↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/31

第27話 家を出る


 それから。


 三日が経った。



     ◇



「……。」



 アルヴェイン伯爵は、


 窓の外を見ていた。



 領都。



 自分が治める街。



 朝になれば。


 店が開き。



 荷馬車が行き交い。



 職人が働き。



 人々が暮らす。



 いつもと変わらない。



 そのはずだった。



「伯爵様。」



 背後から。


 セバスの声。



「王都への返書。」


「整っております。」



「ああ。」



 伯爵は、


 振り返らなかった。



「領内は。」



「大きな混乱はございません。」



「大きな、か。」



「はい。」



 つまり。



 小さなものはある。



「市場では。」


「未だ噂が続いております。」



「……。」



「伯爵家が事実を隠している。」


「魔力を持たない者には何かある。」


「ココア様がお生まれになってから。」


「不作の年があったのは――」



「くだらん。」



 低い声が遮った。



「六年も遡れば。」


「何でもあの子のせいにできる。」



「左様でございます。」



「雨が降っても。」


「雪が降っても。」


「病人が出ても。」


「ココアのせいか。」



「そう考える者も。」


「出るかもしれません。」



「……。」



 伯爵の手が、


 強く握られた。



 理屈ではない。



 だからこそ。


 厄介だった。



「眼鏡は。」



「変わらず売れております。」



「マヨネーズは。」



「注文がございます。」



「……そうか。」



 伯爵が、


 ようやく振り返った。



「作った物は使う。」



「はい。」



「だが。」


「作った娘は不吉だと言う。」



「……。」



「随分と。」


「都合のいい話だ。」



 セバスは、


 否定しなかった。



 伯爵は。


 机へ戻る。



 その上には。



 王都からの書状。



 親族からの手紙。



 領内から届いた報告。



 そして。



 一枚の地図。



「セバス。」



「はい。」



「決めた。」



 伯爵の指が。



 地図の一点へ触れる。



 領都から離れた場所。



 アルヴェイン領の中でも。



 長く。


 大きな開発が行われていない土地。



「ここを。」


「あの子へ与える。」



「……。」



「屋敷が一つ。」


「残っていたな。」



「ございます。」


「古い建物ではございますが。」


「手を入れれば使用できます。」



「周囲の土地は。」



「伯爵家の直轄地でございます。」



「人口は。」



「領都と比べれば。」


「かなり少のうございます。」



「産業は。」



「農業が中心でございます。」


「それ以外には。」


「これといって大きなものはございません。」



「そうか。」



 伯爵は。


 地図を見る。



 そして。



 僅かに口元を緩めた。



「なら。」


「丁度いい。」



「……丁度いい、とは?」



「何もないのだろう?」



「何もない、とまでは申しませんが。」



「似たようなものだ。」



「……。」



 セバスが。


 眼鏡を押し上げた。



「伯爵様。」



「なんだ。」



「まさか。」


「楽しんでおられますか?」



「何をだ。」



「あの土地へ。」


「ココア様を送ることを。」



「馬鹿を言え。」



 即答だった。



 だが。



 伯爵は。


 地図から目を離さなかった。



「ただ。」



「……。」



「あの子なら。」


「どこへ置いても。」


「やることは変わらん。」



 セバスが。


 伯爵を見る。



「分からなければ調べる。」



「はい。」



「作れなければ。」


「作れる者を探す。」



「はい。」



「それでもなければ。」


「自分で試す。」



「……はい。」



「そして。」


「周りを巻き込む。」



「それは。」


「間違いございませんな。」



「だろう。」



 伯爵は。


 小さく息を吐いた。



「領都にいようが。」


「辺境にいようが。」


「あの子は。」


「あの子だ。」



「……。」



「だから。」


「土地を与える。」



「左様でございますか。」



「ただし。」



 伯爵の声が。


 少し変わった。



「土地を動かすとなれば。」


「研究だけでは済まん。」



「……はい。」



「金が要る。」



「はい。」



「人を雇うこともある。」



「はい。」



「税も。」


「仕入れも。」


「生産も。」


「販売も。」



「ございます。」



「そして。」


「この国の制度を。」


「あの子はまだ知らん。」



「……。」



 セバスの目が。


 僅かに細くなる。



「だから。」


「お前も行け。」



「……。」



 今度は。



 セバスが。


 完全に黙った。



「聞こえなかったか。」



「聞こえております。」



「なら返事をしろ。」



「伯爵様。」



 セバスが。


 眼鏡を押し上げる。



「私は。」


「アルヴェイン伯爵家の家令補佐でございます。」



「知っている。」



「財務にも。」


「関わっております。」



「知っている。」



「私を出せば。」


「伯爵様がお困りになります。」



「代わりは育てた。」



「まだ私ほどではございません。」



「自分で言うか。」



「事実でございますので。」



「……。」



 伯爵の口元が。


 ほんの僅かに動いた。



「セバス。」



「はい。」



「私は。」


「あの子の世話をしろと。」


「言っているのではない。」



「……。」



「領地を運営するなら。」


「財務を知る者が必要だ。」



「はい。」



「この国の制度を知る者も。」


「必要になる。」



「はい。」



「そして。」


「あの子が。」


「何かを始めれば。」



 一度。


 言葉を切る。



「止める者も必要だ。」



「……。」



「伯爵様。」



「なんだ。」



「最後が。」


「最も重要なのでは?」



「否定はせん。」



「左様でございますか。」



「お前なら。」


「もう慣れているだろう。」



「慣れたくは。」


「ございませんでしたが。」



「もう遅い。」



「……。」



 セバスは。


 小さく息を吐いた。



 そして。



 深く。


 頭を下げた。



「承知いたしました。」



     ◇



「ココア。」



「はい。」



 その日の午後。



 ココアは、


 父の執務室へ呼ばれた。



 父。



 セバス。



 ヒルダ。



 そして。



 机の上には。



 一枚の地図。



「座りなさい。」



「うん。」



 椅子へ座る。



 足は。



 まだ。


 床へ届かない。



「……。」



 父が。



 すぐには話さない。



 珍しい。



「お父様?」



「ココア。」



「はい。」



「お前には。」


「この屋敷を出てもらう。」



「……。」



 ココアは。



 父を見る。



 聞き間違えたとは。


 思わなかった。



「いつ?」



「準備が整い次第だ。」



「……そっか。」



 それだけ。


 答えた。



「理由は。」



「分かる。」



 ココアが言った。



「王都から。」


「言われたから?」



「それだけではない。」



「領民?」



「……ああ。」



「私を。」


「怖がってる人がいるから?」



「いる。」



 父は。



 誤魔化さなかった。



「だから。」


「私を。」


「ここから出す?」



「ああ。」



「……。」



 ココアが。


 膝の上の手を見る。



 六年間。


 暮らした家。



 自分の部屋。



 庭。



 厨房。



 書庫。



 セバスと勉強した部屋。



 ヒルダと過ごした部屋。



 家族。



 全部。


 ここにある。



「……追放?」



「違う。」



 父が。


 はっきり答えた。



「お前を。」


「アルヴェイン家から外すつもりはない。」



「じゃあ?」



「領内の土地を。」


「一つ与える。」



 父が。


 地図をココアの前へ置く。



「ここだ。」



「……。」



 ココアが。


 地図を見る。



 領都から。


 かなり離れている。



「ここに。」


「住むの?」



「ああ。」



「一人で?」



「違う。」



 ココアが。



 最初に。


 ヒルダを見る。



「ヒルダは?」



「参ります。」



 即答だった。



「……。」



「まだ。」


「お父様に聞いてない。」



「伯爵様が何と仰られましても。」


「参ります。」



「ヒルダ。」



「はい。」



「それ。」


「護衛として大丈夫?」



「その場合は。」


「解雇された後に参ります。」



「……。」



 ココアが。


 父を見る。



「だって。」



「聞こえている。」



 父が。


 小さく息を吐いた。



「ヒルダには。」


「最初から同行を命じるつもりだ。」



「……よかった。」



 ぽつり。



 その一言だけ。



 ココアの声が。


 少しだけ。


 六歳の子供に戻った。



 そして。



 もう一人を見る。



「先生は?」



「私も。」


「同行いたします。」



「……え?」



 ココアが。


 目を瞬かせる。



「先生も?」



「はい。」



「でも。」


「先生は。」


「お父様の仕事があるでしょ?」



「ございます。」



「じゃあ――」



「私が命じた。」



 父が言った。



「……お父様が?」



「ああ。」



「なんで?」



「お前の世話をさせるためではない。」



「……。」



「お前なら。」


「場所が変わっても。」


「今までと同じように。」


「勝手に調べ。」


「勝手に考え。」


「勝手に何かを始めるだろう。」



「……。」



 ココアが。


 少し考える。



「勝手に?」


「そこだけ拾うな。」



「でも。」


「勝手にはしてないよ。」


「先生に相談してる。」



「なら。」


「その相談相手が必要だろう。」



「……あ。」



「土地を動かすには。」


「金が要る。」



「うん。」



「人も必要になる。」



「うん。」



「この国の制度も。」


「領地の運営も。」


「お前の知らないことは多い。」



「……うん。」



 それは。


 分かっている。



 前世で。


 大人として生きた。



 研究職として。


 社会の中でも働いた。



 金。



 人件費。



 需要。



 利益。



 物流。



 予算。



 そうした概念を。


 知らないわけではない。



 だが。



 この世界の税制は知らない。



 貴族社会も。



 商習慣も。



 魔法を前提とした産業も。



 この領地で。


 何がどれだけ作れるのかも。



 知らない。



「だから。」


「セバスを付ける。」



「先生。」


「はい。」



「大変だね。」



「どなたのせいでございましょうな。」



「お父様?」



「ココア様でございます。」



「まだ何もしてないよ?」



「これからなさるのでしょう?」



「……。」



 否定できなかった。



     ◇



「お父様。」



「なんだ。」



「私。」


「ここには。」


「もう住めないんだね。」



「……ああ。」



「そっか。」



 ココアは。


 小さく頷いた。



 理解はできる。



 王都。



 領民。



 貴族。



 伯爵としての責任。



 父が。


 自分を嫌いになったわけではないことも。



 分かる。



 それでも。



 理解できることと。



 寂しくないことは。



 同じではなかった。



「……寂しいな。」



 誰に言うでもなく。


 口から出た。



「……。」



 父の手が。


 僅かに動く。



 けれど。



 ココアの頭を撫でることも。



 抱き締めることも。



 しなかった。



 代わりに。



 まっすぐ。


 娘を見る。



「ココア。」



「はい。」



「私は。」


「お前が。」


「向こうで暮らしていけるかどうかを。」


「心配してはいない。」



「……。」



 ココアが。


 父を見る。



「お前は。」


「ここでも。」


「工房へ行った。」



「うん。」



「農家へも行った。」



「うん。」



「知らないことを。」


「自分で聞いた。」



「うん。」



「失敗して。」


「また試した。」



「うん。」



「なら。」


「場所が変わったところで。」


「同じだ。」



「……。」



「向こうにも。」


「人がいる。」



「はい。」



「職人も。」


「農民も。」



「はい。」



「お前が知らないことを。」


「知っている者もいる。」



「……うん。」



「だから。」


「分からなければ。」


「聞け。」



「うん。」



「見たことがなければ。」


「見に行け。」



「うん。」



「必要なら。」


「一緒にやる者を探せ。」



「うん。」



「お前は。」


「今まで。」


「そうしてきただろう。」



「……うん。」



 ココアが。


 少しだけ笑った。



「それなら。」


「できる。」



「知っている。」



「……。」



 その言葉に。



 ココアの目が。


 少しだけ大きくなった。



 頑張れ。


 ではなかった。



 大丈夫だ。


 でもなかった。



『知っている』



 父は。



 ココアができることを。



 もう。



 知っていた。



「ただし。」



「はい。」



「無茶はするな。」



「……。」



「なぜ黙る。」



「無茶の範囲を――」



「考えるな。」



「まだ最後まで言ってない。」



「分かる。」



「お父様まで。」


「ヒルダみたいになってる。」



「六年も。」


「お前の父親をしているからな。」



「……そっか。」



     ◇



 ココアの目が。


 もう一度。



 地図へ向く。



「お父様。」



「なんだ。」



「この土地。」


「何があるの?」



「知らん。」



「……。」



「詳しくは。」


「セバスに聞け。」



「先生。」



「はい。」



「何があるの?」



「資料はございます。」



「でも。」



 セバスが。


 先に続ける。



「ご自身で。」


「ご覧になるのでしょう?」



「……うん。」



「でしたら。」


「資料は馬車の中で。」


「お渡しいたします。」



「全部?」



「まずは概要だけです。」



「全部読みたい。」



「現地へ着くまでに。」


「酔われても存じませんぞ。」



「大丈夫。」



「前回も。」


「同じことを仰いました。」



「……。」



「そして酔われました。」



「今回は大丈夫。」



「何を根拠に?」



「六歳になった。」



「関係ございません。」



「むぅ……。」



 ヒルダが。


 僅かに笑った。



 父も。



 ほんの少しだけ。


 口元を緩めた。



 ココアは。


 地図を見る。



 知らない土地。



 どんな土なのか。



 どんな水なのか。



 何を作っているのか。



 どんな人が暮らしているのか。



 何が足りないのか。



 何が余っているのか。



 何を運び。



 何を売っているのか。



 何も知らない。



「……。」



 寂しい。



 それは。


 消えていない。



 でも。



 知らない。



 その言葉は。



 研究者にとって。



 少しだけ。


 特別だった。



     ◇



 その夜。



 ココアの部屋。



「こちらは?」



「持っていく。」



「こちらも?」



「持っていく。」



「こちらは?」



「それも。」



「ココア様。」



「なに?」



「すべて持っていくことになります。」



「……。」



 ココアが。


 荷物を見る。



 本。



 服。



 玩具。



 研究道具。



 紙。



 試作品。



 六年間で。



 随分と増えた。



「減らす。」



「何から?」



「……。」



 ココアが考える。



 そして。



 最初に手へ取った。



 一冊の帳面。



「これは持っていく。」



「研究帳でございますね。」



「うん。」



 次。



 眼鏡についての記録。



「これも。」



 ガラス。



 研磨。



 規格。



 失敗。



 成功。



 全部。



 書いてある。



 その次。



 マヨネーズ。



 卵。



 保存。



 容器。



 販売。



 需要。



「これも。」



「……。」



 ヒルダが。



 そんなココアを見ていた。



「ココア様。」



「なに?」



「寂しくは。」


「ございませんか?」



「……。」



 ココアの手が。


 止まった。



「寂しいよ。」



「……。」



「だって。」


「ここ。」



 部屋を見る。



「私の部屋だもん。」



「はい。」



「ずっと。」


「ここで寝てた。」



「はい。」



「ヒルダに。」


「朝起こされて。」



「はい。」



「先生に。」


「勉強させられて。」



「……させられて?」



「教えてもらって。」



「訂正が早うございますね。」



「聞こえてた?」



「もちろんでございます。」



「むぅ。」



 少し。



 笑った。



 そして。



 また。



 部屋を見る。



「寂しい。」



「……はい。」



「でも。」



 ココアが。


 研究帳を抱える。



「あそこ。」



「はい。」



「知らない土地なんだよね?」



「左様でございます。」



「どんな土かも?」



「存じません。」



「水は?」



「現地でご確認くださいませ。」



「何を作ってるかは?」



「資料にはございます。」



「じゃあ読む。」



「その後は?」



「自分で見る。」



「左様でございますか。」



「うん。」



 ココアは。


 研究帳を荷物へ入れた。



「お父様が。」


「できるって。」



「はい。」



「頑張れじゃなくて。」



「できるって。」



「……はい。」



「だから。」



 少しだけ。


 笑う。



「やってみる。」



     ◇



 翌朝。



 伯爵邸の前。



 一台。



 また一台。



 荷馬車へ。



 荷物が積まれていく。



 使用人たちが。



 少し離れたところから。



 その様子を見ていた。



「ココア様。」



 料理長が。



 包みを一つ持ってくる。



「これを。」



「なに?」



「道中のお食事でございます。」



「ありがとう。」



「それから。」



「?」



「向こうの厨房が。」


「どのような状態か分かりませんので。」



「はい。」



「必要なものがございましたら。」


「必ず。」


「お知らせくださいませ。」



「うん。」



「マヨネーズも。」



「料理長?」



「まだ。」


「完成したとは思っておりません。」



「……。」



 ココアが。


 少し笑う。



「私も。」



「左様でございますか。」



「うん。」



「では。」


「続きは。」


「いつか。」



「うん。」



 料理長が。


 深く頭を下げた。



「お嬢。」



「?」



 聞き覚えのある声。



「ガレス?」



「よお。」



「なんでいるの?」



「出てくって聞いたからな。」



「……。」



「これ。」



 小さな箱を渡す。



「なに?」



「工具だ。」



「工具?」



「向こうで。」


「また変なもん作りたくなるだろ。」



「変じゃないよ。」



「はいはい。」



「ガレス。」



「なんだ?」



「ありがとう。」



「礼はいらねえ。」



「でも。」



「いいから。」



 ガレスは。



 ココアの頭へ。


 手を伸ばしかけた。



 止めた。



「……。」



 ココアが。


 一歩前へ出た。



 頭を。


 その手の下へ入れた。



「……お嬢。」



「なに?」



「そういうの。」


「ずるいぞ。」



「何が?」



「なんでもねえ。」



 大きな手が。



 ココアの頭を。


 一度だけ。



 くしゃりと撫でた。



「必要なもんがあったら。」


「言え。」



「うん。」



「作れるもんなら。」


「作ってやる。」



「うん。」



「作れねえもんなら。」



「?」



「一緒に考えてやる。」



「……。」



 ココアが。


 笑った。



「うん!」



     ◇



「ココア。」



 最後に。



 父が来た。



「お父様。」



「忘れ物は。」



「たぶんない。」



「たぶんか。」



「忘れてたら。」


「送って。」



「分かった。」



「お父様。」



「なんだ。」



「行ってきます。」



「……。」



 一瞬。



 父の顔が。


 止まった。



「行ってきます、か。」



「だって。」



 ココアが。


 屋敷を見る。



「ここ。」


「私の家なんでしょ?」



「……。」



「お父様が。」


「言ったよ。」



『ここは。』


『お前の家だ。』



「だから。」



「さよならじゃなくて。」



「行ってきます。」



「……。」



 父は。


 しばらく。


 何も言わなかった。



 そして。



「そうか。」



 一言。



 ココアの頭へ。



 大きな手を置いた。



「行ってこい。」



「うん。」



 ココアが。


 馬車へ乗る。



 ヒルダ。



 セバス。



 続いて乗る。



 扉が閉まる。



 馬が。



 ゆっくり歩き始める。



「……。」



 窓から。



 屋敷が見える。



 父。



 料理長。



 ガレス。



 使用人たち。



 少しずつ。



 小さくなる。



 ココアは。



 手を振った。



 誰かが。



 振り返した。



 誰なのかは。



 もう。



 よく見えなかった。



     ◇



 馬車の中。



 ココアの膝には。



 一冊の研究帳がある。



 最初の空白へ。



 羽根ペンを走らせた。



『新しい領地』



 少し考える。



 その下へ。



『まず知る』



「……よし。」



「ココア様。」



「なに?」



「まだ。」


「到着しておりませんぞ。」



「分かってる。」



「でしたら。」


「まずは景色をご覧になってはいかがですか。」



「見てるよ。」



「帳面しか。」


「ご覧になっておりませんが。」



「今から見る。」



 ココアが。



 窓へ顔を向ける。



 知らない道。



 知らない土地。



 知らない人。



 知らない暮らし。



 領都を離れても。



 魔力がなくても。



 ココア・フォン・アルヴェインが。



 昨日まで積み上げてきたものは。



 何一つ。



 失われてはいない。



 そして。



 父は。



 それを知っていた。



 だから。



 新しい土地を与えた。



 何もないから。



 終わる場所ではない。



 何があるのか。



 これから知る場所。



 六歳。



 魔力量。



 零。



 ココア・フォン・アルヴェインの。



 本当の領地開拓は。



 ここから。



 始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。