その声に名前を与えた瞬間
「……条件は?」
自分で言っておいて、少し笑えた。
俺は今、“交渉”している。
——相手は、死んだはずの誰かだ。
頭の奥で、その声は満足そうに息を吐いた。
「いいね、その顔。やっと“分かってきた”って感じだ」
軽い。
やけに人間臭い。
でも、確実に“生きている誰かの声”ではない。
「条件は一つ」
声が言う。
「この戦闘、俺に任せろ」
◆
①導入
目の前の魔物が、低く唸る。
四足。筋肉質。皮膚は岩のように硬い。
見たことがない。
つまり——
“誰も攻略できていない”。
コメント欄:
「新種か?」
「やばそう」
「逃げろって」
「いやこいつならいけるだろ」
「……任せる、だと?」
俺は小さく呟く。
頭の中の声は笑った。
「お前、今“見えてない”だろ」
図星だった。
これまでのような“明確な攻略ルート”が浮かばない。
死者の声がバラバラに干渉しているせいで、情報がノイズになっている。
「安心しろ」
声が続ける。
「俺は——“ちゃんと戦った奴”だ」
その言葉。
妙に、説得力があった。
◆
②探索(戦闘)
「……分かった」
俺は、静かに目を閉じる。
「任せる」
その瞬間。
——視界が“ズレた”。
体の主導権が、わずかに滑る。
完全に奪われたわけじゃない。
でも、“操縦されている感覚”がある。
「いいねぇ」
声が、嬉しそうに呟く。
俺の体が、勝手に動いた。
一歩。
踏み込む。
魔物が腕を振り上げる。
だが。
「遅い」
スッ——
最小限の動きで回避。
コメント欄:
「え?」
「今の何?」
「動き変わってない?」
「別人じゃね?」
「右後ろ、関節」
声が指示する。
俺の体が、それに従う。
斬撃。
ガギィッ!!
硬い。
だが。
「もう一回」
二撃目。
ミシッ——
“割れた”。
コメント:
「うおおおおおおお」
「弱点そこ!?」
「初見でそれはおかしい」
「やっぱこいつやべぇ」
魔物が咆哮する。
だが、もう遅い。
「次、首の裏」
俺は跳ぶ。
“俺じゃない動き”で。
ザンッ——
一閃。
魔物が、崩れ落ちた。
◆
③配信パート
静寂。
そして、爆発。
コメント欄:
「は??????」
「強すぎだろ」
「いやおかしい」
「なんで分かるんだよ」
「さっきと動き違いすぎ」
「中の人変わった?」
「二重人格説」
「……終わりだ」
俺は短く言う。
でも。
違う。
“終わってない”。
頭の中で、声が笑っていた。
「どうだ?」
「……強いな」
「だろ?」
軽い返答。
まるで、昔からの知り合いみたいに。
コメント:
「今誰と喋ってる?」
「怖い怖い怖い」
「ガチでやばいって」
「精神逝ってる」
「説明しろ」
「さっきの何」
「それ人の声じゃね?」
俺はカメラを見る。
「——今のは」
一瞬、迷う。
だが。
「“借りた”」
コメント:
「は?」
「何を?」
「意味わからん」
「死んだ奴の“戦い方”を」
一瞬の沈黙。
そして。
「アウト」
「完全にアウト」
「倫理観どこいった」
「通報案件」
「でも強い」
「見ちゃう」
炎上と熱狂が、同時に膨れ上がる。
◆
④トラブル・発見
「なあ」
頭の中の声が、ふと低くなった。
「名前、つけろよ」
「……は?」
「その方が扱いやすいだろ」
俺は眉をひそめる。
“名前をつける”。
それはつまり——
“個として認識する”ということだ。
「……必要ない」
俺は即答した。
「お前はただの情報だ」
沈黙。
そして。
「……ああ、そうか」
声が、少しだけ冷えた。
「お前、まだ“そのつもり”なんだな」
その瞬間。
ズキッ——
頭に痛みが走る。
「っ……!」
視界が揺れる。
コメント:
「大丈夫か!?」
「顔色やばい」
「休めって」
「いやこれ配信やめた方がいい」
「……なあ」
声が、囁く。
「俺、“嘘ついたらどうする?”」
◆
⑤ラストの引き
俺の呼吸が止まる。
「……嘘?」
「そう」
声が、楽しそうに笑う。
「さっきの戦いもさ」
「全部、本当だと思ったか?」
背筋が凍る。
「お前は“信じた”」
「だから勝てた」
「でも——」
「次も、そうとは限らない」
コメント欄:
「は??」
「何言ってる?」
「やめろってそれ」
「信用できねえじゃん」
俺は、ゆっくりと理解する。
——こいつは。
“使える存在”じゃない。
“選ばせる存在”だ。
「……それでも」
俺は、口を開く。
「使う」
その瞬間。
頭の中で、“複数の声”が笑った。
——まるで。
“契約が成立した”かのように。
「いいね」
最初の声が、低く囁く。
「じゃあ次は——もっと面白いこと教えてやるよ」
視界の奥。
ダンジョンの壁が、ゆっくりと“歪んだ”。
——そこには、本来存在しない“扉”があった。




