一割の正解
「……今だ」
自分の声が、やけに遠く聞こえた。
足は止まらない。
円の中心へ、一直線に走る。
その瞬間。
床が、光った。
――発動。
魔法陣が脈打つように輝き、空気が裂ける。
来る。
全滅ログの再現が。
「散れ!」
後ろで男が叫ぶ。
だが、俺は止まらない。
中心へ。
そこにしか、“正解”はない。
耳元で、無数の声が重なる。
「右だ」
「違う左だ」
「止まれ」
「進め」
全部、違う。
全部、正しい。
だからこそ、選べない。
だが。
ひとつだけ。
ひとつだけ、確定していることがある。
――“何も起きていない瞬間”がある。
俺は、それだけを信じる。
◇
影が、現れる。
同時に、三体。
さっきより多い。
速い。
歪んでいる。
「っ!」
視界の端で、女が交戦に入る。
男も動く。
だが、俺は見ない。
見たら、引きずられる。
死者の記憶に。
失敗の再現に。
コメント欄が爆発する。
『また来た!』
『数多くね!?』
『無理ゲーだろこれ』
足が震える。
心臓が、うるさい。
だが、止まらない。
止まれば終わりだ。
「二秒後、右」
声がする。
無視する。
「今、左から」
無視する。
「後ろ!」
無視する。
全部、切る。
全部、捨てる。
――正解以外、いらない。
「……ここだ」
呟く。
足を、ほんの少しずらす。
その瞬間。
影の攻撃が、かすめる。
紙一重。
当たらない。
『え?』
『今の避けた?』
『見えてるのか?』
コメント欄がざわつく。
だが、俺は理解していた。
今のは、“何も起きなかった場所”だ。
ログの隙間。
死者の記憶が、存在しない一点。
そこにいれば、攻撃は来ない。
――理屈はわからない。
だが、事実だ。
◇
「中心だ!」
俺が叫ぶ。
後ろの二人が反応する。
「は!?」
「無茶言うな!」
当然の反応。
だが。
「そこだけ、安全です!」
言い切る。
その一言で、空気が変わる。
コメント欄が加速する。
『信じるのか?』
『でも今当ててる』
『賭けだな』
女が歯を食いしばる。
「……行くわよ!」
決断。
速い。
男も舌打ちしながら動く。
三人が、中心へ向かう。
そのとき。
耳元で、声が笑った。
「遅い」
冷たい声。
さっきの“異質な声”。
背筋が凍る。
「そこ、もう埋まるぞ」
嫌な予感。
視界が、わずかに歪む。
中心の“空白”が、揺れる。
――ズレている。
「……っ!」
足を止める。
違う。
今じゃない。
「止まれ!」
叫ぶ。
だが、二人は止まらない。
もう、動き出している。
引けない。
その瞬間。
影が、集中する。
中心へ。
「やばい!」
女の声。
遅い。
完全に、重なった。
ログが。
パターンが。
“死に方”が。
◇
時間が、引き延ばされる。
男が斬られる未来。
女が潰される未来。
全部、見える。
全部、知っている。
なのに。
――止められない。
「くそ……!」
歯を食いしばる。
そのとき。
新しい声が、囁いた。
「一歩前だ」
低い声。
さっき死んだ男の声。
「俺、その位置で助かったことある」
瞬間、思考が止まる。
助かった?
でも――。
お前は、死んでいる。
矛盾。
嘘か。
それとも。
――別のログか。
「信じろ」
その一言。
なぜか、妙に重かった。
俺は、足を動かした。
一歩だけ、前へ。
その瞬間。
影の軌道が、ズレる。
ほんの、わずかに。
だが、確実に。
当たらない。
「……っ!」
生きている。
その一点だけ、空白が残っている。
“何も起きていない場所”。
俺はそこに立っている。
『うおおおお』
『回避した!?』
『マジで何者だよ』
コメント欄が爆発する。
だが、問題は――。
俺だけだ。
「こっちだ!」
叫ぶ。
だが、二人はまだ外側。
ログの中にいる。
攻撃が、重なる。
「くっ……!」
男が防ぐ。
だが、持たない。
女も、押されている。
このままじゃ――。
また、死ぬ。
◇
「……来い!」
手を伸ばす。
中心から、外へ。
危険な行動。
だが、それしかない。
「そこ、踏め!」
位置を指示する。
だが、言葉が足りない。
説明する時間がない。
「なんでわかる!」
男が叫ぶ。
その問いに。
俺は、叫び返した。
「死んだからだ!!」
沈黙。
一瞬の静寂。
コメント欄が止まる。
『え』
『今なんて』
『やばい発言』
だが、その一言で。
男の動きが変わった。
迷いが消える。
踏み込む。
俺の指示した位置へ。
その瞬間。
攻撃が、外れる。
ギリギリで。
「……っ!」
女も続く。
二人が、中心へ滑り込む。
そして。
――静寂。
影が、消える。
魔法陣が、光を失う。
終わった。
◇
「……はぁ……」
誰かの息。
俺か、他の二人か。
わからない。
ただ、全員が立っている。
生きている。
コメント欄が、爆発する。
『クリア!?』
『生きてる!?』
『やばすぎる』
数字が跳ね上がる。
過去最高。
完全にバズっている。
だが。
俺は、笑えなかった。
耳元で、声が囁く。
「なぁ」
さっきの男。
「今のさ」
軽い調子。
だが、どこか歪んでいる。
「俺の“別の死に方”だよな」
背筋が凍る。
別の死に方。
つまり。
――ログは、一つじゃない。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
通路の奥。
暗闇が、さらに深くなっている。
コメント欄が流れる。
『続行か?』
『戻れよ』
『でも気になる』
俺は、カメラを見た。
そして、笑った。
「……まだ行けます」
その言葉に、歓声と悲鳴が混ざる。
だが。
耳元で、あの“異質な声”が囁いた。
「次は、お前だ」
冷たい声。
感情がない。
「その位置、もう使えないぞ」
心臓が、強く鳴る。
さっきまでの“安全地帯”。
それが、消える。
つまり――。
次は、運じゃない。
確実に、死ぬ。
俺は、一歩踏み出した。
――“正解が存在しない場所”へ。




