第12話 見えないなら
「ガラスって。」
「削れる?」
ココアの問いに、
セバスは少し考えた。
「削ること自体は可能でございます。」
「ほんと?」
「ええ。」
ココアの顔が明るくなる。
「じゃあ、職人さんに――」
「ですが。」
セバスが続けた。
「何のために削るのでしょう。」
「見るため。」
「何を、でございますか?」
「小さいもの。」
ココアは丸い瓶を作業台へ置いた。
「この瓶の底から見ると、大きく見えるでしょ?」
「ええ。」
「でも、歪んでる。」
瓶を持ち上げる。
「だから。」
膨らんだ底を指でなぞった。
「ちゃんとした形にすれば、もっと見やすくできる。」
「……。」
料理長が瓶を見る。
次にセバスを見る。
「私には、さっぱりでございます。」
「ご安心ください。」
セバスはココアを見た。
「私も途中からでございます。」
「先生!」
セバスは僅かに笑った。
「職人へ相談してみましょう。」
「やった!」
◇
伯爵家が付き合いのあるガラス工房へ着くと、
扉の向こうから熱気が流れてきた。
職人たちが、
長い棒の先についた赤く光るガラスを扱っている。
「……。」
ココアの足が止まる。
溶けたガラス。
熱。
形を変えていく物質。
一歩。
前へ出かける。
「ココア様。」
「……はい。」
「お約束を。」
「覚えてます。」
ココアは足を戻した。
今日は研究に来たのではない。
ヒルダを助けるためだ。
奥から、
大柄な男が歩いてくる。
「これはセバス様。」
「突然申し訳ございません。」
「いえ。伯爵家にはいつもお世話になっております。」
男の視線がココアへ移る。
「伯爵家ご令嬢、ココア様でございます。」
ココアは姿勢を正した。
「初めまして。ココアと申します。」
「工房主のガレスでございます。」
挨拶を終えると、
ココアは瓶と一枚の紙を差し出した。
「お願いがございます。」
紙には、
中央が厚く、
端へ行くほど薄くなる形が描かれている。
「この形に、ガラスを削れますか?」
ガレスが紙を見る。
「両側を膨らませるので?」
「はい。」
「何に使うのでございますか?」
「小さいものを、大きく見るためです。」
「……大きく?」
ココアは瓶を指差した。
「この底から、指を見てください。」
ガレスが半信半疑で覗く。
「……おや。」
瓶を近付け、
離す。
「確かに少し大きく見えますな。」
「でも、これは瓶だから歪んでます。」
「だから。」
図を指差す。
「表面を滑らかにして。」
「左右の形を揃えてほしいんです。」
ガレスは、
瓶と図を交互に見た。
「形にすることはできます。」
「ほんと?」
「ただ。」
表情が少し険しくなる。
「これほど小さく削れば、研磨の際に割れるかもしれません。」
「何枚作れば成功するかも分かりません。」
「構いません。」
ココアは即答した。
「失敗しても料金は全てこのセバスが払いますので、どんどん作成してください。」
「はっ!?」
工房に、
セバスの声が響いた。
ガレスが目を丸くする。
ココアは静かにセバスを見上げた。
「人の命がかかっています。」
「何か問題でも?」
「……。」
セバスは止まった。
やがて。
姿勢を正す。
「いいえ。」
「失礼いたしました。」
「お願いします。」
「承知いたしました。」
◇
一枚目。
研磨の途中で割れた。
二枚目。
「……歪んでる。」
三枚目。
「もう少し。」
ガレスが、
削る角度を変える。
磨く。
ココアが覗く。
「……。」
指先が大きくなる。
だが、
まだ端が歪む。
「形が違うだけで、見え方が変わるのでしょうか。」
ガレスが尋ねた。
「うん。」
「なぜ?」
ココアの目が、
一瞬だけ輝いた。
「光が曲がるから。」
「光が?」
「空気からガラスへ。」
「ガラスから空気へ。」
「違うものの中へ進む時、光の向きが変わるの。」
ガレスは、
手にしたガラスを見る。
「……面白い。」
その言葉に、
ココアも少し笑った。
でも。
すぐに笑みを消す。
「……ヒルダ。」
ガレスが顔を上げた。
「急いでください。」
「承知しました。」
そこからは、
ガレス自身も形を変えながら試した。
削る。
磨く。
覗く。
また削る。
そして。
「これなら。」
一枚のガラスが、
小さな木枠へ収められた。
ココアが紙へ近付ける。
「……。」
文字が、
はっきり大きくなる。
「先生。」
「はい。」
「見て。」
セバスも覗く。
「……確かに。」
「これなら。」
ココアは、
木枠を握り締めた。
「帰ろう。」
◇
伯爵邸へ戻ると、
ココアは真っ先にヒルダの部屋へ向かった。
「先生!」
医師が振り返る。
「ココア様?」
「これ。」
木枠を差し出す。
「傷を見て。」
「こちらは?」
「小さいものを、大きく見るもの。」
「……。」
医師がセバスを見る。
「まず、お試しください。」
セバスが答えた。
医師は木枠を受け取り、
自分の指を見る。
「……!」
近付ける。
離す。
「これは……。」
「大きく見えるでしょ?」
「ええ。」
医師の顔つきが変わった。
ヒルダの横へ座る。
「少々失礼いたします。」
傷へ灯りを近付け、
木枠越しに覗く。
「……。」
角度を変える。
もう一度。
「……これは。」
ココアが息を止める。
「見えた?」
「……ええ。」
医師の声が低くなった。
「ございます。」
「ほんと?」
「非常に小さいですが。」
さらに確認する。
「傷の奥に。」
「異物がございます。」
ココアの胸が、
大きく鳴った。
「取れる?」
医師は、
すぐには答えなかった。
位置を見る。
深さを確かめる。
そして。
「この位置が正確に分かるのであれば。」
傍らの器具へ視線を向けた。
「取り除ける可能性はございます。」
「……。」
ココアは一歩下がった。
ここからは。
自分の仕事ではない。
「お願いします。」
医師が頷く。
そして。
器具へ手を伸ばした。




