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全滅ログの入口

 「……ここが、“入口”だ」


 俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。


 通路の先に広がる空間は、これまでと明らかに違う。


 空気が重い。


 湿っているわけでも、冷たいわけでもない。


 ただ、“濃い”。


 見えない何かが、満ちている。


「……嫌な感じだな」


 先頭の男が低く呟く。


 女も、無言で周囲を警戒している。


 さっきの戦闘から、空気が変わった。


 仲間を失った現実。


 そして、俺の“能力”。


 信頼はない。


 だが、利用はする。


 そんな距離感。


 コメント欄が流れる。


『雰囲気やば』

『絶対ボス』

『ここで全滅って言ってたよな』


 ――そうだ。


 ここが、その場所だ。


 耳元で、声が囁く。


「なぁ、覚えてるか?」


 さっき死んだ男の声。


「ここで、俺ら……全員」


 言葉が途切れる。


 その先は、言わなくてもわかる。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


「……行きます」


 短く言う。


 その一言で、コメント欄が再び燃え上がる。


『いくのかよ!?』

『やめろって』

『でも見たい』


 矛盾した感情が、画面越しに渦巻く。


 俺は一歩、踏み出した。


 ◇


 空間の中央に、何かがあった。


 ――円。


 床に刻まれた巨大な円形紋様。


 複雑な線が絡み合い、中心に向かって収束している。


「……魔法陣か」


 女が呟く。


 だが、違う。


 これは――もっと原始的な。


 “仕組み”だ。


「入るな」


 耳元の声が言う。


「踏んだ瞬間、終わる」


 俺は足を止めた。


「どうした」


 男が振り返る。


 俺は、円を指差した。


「……これ、トリガーです」


 短く言う。


 男が目を細める。


「確証は」


「ないです」


 正直に答える。


「でも、踏んだら何か起きる」


 それは、確信に近い直感。


 いや――。


 “記憶”だ。


 コメント欄がざわつく。


『またそれか』

『信用していいのか?』

『でも当ててるしな』


 男は少し考え、頷いた。


「回り込む」


 判断が早い。


 三人で、円を避けて進む。


 俺もそれに続く。


 そのとき。


 耳元で、別の声が囁いた。


「違う」


 低い声。


「踏め」


 背筋が凍る。


 今までの声とは違う。


 冷たい。


 感情がない。


「踏まないと、出ない」


 その言葉に、足が止まる。


「……おい」


 女が振り返る。


「何してる」


 俺は、円を見た。


 踏めば、何かが起きる。


 踏まなければ、進めない。


 どちらにしても、先には進めない。


 コメント欄が加速する。


『どうする』

『踏め』

『やめろ』


 俺は、ゆっくりと足を上げた。


「……一回だけです」


 そう言って。


 円の縁に、足を落とした。


 ――瞬間。


 世界が、歪んだ。


 ◇


 音が消える。


 光が消える。


 色が消える。


 残るのは――。


 “声”だけ。


「遅い」

「違う」

「そっちじゃない」

「死ぬぞ」


 無数の声が、同時に響く。


 頭が割れそうになる。


「っ……!」


 膝をつく。


 視界が、白と黒に分裂する。


 コメント欄が流れる。


『え?』

『映像バグってる?』

『音おかしくね?』


 だが、俺には違うものが見えていた。


 ――“再生”。


 同じ空間。


 同じ位置。


 だが、違う時間。


 男たちが、円に踏み込む。


 魔法陣が光る。


 敵が現れる。


 数が多い。


 動きが速い。


 そして――。


 次々と、倒れていく。


「……これが」


 呟く。


 “全滅ログ”。


 記録。


 残留した、最後の連続。


 耳元で、声が笑う。


「見てろよ」


 軽い調子。


 だが、その奥にあるのは絶望だ。


「お前も、こうなる」


 映像が、加速する。


 斬られる。


 潰される。


 叫び声。


 血。


 静寂。


 終わり。


 ――全滅。


「……っ!」


 視界が戻る。


 膝をついたまま、荒い呼吸を繰り返す。


「おい、大丈夫か!?」


 男の声。


 現実。


 戻ってきた。


 コメント欄が爆発している。


『何があった!?』

『急に止まったぞ』

『顔やばい』


 俺は、ゆっくりと顔を上げた。


 見た。


 全部。


 結末まで。


 そして――理解した。


「……詰んでますね」


 小さく呟く。


 その一言で、空気が凍る。


「何がだ」


 男の声が低くなる。


 俺は、円を指差した。


「踏んだ瞬間、敵が出ます」


「それはわかる」


「問題は、その後です」


 息を整える。


 そして、言う。


「数が多すぎる」


 コメント欄が流れる。


『何体?』

『いけるだろ』

『さっき勝ってたじゃん』


 俺は、首を横に振った。


「無理です」


 断言する。


「パターンが、重なってる」


 複数の“死に方”。


 複数の“攻略失敗”。


 それが、同時に来る。


 処理できない。


「じゃあどうする」


 女が問う。


 俺は、少しだけ笑った。


「一個だけ、抜け道があります」


 その瞬間。


 コメント欄が爆発する。


『きた』

『裏ルート』

『それ待ってた』


 男の目が細くなる。


「本当か」


「……多分」


 正直に言う。


 完全じゃない。


 だが、見えた。


 ほんの一瞬。


「円の中心」


 指差す。


「そこに、“何もしてない瞬間”がある」


 意味不明な言葉。


 だが、俺にはわかる。


 “ズレ”。


 ログの隙間。


 そこに入れば――。


 助かる。


「成功率は」


 男が聞く。


 俺は、少し考えて。


「……一割くらいです」


 正直に言った。


 沈黙。


 コメント欄が荒れる。


『低すぎwww』

『無理ゲー』

『でも他にない』


 男は、ゆっくりと息を吐いた。


「……やるしかねぇな」


 決断。


 早い。


 女も頷く。


 俺は、円を見た。


 そして。


 足を、一歩踏み出す。


 耳元で、無数の声が重なる。


「死ぬぞ」

「やめろ」

「行け」


 全部、知っている。


 その上で。


 俺は、円の中心へ向かって走り出した。


 ――その“一割”に、自分の命を賭けて。

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