↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/31

第17話 混ざり合うもの


 二年が経った。



     ◇



「先生。」


「はい。」


「増えた?」


「何がでございますか?」


「研究費。」


「……。」



 セバスは、


 手元の帳簿から顔を上げた。



 その顔には、


 もうすっかり見慣れた眼鏡が掛かっている。



「ココア様。」


「はい。」


「昨日も同じことをお尋ねになりましたな。」


「昨日から売れてるかもしれないでしょ?」


「売れてはおります。」


「じゃあ増えた?」


「昨日と今日で。」


「ココア様が期待されているほどの変化はございません。」


「そっか……。」



 ココアは、


 少し残念そうに椅子へ座り直した。



 五歳になった。



 二年前より、


 身体はずっと大きくなった。



 それでも。


 椅子へ座れば、


 まだ足は床へ届かない。



 二年前。



 ヒルダの傷を見るために作った、


 一枚のガラス。



 それは今。



 眼鏡と拡大鏡という、


 二つの商品になっていた。



 眼鏡は、


 近くの文字が見づらくなった者たちへ。



 拡大鏡は、


 医師。


 薬師。


 宝石職人。


 細かな加工を行う職人へ。



 少しずつ。


 使う者が増えている。



 製造方法も、


 あの頃よりずっと整えられた。



 見本となるガラス。



 決められた規格。



 製造工程の記録。



 検査方法。



 最初に考えた仕組みを。


 ガレスたち職人と。


 セバスが。



 二年を掛けて、


 この世界で使える形へ育ててくれた。



 そして。



 そこから生まれた利益の一部は、


 今もココアの取り分として積み立てられている。



 もちろん。



 それを管理しているのは。



「先生。」


「はい。」


「帳簿見せて。」


「授業の後です。」


「ちょっとだけ。」


「授業の後です。」


「……むぅ。」



 セバスだった。



「では。」


「本日の授業を始めましょう。」


「はーい。」


「その前に。」


「?」



 セバスが、


 眼鏡越しにココアを見る。



「そこまで研究費を増やしたいのであれば。」


「次は何をなさるおつもりですか?」


「何か作る。」


「何を?」


「……。」



 ココアが止まった。



「それを考えてる。」


「なるほど。」


「……。」


「……。」



 セバスは、


 それ以上何も言わない。



 ココアは眉を寄せた。



 二年前の眼鏡。



 最初から、


 売るために作ったものではなかった。



 ヒルダの傷を見たかった。



 セバスが、


 近くの文字を見づらそうにしていた。



 必要が先にあった。



 だから。


 作った。



 そして。



 同じように必要としている者が、


 他にもいた。



「……先生。」


「はい。」


「街に行きたい。」


「街へ?」


「うん。」



 ココアは、


 窓の外を見る。



「この街の暮らしを。」


「ちゃんと見に行きたい。」


「ほう。」


「何を作ってるのか。」


「何を使ってるのか。」


「何を売ってるのか。」


「私。」


「知ってるつもりで。」


「ちゃんとは知らないから。」



 前世の社会なら知っている。



 研究者として働き。


 金を稼ぎ。


 商品を買い。


 社会の中で暮らしていた。



 けれど。



 ここは違う。



 この世界で。


 何が当たり前で。


 何が当たり前ではないのか。



 そこまでは。



 まだ知らない。



「自分で見たい。」


「良いお考えでございます。」



 セバスの口元が、


 僅かに緩む。



「行っていい?」


「もちろんでございます。」


「ほんと?」


「ええ。」



 セバスは、


 眼鏡を押し上げた。



「ココア様も。」


「もう五歳でございますから。」


「……もう?」


「まだ五歳、と申し上げた方がよろしいですかな。」


「もう五歳!」


「では。」


「本日はそういうことにしておきましょう。」


「本日は?」


「ココア様の都合によって。」


「五歳が大人になったり子供になったりいたしますので。」


「先生だってするでしょ。」


「さて。」


「ずるい。」



 その時。



「ふふ。」



 後ろから、


 小さな笑い声が聞こえた。



「ヒルダ?」


「はい。」


「いつからいたの?」


「最初からでございます。」


「……。」



 ココアが、


 セバスを見る。



「知ってた?」


「もちろんでございます。」


「教えてよ。」


「聞かれませんでしたので。」


「むぅ。」



 ヒルダが、


 また僅かに笑った。



     ◇



 アルヴェイン領の領都。



 五歳になったココアが、


 初めて街を歩くわけではない。



 父と出掛けたこともある。



 眼鏡を作るようになってからは、


 工房へ何度も足を運んだ。



 けれど。



 今日の目的は、


 今までとは違う。



 何かを作りに来たのではない。



 街そのものを見る。



 馬車を降りる。



 その瞬間。



 ココアの姿勢が変わった。



 背筋を伸ばす。



 歩幅を整える。



 ここでは。



 自分の振る舞いもまた、


 アルヴェイン伯爵家のものとして見られる。



 ヒルダから、


 何度も教えられたことだった。



「参りましょう。」


「はい。」


「お供いたします。」



 三人が、


 街へ入る。



 すると。



「おや。」



 早速、


 声が掛かった。



「お嬢じゃないですかい。」



「あ。」



 木工場の前。



 見覚えのある職人が、


 手を止めてこちらを見ている。



「こんにちは。」


「今日はガレスんとこですか?」


「今日は違うの。」


「街を見に来た。」


「街を?」


「うん。」


「勉強。」


「へえ。」



 職人が笑った。



「五歳で街の勉強ですかい。」


「もう五歳だよ。」


「こりゃ失礼。」



 隣の工房からも、


 別の男が顔を出す。



「お嬢!」


「眼鏡。」


「親父がえらく気に入ってますよ!」


「ほんと?」


「帳面読むのが楽になったって。」


「痛くないって?」


「何も言ってませんな。」


「壊れてない?」


「まだ大丈夫です。」


「まだ?」


「言い方ですって。」


「何かあったらガレスさんに言ってね。」


「あいよ。」



 職人たちは、


 気軽に手を振る。



 二年前とは、


 少し違う。



 最初は。



 伯爵家の令嬢。



 それだけだった。



 けれど。



 何度も工房へ行き。


 失敗し。


 一緒に考え。


 また作った。



 いつの間にか。



 彼らにとってココアは。



 伯爵家の令嬢であると同時に。



『お嬢』



 になっていた。



「ココア様。」


「なに?」


「随分と顔を覚えられましたな。」


「そう?」


「ご本人だけが。」


「あまりお気付きでないようですが。」


「工房いっぱい行ったから。」


「左様でございますね。」


「先生も有名だよ。」


「私は結構でございます。」


「眼鏡の先生。」


「なおさら結構でございます。」



     ◇



 ココアは、


 街を歩いた。



 パン屋。



 鍛冶場。



 染色工房。



 革工房。



 陶器。



 木工。



 前世にもあったもの。



 前世とは違うもの。



 そして。



 魔法が使われているもの。



「先生。」


「はい。」


「あそこ。」


「染色工房でございます。」


「何で染めてるの?」


「植物や鉱物など。」


「様々でございます。」


「温度は?」


「そこまでは存じません。」


「時間は?」


「職人へ伺わなければ。」


「使う水は?」


「水?」


「場所によって違わない?」


「……。」


「染料と布の割合は?」


「ココア様。」


「なに?」


「一つずつにいたしましょう。」


「でも。」


「全部気になる。」


「今日は。」


「街すべてを研究する日ではございません。」


「……。」


「一日では終わりませんよ。」


「じゃあ明日も。」


「そういう意味ではございません。」


「むぅ。」



 後ろで。



 ヒルダが笑いを堪えていた。



「ヒルダ。」


「はい。」


「笑った?」


「いいえ。」


「絶対笑った。」


「気のせいでございます。」



 ココアは、


 少し頬を膨らませる。



 けれど。



 すぐに視線を工房へ戻した。



 知らない。



 だから面白い。



 前世の知識があるからこそ。



 違うところも、


 よく見える。



 同じ材料があるからといって。


 同じ製法とは限らない。



 同じ目的でも。


 魔法を使うこともある。



 まず。



 この世界では、


 どうしているのか。



 それを知らなければならない。



     ◇



 市場へ入った。



 野菜。



 果物。



 穀物。



 肉。



 魚。



 乳製品。



 香辛料。



 加工食品。



 店と店の間を歩きながら。



 ココアは、


 一つずつ見ていく。



 その時。



「卵。」



 足が止まった。



 籠の中に、


 いくつもの卵が並んでいる。



「この辺りの?」


「へえ、お嬢。」



 店主が答える。



「領都の近くの村からです。」


「そうなんだ。」



 ココアは、


 卵を見る。



 次の店。



 瓶に入った、


 黄色みのある液体。



「菜種油?」


「よくご存じで。」


「これも近くで?」


「一部は南の村から。」


「足りない分は外から仕入れてますな。」


「ふーん……。」



 さらに歩く。



 今度は。



 鼻へ、


 つんとした酸味のある匂いが届いた。



「お酢。」


「こちらは領都の醸造所でございます。」



 セバスが言う。



「……。」



 ココアの足が止まった。



 卵。



 油。



 酢。



 そして。



 塩。



「……全部ある。」



「何がでございますか?」



 セバスが、


 ココアの横顔を見る。



「材料。」


「何の?」



 ココアは、


 すぐには答えなかった。



 頭の中で。



 前世の記憶が繋がっていく。



 卵黄。



 油。



 酢。



 塩。



 油と水分は、


 そのままでは分かれる。



 けれど。



 卵黄に含まれる成分が、


 その間へ入る。



 乳化。



 そして。



 その仕組みを利用した、


 よく知る調味料。



「……。」



 ココアの口元が、


 少しずつ緩んだ。



「ココア様。」


「なに?」


「そのお顔は。」


「何?」


「何か思いつかれましたな。」


「……なんで分かったの?」


「二年間。」


「ココア様の教育係をしておりますので。」


「またそれ。」


「便利でございます。」


「先生、ずるい。」



 ヒルダも、


 ココアを見る。



「何をお作りになるのでございますか?」


「まだ。」


「作れるか確認してない。」


「珍しいことを仰いますね。」


「ヒルダまで。」



 ココアは、


 もう一度材料を見る。



 知識はある。



 原理も知っている。



 でも。



 この世界の卵。



 この世界の油。



 この世界の酢。



 味も違えば。



 性質も、


 完全に同じとは限らない。



 そして。



 何より。



 ココアは、


 料理人ではない。



「料理長に相談する。」


「料理長に?」


「うん。」



 ココアは、


 セバスを見る。



「先生。」


「はい。」


「卵と油とお酢。」


「買っていい?」


「用途は?」


「試作。」


「食品の?」


「うん。」


「でしたら。」


「問題ございません。」


「ありがとう。」



     ◇



 その日の午後。



 伯爵邸の厨房。



 作業台の上には。



 卵。



 菜種油。



 酢。



 塩。



 そして。



 料理長。



 セバス。



 ヒルダ。



 ココア。



「では。」



 料理長が、


 材料を見る。



「改めて伺います。」


「こちらで。」


「何をお作りになるのでございますか?」


「マヨネーズ。」


「……まよ?」


「マヨネーズ。」


「料理でございますか?」


「調味料。」


「ほう……。」



 料理長が、


 材料へ目を落とす。



「どのようなものなので?」


「卵黄と油とお酢を使う。」


「混ぜるのでございますか?」


「うん。」


「油と酢を?」


「そう。」


「……分かれると思いますが。」


「そのままならね。」



 ココアの目が、


 材料へ向く。



「でも。」


「卵黄が間に入れば。」


「混ざった状態を保てる。」


「卵黄が?」


「うん。」



 料理長は、


 卵を見る。



「そのような働きがあるのでございますか。」


「あるよ。」



 乳化。



 ココアにとっては、


 既知の現象だった。



 けれど。



「料理長。」


「はい。」


「私が分かるのは。」


「原理と。」


「だいたいの作り方。」


「はい。」


「美味しくするのは。」


「料理長にお願いしたい。」


「……私が?」


「うん。」



 ココアは、


 並んだ材料を見る。



「油の種類。」


「お酢の量。」


「塩。」


「味は。」


「料理長の方が分かるでしょ?」


「……なるほど。」



 料理長の顔が変わった。



 初めて聞く調味料を、


 ただ作らされる顔ではない。



 料理人の顔になった。



「承知いたしました。」


「まずは。」


「少量で試しましょう。」


「うん!」



 料理長が卵を手に取る。



 コン。



 殻を割り。



 卵黄と白身を分ける。



 器へ卵黄。



 酢。



 塩。



「ここから混ぜる。」


「はい。」


「油は少しずつ。」


「一度にではなく?」


「うん。」


「混ぜながら。」


「ほんの少しずつ。」



 料理長が、


 泡立て器を手に取る。



「では。」


「私が混ぜましょう。」


「お願い。」


「油は――」


「私が。」



 ヒルダが、


 一歩前へ出た。



「……。」



 料理長が止まる。



 セバスも止まる。



 ココアも止まった。



「何でしょう。」



 ヒルダが、


 三人を見る。



「ヒルダ。」


「はい。」


「油だよ?」


「承知しております。」


「少しずつだよ?」


「承知しております。」


「本当に。」


「ちょっとずつ。」


「ココア様。」



 ヒルダの眉が、


 僅かに動いた。



「私は。」


「油を注ぐことすらできないと。」


「そうお考えなのでございますか?」


「……。」



 ココアは。



 料理長を見る。



 料理長が、


 すっと目を逸らした。



 セバスを見る。



 眼鏡を押し上げた。



「先生。」


「私に判断を求めないでください。」


「なぜです。」



 ヒルダの声が、


 少し低くなる。



「いえ。」


「ヒルダ。」


「はい。」


「お願い。」


「お任せください。」



 ヒルダが、


 油の入った器を手に取った。



 その持ち方は。



 剣を持っている時より。



 なぜか。



 少しだけ不安だった。



「……ヒルダ。」


「何でしょう。」


「ゆっくりね。」


「承知しております。」


「少しだけ。」


「承知しております。」


「一気に入れたら――」


「ココア様。」


「はい。」


「信用してくださいませ。」


「……はい。」



 料理長が、


 泡立て器を動かし始める。



「では。」


「ヒルダ殿。」


「はい。」



 器が傾く。



 細い筋となって。



 油が落ちた。



「……。」



 ココアが見つめる。



「……ちゃんとできてる。」


「油を注いでいるだけでございます。」


「うん。」


「なぜ驚かれるのでございますか。」


「ヒルダだから。」


「ココア様。」


「ごめんなさい。」



 料理長の肩が、


 僅かに震えた。



「料理長。」


「混ぜております。」


「まだ何も言ってない。」


「失礼いたしました。」



 油が加わる。



 混ぜる。



 また少し。



 混ぜる。



 ココアは、


 器の中へ意識を集中した。



 視界が変わる。



 元素。



 結合。



 物質の境目。



「……。」



 油は。


 水分と直接結び付いているわけではない。



 新しい物質へ、


 変わっているわけでもない。



 それでも。



 細かく散った油の周囲へ。



 卵黄に含まれる成分が、


 集まっている。



 油と水分。



 本来なら、


 離れていく二つのもの。



 その境目へ。



 間に入るものがいる。



「……面白い。」



 声が漏れた。



「ココア様?」


「そのまま。」


「はい。」



 ヒルダが、


 少しずつ油を加える。



 料理長が、


 混ぜ続ける。



「……。」



 知っていた。



 乳化という言葉も。



 その仕組みも。



 前世で学んでいる。



 けれど。



 エレメントサイトを通して。



 実際にその状態を見るのは、


 初めてだった。



「結合してないのに……。」



「何がでございますか?」



 ヒルダが尋ねる。



「油と水。」


「はい。」


「一つになったわけじゃない。」


「でも。」


「間に入ってるものが。」


「離れるのを邪魔してる。」


「……。」



 ヒルダには、


 よく分からない。



 それでも。



 ココアが何かを見ていることだけは、


 もう知っていた。



「面白い……。」



「ココア様。」


「なに?」


「お顔が近うございます。」


「もうちょっと。」


「なりません。」


「見るだけ。」


「先ほどから十分ご覧になっております。」


「でも。」


「入りません。」


「入らないよ。」


「入りそうでございます。」


「むぅ。」



 料理長が、


 ついに笑った。



「料理長。」


「申し訳ございません。」


「絶対反省してない。」


「滅相もございません。」



 その間にも。



 器の中は、


 変わり続ける。



 さらりとしていたものが。



 徐々に。



 白っぽく。



 とろりと。



 粘りを持ち始めた。



「……これは。」



 料理長が、


 泡立て器を持ち上げる。



 ゆっくり。



 中身が落ちる。



「確かに。」


「分かれておりませんな。」



「できた?」



 ココアが、


 器を覗き込む。



「形としては。」


「出来ております。」


「味見しよう。」



 料理長が、


 少量を匙へ取った。



 口へ。



「……。」



 ココア。



 ヒルダ。



 セバス。



 三人が、


 じっと見る。



「どう?」


「……酸味が。」


「強い?」


「少々。」


「じゃあ酢を減らす?」


「いえ。」



 料理長は、


 もう一度味を見る。



「油との割合も変えてみたいですな。」


「塩も。」


「それと。」


「油そのものの味も。」


「……!」



 ココアの顔が、


 ぱっと明るくなる。



「料理長。」


「はい。」


「楽しくなってきた?」


「……。」



 料理長は、


 器を見る。



 そして。



 僅かに笑った。



「少々。」


「やった。」



 ココアも笑う。



「じゃあ。」


「条件を変えて試そう。」


「全部一度に変えないで。」


「一つずつ。」


「記録も取る。」


「承知いたしました。」



 料理長が、


 新しい器を用意する。



「ヒルダ。」


「はい。」


「次も油お願い。」


「お任せください。」



 料理長が、


 ヒルダを見る。



「ヒルダ殿。」


「何でしょう。」


「油を注ぐ才能は。」


「おありのようです。」


「……褒めておりますか?」


「もちろんでございます。」


「料理長。」


「はい。」


「後ほど。」


「なぜです!?」



 厨房に。



 ココアの笑い声が響いた。



     ◇



 一回目。



 酸味が強い。



 二回目。



 油が多い。



 三回目。



 塩を調整。



 四回目。



「……。」



 料理長が、


 小さな匙で味を見る。



「どう?」



 ココアが尋ねる。



 料理長は、


 すぐには答えなかった。



 もう一度。



 少量。



「料理長?」


「ココア様。」


「なに?」


「茹でた野菜を。」


「野菜?」


「はい。」


「こちらなら。」


「よく合う気がいたします。」



「うん!」



 用意されたのは。



 茹でた芋。



 人参。



 葉物野菜。



 料理長が、


 芋へ少量のマヨネーズを付ける。



 一口。



「……。」



「どう?」



 料理長が、


 目を細める。



「これは。」


「良いですな。」


「ほんと?」


「ええ。」



 今度は人参。



「こちらも。」


「葉物は?」


「試しましょう。」



 一つ。



 また一つ。



 組み合わせを変えていく。



 料理長の動きが、


 少しずつ速くなる。



「……。」



 ココアは、


 その様子を楽しそうに見ていた。



 原理を知っているのは。



 自分。



 でも。



 料理を知っているのは。



 料理長だ。



 自分一人で、


 全部できる必要はない。



「ココア様。」


「なに?」


「こちらを。」



 料理長が、


 茹でた人参へ。



 少量のマヨネーズを添える。



 ココアが、


 口へ運んだ。



「……!」



 酸味。



 油のコク。



 卵黄の濃さ。



 そして。



 野菜の甘み。



「おいしい。」



 自然と。


 笑った。



「前に知ってたものと。」


「少し違うけど。」


「ちゃんと美味しい。」



「前に?」


「……。」



 ココアが止まる。



「前に。」


「考えてた味。」


「なるほど。」



 料理長は、


 特に気にした様子もなく頷いた。



 その後ろで。



 セバスだけが。



 一瞬。



 ココアを見た。



 けれど。



 何も言わなかった。



     ◇



 その日の夕食。



 伯爵は。



 野菜の横へ添えられた、


 見慣れないものを見ていた。



「これは何だ。」


「マヨネーズ!」


「まよ……ねーず。」


「うん。」


「野菜につけて食べてみて。」



 伯爵が、


 少量を付ける。



 口へ。



「……。」



 ココアが、


 じっと見る。



「どう?」


「悪くない。」


「ほんと?」


「ああ。」



 今度は、


 別の野菜。



「こちらにも合う。」


「でしょ?」



 ココアの顔が、


 得意げになる。



「ココア様。」


「なに?」



 ヒルダが、


 静かに声を掛けた。



「何か。」


「お忘れではございませんか?」


「……?」



 ココアが考える。



「あ。」



 ヒルダを見る。



「ヒルダも作った!」


「油を注いだだけでございます。」



 料理長が言った。



「料理長。」


「はい。」


「後ほど。」


「先ほども伺いました。」



 伯爵が、


 二人を見る。



「何があった。」


「何もございません。」


「ございました。」


「どちらだ。」



 セバスが、


 静かに眼鏡を押し上げた。



「伯爵様。」


「なんだ。」


「お味だけを。」


「お楽しみになられるのがよろしいかと。」


「……そうしよう。」



 ココアは笑った。



 前世では。



 当たり前のように、


 食卓にあったもの。



 その知識と。



 この土地にある材料。



 そして。



 この世界の料理人の技術。



 それらが合わさって。



 一つの味になった。



「料理長。」


「はい。」


「明日も作ろう。」


「もちろんでございます。」


「もっと美味しくできる?」


「できます。」



 料理長は。



 少しも迷わなかった。



「ここからは。」


「料理人の仕事でございます。」



「……うん!」



 ココアは。



 嬉しそうに頷いた。



 その夜は。



 ただ。



 作れたことが。



 嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。