第21話 ぴったり閉じたい
翌日。
領都の陶器工房。
「お嬢。」
「今度は何を作るんだ?」
小さな壺を抱えてやってきたココアを見て、
職人が笑った。
「これ。」
「ん?」
ココアは、
壺を作業台へ置いた。
「もっと。」
「ぴったり蓋できない?」
「……蓋?」
職人が壺を手に取る。
陶器の蓋を載せた。
カタ。
指で動かすと、
僅かにずれる。
「これじゃ駄目なのか?」
「隙間がある。」
「そりゃあるだろ。」
「なくせない?」
「できるだけ合わせることはできるが。」
「できる?」
「焼く前ならな。」
「……焼いたら?」
「変わる。」
職人が、
壺と蓋を並べる。
「土は焼けば縮む。」
「うん。」
「同じ土で。」
「同じ大きさに作っても。」
「全部が同じように焼き上がるわけじゃない。」
「火の当たり方?」
「それもある。」
「土の具合も。」
「水の量も。」
「厚みも。」
「ちょっとした違いで変わる。」
「……。」
ココアは、
工房の奥を見る。
棚には、
同じような壺が並んでいる。
けれど。
よく見れば。
一つずつ、
僅かに形が違う。
前世なら。
寸法を決め。
規格を決め。
機械で、
ほぼ同じものを大量に作ることができた。
けれど。
ここでは。
一つ一つ。
人の手で作っている。
同じものを作ること自体に、
技術が必要なのだ。
「じゃあ。」
「蓋と壺を。」
「一個ずつ合わせる?」
「少ない数ならな。」
「いっぱい作ったら?」
「手間が掛かる。」
「だよね。」
ココアは、
壺を見つめた。
寸法を揃える方法から、
考えることもできる。
でも。
今。
必要なのは、
陶器の大量生産技術ではない。
少量のマヨネーズを入れられて。
運ぶ時に、
中へ余計なものが入りにくい。
そんな容器だ。
「お嬢。」
「なに?」
「何を入れるんだ?」
「マヨネーズ。」
「……なんだそれ。」
「食べ物。」
「最初に言えよ。」
「言ってなかった?」
「聞いてねえ。」
「そっか。」
職人が、
壺をもう一度見る。
「食い物なら。」
「陶器だけでぴったり合わせる必要はねえんじゃないか?」
「どういうこと?」
「待ってろ。」
職人が、
工房の奥へ向かう。
しばらくして。
何かを手に、
戻ってきた。
「これだ。」
「……。」
ココアが見る。
茶色く。
軽そうな塊。
指で押せば、
僅かに沈む。
「……コルク?」
「そう呼ぶ奴もいるな。」
「あるの!?」
「あるぞ。」
「ここに!?」
「あるから持ってきたんだろ。」
「なんで先に言ってくれなかったの!?」
「何に使うか言わねえからだよ!」
「……。」
ココアは黙った。
確かに。
「お嬢。」
「なに?」
「俺は。」
「蓋をぴったり作れって言われたんだ。」
「うん。」
「だから。」
「ぴったりした陶器の蓋を作る話をしてた。」
「……はい。」
「食い物を入れる壺の口を塞ぎたいって言われりゃ。」
「最初からこいつを出した。」
「……はい。」
後ろで。
ヒルダが、
僅かに顔を逸らした。
「ヒルダ。」
「はい。」
「今、笑った?」
「いいえ。」
「絶対笑った。」
「気のせいでございます。」
「先生。」
「はい。」
「ヒルダ笑ったよね?」
「私に判断を求めないでください。」
「むぅ……。」
職人が、
声を上げて笑った。
◇
ココアは、
コルクを指で押した。
「……柔らかい。」
「だから栓に使える。」
「お酒とか?」
「ああ。」
「瓶の口に押し込めば。」
「多少形が違っても塞げる。」
「……なるほど。」
ココアは、
もう一度押してみる。
僅かに沈む。
力を抜けば、
戻ろうとする。
陶器とは違う。
硬いもの同士を、
完全に同じ形へ合わせなくても。
間に。
変形するものがあれば、
隙間を減らすことができる。
「これ。」
「薄くできる?」
「薄く?」
「うん。」
ココアは、
壺と蓋を指差した。
「蓋全部を。」
「コルクにしなくてもいいよね?」
「……ほう。」
職人が、
少し興味を示した。
「陶器の蓋の裏に。」
「これを付ける。」
「壺の口に当たるところだけ。」
「なるほどな。」
職人が、
コルクを手に取る。
「輪にするか。」
「うん。」
「蓋を押した時に。」
「少し潰れるくらい。」
「それなら。」
「壺と蓋が少しくらい違っても。」
「隙間を埋められるかもしれない。」
「できそう?」
「やってみなきゃ分からんな。」
「うん。」
ココアが、
すぐに頷いた。
「じゃあ試そう。」
「そう言うと思ったよ。」
職人が笑った。
◇
しばらくして。
作業台の上には、
形を整えたコルクと。
陶器の蓋が置かれていた。
職人が、
コルクを蓋の内側へ合わせる。
「こんなもんか。」
「ちょっと厚い。」
「押せば潰れる。」
「……。」
ココアが、
壺へ蓋を載せる。
ぎゅっ。
押す。
「……いい。」
先ほどとは違う。
カタカタしない。
蓋と壺の間で、
コルクが僅かに潰れている。
「これなら――」
「いや。」
「?」
職人が、
蓋を指で押した。
「これだけじゃ駄目だ。」
「なんで?」
「今は。」
「お嬢が押さえてるから閉まってる。」
「……あ。」
手を離す。
蓋が外れるわけではない。
けれど。
運んで揺れれば。
どうなるか分からない。
「食い物を運ぶんだろ?」
「うん。」
「だったら。」
「上から押さえた方がいい。」
「どうやって?」
「簡単だ。」
職人が、
近くにあった布を取る。
壺の上へ被せる。
その上から、
紐を回す。
「ここを。」
「壺の首に掛ける。」
「それで締める。」
きゅっ。
布越しに。
蓋が押さえられた。
「これなら。」
「多少揺れても外れにくい。」
「……。」
ココアが、
壺を持ち上げる。
傾ける。
軽く揺らす。
「ほんとだ。」
「当たり前だ。」
「なんで?」
「こっちは。」
「壺を作って飯食ってんだよ。」
「……。」
ココアは、
壺を見る。
そして。
職人を見る。
「すごい。」
「……。」
今度は、
職人が止まった。
「なんだよ。」
「素直に言っただけ。」
「そうかよ。」
職人は、
少しだけ顔を逸らした。
ココアは、
もう一度壺を見る。
自分が考えたのは。
コルクを間に入れること。
でも。
運ぶ時に蓋を押さえる方法を考えたのは、
職人だ。
自分一人なら。
ここで、
止まっていたかもしれない。
「……。」
ココアの口元が、
僅かに緩んだ。
「お嬢。」
「なに?」
「何笑ってんだ。」
「なんでもない。」
「変な奴だな。」
「失礼だよ。」
「すまんすまん。」
◇
「でも。」
ココアが、
蓋を外す。
「これで。」
「保存できるようになったとは思わない。」
「……?」
職人が、
不思議そうな顔をした。
「隙間は減ったんだぞ?」
「うん。」
「なら。」
「前より持つんじゃねえのか?」
「可能性はある。」
「でも。」
「まだ分からない。」
ココアは、
壺を見る。
「ぴったり閉まったからって。」
「中の食べ物が。」
「長く持つとは限らない。」
「……。」
「マヨネーズは。」
「作った日に売る。」
「その日のうちに食べてもらう。」
「これは。」
「まだ変えない。」
セバスが、
静かに頷いた。
「以前決めた条件でございますな。」
「うん。」
「この蓋にしたから。」
「一日増やして大丈夫。」
「二日増やして大丈夫。」
「そういうことにはしない。」
「実際に。」
「保存した時にどう変わるか。」
「それは別に調べる。」
「なるほどな。」
職人が、
少し感心したようにココアを見る。
「お嬢。」
「なに?」
「結構慎重なんだな。」
「食べ物だから。」
即答だった。
「失敗したら。」
「お腹が痛いじゃ済まないかもしれないでしょ?」
「……そうだな。」
ココアは、
もう一度。
蓋を閉める。
コルクを挟む。
布を被せる。
紐で留める。
「でも。」
「運ぶための容器としては。」
「前より良くなった。」
「そっちは試せるな。」
「うん。」
◇
次に。
壺そのものを決めた。
「大きすぎる。」
「これくらい普通だろ。」
「マヨネーズには多い。」
「じゃあ小さくする。」
「口は広く。」
「なんでだ?」
「匙を入れやすいから。」
「なるほど。」
「底のところ。」
「もう少し丸くできる?」
「できるが。」
「なんで?」
「残ったマヨネーズを取りやすくしたい。」
「洗う時も。」
「角が少ない方が洗いやすい。」
「……。」
職人が、
紙へ線を引いていく。
小さい。
口は広い。
内側には釉薬。
できるだけ滑らかに。
匙で取りやすく。
洗いやすく。
蓋にはコルク。
布と紐で固定する。
「これなら?」
「作れる。」
「十個。」
「十個?」
「まず試したい。」
「それだけでいいのか?」
「最初からいっぱい作らない。」
「売れるか分からないから。」
「……なるほどな。」
職人が、
紙を見る。
「じゃあ。」
「まず十個。」
「お願いします。」
ココアが、
頭を下げる。
「お嬢。」
「なに?」
「金は取るぞ。」
「払うよ。」
「伯爵家から?」
「私から。」
「……お嬢から?」
「うん。」
ココアが、
少しだけ胸を張る。
「研究費があるから。」
「商品作る金だろ?」
「……。」
ココアが止まった。
「確かに。」
後ろから。
セバスが、
眼鏡を押し上げる。
「ココア様。」
「はい。」
「今回の容器は。」
「マヨネーズを販売するために必要なものでございます。」
「うん。」
「でしたら。」
「研究費ではなく。」
「マヨネーズ事業の試作費として計上いたしましょう。」
「……。」
ココアの顔が、
明るくなる。
「じゃあ。」
「研究費減らない?」
「減りません。」
「やった!」
「ただし。」
「はい。」
セバスが、
静かに続ける。
「マヨネーズ事業が赤字になれば。」
「なぜ赤字になったのか。」
「伯爵様へご説明いただきます。」
「……。」
ココアの顔が止まった。
「先生。」
「はい。」
「急に。」
「重くなった。」
「商売でございますので。」
「……分かってる。」
「よろしい。」
職人が、
声を上げて笑った。
◇
帰り道。
ココアは、
試しに作った蓋を手にしていた。
陶器。
コルク。
布。
紐。
「……。」
新しいものを、
何も発明していない。
陶器は、
前からある。
コルクも。
布も。
紐も。
そして。
職人の技術も、
ずっと前からここにあった。
ココアがしたのは。
欲しいものを伝えて。
今あるものを。
別の使い方で、
繋いだだけ。
「……これでいいんだ。」
「何がでございますか?」
セバスが尋ねる。
「全部。」
「私が作らなくてもいい。」
「……。」
「私が知らなくても。」
「誰かが知ってるかもしれない。」
「私が作れなくても。」
「作れる人がいるかもしれない。」
「だったら。」
「聞けばいい。」
ココアは、
手の中の蓋を見る。
前世の完成品を知っている。
だから。
つい。
そこへ一気に近付こうとしてしまう。
けれど。
この世界には。
この世界ですでに積み上げられてきた、
知識と技術がある。
自分が知らないだけで。
使えるものは、
もっとあるかもしれない。
「先生。」
「はい。」
「この街の暮らし。」
「もっと見に行きたい。」
「構いませんが。」
「もう五歳なのですから。」
「遊びに行くのとは違いますぞ。」
「分かってるよ。」
「本当に?」
「研究。」
「……。」
「ココア様。」
「なに?」
「それは。」
「遊びではないという証明になっておりません。」
「なんで!?」
ヒルダが、
小さく笑った。
ココアは、
頬を膨らませながら。
もう一度。
手の中の蓋を見る。
欲しかったのは。
マヨネーズを入れる、
小さな壺だった。
けれど。
それを作るために。
また一つ。
大切なことを知った。
ないと思っているものが。
本当にないとは限らない。
自分が知らないだけかもしれない。
だから。
まず見る。
聞く。
知る。
そして。
自分の知識と。
この世界の知識を。
繋ぐ。
五歳の研究者が。
この世界で学ばなければならないことは。
まだ。
いくらでもあった。




