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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第19話 作る理由




 数日後。


 ココアは、セバスとヒルダと共に領都から少し離れた村を訪れていた。



「……鶏。」



 ココアの前を、一羽の鶏が横切っていく。


 その後ろをもう一羽。


 さらに三羽。



「いっぱい。」


「こちらは、この辺りでも比較的多く鶏を飼っている農家でございます。」


「これで?」


「これで、でございます。」



 ココアは改めて周囲を見渡した。


 畑。


 納屋。


 穀物を保管する小屋。


 その横に、木造の鶏小屋。



 前世で知っていた養鶏場とは、まるで違う。



 大きな鶏舎が何棟も並んでいるわけではない。


 卵を生産するためだけの専用施設でもない。



 畑を耕し。


 作物を育て。


 その傍らで鶏も飼う。



 この土地では、それが普通なのだ。



「セバス様。」


「突然申し訳ございません。」


「いえいえ! まさか伯爵家のお嬢様までお越しになるとは思いませんで……」



 農家の主人が、慌てて頭を下げた。


 日に焼けた顔。


 土の付いた服。


 働く人の手。



「初めまして。」


「ココア・フォン・アルヴェインと申します。」


「今日は鶏のことを教えていただきたくて参りました。」


「鶏を……?」


「はい。」


「何でも聞いてくださいませ。」


「ありがとうございます。」



 ココアも小さく頭を下げた。



「お名前を伺っても?」


「ハンスと申します。」


「ハンスさん。」


「はい。」


「よろしくお願いします。」


「こちらこそ。」



 挨拶を終えると。


 ココアの視線は、すぐに鶏小屋へ戻った。



「何羽いるの?」


「今は三十二羽でございます。」


「全部、卵を産む?」


「いいえ。雄もおりますし、まだ若いものもおります。」


「今の時期だと、一日に何個くらい?」


「十五から二十ほどでしょうか。」


「毎日同じ?」


「いいえ。少ない日もございます。」


「冬は?」


「かなり減りますな。」


「半分くらい?」


「それより少ない日もございます。」


「……なるほど。」



 ココアは紙へ書き込む。



『三十二羽』


『一日十五~二十個』


『冬季減少』



「餌は?」


「畑で採れた穀物や、売り物にならないものですな。野菜くずなんかも与えております。」


「買ってる餌はある?」


「足りなければ。ですが、できるだけ家で出るもので済ませております。」


「卵はどこへ売るの?」


「自分たちで食べる分を残しまして、村で売ることもございますし、商人が来た時に渡すこともございます。」


「領都にも?」


「行っております。」


「毎日?」


「まさか。」



 ハンスが笑った。



「ある程度まとまってからでございます。」


「あ。」



 ココアが書き足す。



『集めてから運ぶ』



「割れることは?」


「ございます。」


「暑い時期は?」


「長く置かないようにしておりますな。」


「運ぶ時は?」


「藁を詰めた籠に入れます。」


「それでも割れる?」


「道次第ですな。雨の後なんぞは特に。」



「……。」



 帳簿で見ていた数字と。


 目の前の暮らしが。


 少しずつ繋がっていく。



 卵は、工房で作る道具とは違う。



 生き物が産む。


 季節によって数が変わる。


 餌がいる。


 世話をする人がいる。


 運べば割れる。


 保存できる時間にも限りがある。



 そんなことは知っていた。



 前世で大人として生きていたのだから、当然だ。



 だが。



 この土地で何羽飼われ。


 何を食べ。


 どれほど産み。


 どのように市場まで届いているのか。



 その数字までは知らない。



 知識だけでは埋められない。



 ここへ来て。


 聞いて。


 見なければ分からないことだった。



「ハンスさん。」


「はい。」


「もっと増やせる?」


「鶏を、でございますか?」


「うん。例えば、今の倍くらい。」


「……。」



 ハンスが鶏小屋を見る。



「できないことはございません。」


「小屋を広げ、餌を増やし、手を掛ければ。もっと多く飼うことはできます。」


「そっか。」



 ココアは小屋を見る。



 三十二羽。



 設備。


 飼料。


 人手。



 条件を整えれば、増やすこと自体はできる。



 だが。



「ですが、お嬢様。」


「なに?」


「増やして、どうするのでございますか?」


「……。」



 ココアの視線がハンスへ戻った。



「卵を増やしても、今より多く売れるとは限りません。」


「うん。」


「今の数でしたら、家で食べる分もございます。余った分も、だいたいは売れております。」


「……。」


「ですが倍に増やせば、小屋を広げねばなりません。餌も増えます。世話にも手が掛かります。」


「病気になれば、まとめて駄目になることもございます。」


「そこまでして卵を増やしても。」


「買ってくださる方が増えなければ、余るだけでございます。」



「……。」



 ココアは黙った。



 言われていることは分かる。



 生産量を増やせば。


 設備費。


 飼料費。


 人件費。


 維持費。


 そして、疾病による損失の可能性も増える。



 当然だ。



 その理屈を知らなかったわけではない。



 ただ。



 前世の感覚が、どこかに残っていた。



 卵は大量に生産され。


 大量に運ばれ。


 店には当たり前のように並んでいた。



 必要になれば。


 必要な量を供給する仕組みが、すでに存在していた。



 けれど。



 ここには。


 まだ、その仕組みそのものが必要とされていない。



「……先生。」


「はい。」



 ココアがセバスを見る。



「作れないんじゃない。」


「……。」


「作る理由がなかったんだ。」



 セバスが静かに頷いた。



「左様でございます。」


「必要とされる以上に作りましても、売れなければ生産者の負担となります。」



「うん。」



 ココアは、もう一度三十二羽の鶏を見る。



 前世と比べれば。


 少ない。



 けれど。



 ハンスにとっては。


 今の暮らしと需要に合った数なのだ。



     ◇



「ハンスさん。」


「はい。」


「卵って、みんな何に使うの?」


「料理、ということでございますか?」


「うん。」


「焼いたり、茹でたり。スープへ入れることもございます。パンにも使いますな。」


「お菓子は?」


「使うものもございますが……砂糖も高うございますから。私どもが頻繁に食べるものではございません。」


「そっか。」



 ココアは考える。



 前世では。


 卵そのものを食べるだけではなかった。



 菓子。


 パン。


 麺。


 加工食品。


 調味料。



 家庭だけではない。



 飲食店。


 食品工場。



 大量に卵を使う場所があった。



 大量に使う者がいる。



 だから。


 大量に作る者がいる。



 需要と供給。



 言葉にすれば、それだけのことだ。



「……。」



 ココアは、持ってきた籠を見る。



「ハンスさん。」


「はい。」


「これ、食べてみる?」


「何でございますか?」



 ヒルダが籠から小さな容器を取り出す。


 そして、布に包んでいた茹でた芋。



「昨日作ったの。」


「料理を?」


「調味料。」


「ちょうみりょう……。」


「これ。」



 蓋を開ける。



 淡い黄色の、


 とろりとしたもの。



「これは……?」


「マヨネーズ。」


「まよねえず?」


「うん。卵と油とお酢とかで作ったの。」


「卵から?」


「そう。」



 ココアが芋へ少量付ける。



「どうぞ。」


「……。」



 ハンスは少し躊躇してから受け取った。



 一口。



「……。」



 噛む。



「……。」



「どう?」


「これは……随分と濃い味でございますな。」


「嫌い?」


「いえ。」



 ハンスが、もう一つ芋を取った。



 今度は自分で付ける。



 一口。



「……うまい。」



 はっきり言った。



 ココアの顔が明るくなる。



「ほんと?」


「ええ。これは芋に合いますな。」


「料理長も言ってた。」


「これを売られるので?」


「まだ分からない。」


「そうなのですか?」


「うん。」



 ココアは容器を見る。



「作れることは分かった。」


「料理長が美味しくもしてくれた。」


「でも。」


「まずは少しだけ売る。」


「……少しだけ?」


「うん。」



 ココアはハンスを見る。



「美味しいと思う人と。」


「お金を出してまで欲しい人は。」


「同じとは限らないから。」



「……。」



 ハンスが、少し驚いた顔をする。



「高ければ買わないかもしれない。」


「一度は珍しくて買っても。」


「二度目はいらないかもしれない。」



「だから。」


「最初は少量だけ作って。」


「本当にどのくらい欲しい人がいるのか。」


「確かめてみる。」



 ココアは、鶏小屋へ視線を向けた。



「売れると思って。」


「先に鶏をいっぱい増やしてもらって。」


「やっぱり要りません、じゃ困るでしょ?」


「……それは。」


「困りますな。」


「でしょ?」



 ハンスが笑った。



「五歳のお嬢様に、商売を教えられるとは思いませんでした。」


「先生に教わったの。」


「ココア様。」


「なに?」


「私だけの手柄になさらないでくださいませ。」


「違うの?」


「教えたことを実際に確かめに来たのは、ココア様でございましょう。」


「……そっか。」



 少し考えて。



 ココアは頷いた。



「じゃあ半分。」


「何の取り分でございますか。」


「先生の手柄。」


「結構でございます。」



 ハンスが笑う。



 ヒルダも、口元を緩めた。



「それで。」



 ココアが続ける。



「もしマヨネーズが売れて。」


「今より卵が必要になったら。」


「ハンスさんから買ってもいい?」


「……。」



 ハンスが目を瞬かせる。



「もちろんでございます。」


「ほんと?」


「ええ。」


「今より必要になるのであれば。」


「その時はこちらも考えましょう。」


「鶏を増やす?」


「売れるのであれば。」



 ココアが笑った。



「じゃあ、その時はお願い。」


「こちらこそ。」



     ◇



 帰る前。



 ココアは、もう一度鶏小屋を見せてもらった。



 木の小屋。


 餌場。


 水。


 藁。


 卵を産む場所。



 特別な設備はない。



 何世代も。



 この土地の農家が。


 自分たちに必要な数を飼い。


 余った卵を売ってきた。



「お嬢様。」


「なに?」



 ハンスが、小屋の入口へ手を掛ける。



「もし本当に。」


「卵が今より売れるようになりましたら。」


「うん。」


「この小屋では足りなくなりますな。」



 ココアが小屋を見る。



「大きくする?」


「その時は。」



 ハンスが笑う。



「考えねばなりませんな。」


「……うん。」



 それでいい。



 今。


 小屋を大きくする必要はない。



 何羽増やすかを決める必要もない。



 必要になった時に。


 必要な量を見て。


 費用も。


 人手も。


 飼料も。



 その時に考えればいい。



「じゃあ。」


「また来てもいい?」


「もちろんでございます。」


「次は、もう少し詳しく聞きたい。」


「もう少し、でございますか?」


「餌の量とか。」


「季節ごとの卵の数とか。」


「病気とか。」


「あと――」


「ココア様。」



 セバスが止めた。



「なに?」


「次回にいたしましょう。」


「まだあるよ?」


「存じております。」



 セバスが、ハンスを見る。



「ハンス殿。」


「はい。」


「慣れてくださいませ。」


「先生。」


「はい。」


「どういう意味?」


「そのままの意味でございます。」



 ヒルダが、小さく笑った。



     ◇



 帰りの馬車。



 ココアは、膝の上に紙を広げていた。



 三十二羽。



 一日十五から二十個。



 冬は減少。



 餌。



 運搬。



 販売方法。



 そして。



『需要が増えたら増産を検討』



 その下に書き足す。



『最初は少量』


『売れ方を見る』


『必要になってから増やす』



「先生。」


「はい。」


「卵は。」


「少量なら、今ある流れで足りそう。」


「現時点では。」


「うん。」



 そこは間違えない。



 いきなり新しい養鶏場を作る必要はない。



 まず。


 今ある卵を使う。



 売れる。



 需要が続く。



 さらに必要になる。



 そこまで確認できてから。


 増産を考える。



「じゃあ次は――」



 ココアの手が止まった。



「……。」



 紙を見る。



 卵。



 油。



 酢。



 塩。



 作り方。



 需要。



 そして。



 食品。



「……先生。」


「はい。」


「保存。」


「はい?」



 ココアは紙へ視線を落とした。



「マヨネーズを売るなら。」


「どのくらい安全に置いておけるか。」


「確認しないと駄目だよね。」


「左様でございますな。」



「……。」



 前世なら。



 店で売られているマヨネーズには。



 すでに。



 安全に流通させるための条件が整えられていた。



 原料。



 製造工程。



 衛生管理。



 酸度。



 容器。



 保存。



 輸送。



 それぞれに。


 管理する仕組みがあった。



 消費者だった自分は。



 その完成した商品を。


 店で手に取ればよかった。



 けれど。



 この世界では違う。



 同じ材料で。


 似た味のものを作れたからといって。



 前世の商品と。


 同じように扱えるわけではない。



 冷蔵設備も。



 衛生環境も。



 容器も。



 流通に掛かる時間も。



 前世とは違う。



「……まだ売れない。」


「左様でございますな。」



 ココアは紙へ。



 大きく。



『保存』



 と書いた。



 作れる。



 材料もある。



 少量なら継続して作れる。



 買ってくれる人がいる可能性もある。



 けれど。



 食べ物は。



 作って終わりではない。



「先生。」


「はい。」


「帰ったら料理長に聞いてみる。」


「何をでございますか?」


「この世界で。」


「傷みやすい食べ物を。」


「どう扱ってるのか。」



 前世の方法を考えるのは。


 その後だ。



 まず。



 この世界に。



 すでに何があるのかを知る。



「承知いたしました。」



 ココアは紙を閉じた。



 今日。



 分かったことがある。



 前世より小規模だから。



 遅れているわけではない。



 今の需要に対して。



 今の仕組みで足りていた。



 だから。



 大きくする理由がなかった。



 なら。



 自分が新しい需要を生み出せば。



 必要なものも。



 少しずつ変わっていくかもしれない。



 卵を作る人。



 運ぶ人。



 料理を作る人。



 売る人。



 そして。



 食べる人。



 マヨネーズ一つを作るだけでも。



 いくつもの仕事が繋がっている。



「……。」



 ココアは。



 窓の外を流れる畑を見つめた。



 前世で研究していたのは。



 原子と原子の結合だった。



 けれど。



 この世界には。



 目には見えない。



 別の結び付きもある。



 それを。



 少しずつ。



 知り始めていた。

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