誰が裏切った?
――その声は、明らかに“おかしかった”。
ダンジョン最深部へ続くはずの回廊。壁は脈打つように微かに揺れ、床には乾いた血痕が筋のように伸びている。ここまでは、これまでと同じだ。
だが。
「……ここ、違う」
俺は足を止めた。
視界の端で、配信のコメントが流れていく。
コメント:
「え、また止まった」
「どうした?」
「いつもの“先読み”こいよ」
違和感の正体は、すぐに分かった。
“静かすぎる”。
この深層は、本来もっと音がある。呻き声。引きずる足音。死者の残響。
だが今は――何もない。
「……残留思念、使う」
俺は小さく呟いた。
手を壁に当てる。
冷たい。いや、違う。これは――“抜け殻”の温度だ。
スキルが発動する。
視界が歪む。
ノイズ混じりの声が、頭の奥に直接流れ込んできた。
『やめろ……そこは……』
男の声だ。息が荒い。恐怖に染まっている。
『戻れ……ルートが……変わってる……』
「……変わってる?」
俺は眉をひそめた。
コメント欄が一気に加速する。
コメント:
「は?ルート変わるとかある?」
「初見ダンジョンじゃないよなこれ」
「こいつまたなんか知ってるな」
『信じるな……“あいつ”が……』
そこで、声は途切れた。
ノイズが弾ける。
同時に、頭に鋭い痛みが走った。
「……っ!」
思わず膝をつく。
視界がぐらつく。何かが混ざる。さっきの男の記憶の断片が、自分の思考に食い込んでくる。
――背中を押された感覚。
――誰かの笑い声。
――そして、“裏切り”。
「くそ……」
息を整える。
使いすぎている。分かってる。だが、ここで止まるわけにはいかない。
「……進む」
俺は立ち上がった。
コメント:
「いや待てって」
「今の絶対ヤバいやつだろ」
「フラグ立ちすぎww」
足を踏み出す。
一歩。
二歩。
三歩。
――その瞬間。
カチ、と乾いた音がした。
「……は?」
次の瞬間、床が沈んだ。
視界の端で、無数の穴が開く。
「罠――!?」
だが、遅い。
矢が飛び出す。
四方八方から。
「チッ……!」
俺は無理やり体を捻る。
一本、肩をかすめた。
痛みが走る。
だが致命傷じゃない。
「……なんでだよ」
息が荒くなる。
「このルートに罠なんてなかったはずだろ……!」
コメント欄が爆発する。
コメント:
「外した!?」
「初めてじゃね?」
「今まで全部当ててたのに」
違う。
外したんじゃない。
“変えられてる”。
俺は歯を食いしばる。
「さっきの声……“信じるな”って言ってたな」
誰を?
何を?
その時だった。
奥の闇から、足音が響いた。
コツ、コツ、と規則正しい音。
人だ。
いや――探索者。
現れたのは、一人の男だった。
黒い装備。無駄のない動き。
そして、見覚えがある顔。
「……お前」
俺は目を細めた。
「配信者、“レイス”」
男は笑った。
「やっと来たか」
コメント欄が一瞬で凍る。
コメント:
「え?」
「なんでここにいる?」
「コラボじゃないよな?」
レイスは肩をすくめた。
「お前さ、便利すぎるんだよ」
「……何が言いたい」
「決まってるだろ」
男はゆっくりと近づいてくる。
「“全部見えてる”みたいな顔してさ」
心臓が一拍、遅れる。
こいつ。
知ってる。
俺のスキルを。
「……いつからだ」
俺は低く問う。
レイスは笑う。
「最初からじゃねえよ」
一歩。
距離が縮まる。
「でもな、途中で気づいた」
ニヤリ、と口角が上がる。
「お前、“死んだやつの情報”使ってるだろ?」
コメント欄が爆発する。
コメント:
「は????」
「マジで言ってる?」
「ネタだろこれ」
俺は黙る。
否定しても意味がない。
レイスは続ける。
「で、試した」
「……何を」
「“嘘の死体”を置いた」
その言葉で、全てが繋がった。
「……さっきの声」
「ああ」
レイスは楽しそうに笑う。
「全部、仕込みだ」
背筋が冷たくなる。
「お前のスキル、思ったより雑だな」
「……」
「“本物と偽物の区別がつかない”」
コメント:
「うわ」
「終わったじゃんこれ」
「致命的すぎる」
違う。
区別は――できる。
だが。
“混ぜられた”。
わざと。
意図的に。
「なんのためにこんなことをした」
俺は睨む。
レイスは肩をすくめる。
「決まってるだろ」
その目が、冷たく光る。
「“お前を落とすため”だよ」
空気が張り詰める。
「配信、見てるぜ?」
「……」
「人気者だよな。神だなんだって」
レイスは鼻で笑う。
「でもさ」
一歩、さらに近づく。
「“死者を利用してる”ってバレたらどうなると思う?」
コメント欄が荒れ狂う。
コメント:
「やめろ」
「それ言うな」
「BANされるぞ」
俺は歯を食いしばる。
「……証拠は?」
レイスはニヤリと笑った。
そして、ポケットから小さなデバイスを取り出す。
「あるに決まってんだろ」
再生ボタンを押す。
そこから流れたのは――
『助けて……』
女の声。
俺が、さっき聞いた声と同じだ。
『信じるな……あいつが……』
そして。
『――全部、嘘だから』
レイスが笑う。
「これ、編集じゃないぞ」
心臓が、強く打つ。
「リアルタイムで“お前が聞いた声”だ」
コメント:
「終わった」
「完全にアウト」
「炎上確定」
視界が揺れる。
違う。
これは罠だ。
分かってる。
でも――
頭の中で、さっきの声が反響する。
『信じるな』
誰を?
何を?
レイスか?
それとも――“死者”か?
「……選べよ」
レイスが囁く。
「信じるのはどっちだ?」
ダンジョンが、脈打つ。
まるで、嘲笑うように。
その瞬間。
頭の奥で、別の声が響いた。
――初めて聞く声。
冷たい。
そして、確信に満ちている。
『どっちも、嘘だ』
ゾクリ、と背筋が凍る。
「……は?」
『お前、もう分かってるだろ』
その声は、俺の思考と重なる。
『“このダンジョン自体が嘘をついてる”って』
息が止まる。
視界の奥で、何かが歪む。
壁が。
床が。
現実が。
コメント欄が止まる。
誰も書き込まない。
沈黙。
そして。
レイスが、初めて表情を崩した。
「……なんだ、それ」
俺はゆっくりと顔を上げる。
「お前こそ、何を仕込んだ?」
レイスが一歩下がる。
「ふざけんな……そんな情報は――」
その時だった。
背後で、音がした。
ぐちゃり、と。
振り返る。
そこにあったのは――
さっきまでなかったはずの“死体”。
そして。
その顔は。
「……俺?」
コメント欄が、完全に沈黙した。
次の瞬間。
配信が、強制終了した。




