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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第25話 昨日と同じ 


 翌朝。



 目が覚めた。



「……。」



 見慣れた天井。



 窓から差し込む朝の光。



 いつもの部屋。



 ココアは、


 布団の中で右手を持ち上げた。



 握る。



 開く。



 今度は左手。



 握る。



 開く。



「……魔力、ゼロ。」



 口にしてみる。



「……。」



 何も起きない。



 当然だ。



 昨日。



 何度調べても。



 測定具は、


 一度も反応しなかった。



 魔力量。



 零。



 この世界では、


 ほとんど存在しない。



 魔力を持たない人間。



「……。」



 ココアは、


 もう一度。



 自分の手を見る。



 昨日までと、


 同じ手。



 視線を机へ移す。



 木。



 紙。



 羽根ペン。



 水差し。



 窓ガラス。



 意識を向ければ。



 そこにある元素も。



 それらを形作る結合も。



 昨日までと変わらず見える。



「……同じ。」



 魔力がないと分かった。



 だからといって。



 昨日まで見えていたものが、


 突然見えなくなったわけではない。



 結合へ触れる力が、


 消えたわけでもない。



 自分の頭から、


 前世の知識が抜け落ちたわけでもない。



「……。」



 その時。



 ぐう。



「……。」



 お腹が鳴った。



「お腹すいた。」



 それも。



 昨日までと同じだった。



     ◇



「おはようございます。」


「おはよう、ヒルダ。」



 いつもの時間。



 いつものヒルダ。



 寝間着から着替え。



 椅子へ座る。



 ヒルダが、


 櫛を手に取った。



 髪を梳いていく。



「痛くございませんか?」


「大丈夫。」


「では、こちらも。」


「うん。」



 する。



 する。



 いつもと同じように。



 ヒルダが、


 髪を整えていく。



「……ヒルダ。」


「はい。」


「昨日と同じ?」


「何がでございますか?」


「こうやって。」


「髪を梳いてくれるの。」


「……。」



 ヒルダの手が、


 ほんの一瞬だけ止まった。



「もちろんでございます。」



 また。



 櫛が動き始める。



「明日も?」


「もちろんでございます。」


「明後日も?」


「ココア様。」


「なに?」


「髪がございます限り。」


「梳かせていただきます。」


「……。」


「なくなったら?」


「頭皮を整えます。」


「何するの?」


「その時に考えます。」


「怖い。」


「でしたら。」


「髪を大切になさってくださいませ。」


「……うん。」



 ココアが、


 少しだけ笑った。



 鏡の中で。



 ヒルダも、


 僅かに笑っていた。



 昨日と。



 同じだった。



     ◇



 部屋を出る。



 廊下では、


 使用人たちが朝の仕事を始めていた。



「おはようございます。」



 ココアが声を掛ける。



「……!」



 一人の若い使用人が、


 僅かに肩を揺らした。



「お、おはようございます。」


「うん。」



 ココアが通り過ぎる。



 礼儀は。



 昨日までと同じ。



 けれど。



 顔を上げた使用人の目が、


 一瞬だけココアから逸れた。



「……?」



 数歩。



 歩いたところで。



 後ろから、


 小さな声が聞こえた。



「……本当に、なかったの?」


「魔力?」


「何度調べても。」


「でも。」


「あのココア様が?」


「……。」


「しっ。」



 声が止まった。



「……。」



 ココアの足も、


 ほんの一瞬だけ止まった。



「ココア様。」



 隣から、


 ヒルダの声。



「うん。」



 また。



 歩き始める。



 何も言わなかった。



 ただ。



 少しだけ。



 さっきの言葉が、


 頭に残った。



『あのココア様が?』



 どういう意味なのだろう。



     ◇



 朝食の後。



 いつもの部屋。



 いつもの机。



 いつもの椅子。



 そして。



「では。」


「本日の授業を始めましょう。」



 いつものセバス。



「……。」



「ココア様。」


「はい。」


「教本を。」


「先生。」


「はい。」


「普通にやるの?」


「何をでございますか?」


「授業。」


「そのために参りましたが。」


「……。」



 ココアが、


 セバスを見る。



「昨日。」


「魔力がゼロだったよ。」


「存じております。」


「それでも?」


「それによって。」


「ココア様が文字を読めなくなりましたか?」


「なってない。」


「計算ができなくなりましたか?」


「なってない。」


「これまで学んだことを。」


「お忘れになりましたか?」


「覚えてる。」


「でしたら。」


「授業を中止する理由がございません。」


「……。」



 ココアの口元が、


 少しだけ上がった。



「先生。」


「はい。」


「ありがとう。」


「礼には及びません。」


「私の仕事でございますので。」


「うん。」


「では。」


「昨日の続きから。」


「はい。」



 教本を開く。



 授業が始まる。



 いつも通り。



 質問する。



 セバスが答える。



 分からなければ、


 もう一度聞く。



 意見が違えば、


 理由を聞く。



 昨日までと。



 何も変わらなかった。



     ◇



 昼過ぎ。



 ココアは、


 ヒルダと共に領都へ出た。



 街は。



 何も変わっていない。



 パン屋から、


 焼きたての匂い。



 鍛冶場から、


 金属を叩く音。



 荷馬車が走り。



 商人が声を張る。



 市場には、


 いつものように大勢の人がいる。



「……同じ。」



「何がでございますか?」


「街。」


「昨日までと。」


「左様でございますね。」


「うん。」



 ココアは、


 少しだけ安心した。



 その時。



「あ!」



 子供の声。



「眼鏡のお嬢様だ!」



「……。」



 ココアが振り返る。



 男の子。



 市場で、


 何度か見たことがある。



 母親と一緒に、


 買い物へ来ていた子だ。



「こんにちは。」


「こんにちは!」



 男の子が、


 笑いながら走ってくる。



「お嬢様!」


「なに?」


「あの白いやつ!」


「白いやつ?」


「芋につけるやつ!」


「マヨネーズ?」


「それ!」



 ココアが笑う。



「美味しかった?」


「うん!」


「母ちゃんも好きだって!」


「ほんと?」


「また買うって――」



「駄目!」



 鋭い声。



「……。」



 男の子の身体が、


 後ろへ引かれた。



「母ちゃん?」


「こっちへ来なさい。」


「なんで?」


「いいから。」


「でも。」


「お嬢様と話して――」


「駄目。」



 母親が、


 子供を自分の後ろへ寄せる。



「……。」



 ココアと、


 目が合った。



 昨日まで。



 市場で会えば、


 頭を下げてくれていた人だった。



 マヨネーズを買って。



「子供が気に入った」



 そう笑ってくれたこともある。



「……こんにちは。」



 ココアが、


 先に挨拶した。



「……。」



 母親は、


 一瞬迷った。



「……ごきげんよう。」



 頭は、


 下げた。



 けれど。



 子供を掴んだ手は、


 離さなかった。



「行くよ。」


「えー。」


「早く。」


「でも――」


「行きます。」


「……。」



 男の子が、


 連れていかれる。



 途中。



 一度だけ、


 振り返った。



「またね!」



「……うん。」



 ココアが、


 手を上げる。



「またね。」



 男の子も、


 手を振った。



 母親は、


 振り返らなかった。



「……。」



 ココアの手が、


 ゆっくり下がった。



「ココア様。」



 ヒルダの声が、


 いつもより低い。



「ヒルダ。」


「はい。」


「いいよ。」


「しかし。」


「たぶん。」


「怖いんだと思う。」


「……。」



 ココアは、


 親子が消えた方を見る。



「魔力がない人なんて。」


「見たことないんでしょ?」


「だから。」


「どうしたらいいか。」


「分からないんだよ。」



「ココア様は。」


「何もなさっておりません。」



「うん。」


「分かってる。」



 本当に。



 分かっている。



 何か悪いことをしたわけではない。



 誰かを傷つけたわけでもない。



 病気を移すわけでも。



 誰かの魔力を奪うわけでもない。



 ただ。



 魔力がない。



 それだけ。



「……。」



 分かっている。



 分かっているのに。



「でも。」


「はい。」



「ちょっと悲しいね。」



「……はい。」



 ヒルダは、


 それ以上何も言わなかった。



 ただ。



 いつも。



 ココアの半歩後ろを歩いていたヒルダが。



 その日だけは。



 ココアの隣を歩いた。



     ◇



 市場を進む。



「……。」



 視線を感じる。



 昨日までだって。



 伯爵令嬢が歩けば、


 見られることはあった。



 眼鏡を作った令嬢。



 変わったものを作る令嬢。



 市場で、


 自分で試食まで配った令嬢。



 そんな目だった。



 でも。



 今日の視線は、


 違う。



「あの子……。」


「そうらしい。」


「本当に?」


「神殿で何度調べても。」


「一度も反応しなかったって。」


「魔力がないなんて……。」


「不吉だって話もあるぞ。」


「声が大きい。」



「……。」



 ココアは、


 歩き続ける。



 聞こえていないふりをした。



「眼鏡のお嬢様だろ?」


「ああ。」


「頭はいいらしいけど。」


「魔力がないんじゃな。」


「伯爵家も大変だ。」



「……。」



 ココアの足が、


 少しだけ遅くなった。



 眼鏡を作った。



 拡大鏡も作った。



 料理長と、


 マヨネーズを作った。



 農家へ行った。



 職人たちと話した。



 失敗もした。



 何度も。



 やり直した。



 昨日まで。



 それを褒めてくれた人もいた。



 けれど。



 魔力がない。



 その一つが。



 この世界では。



 それら全部より、


 大きいらしい。



「……。」



 ココアは、


 自分の手を見る。



 昨日。



 水晶へ置いた手。



 何も、


 光らせることのできなかった手。



 でも。



 この手で。



 何枚も、


 実験記録を書いた。



 ガラスにも触った。



 卵も持った。



 職人たちと、


 たくさんのものを作った。



「……同じなのに。」



 小さな声は。



 市場の喧騒に、


 消えた。



     ◇



「お嬢!」



「……!」



 聞き慣れた声。



 ココアが、


 顔を上げる。



 通りの向こう。



 ガレスだった。



 工房で使うらしい材料を抱え、


 こちらへ歩いてくる。



「ガレス。」


「何ぼさっとしてんだ。」


「してないよ。」


「してたぞ。」


「してない。」


「してた。」


「むぅ。」


「まあいい。」



 ガレスが、


 ココアを見る。



「そういや。」


「お嬢。」


「なに?」


「魔力。」


「ねえんだって?」


「……。」



 ココアの身体が、


 ほんの少しだけ固まった。



「うん。」


「ゼロか?」


「うん。」


「そうか。」



「……。」



「……。」



 ガレスが、


 それだけ言って歩き出す。



「……ガレス。」


「なんだ?」


「それだけ?」


「何が?」


「魔力。」


「ないんだよ?」


「聞いた。」


「本当に。」


「一つも。」


「だから聞いたって。」


「……。」



 ガレスが、


 怪訝そうにココアを見る。



「で?」



「……え?」



「だから。」


「それがどうした?」



「……。」



「俺が知ってるお嬢は。」



 ガレスが、


 抱えていた材料を片腕へ持ち替える。



「三歳のくせに。」


「ガラスをもっと薄くしろだの。」


「同じ形にしろだの。」


「傷があるだの。」


「散々。」


「面倒なこと言ってきたガキだ。」



「……ガキじゃない。」


「三歳はガキだ。」


「今は六歳。」


「大して変わらん。」


「変わるよ。」


「そうかよ。」



 ガレスが笑う。



「で。」


「魔力がないと。」


「お嬢が今までやったことが。」


「全部なくなるのか?」



「……。」



「眼鏡。」


「なくなるか?」


「なくならない。」


「拡大鏡。」


「なくなるか?」


「なくならない。」


「俺たちと。」


「散々失敗したのも?」


「……なくならない。」



「じゃあ。」


「同じだろ。」



「……。」



 ココアは、


 ガレスを見る。



「それに。」



 ガレスが続ける。



「俺たちが欲しいのは。」


「お嬢の魔力じゃねえ。」



「……。」



「次に。」


「何を作るかだ。」



「……。」



 ココアの目が、


 少しだけ大きくなった。



「ガレス。」


「なんだ。」



「私。」


「面倒?」



「今さら聞くな。」



「……。」



「最初から面倒だ。」



「ひどい!」



「ははは!」



 ガレスが、


 大きく笑った。



「じゃあな、お嬢。」


「また工房来い。」


「うん。」


「今度は。」


「何作るか決めてから来いよ。」


「まだ決めてない。」


「じゃあ決めてから来い。」


「分かった。」



 ガレスが、


 手を上げて去っていく。



「……。」



 ココアは、


 その背中を見る。



 市場では。



 まだ。



 視線を感じる。



 ひそひそと、


 声も聞こえる。



 何も。



 なくなってはいない。



 それでも。



「……ヒルダ。」


「はい。」


「ガレス。」


「いつも通りだった。」


「左様でございますね。」


「先生も。」


「はい。」


「ヒルダも。」


「はい。」



 ココアが、


 少しだけ笑った。



「そっか。」



 全員ではない。



 昨日までの自分を。



 ちゃんと。



 覚えている人もいる。



     ◇



 その日の夕方。



 伯爵邸。



「ココア様。」



 廊下で。



 年配の使用人が、


 ココアへ頭を下げた。



「お帰りなさいませ。」


「ただいま。」



 いつもの挨拶。



 そのまま、


 すれ違おうとして。



「あの。」



 使用人が、


 ココアを呼び止めた。



「なに?」


「……。」



 何かを、


 言おうとしている。



「どうしたの?」


「……いえ。」



 使用人は、


 結局言わなかった。



「失礼いたしました。」


「うん。」



 頭を下げて、


 去っていく。



「……。」



 ココアは、


 その背中を見る。



 怒鳴られたわけではない。



 悪口を言われたわけでもない。



 追い払われたわけでもない。



 なのに。



 分かる。



 昨日とは。



 違う。



     ◇



 夜。



 伯爵の執務室。



「……。」



 机の上には、


 一枚の書類。



『ココア・フォン・アルヴェイン』



『魔力量――零』



 六歳の儀式。



 正式な測定結果。



 その横には。



 別の帳簿。



 眼鏡。



 拡大鏡。



 マヨネーズ。



 この二年間。



 ココアが、


 人と共に作ってきたもの。



 そして。



 そこから生まれた利益。



「……。」



 伯爵は、


 二つを見比べる。



 一方には。



 娘が持っていないもの。



 一方には。



 娘がやってきたこと。



「……くだらん。」



 低く。



 呟いた。



 その時。



 扉が叩かれる。



「入れ。」



「失礼いたします。」



 家臣が、


 数通の封書を持って入ってきた。



「伯爵様。」


「何だ。」


「昨日の儀式について。」


「ご親族の方々から、問い合わせが届いております。」



「……もうか。」


「はい。」



 伯爵の眉間に、


 僅かに皺が寄る。



「誰からだ。」


「こちらに。」


「置け。」


「はい。」



 家臣が、


 封書を机へ置く。



「それと。」


「まだあるのか。」


「……はい。」



 家臣が、


 少しだけ言葉を選んだ。



「神殿より。」


「昨日の測定結果を。」


「正式な記録として王都へ送るとの連絡がございました。」



「……。」



 伯爵の視線が、


 ゆっくりと上がる。



「いつ出る。」


「明朝の便に載せる予定とのことです。」


「王都までは。」


「通常であれば数日。」


「天候と道の状態によっては。」


「もう少しかかるかと。」



「……そうか。」



 まだ。



 王都は知らない。



 王家も。



 中央の貴族たちも。



 まだ。



 知らない。



 だが。



 記録は送られる。



 やがて。



 必ず。



 知られる。



「止められるか。」



 家臣が、


 一瞬言葉を失った。



「伯爵様。」


「聞いただけだ。」


「……神殿の正式記録でございます。」


「そうだな。」



 伯爵自身。



 答えは分かっていた。



 六歳の覚醒の儀。



 貴族の子の魔力量と属性は。



 家だけの問題ではない。



 王国が把握する、


 正式な記録でもある。



 伯爵だからといって。



 都合の悪い結果を、


 なかったことにはできない。



「下がれ。」


「はい。」



 家臣が、


 一礼して部屋を出る。



 扉が閉じる。



「……。」



 伯爵は、


 もう一度。



 娘の名前を見る。



 ココア・フォン・アルヴェイン。



 昨日と。



 何も変わっていない。



 知識も。



 性格も。



 娘が人と築いてきたものも。



 何一つ。



 失われてはいない。



 それなのに。



 魔力がない。



 ただ。



 その一行だけで。



 周囲の目は、


 すでに変わり始めている。



 そして。



 数日後には。



 もっと大きな世界が。



 娘の存在を知る。



「……くだらん。」



 もう一度。



 今度は。



 はっきりと言った。



 けれど。



 机の上には。



 明日の朝。



 王都へ向かうことになる記録がある。



 伯爵は。



 それを。



 ただ見つめていた。

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