その死を配信するな
「……聞こえる」
俺の口から漏れた言葉は、自分でも驚くほど冷静だった。
さっきまで“生きていた男”の声が、すぐ隣で喋っている。
「だから言ったろ。ここで終わりだって」
軽い調子。生前と変わらない口ぶり。
違うのは、もう呼吸していないことだけだ。
床に転がる体は動かない。
だが、声だけが残っている。
――増えた。
確実に。
耳の奥で、ざわりとしたノイズが広がる。
「……うるせぇな」
思わず呟く。
コメント欄が即座に反応する。
『また独り言?』
『さっきから怖いんだが』
『誰と話してるの』
俺は一度だけ目を閉じた。
整理する。
新しい声。
新しい“ログ”。
つまり。
――情報が増えた。
その事実に、ぞっとするのと同時に。
胸の奥が、わずかに高鳴る。
◇
「……おい」
低い声。
顔を上げる。
先頭の男が、こちらを睨んでいる。
「今、何言った」
空気が重い。
当然だ。
仲間が、目の前で死んだ。
しかも――。
「聞こえるって言ったな」
逃げ場のない問い。
コメント欄が一気に静まる。
『きた』
『核心』
『どうする』
俺は、少しだけ息を吐いた。
隠せない。
もう、ここまで来てしまった。
「……聞こえますよ」
静かに言う。
その瞬間。
空気が、凍った。
「は?」
女が眉をひそめる。
男は、一歩近づく。
「何がだ」
視線が、刺さる。
俺は、床に転がる死体を見た。
「……“最後”です」
その一言で、全てが変わる。
コメント欄が爆発する。
『は????』
『やばいこと言った』
『死者の声ってこと?』
『設定じゃなかったのかよ』
男の顔が歪む。
「……ふざけんな」
低い声。
怒りが混じっている。
「それで、今のがわかったってのか」
正しい。
そして、間違っている。
俺は首を横に振った。
「全部じゃないです」
嘘ではない。
「混ざるんで」
その言葉に、二人の表情が変わる。
「混ざる?」
「はい」
俺はこめかみを押さえた。
「複数の“最後”が重なって……正しい情報が、わからなくなる」
それが、今の状況だ。
さっきのミス。
あれが証拠。
コメント欄がざわつく。
『デメリットきた』
『やっぱリスクあるのか』
『でも強すぎるだろ』
男が、ゆっくりと口を開く。
「……じゃあ」
短い間。
「こいつの“最後”も、聞いたのか」
視線が、死体に向く。
さっきまで仲間だった男。
もう、ただの肉塊。
だが。
「聞こえてますよ」
俺は、はっきりと言った。
コメント欄が止まる。
そして。
『やめろ』
『それはダメだろ』
『ライン越えた』
空気が、変わる。
さっきまでの“面白い配信”の空気が、消える。
代わりに漂うのは。
――嫌悪。
◇
「……言え」
男の声が低くなる。
「こいつ、何て言ってる」
試すような目。
そして、どこかで――期待している。
救いの言葉を。
だが。
耳元の声は、そんなものじゃなかった。
「なぁ」
軽い調子。
「俺、どう見えてる?」
笑っている。
死んだくせに。
俺は、目を逸らした。
「……言えないですね」
そう答える。
その瞬間。
男の拳が、壁に叩きつけられた。
「ふざけんな!!」
怒鳴り声。
通路に響く。
コメント欄が荒れる。
『そりゃそうなる』
『これは無理』
『倫理的にアウト』
女が、静かに言った。
「……あなた、それを“使ってる”の?」
問いは、鋭い。
逃げ場がない。
俺は、少しだけ考えた。
そして。
「使ってます」
肯定した。
その一言で、完全に線を越えた。
コメント欄が爆発する。
『最低だろ』
『いやでも有用』
『倫理崩壊してる』
アンチと信者が、激しくぶつかる。
だが、どちらも同じことを理解している。
――これは、普通じゃない。
男が、ゆっくりと息を吐く。
「……そうかよ」
短い言葉。
だが、その奥にあるのは。
決断だ。
次の瞬間。
ナイフが、こちらに向けられた。
「これ以上、使うな」
空気が張り詰める。
コメント欄が凍る。
『え』
『まさか』
『対立きた』
俺は、動かなかった。
「使わないと、死にますよ」
事実を言う。
この先。
この場所。
“普通”じゃ突破できない。
男は、歯を食いしばる。
「それでもだ」
低い声。
「こいつを……あいつを、“道具”にすんな」
言葉が、重い。
正論だ。
完全に。
だが。
俺は、笑った。
「もう、遅いですよ」
静かに言う。
「さっき使ったじゃないですか」
その一言で、男の動きが止まる。
図星。
さっきの戦闘。
俺の指示に従っていた。
つまり。
“死者の情報”に、頼っていた。
コメント欄がざわつく。
『それはそう』
『もう戻れない』
『倫理的グレーゾーン』
沈黙。
長い沈黙。
やがて、男はナイフを下ろした。
「……くそ」
吐き捨てるように言う。
理解している。
もう、引き返せないことを。
◇
そのとき。
耳元で、新しい声が囁いた。
「なぁ」
さっき死んだ男。
「この先、マジでヤバいぞ」
軽い調子。
だが、その奥にあるのは恐怖だ。
「俺ら、全滅する」
背筋が凍る。
全滅。
また、その言葉。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
通路の奥。
暗闇が、口を開けている。
コメント欄が流れる。
『続行か?』
『戻れよ』
『でも気になる』
俺は、カメラを見た。
そして。
笑った。
「……行きます」
その一言で、配信が再び燃え上がる。
『きたあああ』
『やめろって』
『でも見たい』
アンチと信者が、再びぶつかる。
だが、その中心にいるのは――俺だ。
耳元で、無数の声が重なる。
「やめろ」
「進め」
「死ぬぞ」
「行け」
全部、聞こえる。
全部、知っている。
その上で。
俺は、一歩踏み出した。
――その先に、“全滅ログ”が待っていると知りながら。




