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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第23話 期待


「先生。」


「はい。」


「増えた?」


「増えました。」


「……。」


 ココアは、セバスを見た。


「ほんと?」


「本当でございます。」


「昨日から?」


「昨日からでございます。」


「どのくらい?」


「授業の後です。」


「見せて。」


「授業の後です。」


「ちょっとだけ。」


「授業の後です。」


「……先生。」


「はい。」


「二年前より厳しくなった。」


「ココア様が、二年前より帳簿を見るようになりましたので。」


「いいことじゃない。」


「大変よろしいことです。」


「じゃあ見せて。」


「授業の後です。」


「むぅ……。」


 セバスが眼鏡を押し上げる。


 その眼鏡も。


 二年前とは、少し違っていた。


 レンズの厚さ。


 枠の形。


 顔へ合わせるための細かな調整。


 職人たちが改良を重ね。


 最初に作ったものより、ずっと使いやすくなっている。


 眼鏡だけではない。


 拡大鏡。


 そして。


 少し前から売り始めたマヨネーズ。


 どれも。


 最初から上手くいったわけではなかった。


 作る。


 試す。


 失敗する。


 記録する。


 原因を考える。


 直す。


 もう一度試す。


 使った人の反応を見る。


 必要なら、また直す。


 前世で研究者だった頃から。


 何度も繰り返してきたこと。


 違うのは。


 研究室の中だけでは、終わらないことだった。


 職人が作る。


 農家が育てる。


 商人が運ぶ。


 料理人が使う。


 客が買う。


 そして。


 その結果が。


 また数字になって、自分のところへ戻ってくる。


 この世界へ来て五年。


 ココアは少しずつ。


 この世界で研究するということを、覚え始めていた。



     ◇



 季節が巡った。


 マヨネーズは。


 最初に用意した十個の壺から。


 本当に少しずつ。


 領都へ広がっていった。


「今日の分、あるか?」


「あります。」


「空いた壺も持ってきたぞ。」


「ありがとうございます。」


 市場では。


 返された壺と、新しい壺が交換される。


 料理店では。


「これ、焼いた肉にも合うな。」


「魚はどうだ?」


「試してみるか。」


 ココアが考えていなかった使い方まで生まれた。


 その話を聞くたび。


 料理長は――


「なるほど。」


「では、こちらも試しましょう。」


 楽しそうに厨房へ消えていく。


「料理長。」


「はい。」


「楽しんでるよね?」


「仕事でございます。」


「絶対楽しんでる。」


「仕事でございます。」


「また二回言った。」


「大切なことでございますので。」


 卵の注文も。


 売れる量に合わせて、少しずつ増えた。


 ハンスたち農家も。


 いきなり鶏を何十羽も増やしたわけではない。


 数羽。


 また数羽。


 餌。


 小屋。


 世話をする人手。


 季節による産卵数。


 実際に売れる卵の量。


 それらを見ながら。


 農家自身が、無理のない範囲で増やしていった。


 ココアが知っているのは。


 規模を大きくすれば。


 餌も、人手も、設備も必要になるということ。


 病気が出れば、被害も大きくなるということ。


 そんな一般的なことまで。


 忘れたわけではない。


 分からないのは。


 この土地で。


 実際に何羽まで増やせるのか。


 どれほど餌が必要なのか。


 冬にどれだけ産卵数が落ちるのか。


 いくらなら農家にも利益が残るのか。


 この世界、この領地の数字だった。


 だから。


 数字を見る。


 現場へ行く。


 本人に聞く。


 前世の知識だけで、答えを決めない。


 その繰り返しだった。


 そして。


 利益が出れば――


「先生。」


「はい。」


「増えた?」


「増えております。」


「やった。」


「使うことばかり考えないでくださいませ。」


「研究費だよ?」


「存じております。」


「研究費は研究に使うためのお金だよ?」


「全額を一度に使うためのお金ではございません。」


「全部なんて言ってないよ。」


「では、次は何を研究なさるので?」


「いっぱいある。」


「一つにしてくださいませ。」


「……。」


 ココアが黙った。


「ココア様。」


「なに?」


「まさか。」


「選べないのでございますか?」


「……全部やりたい。」


「一つです。」


「二つ。」


「一つです。」


「一つと、ちょっと。」


「一つです。」


「先生。」


「はい。」


「研究の発展を邪魔してる。」


「伯爵家の財政を守っております。」


「私のお金なのに。」


「管理を任されておりますので。」


「むぅ……。」


 五歳になっても。


 研究費の最大の壁は。


 相変わらずセバスだった。



     ◇



「お嬢。」


「なに?」


「こいつ、前より薄くできたぞ。」


「ほんと?」


 ガレスからレンズを受け取り。


 ココアが光へ透かす。


「……綺麗。」


「だろ?」


「前より歪みも少ない。」


「そこが大変だったんだよ。」


「どうやったの?」


「聞くか?」


「うん。」


「長いぞ?」


「いいよ。」


「お嬢。」


「なに?」


「その顔で言われると、本当に最後まで聞きそうで怖えな。」


「聞くよ?」


「だろうな。」


 ガレスが笑う。


 いつの間にか。


 工房の職人たちは。


 伯爵令嬢であるココアを。


「お嬢」


 と呼ぶようになっていた。


 最初からではない。


 何度も工房へ来た。


 失敗したガラスを一緒に見た。


 理由を考えた。


 職人の話を聞いた。


 ココアの予想が外れることもあった。


「そりゃ無理だ、お嬢。」


「なんで?」


「ここをそんなに薄くしたら、削ってる途中で割れる。」


「じゃあ、どこまでなら?」


「それを今から試すんだよ。」


「私も見る。」


「好きだなあ、お前。」


「うん。」


 そんなやり取りを。


 何度も。


 何度も繰り返した。


 気付けば。


「伯爵令嬢様」ではなく。


「お嬢」になっていた。


「お嬢。」


「なに?」


「そういや、もうすぐ六歳だろ?」


「うん。」


「魔法の儀式。」


「うん。」


「何が出るんだろうな。」


「分からない。」


「お嬢なら、すげえの出しそうだけどな。」


「すごいの?」


「ああ。」


 近くにいた職人まで会話へ入ってくる。


「火じゃねえか?」


「いや、土だろ。」


「ガラス弄ってるんだから火だって。」


「水もありそうじゃねえか?」


「お嬢なら全部とか。」


「全部?」


「あり得るぞ。」


「五歳でこんなことしてるんだからな。」


 ココアは困ったように笑った。


「期待しすぎだよ。」


「そうか?」


「魔法は一回も使ったことないよ。」


「だから楽しみなんじゃねえか。」


 ガレスが笑う。


「お嬢が魔法まで使えるようになったら。」


「次は何作るんだろうな。」


「……。」


 その言葉に。


 ココアは少しだけ考えた。


 魔法。


 この世界へ来てから。


 ずっと興味があった。


 炎。


 水。


 風。


 土。


 前世には存在しなかった現象。


 魔力とは何なのか。


 何をエネルギー源としているのか。


 元素とは、どう関係しているのか。


 自分のエレメントサイトには。


 どう見えるのか。


 調べたい。


 当然。


 調べたい。


「……楽しみ。」


「だろ?」


 ココアが笑う。


 ガレスも笑った。



     ◇



 六歳が近付くにつれて。


 同じようなことを。


 何度も言われるようになった。


「ココアお嬢様なら、きっと素晴らしい魔法を。」


 屋敷の使用人。


「これほど聡明なお方です。魔力にも恵まれておられるでしょう。」


 領都の商人。


「お嬢は何属性だろうな。」


 工房の職人。


 誰も。


 悪意など持っていなかった。


 むしろ。


 逆だった。


 期待していた。


 五歳で。


 眼鏡を生み。


 拡大鏡を生み。


 新しい調味料を領都へ広め。


 職人や農家と一緒になって。


 次々と新しいことを始めている少女。


 なら。


 魔法でも。


 きっと何かを見せてくれる。


 そう。


 思われていた。



     ◇



 儀式を翌日に控えた夕食。


「いよいよ明日だな。」


 父が言った。


「うん。」


「楽しみか?」


「楽しみ。」


 ココアがスープを口へ運ぶ。


「心配はしていないようだな。」


「心配?」


「魔力のことだ。」


「……。」


 ココアは父を見る。


「アルヴェイン家は、代々十分な魔力を持つ者が多い。」


 父は。


 当然のことのように言った。


「お前なら、何の問題もないだろう。」


「……そうかな。」


「そうだ。」


 迷いはなかった。


 ココアは。


 自分の手を見る。


 魔力。


 この世界に来て。


 もうすぐ六年。


 一度も。


 自分で魔法を使ったことはない。


 けれど。


 元素は見える。


 物質を形作る結合も見える。


 そして。


 ほんの僅かなら。


 そこへ触れることもできる。


 この力と。


 魔力は関係しているのか。


 それとも。


 まったく別のものなのか。


 分からない。


 だから。


 明日の儀式は。


 ココアにとっても。


 初めて自分自身を調べられる機会だった。


「ココア。」


「なに?」


「何が出ると思う?」


「分からない。」


「希望は?」


「希望?」


「ああ。」


「火か。」


「水か。」


「風か。」


「土か。」


「あるいは――」


「何でもいい。」


 父が止まった。


「何でも?」


「うん。」


 ココアは少し考えて。


 笑った。


「知らないものなら。」


「何でも面白いから。」


「……そうか。」


 父には。


 その答えの意味が。


 よく分からなかったらしい。


 だが。


 ココアには。


 それで十分だった。



     ◇



 その夜。


 ヒルダが。


 ココアの髪を、ゆっくり梳いていた。


 部屋の端には。


 明日のために用意された服。


 白を基調とした布地。


 胸には。


 アルヴェイン伯爵家の紋章。


「明日でございますね。」


「うん。」


「緊張なさっておりますか?」


「少し。」


「珍しいですわね。」


「私だって緊張するよ。」


「左様でございますか。」


「するよ。」


 鏡の中で。


 ヒルダが僅かに笑った。


「皆様、楽しみになさっております。」


「知ってる。」


「ガレスたちなんて。」


「私が全部の魔法を使えるかもしれないって。」


「まあ。」


「料理長は、火なら厨房で使えるって。」


「……料理長には。」


「明日、お話をしておきます。」


「やめてあげて。」


 ココアが笑う。


 ヒルダも。


 小さく笑った。


「先生は?」


「セバス様も、楽しみになさっておりますよ。」


「言わないけどね。」


「ええ。」


「先生だから。」


「ええ。」


 しばらく。


 櫛が髪を通る音だけがした。


「ヒルダ。」


「はい。」


「魔力って。」


「そんなに大事?」


 櫛が。


 一瞬。


 止まった。


「……大切でございます。」


「どのくらい?」


「この世界で生きる上では。」


「とても。」


「たくさんあったら?」


「多くの道が開かれるでしょう。」


「少なかったら?」


「……。」


 ヒルダは。


 少しだけ考えた。


「できることが。」


「限られるかもしれません。」


「じゃあ。」


 ココアは。


 鏡の中のヒルダを見る。


「ゼロだったら?」


「……。」


 櫛が。


 止まった。


 今度は。


 はっきりと。


「ヒルダ?」


「……そのようなことは。」


「考えなくてよろしいかと。」


「なんで?」


「ココア様でございますから。」


「……。」


 ココアが首を傾げる。


「それ。」


「理由になってないよ。」


「……そうでございますね。」


 ヒルダは。


 再び。


 ココアの髪を梳き始めた。


「ですが。」


「私も心配しておりません。」


「そっか。」


 ココアは。


 それ以上聞かなかった。



     ◇



 ベッドへ入っても。


 なかなか眠れなかった。


「……。」


 窓を見る。


 月明かり。


 静かな伯爵邸。


 明日。


 自分の魔力量が分かる。


 どんな魔法が使えるのか。


 魔力という現象が。


 自分の見ている元素と。


 どう関係しているのか。


 それとも。


 まったく関係していないのか。


 考え始めると。


 やっぱり。


 楽しみだった。


 怖いというより。


 知りたい。


 前世から。


 ずっと変わらない。


 分からないものを。


 分からないままにしておけない。


 研究者としての性分だった。


「魔力か……。」


 小さく呟く。


 五年間。


 この世界で生きてきた。


 眼鏡を作った。


 拡大鏡を作った。


 マヨネーズを作った。


 職人と知り合った。


 農家とも繋がった。


 料理長とは。


 何度も試作した。


 研究費も。


 少しずつ増えた。


 できることが。


 少しずつ増えていった。


 そして。


 明日。


 また一つ。


 増えるのかもしれない。


「……。」


 ココアは。


 目を閉じた。


 屋敷の者たちも。


 職人たちも。


 領都の者たちも。


 そして。


 父も。


 誰一人。


 心配などしていなかった。


 五歳で。


 これだけのことをした少女なのだから。


 きっと。


 魔力にも。


 恵まれている。


 そう。


 信じていた。


 ココア自身も。


 明日になれば。


 また一つ。


 自分にできることが増えるのだと。


 そう思っていた。



 六歳の儀式まで。



 あと一夜。

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