↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/31

第13話 見えたもの

 カチッ。


 小さな音がした。


「……取れました。」


 医師の声に、


 ココアは止めていた息を吐いた。


 小さな皿の上。


 そこに、


 黒い欠片が置かれている。


「……。」


 小さい。


 昨日までなら。


 医師には見つけることさえ難しかったもの。


 けれど。


 木枠にはめたガラスを通せば、


 見ることができる。


「これが……。」


「ええ。」


 医師も、


 木枠越しに欠片を確認する。


「傷の奥に残っていた異物でしょう。」


「ヒルダは?」


「異物は取り除きました。」


 医師は、


 眠っているヒルダを見る。


「傷も改めて洗浄します。」


「じゃあ、治る?」


「……。」


 すぐには、


 答えてくれなかった。


「お医者様?」


「まだ分かりません。」


「……。」


「異物を取り除いたからといって、すぐに熱が下がるとは限りません。」


「今夜は様子を見ましょう。」


「……うん。」


 ココアは、


 ヒルダの手を握った。


 まだ熱い。


 自分にできることは、


 もうない。


 あとは。


 ヒルダの身体と。


 医師に任せるしかない。


「……。」


 待つしかない。


 前の世界でも。


 何度も経験した。


 実験結果を待つ時間。


 分析結果を待つ時間。


 けれど。


 こんなにも長く感じたことはなかった。


     ◇


 その夜。


 ココアは、


 何度も目を覚ました。


 一度目。


 ヒルダの部屋へ行こうとして、


 使用人に止められた。


 二度目。


 また廊下へ出た。


 そして。


 三度目。


「……先生。」


 扉を開けた先に、


 セバスがいた。


「お休みください。」


「でも。」


「医師が付いております。」


「……。」


「ココア様。」


 セバスが、


 静かに言った。


「今、ココア様にできることはございません。」


「……うん。」


 分かっている。


 だから。


 困る。


 調べることも。


 作ることも。


 試すこともできない。


 ただ待つ。


「……待つの、嫌い。」


「存じております。」


「先生も?」


「私は。」


 セバスが僅かに笑う。


「待たせるココア様の方が苦手でございます。」


「?」


「お休みください。」


「……はい。」


     ◇


 翌朝。


 目が覚めた。


 ココアは、


 布団を跳ね除けた。


 ベッドから降りる。


 扉へ走る。


 開ける。


「ココア様。」


「わっ!」


 セバスがいた。


「先生!?」


「おはようございます。」


「ヒルダ!」


「まずはお着替えを。」


「ヒルダは!?」


「お着替えを。」


「先生!」


「……。」


 セバスの口元が、


 僅かに緩んだ。


「熱は下がりました。」


「……。」


 ココアが止まった。


「ほんと?」


「ええ。」


「ほんとに?」


「はい。」


「……。」


 数秒。


「着替える!」


 ココアが部屋へ戻る。


「使用人を――」


「早く!」


「承知しております。」


     ◇


 ヒルダの部屋へ入る。


「お医者様!」


「おはようございます、ココア様。」


「ヒルダは?」


 医師は、


 診察を終えたところだった。


「もう大丈夫でしょう。」


「……。」


「熱は下がっています。」


「傷の腫れも、昨日より引いております。」


「このまま安静にしていれば、快方へ向かうでしょう。」


「ほんと?」


「はい。」


 ココアは、


 ベッドへ駆け寄った。


「ヒルダ。」


 手を握る。


「……。」


 熱くない。


 昨日とは違う。


 苦しそうだった呼吸も、


 穏やかになっている。


「……よかった。」


 力が抜けた。


 その場へ、


 ぺたんと座り込む。


「ココア様?」


「……よかったぁ。」


 本当に。


 それしか出てこなかった。


「……ココア様。」


「!」


 顔を上げる。


 ヒルダの目が、


 薄く開いていた。


「ヒルダ!」


「……お騒がせ、いたしました。」


「喋っちゃ駄目!」


「……。」


「寝てて!」


「……はい。」


 ヒルダが、


 僅かに笑った。


 その顔を見た瞬間。


 ココアの目の奥が、


 少しだけ熱くなった。


「……。」


 泣かない。


 もう大丈夫なのだから。


「ヒルダ。」


「はい。」


「治ったら。」


「……?」


「いっぱい怒っていいよ。」


「……。」


「危ないこともしたし。」


「……そう、でございますね。」


 ヒルダが、


 少しだけ笑った。


「覚悟しておいてくださいませ。」


「……少しだけにして。」


「考えておきます。」


「むぅ。」


 その返事が。


 いつものヒルダだった。


     ◇


「では。」


 医師が鞄を閉じた。


「薬はこれまで通りに。」


「傷の布は一日二度、交換してください。」


「承知いたしました。」


 セバスが答える。


「数日後、もう一度診察に参ります。」


「よろしくお願いいたします。」


「それと、セバス様。」


「はい。」


 医師が、


 一枚の紙を取り出した。


「今回の治療費でございます。」


「拝見いたします。」


 セバスが受け取る。


「……。」


 紙を離す。


 目を細める。


 少し近付ける。


 また離す。


「……。」


 ココアが、


 じっと見る。


「先生。」


「はい。」


「見づらい?」


「……何がでございますか?」


「文字。」


「問題ございません。」


「でも。」


 ココアは、


 セバスの手元を見る。


「離した。」


「……。」


「目も細くした。」


「ココア様。」


「なに?」


「人を観察するのは、おやめください。」


「なんで?」


「落ち着きません。」


「これ使って。」


 ココアは、


 机の上にあった木枠を取った。


「……。」


「はい。」


「それは存じておりますが。」


「いいから。」


「……。」


 セバスは、


 木枠を受け取った。


 ガラス越しに、


 治療費の書類を見る。


 位置を合わせる。


「……。」


 動きが止まった。


「どう?」


「……これは、随分と見やすい。」


 木枠を外す。


 書類を見る。


 もう一度、


 ガラス越しに見る。


「確かに。」


「でしょ?」


「ええ。」


 セバスは、


 そのまま内容を確認した。


「問題ございません。」


 羽根ペンを取る。


 さらさらと、


 署名する。


「こちらで。」


「ありがとうございます。」


 医師が書類を受け取った。


 ココアは、


 セバスから木枠を受け取る。


「それと。」


 医師へ向き直った。


「お医者様。」


「はい。」


「これ。」


 木枠を、


 両手で差し出す。


「差し上げます。」


「……こちらを?」


「はい。」


「よろしいのですか?」


「うん。」


 ココアは、


 眠っているヒルダを見る。


「昨日みたいに。」


「小さくて見えないものがあった時。」


「これがあれば、見えるかもしれないから。」


 もう一度、


 木枠を差し出す。


「これからは。」


「治療に役立ててください。」


「……。」


 医師は、


 木枠を見つめた。


 昨日。


 これがなければ。


 傷の奥にあった異物を、


 見つけることはできなかった。


「ありがとうございます。」


 両手で受け取る。


「大切に使わせていただきます。」


「うん。」


 ココアが笑った。


 昨日。


 ヒルダ一人のために作ったものが。


 これから。


 知らない誰かを助けるかもしれない。


 それは。


 少し嬉しかった。


     ◇


 医師を見送ったあと。


 ココアは、


 セバスの袖を引いた。


「先生。」


「はい。」


「昨日のお金。」


「ガラス工房の件でございますか?」


「うん。」


 ココアは、


 セバスの前へ立った。


「ありがとう。」


「……。」


「あと。」


 頭を下げる。


「勝手に先生が払うって言って、ごめんなさい。」


 セバスが、


 僅かに目を見開いた。


「人の命がかかってたから。」


「はい。」


「絶対に作ってほしかった。」


「ええ。」


「でも。」


 ココアは顔を上げる。


「先生のお金を、勝手に使っていい理由にはならないから。」


「……。」


 セバスは、


 しばらくココアを見つめた。


「ココア様。」


「はい。」


「代金は、私個人が支払ったわけではございません。」


「……え?」


「伯爵家の経費として処理いたしました。」


「……。」


 ココアが固まる。


「先生。」


「はい。」


「払ってないの?」


「払っておりません。」


「……。」


「……。」


「じゃあ。」


「はい。」


「私のお礼。」


「ありがたく頂戴いたします。」


「返して。」


「お断りいたします。」


「なんで!?」


「一度頂いたお礼を返すなど、失礼にあたりますので。」


「むぅ……。」


 セバスの口元が、


 僅かに緩んだ。


「ですが。」


「?」


「ご自身の行いを振り返り。」


「礼と謝罪を口になされたこと。」


 セバスは、


 静かに頭を下げた。


「教育係として、大変嬉しく思います。」


「……。」


「次からは。」


 顔を上げる。


「支払う者へ、先に確認してくださいませ。」


「はい。」


「特に。」


「?」


「どんどん作成してください、と仰る前に。」


「……はい。」


「よろしい。」


 セバスが頷く。


「……。」


 ココアも頷いた。


 そして。


 セバスを見る。


「先生。」


「はい。」


「近くの文字。」


「……。」


「前から見づらかった?」


 セバスの表情が、


 僅かに止まった。


「まあ。」


「以前よりは。」


「いつから?」


「さて。」


「本も?」


「……多少は。」


「ふーん。」


 ココアは、


 セバスの顔を見る。


 そして。


 さっきの姿を思い出す。


 書類を離す。


 目を細める。


 近くが見づらい。


 凸レンズを通すと、


 見やすくなる。


「……。」


 前世なら。


 珍しくもない。


 歳を重ねれば、


 近くへ焦点を合わせにくくなる。


 老眼。


 そして。


 それを補う道具も、


 ココアは知っている。


「先生。」


「はい。」


「眼鏡、作ろうか。」


「……めがね?」


「うん。」


「何でございますか、それは。」


「見えにくいものを。」


 ココアは、


 自分の目元を指差した。


「見えるようにするもの。」


「……。」


 セバスが、


 嫌な予感でもしたように目を細める。


「ココア様。」


「なに?」


「まさか。」


「はい。」


「またガラス工房へ行くと?」


「うん。」


「……。」


「先生。」


「はい。」


「今度は。」


 ココアは、


 にっこり笑った。


「先に、お金の相談したよ。」


「……。」


 セバスは。


 何も言い返せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。