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魔力0の伯爵令嬢、すいへーりーべーで領地開拓!〜研究費を稼いでいたら領地が発展しました〜  作者: 大福


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第9話 貴族と魔力

 火球が消えてから、


 ほんの数分後。


 伯爵邸は騒然としていた。


「ココア!」


 勢いよく扉が開く。


 部屋へ入ってきた伯爵は、


 真っ先に娘の姿を探した。


「お父様?」


「怪我はないか?」


「うん。」


「火傷は?」


「ないよ。」


 伯爵はココアの腕を見る。


 顔を見る。


 服にも目を走らせる。


 本当に怪我がないことを確認して、


 ようやく大きく息を吐いた。


「……よかった。」


 その後ろから、


 兄と魔法の指導役が入ってくる。


 兄の顔は、


 青ざめていた。


「……ココア。」


「お兄様。」


「ごめん。」


 いつもの元気な声ではなかった。


「僕……。」


「お前に当てるつもりなんてなかった。」


「うん。」


「でも……。」


 兄の手が、


 小さく震えている。


 ココアは、


 その手を見た。


 ついさっきまで、


 大きな火球を生み出していた手。


「怪我してないよ。」


「でも!」


 兄が顔を上げる。


「当たってたら、怪我じゃ済まなかったかもしれないだろ!」


「……。」


 ココアは黙った。


 さっき。


 ヒルダにも、


 同じようなことを言われた。


 結果として無事だった。


 だから大丈夫。


 そう考えていた。


 でも。


 それだけでは、


 駄目らしい。


「……ごめんなさい。」


「なんでココアが謝るんだよ。」


「逃げなかったから。」


「え?」


「近い方が、よく見えたから。」


「何が?」


「……。」


 ココアが止まる。


 ヒルダを見る。


「ココア様。」


「……なんでもない。」


「なんだよ、それ。」


 兄は、


 困ったような顔をした。


 その時。


「話は後だ。」


 伯爵の声が、


 部屋の空気を変えた。


 父親ではなく。


 伯爵家当主の顔で、


 魔法の指導役を見る。


「説明してもらおう。」


「はい。」


 指導役が、


 深く頭を下げた。


「すべて私の責任でございます。」


「責任の話は後だ。」


 伯爵の声は、


 静かだった。


「何が起きた。」


「……はい。」


 指導役が顔を上げる。


「坊ちゃまには、火球の維持と制御の訓練を行っていただいておりました。」


「当初は問題ございませんでした。」


「しかし、途中から魔力の供給量が増加し、火球が想定以上に膨張いたしました。」


「なぜ止めなかった。」


「すぐに魔力を弱めるよう指示いたしました。」


「ですが、制御を取り戻されるより早く、火球が手元を離れました。」


「そして、ココアの部屋へ飛んだ。」


「……はい。」


 伯爵の表情が険しくなる。


「今後。」


「屋敷へ向けた攻撃魔法の訓練は禁止する。」


「承知いたしました。」


「火球を扱わせる際は、防護役をつけろ。」


「はい。」


「訓練で扱う魔力量も見直せ。」


「かしこまりました。」


 伯爵は、


 兄を見る。


「お前もだ。」


「……はい。」


「大きな魔法を使えることと。」


「それを扱えることは違う。」


「はい……。」


「今日のことを忘れるな。」


 兄は唇を噛み、


 深く頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。」


「よし。」


 伯爵が頷く。


 だが。


 まだ、


 一つ残っていた。


「それで。」


 伯爵が指導役を見る。


「なぜ火球は消えた?」


「……。」


 部屋が静かになる。


 ココアの指先が、


 僅かに動いた。


「私にも。」


 指導役が慎重に答える。


「分かりません。」


「お前が消したのではないのか?」


「違います。」


 即答だった。


「火球が手元を離れた時点で、私は防御魔法へ移ろうとしておりました。」


「では、誰が?」


「……。」


 誰も答えない。


 伯爵が兄を見る。


「お前は、最後に何をした?」


「……止まれって。」


「何?」


「火球を見て。」


「止まれって思いました。」


「それだけか?」


「はい。」


 指導役の眉が、


 僅かに動いた。


「……可能性としては。」


「何だ。」


「坊ちゃまと火球を繋いでいた魔力が、完全には切れていなかったのかもしれません。」


「どういうことだ。」


「一度手元を離れた魔法へ再び干渉することは、通常であれば困難です。」


「ですが。」


 指導役は兄を見る。


「坊ちゃま自身が生み出した火球でございます。」


「わずかでも魔力の繋がりが残っていたのであれば。」


「止めたいという強い意志によって、無意識に供給を断った可能性はございます。」


「……僕が?」


 兄自身が、


 一番驚いていた。


「断言はできません。」


「ただ。」


「私が消したのではない。」


「他の者が魔法を使った様子もない。」


「現時点では、その可能性が最も高いかと。」


「……。」


 ココアは、


 黙って聞いていた。


 違う。


 お兄様じゃない。


 私が――。


「お父様。」


「何だ?」


「火を――」


 その瞬間。


 肩へ、


 そっと手が置かれた。


 振り返る。


 ヒルダだった。


「……。」


 何も言わない。


 ただ、


 静かにココアを見ている。


 約束。


 元素と結合が見えること。


 触れられること。


 まだ、


 分からないことが多すぎる。


 だから。


 秘密にする。


「……なんでもない。」


「そうか。」


 伯爵は、


 再び兄を見る。


「事故を起こしたことは、決して褒められん。」


「……はい。」


「お前の魔法で、妹が命を落としていた可能性もある。」


 兄の肩が、


 僅かに震える。


「今日の失敗は。」


「必ず覚えておけ。」


「はい。」


「だが。」


 伯爵の声が、


 少しだけ和らいだ。


「自分が生み出した魔法を、最後まで止めようとしたことまで否定するつもりはない。」


 兄が顔を上げる。


「もし本当に。」


「お前自身が火球を止めたのであれば。」


 伯爵は、


 まっすぐ息子を見る。


「その力は。」


「次こそ、人を守るために使え。」


「……はい!」


 兄が、


 強く頷いた。


 指導役も静かに頭を下げる。


「もし一度制御を失った術へ再干渉できたのであれば。」


「非常に稀有な資質でございます。」


「ただし。」


 指導役の表情が引き締まる。


「才があるからこそ。」


「制御を疎かにしてはなりません。」


「……はい。」


 兄は、


 自分の右手を見つめていた。


 自分でも、


 よく分かっていない。


 それでも。


 父親に認められたことが、


 少しだけ嬉しいらしい。


 ココアは、


 その横顔を見ていた。


 本当は違う。


 でも。


 不思議と、


 悔しくはなかった。


 褒めてもらうために、


 火を止めたわけではない。


 分からなかったことが、


 分かった。


 それだけで。


 ココアには十分だった。


     ◇


 翌日。


「先生!」


「おはようございます、ココア様。」


 部屋へ入ってきたセバスへ、


 ココアが一枚の紙を差し出した。


「今日はこれ!」


「……。」


 セバスは、


 紙を見る。


『どうして貴族は魔力が大切?』


「昨日の件でございますか。」


「うん。」


「お兄様が火を消したって言われたら。」


「お父様も先生も、少し嬉しそうだった。」


「なるほど。」


「大きな魔法を使えると、そんなにすごいの?」


「この国では、大きな意味を持ちます。」


「どうして?」


「……。」


 セバスは、


 少し考えた。


「では。」


 持ってきた教材を閉じる。


「本日は予定を変更いたしましょう。」


「やった!」


「喜ぶところなのでしょうか。」


「知らないこと教えてくれるんでしょ?」


「左様でございます。」


「じゃあ、嬉しい!」


「……なるほど。」


 セバスは小さく笑い、


 一冊の歴史書を取り出した。


     ◇


 机へ、


 古い王国の地図が広げられる。


「今から、およそ八百年前。」


「この国が建国された頃。」


「現在のように、人々が安心して暮らせる土地ばかりではございませんでした。」


「魔物?」


「それもございます。」


「他国との争い。」


「盗賊。」


「領地を巡る争い。」


「人々が生きるためには。」


「自分たちの土地を守る力が必要だったのでございます。」


 ココアは、


 紙へ書く。


『土地を守る』


「その中で。」


 セバスの指が、


 地図の一角へ触れる。


「強い魔力を持ち、多くの人々を守った者たちが現れました。」


「その功績に対し。」


「王は土地を与え。」


「そこに暮らす人々を治める権利を与えた。」


「それが。」


「現在の貴族の始まりの一つでございます。」


「……じゃあ。」


 ココアが顔を上げる。


「魔力が強かったから、貴族になったの?」


「それだけではございません。」


「王へ仕えた者。」


「政治や交易で功績を挙げた者。」


「様々でございます。」


「ですが。」


 セバスは、


 地図へ視線を戻す。


「この国の貴族と魔力が、深く結び付いていることは事実でございます。」


「……結び付いてる。」


 ココアが呟く。


 紙へ書く。


『強い魔力』


   ↓


『人を守る』


   ↓


『土地を任される』


   ↓


『貴族』


「でも。」


 羽根ペンが止まる。


「今も魔物と戦ってるの?」


「もちろん、その役目を担う貴族もおります。」


「じゃあ、お父様は?」


「伯爵様にも、領地と領民を守る責務がございます。」


「魔法で?」


「魔法だけではございません。」


「兵を整え。」


「領地を治め。」


「税を集め。」


「街道を維持し。」


「飢饉や災害へ備える。」


「それらすべてが、領主の務めでございます。」


「……。」


 ココアは、


 紙を見る。


「じゃあ。」


「はい。」


「魔力が強いだけじゃ、領主はできないよね?」


 セバスの目が、


 僅かに細くなった。


「その通りでございます。」


「だったら。」


「どうして今も魔力が大事なの?」


「……良い問いでございます。」


 セバスは、


 少し考えてから答える。


「長い歴史の中で。」


「強い魔力を持つ者が人々を守り。」


「その子孫が、土地を受け継いできました。」


「そして、魔力は。」


「親から子へ、受け継がれる傾向がございます。」


 ココアの羽根ペンが止まった。


「魔力って、遺伝するの?」


「いでん?」


「あ。」


 ココアが、


 口を閉じる。


「……親と似るってこと?」


「ええ。」


「必ずではございませんが。」


「魔力の強い家系からは、強い魔力を持つ子が生まれやすいとされています。」


「だから。」


「貴族の家では、子供の魔力量や属性が重視されるのでございます。」


「……。」


 ココアは、


 新しく書く。


『魔力――親と似ることがある』


「それって。」


「はい。」


「結婚する時も?」


 セバスが、


 僅かに目を瞬かせる。


「よくお気付きになりましたね。」


「家によっては。」


「相手の家格だけではなく、魔力量や属性を考慮する場合もございます。」


「好きじゃなくても?」


「……。」


 今度は、


 セバスが止まった。


「貴族の婚姻には。」


「本人たちの気持ちだけでは決められない事情もございます。」


「なんで?」


「家と家を結ぶものでもあるからです。」


「……家と家。」


 ココアは、


 紙へ書く。


『結婚――家と家を繋ぐ』


「変なの。」


「そうでございますか?」


「だって。」


 ココアは首を傾げる。


「結婚するのは家じゃなくて、人でしょ?」


「……。」


 セバスは、


 一瞬だけ黙った。


 そして。


「ココア様。」


「なに?」


「世の中には。」


「正しいかどうかとは別に。」


「長く続いてきたという理由で、残っているものもございます。」


「あ。」


 ココアの表情が変わる。


 以前、


 度量衡を学んだ時と同じだった。


「単位と同じ?」


「……よく覚えておられましたね。」


「便利でも、すぐ変えられない。」


「ええ。」


「人の社会も?」


「むしろ。」


 セバスは苦笑する。


「人の社会の方が、変えることは難しいかもしれません。」


「ふーん……。」


 ココアは、


 また紙へ書き込んだ。


『昔から続いている=正しい?』


 セバスは、


 その文字を見た。


 だが。


 何も言わなかった。


     ◇


「先生。」


「はい。」


「魔力が弱い貴族は?」


「……。」


 セバスは、


 少しだけ姿勢を正した。


「生きていけないわけではございません。」


「ですが。」


「家を継ぐ者としての評価。」


「婚姻。」


「王立学院での評価。」


「将来就ける役職。」


「様々な場面で、不利になる可能性はございます。」


「魔法が弱いから?」


「それだけではありません。」


「この国では。」


 セバスは、


 言葉を選ぶ。


「強い魔力を持つことそのものが。」


「貴族の価値の一つと考えられているのでございます。」


「……価値。」


 ココアが、


 その言葉を繰り返す。


「魔力が強いと、価値があるの?」


「少なくとも。」


「そう考える者は少なくございません。」


「じゃあ。」


「頭がいい人は?」


「もちろん評価されます。」


「剣が上手な人。」


「評価されるでしょう。」


「商売が上手な人。」


「領地を豊かにできる者であれば、大きな才能でございます。」


「じゃあ。」


 ココアは、


 ますます分からなくなった。


「魔力だけじゃないよね?」


「ええ。」


「なのに。」


「魔力が弱いと、駄目なの?」


「駄目なのではございません。」


 セバスは、


 はっきり答えた。


「ただ。」


「そう見る者がいる。」


「ということでございます。」


「……。」


 ココアは、


 しばらく紙を見つめていた。


 分からない。


 魔力が強くても、


 領地を治められるとは限らない。


 魔力が弱くても、


 別のことができるかもしれない。


 なのに。


 魔力の強さで、


 その人の価値まで決める人がいる。


「変なの。」


 ぽつりと、


 言葉が漏れた。


「そう思われますか。」


「うん。」


「できること、いっぱいあるのに。」


 セバスは、


 ココアを見つめる。


 そして。


 静かに微笑んだ。


「そのお考えは。」


「大切になさってください。」


「うん。」


     ◇


 ココアは、


 紙へ視線を戻した。


 まだ、


 一つ聞いていない。


「先生。」


「はい。」


「魔力が弱い人は分かった。」


「では。」


「魔力がない人は?」


 セバスの表情が、


 止まった。


「……魔力がない者、でございますか。」


「うん。」


「すっごく少ないとか?」


「……。」


「百人に一人?」


「いいえ。」


「千人?」


「そういう意味ではございません。」


「じゃあ、何人?」


 セバスは、


 少しだけ困ったように息を吐いた。


「私の知る限り。」


「魔力をまったく持たずに生まれた者は。」


「おりません。」


「……。」


 ココアの羽根ペンが、


 止まった。


「一人も?」


「少なくとも。」


「私が学んだ記録にはございません。」


「昔も?」


「聞いたことはございません。」


「他の国は?」


「少なくとも、近隣諸国では同様でございます。」


「……。」


 ココアは、


 紙へ書く。


『魔力が弱い人――いる』


 その下。


『魔力がない人――いない』


 じっと、


 二つの文章を見る。


「ココア様。」


「なに?」


「ご心配なさらずとも。」


「お嬢様は、まだ三歳でございます。」


「魔力を感じ始める時期には個人差がございます。」


「六歳の覚醒の儀を迎える頃には。」


「きっと、お嬢様の魔力も明らかになるでしょう。」


「うん。」


 ココアは、


 素直に頷いた。


「何属性かな。」


「楽しみでございますね。」


「水だったら、ヒルダと同じ。」


「左様でございますね。」


「火だったら、先生とお兄様。」


「ええ。」


「風も見てみたい。」


「いずれ機会がございましょう。」


「光も。」


「希少ではございますが、可能性はございます。」


 ココアは、


 嬉しそうに笑った。


 まだ。


 不安はなかった。


     ◇


 その夜。


 ココアは、


 一人で机へ向かっていた。


 今日の紙を、


 もう一度読む。


『強い魔力』


   ↓


『人を守る』


   ↓


『土地を任される』


   ↓


『貴族』


 その横。


『魔力――親と似ることがある』


『魔力の強さ――貴族の評価に関係』


『魔力がない人――いない』


「……。」


 ココアは、


 自分の胸へ手を当てた。


 目を閉じる。


 セバスに教わった通り。


 身体の内側へ、


 意識を向ける。


 温かさ。


 流れ。


 何か。


「……。」


 何もない。


 もう一度。


 集中する。


「……。」


 やっぱり。


 何も感じない。


 ココアは、


 目を開けた。


『魔力がない人――いない』


 その一文を見る。


「まだ、分からないだけ。」


 ココアは、


 その下へ書き足した。


『六歳――覚醒の儀』


 その文字を、


 大きな丸で囲む。


「あと三年。」


 何属性なのだろう。


 どんな魔法が使えるのだろう。


 考えているうちに、


 少しだけ楽しくなってきた。


 ココアは、


 紙を閉じた。

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