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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第30話 すいへーりーべー


 ヨハンの畑へ着いて。


 ココアが最初にしたことは。


 土を拾うことだった。



「これ。」


「持って帰ってもいい?」



「……土を?」



「うん。」



 ヨハンが。


 自分の畑を見る。


 それから。


 ココアを見る。



「好きにしていいが。」


「そんなもん、どうするんだ?」



「調べる。」



「ここでじゃなく?」



「比べたいから。」



「何と?」



 ココアは。


 少し離れた畑を指差した。



「育ってる畑の土。」



「……。」



 ヨハンも。


 そちらを見る。



「あっちは育ってる。」



「同じ作物?」



「ああ。」



「水は?」



「同じ川から引いてる。」



「肥料も?」



「大きくは変わらん。」



「じゃあ。」


「あっちの土も欲しい。」



「分かった。」



 ココアは。


 二つの小さな袋へ。


 それぞれ土を入れた。



 一つは。


 三年間。


 何を植えてもまともに育たない畑。



 もう一つは。


 すぐ隣の。


 普通に作物が育つ畑。



 見た目は。


 ほとんど同じだった。



「ココア様。」



「なに?」



「本当に。」


「本日は見るだけではなかったのでございますな。」



「見たよ。」



「ええ。」


「確かにご覧にはなりました。」



「だから。」


「次は調べる。」



「昼食は?」



「食べる。」



「いつ?」



「調べながら。」



「却下でございます。」



「先生。」



「食事は食事。」


「調査は調査でございます。」



「時間もったいないよ?」



「六歳のお身体で。」


「食事を疎かになさる方が。」


「よほど問題でございます。」



「……ヒルダ。」



「セバス様に賛成でございます。」



「また二対一。」



「多数決ではございませんぞ。」



「昨日も聞いた。」



「でしたら。」


「そろそろ覚えてくださいませ。」



「むぅ……。」



 ヨハンが。


 困ったように笑った。



     ◇



 昼食を終え。



 ココアは。


 屋敷の一室にいた。



 机の上には。


 二枚の皿。



 その上に。


 持ち帰った土が並んでいる。



「こっちが。」


「ヨハンさんの畑。」



 紙へ書く。



『A――作物が育たない』



 もう一つ。



「こっちが。」


「隣の畑。」



『B――作物が育つ』



 まず。


 普通に見る。



 色。



 粒の大きさ。



 湿り気。



 匂い。



 指で触れた感触。



「……そんなに変わらない。」



「私には。」


「ほとんど同じ土に見えますな。」



「うん。」



「左様でございますか。」



「普通に見ればね。」



「……。」



 セバスが。


 眼鏡を押し上げる。



「その言い方は。」


「少々気になりますな。」



「まだ。」


「気にしなくていいよ。」



「まだ?」



「うん。」



 ココアは。


 Aの土へ意識を向ける。



「……。」



 視界が。


 切り替わった。



 土。



 水分。



 鉱物。



 有機物。



 その中に含まれる。


 無数の元素。



 次に。


 B。



「……。」



 戻る。



 A。



 もう一度。



 B。



「……ん?」



「何かございましたか?」



「ちょっと待って。」



 さらに。


 集中する。



 違う。



 見た目は。


 ほとんど同じ。



 けれど。



 中身は。


 同じではない。



「……多い。」



「何がでございますか?」



「ナトリウム。」



「なと……?」



「あ。」



 ココアが止まった。



「先生には。」


「分からないよね。」



「残念ながら。」



「それと。」


「塩素も。」



「塩素?」



「塩に関係するもの。」



「……塩でございますか。」



「うん。」



 ココアは。


 Aの土を見る。



 Bより。


 明らかに多い。



 だが。



 そこで。


 紙へ『原因』とは書かなかった。



「……。」



「ココア様?」



「多い。」


「でも。」


「原因とはまだ決めない。」



「なぜでございますか?」



「多いことと。」


「それが作物を育たなくしてることは。」


「同じじゃないから。」



「なるほど。」



「まず。」


「別のやり方でも確かめる。」



 ココアは。


 椅子から降りた。



「厨房。」



「ココア様。」



「なに?」



「走らないでくださいませ。」



「急いでる。」



「急いでいてもでございます。」



「じゃあ早歩き。」



 てくてくてくてく。



「ココア様。」



「なに?」



「それは。」


「ほぼ走っております。」



     ◇



「お湯ください。」



「……はい?」



 厨房の料理人が。


 突然現れたココアを見る。



「それと。」


「目の細かい布。」



「ココア様。」


「何をなさるので?」



「土の中で。」


「水に溶けるものを。」


「比べたいの。」



「土を……水へ?」



「うん。」



 料理人が。


 セバスを見る。



「……。」



 セバスが。


 静かに頷いた。



「ご用意くださいませ。」



「は、はい。」



     ◇



 二種類の土。



 同じ量。



 同じ量の水。



 同じ器。



 同じ時間。



 よく混ぜる。



 待つ。



 沈ませる。



 上澄みを取る。



 布で濾す。



「もう一回。」



「まだでございますか?」



「細かい土が残ってる。」



 もう一度。



 濾す。



 完全な透明にはならない。



 だが。



「これでいい。」



 ココアが。


 二つの器を見比べる。



「次。」


「煮詰めたい。」



「ココア様。」



「なに?」



「まさか。」


「飲まれるおつもりではございませんな?」



「飲まないよ。」



「それならば結構でございます。」



「先生。」


「私を何だと思ってるの?」



「ココア様でございます。」



「またそれ。」



 火へ掛ける。



 水が。


 ゆっくりと減っていく。



「……。」



 ココアは。


 じっと見る。



「……。」



「ココア様。」



「なに?」



「見つめても。」


「蒸発は早くなりませんぞ。」



「分かってる。」



「でしたら。」


「お座りになってはいかがですか。」



「ここで見る。」



「左様でございますか。」



 やがて。



 二つの器から。


 水が消えた。



 底に。


 僅かな残留物が残る。



「……。」



 ココアが。


 身体を乗り出した。



「違う。」



「確かに。」



 セバスにも。


 分かった。



 A。



 作物が育たない畑。



 こちらの方が。


 明らかに。


 残ったものが多い。



「これが。」


「塩でございますか?」



「塩だけじゃないと思う。」



「……違うのでございますか?」



「土の中には。」


「水に溶けるものが。」


「他にもあるから。」



 ココアは。


 器の底を見る。



「これだけじゃ。」


「何がどのくらいあるのかまでは。」


「分からない。」



「ですが。」



「うん。」



「少なくとも。」


「育たない畑の方が。」


「水へ溶け出す何かを。」


「多く含んでいる。」



「左様でございますな。」



「それと。」



 ココアは。


 Aの土を見る。



「私には。」


「ナトリウムと塩素が。」


「多く見える。」



「……。」



 セバスの動きが。


 止まった。



「見える?」



「……。」



 ココアも。


 止まった。



 ヒルダを見る。



 ヒルダは。


 黙っている。



「ココア様。」



「……あとで。」



「……。」



「ちゃんと説明する。」



 セバスは。


 しばらく。


 ココアを見つめた。



 だが。



 追及はしなかった。



「承知いたしました。」



「今は。」


「土。」



「はい。」



 ココアは。


 二つの器へ視線を戻す。



「塩類が。」


「あの畑に溜まってる可能性は。」


「かなり高いと思う。」



「それが。」


「作物が育たない理由に?」



「候補の一つ。」



「まだ。」


「断定なさらないので?」



「うん。」



 ココアは。


 紙へ書く。



『A――水溶性成分 多』


『Na・Cl 多』


『原因候補――塩類?』



 最後の。


 疑問符は消さなかった。



「土の中に。」


「多いことは分かった。」



「でも。」


「本当にそれが原因なのか。」



「どうして。」


「あの畑だけ多いのか。」



「そこは。」


「まだ分からない。」



「では。」


「次は?」



「現地。」



 新しい紙。



『範囲』


『水』


『地下水?』


『排水』


『土地の高さ』


『以前の使われ方』


『周囲の畑』



「ヨハンさんに。」


「昔のことを聞く。」



「承知いたしました。」



「それから。」


「あの畑の。」


「どこまで同じなのかも調べたい。」



「畑全体を?」



「うん。」



 簡単な畑の形を書く。



「ここ。」



「ここ。」



「ここ。」



「あと――」



 印が。


 増えていく。



「ココア様。」



「なに?」



「ヨハン殿の畑を。」


「穴だらけになさらぬよう。」



「少しずつしか取らないよ。」



「念のためでございます。」



「先生。」



「はい。」



「私。」


「信用ない?」



「ございます。」



「どのくらい?」



「現在。」


「再評価中でございます。」



「むぅ……。」



     ◇



 普通なら。



 塩類が多い土へ取れる対策は。


 いくつかある。



 水で洗い流す。



 排水を改善する。



 土を入れ替える。



 作物を変える。



 前世の知識なら。


 候補はいくらでも浮かぶ。



 けれど。



 ココアは。


 そのどれも。


 紙には書かなかった。



 畑の広さ。



 使える水。



 排水先。



 土地の勾配。



 人手。



 費用。



 そして。



 そもそもの原因。



 何も。


 まだ分かっていない。



 知っている方法があることと。



 この土地で。


 その方法が使えることは。



 同じではない。



「……。」



 ただ。



 一つだけ。



 今。


 確かめたいことがあった。



「ヒルダ。」



「はい。」



 静かな声。



 ヒルダは。


 それだけで理解した。



「……お使いになりますか?」



「少しだけ。」



「承知いたしました。」



「……。」



 セバスが。


 二人を見る。



「何のお話でございますか?」



「先生。」



「はい。」



 ココアは。


 セバスを見る。



 今まで。



 話していない。



 元素が見えること。



 物質を形作る結合が見えること。



 そして。



 僅かなら。



 そこへ触れられること。



 知っているのは。



 ヒルダだけ。



「……。」



 秘密にしたかった。



 自分でも。


 まだ分からない力だから。



 父にも。



 言っていない。



 けれど。



 これから。


 この土地で暮らす。



 セバスは。



 金を見る。



 人を見る。



 契約を見る。



 ココアが何かを始めれば。



 必ず。


 その先へ関わる。



 何も知らせないまま。



 すべてを説明し続けるのは。



 もう。



 難しい。



「先生。」



「はい。」



「今から。」



「一つ。」


「秘密を教える。」



「……。」



 セバスの顔から。


 いつもの軽い表情が消えた。



「秘密。」



「うん。」



「ヒルダは?」



「知ってる。」



「……なるほど。」



 ヒルダが。


 静かに頭を下げた。



「申し訳ございません。」



「謝る必要はございません。」



 セバスは。


 ココアを見る。



「ココア様ご自身が。」


「お話しになるべきことなのでございましょう。」



「うん。」



「では。」


「伺います。」



「その前に。」



「はい。」



「驚かないでね。」



「ココア様。」



「なに?」



「私は。」


「三年間。」


「ココア様の教育係をしております。」



「多少のことでは。」


「驚かない自信がございます。」



「ほんと?」



「はい。」



「じゃあ。」



 ココアは。



 土の入った皿へ。


 右手を伸ばした。



「見てて。」



「承知いたしました。」



 指先が。


 土へ触れる。



「……。」



 意識を。


 深く沈める。



 世界が。


 変わる。



 水素。



 炭素。



 窒素。



 酸素。



 ナトリウム。



 塩素。



 カルシウム。



 鉄。



 そのほか。



 いくつもの元素。



 そして。



 それらを繋いでいる。



 無数の結合。



 子供の頃。



 前の世界で。



 元素を覚えるために。



 何度も。



 何度も。



 口にした。



 あの言葉。



 暗記のための。


 ただの語呂合わせ。



 それが今は。



 目の前の世界を。


 読み解くための。



 最初の扉になっている。



「すいへー……。」



 小さく。



 口から零れる。



「りーべー……。」



「……?」



 セバスの眉が。


 僅かに動いた。



 けれど。



 ココアには。


 もう見えていない。



 土の中。



 水へ溶けやすいもの。



 鉱物へ留まっているもの。



 別のものと結び付いているもの。



 離れているもの。



 同じ元素でも。



 置かれている状態は。


 同じではない。



「……。」



 その中から。



 一つ。



 選ぶ。



 壊さない。



 切らない。



 組み替えない。



 ただ。



 触れる。



 この土の中でも。



 自分の力が。


 届くのか。



 確かめるだけ。



「……これ。」



 指先が。



 結合へ触れた。



 ――パチッ。



 青白い光が。



 ココアの視界で。



 一瞬だけ弾けた。



「……。」



 指を離す。



 何も壊れていない。



 土の形も。



 変わっていない。



 だが。



「……。」



 セバスの顔が。



 変わっていた。



「先生?」



「……今。」



「うん。」



「何を。」


「なさいました?」



「見えた?」



「いいえ。」



 セバスは。


 土を凝視する。



「光などは。」


「何も。」



「……そっか。」



「ですが。」



 セバスの視線が。


 ココアの指先へ移る。



「何かが。」


「変わった。」



「……。」



「そう感じました。」



 ココアは。


 少し驚いた。



 ヒルダを見る。



 ヒルダも。


 静かに頷く。



「私にも。」


「何をなさったのかは。」


「見えません。」



「でも。」



「ココア様が。」


「何かへ触れたことだけは。」


「分かります。」



「……。」



 セバスは。


 ゆっくり。



 眼鏡を外した。



「ココア様。」



「なに?」



「これは。」



 一度。



 言葉を切る。



「魔法では。」


「ございませんな?」



「うん。」



 ココアは。


 自分の右手を見る。



「私。」



「魔力。」


「ゼロだから。」



「……。」



 六歳の儀式。



 何度調べても。



 水晶は。



 一度も光らなかった。



 魔力量。



 零。



 魔法は。



 使えない。



 それなのに。



 目の前の少女は。



 この世界の魔法とは。



 まったく別の何かを。



 当たり前のように。



 自分へ見せている。



「先生。」



「……はい。」



「私。」



 ココアは。



 土へ視線を戻した。



「元素が見えるの。」



「……。」



「ものが。」


「何でできているのか。」



「……。」



「それと。」



「どう繋がってるのかも。」



「……。」



「それで。」



 指先を見る。



「ほんの少しだけなら。」



「その繋がりに。」


「触れられる。」



「いつから。」



「生まれた時から。」



「……。」



「ヒルダは?」



「三歳の頃に。」



 ヒルダが答える。



「存じました。」



「……三年間。」



「申し訳ございません。」



「いえ。」



 セバスは。


 再び。



 眼鏡を掛けた。



「それは。」



「後ほど。」



「最初から。」


「すべて伺います。」



「……怒ってる?」



「説明を聞いてから決めます。」



「むぅ……。」



「ただし。」



「?」



 セバスの声が。


 少しだけ低くなる。



「伯爵様には。」



「……。」



「まだ。」


「お伝えになっていないのでございますな。」



「うん。」



「理由は?」



「私にも。」


「まだ分からない力だから。」



「……。」



「何ができて。」


「何ができなくて。」



「どうして。」


「私にあるのか。」



「それが。」


「まだ分からない。」



「だから。」


「簡単に人へ話したくなかった。」



「……左様でございますか。」



 セバスは。


 それ以上。



 この場では追及しなかった。



「では。」



 土を見る。



「この件も。」



「秘密として扱います。」



「……いいの?」



「良いか悪いかは。」


「まだ判断できません。」



「ですが。」



 眼鏡の奥から。



 ココアを見る。



「分からないものを。」


「分からないまま。」


「外へ広めるべきではない。」



「……。」



 ココアの顔が。



 少しだけ明るくなる。



「先生。」



「はい。」



「ありがとう。」



「礼は。」


「すべての説明を終えてからにしてくださいませ。」



「……長い?」



「三年分でございますので。」



「むぅ……。」



 いつもの。



 セバスだった。



 そのことが。



 ココアには。



 少しだけ。



 嬉しかった。



     ◇



 机の上には。



 二種類の土。



 まだ。



 原因は分からない。



 塩類が多い。



 そこまでは。



 かなり確かになった。



 けれど。



 なぜ。



 あの畑だけなのか。



 本当に。



 それが三年間の不作を生んだ原因なのか。



 どう直せばいいのか。



 いくら掛かるのか。



 直すこと自体が。



 本当に最善なのか。



 何も。



 まだ。



 決まっていない。



 魔力。



 零。



 魔法は。



 使えない。



 それでも。



 三年間。



 誰にも理由の分からなかった畑が。



 今。



 目の前にある。



「……。」



 ココアは。



 土へ。



 もう一度。



 指先を触れた。



 分からない。



 だから。



 口元が。



 僅かに緩む。



「じゃあ。」



「調べよう。」



     第一部 完

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