それでも“利用する側”に戻るのか
「——お前、まだ続ける気か?」
耳の奥で、低く濁った声が響いた。
誰のものかは、もう分からない。
だが一つだけ確かなのは——これは“さっき拾った声じゃない”ということだった。
俺は立ち止まる。
ダンジョン第七層。湿った空気。ぬめりのある壁。照明代わりの魔石が、呼吸するように明滅している。
「……今の、誰だ」
返事はない。
だが、胸の奥がざわつく。
これまで何度も【残留思念】を使ってきた。
死んだ探索者の“最後の断片”を拾い、攻略に利用してきた。
——でも。
“使っていないのに、声がする”のは初めてだ。
「……気のせい、か」
そう呟いた瞬間。
「気のせいで済ませるの、楽だよな」
——また、声。
今度は、はっきりと。
俺は反射的に後ろを振り向いた。
当然、誰もいない。
「……はは」
乾いた笑いが漏れる。
ついに来たか。
“侵食”。
使いすぎれば壊れる。
そう分かっていたはずだ。
なのに。
「——配信、続けるぞ」
俺はカメラを起動した。
◆
①導入
配信が始まる。
「お、来た来た」
「今日もやるのかよw」
「炎上配信者きたww」
「でも見る」
視聴者数はすでに五万を超えている。
炎上しているのに、むしろ増えている。
いや、炎上しているからこそ増えている。
「どうも。今日も潜る」
俺は短く言う。
コメントが一気に流れる。
「説明しろよ前回のやつ」
「なんで分かるんだって聞いてんだよ」
「遺族の気持ち考えたことある?」
「いや普通に有能なんだが」
「アンチきっしょw」
——いつも通りだ。
だが今日は、少し違う。
“頭の中が、静かじゃない”。
◆
②探索
通路を進む。
足元の罠。
壁の小さな穴。
空気の流れ。
——全部、見える。
いや、違う。
“思い出せる”。
「右、踏むな」
俺は言う。
コメント:
「また来たww」
「なんで分かるんだよ」
「予知?」
「チート確定」
俺は無視して、足をずらす。
その瞬間。
カチッ。
俺が避けた位置に、細い針が突き出した。
コメント:
「うわああああああ」
「ガチやん」
「今の初見で無理だろ」
「マジでなんなんこいつ」
「……次は、左壁」
俺はぼそりと呟く。
——でも。
違和感があった。
“誰の記憶だ?”
いつもなら、声が先に来る。
「そこ、触るな」とか
「この先、崩れる」とか
明確な“死者の声”。
でも今回は違う。
ただ、“分かる”。
「……気持ち悪いな」
思わず口に出た。
その瞬間。
「お前が言うなよ」
——また、声。
◆
③配信パート
コメント欄がざわつく。
「今なんて言った?」
「気持ち悪いって自分で言った?w」
「精神やばくね?」
「ほら見ろ壊れてきてる」
「でも普通に進んでるの草」
俺は深く息を吐く。
「……質問には答えない」
コメント:
「逃げたw」
「説明しろよ」
「通報した」
「いや普通に神プレイ」
「アンチ効いてて草」
「ただ一つ言う」
俺はカメラに視線を向けた。
「——“死んだ奴らの情報”を使ってる」
一瞬。
コメント欄が止まる。
そして。
「は?」
「え、何それ」
「冗談だよな?」
「やば」
「アウトだろそれ」
「倫理観終わってる」
一気に爆発した。
「利用してる。そう言われても否定はしない」
俺は続ける。
「でもな」
一歩進む。
「死んだ奴らは、もう使われる側ですらない」
コメント:
「うわ出た」
「最低すぎる」
「でも正論ではある」
「いやねーよ」
「こいつ終わってる」
「だったら——」
俺は笑った。
「“価値”に変えた方がマシだろ」
◆
④トラブル・発見
その瞬間。
——ズズンッ。
地面が揺れた。
「……来るぞ」
俺は反射的に構える。
だが。
——分からない。
“次の動きが”。
今までなら見えていた。
死者の記憶で。
でも。
「……ない?」
初めてだった。
“何も聞こえない”。
その代わり。
頭の中に。
「逃げろ」
「戦え」
「殺せ」
「利用しろ」
複数の声が、一斉に響いた。
「……うるさい……!」
俺は頭を押さえる。
コメント:
「え、どうした?」
「演技?」
「いやガチっぽい」
「音聞こえてないのに反応してる」
魔物が現れる。
大型。
未知種。
だが俺は——動けない。
「右だ!」
「左だ!」
「違う!」
「そいつは嘘つきだ!」
声がぶつかり合う。
「……誰を、信じればいい」
その一瞬の迷い。
——ズンッ!
魔物の一撃が、すぐ横をかすめた。
「っ……!」
ギリギリで回避する。
でも、分かった。
——“もう一枚岩じゃない”。
今までは、死者の声は“情報”だった。
でも今は違う。
“意思”になっている。
◆
⑤ラストの引き
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
魔物がこちらを見下ろしている。
そして。
頭の中で、一つの声が静かに言った。
「——そいつ、倒し方知らないだろ?」
俺は息を止める。
「教えてやるよ」
その声は、笑っていた。
「代わりに——“俺を使え”」
コメント欄:
「なんで止まってる?」
「早く動け!!」
「死ぬぞ!!」
「いやこれやばいって」
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「……条件は?」
その瞬間。
頭の中の“何か”が——歓喜した。
——次の瞬間、俺は“選んでしまった”。
“利用する側”に、もう一度。




