農家たちは。


 自分の畑へ。


 帰っていった。


 魔力がある者も。


 ない者も。


 関係なく。


     ◇


「何もできない。」


 そう言った者が。


 ここにいたのかは。


 ココアには。


 分からない。


 けれど。


 少なくとも。


 もう。


 目の前で。


 そう言う者はいなかった。


 言葉より。


 結果の方が。


 ずっと。


 分かりやすかった。


     ◇


 夕方。


 叔父の屋敷。


 地図には。


 昨日より。


 多くの印が。


 ついていた。


「一日で。」


 叔父が。


 地図を見る。


「ここまで調べたのか。」


「うん。」


「お前が?」


「違う。」


 ココアは。


 首を振る。


 ヨハン。


 農家たち。


 そして。


 少し離れたところで。


 泥だらけの靴を。


 ヒルダに拭かれている。


 ノエル。


「みんなで。」


 叔父が。


 ココアを見る。


 それから。


 ノエルを見る。


「そうか。」


 少しだけ。


 笑った。


「なら。」


 地図の印を。


 指差す。


「次だ。」


「次?」


「ああ。」


 赤い印。


 黄色い印。


 まだ。


 色のない場所。


「全部を。」


「同時には直せん。」


「……。」


「人も。」


「金も。」


「水も。」


「時間も。」


「無限ではない。」


 ココアの顔から。


 笑みが。


 消えた。


「ココア。」


 叔父の指が。


 地図を。


 叩く。


「お前なら。」


「どこから直す?」


     ◇


 どの畑にも。


 人がいる。


 どの畑にも。


 生活がある。


 困っているなら。


 全部。


 助けたい。


 でも。


 全部を。


 同時には。


 助けられない。


     ◇


 今日。


 全部を。


 自分でやらなくてもいいと。


 覚えた。


 次は。


 全部を。


 同時にやらなくてもいいと。


 覚えなければならない。


     ◇


 ココアは。


 研究帳を。


 開く。


 新しいページ。


 そこへ。


『優先順位』


 と。


 書いた。


「……。」


 しばらく。


 その文字を。


 見る。


「……これ。」


「研究より。」


「難しい。」


 叔父が。


 笑った。


     ◇


 屋敷を出た頃。


 空は。


 赤く染まっていた。


「お嬢様。」


 隣を歩く。


 ノエル。


「なに?」


「……。」


「ノエル?」


「ねえ。」


「うん。」


 ノエルが。


 前を向いたまま。


 言う。


「ずっと。」


「お嬢様って。」


「呼ばないと駄目?」


「……?」


 ココアが。


 足を止めた。


「なんで?」


「だって。」


 ノエルも。


 止まる。


「一緒に畑見て。」


「一緒に土調べて。」


「今日。」


「私に任せてくれた。」


 少しだけ。


 言いにくそうに。


「だから。」


「ココアって。」


「呼んでもいい?」


「……。」


 お嬢様。


 ココア様。


 伯爵令嬢。


 そう呼ばれることには。


 慣れていた。


 でも。


 同じくらいの女の子から。


 ただ。


 名前だけで。


 呼ばれることには。


 慣れていなかった。


「……いいよ。」


 ノエルが。


 笑う。


「じゃあ。」


「ココア。」


「……うん。」


「ココア。」


「二回言った。」


「言ってみたかった。」


「変?」


「ちょっと。」


「やめる?」


「やめない。」


 ココアも。


 笑った。


「ノエル。」


「なに?」


「明日も。」


「お願いしていい?」


「うん。」


 今度は。


 すぐに。


 返事が返ってきた。


     ◇


 百四十七枚。


 一人では。


 とても。


 届かない。


 以前のココアなら。


 それでも。


 自分で。


 全部見ようとした。


 でも。


 今日は。


 違う。


     ◇


 自分に。


 できないことを。


 認める。


 誰かに。


 できることを。


 見つける。


 方法を。


 共有する。


 確かめる。


 そして。


 任せる。


     ◇


 一人では。


 届かない場所にも。


 人と。


 繋がれば。


 きっと。


 届く。

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