それは“未来の死者”の声だった
「……今の、見えたか?」
俺の問いに、返ってきたのは軽いノイズだけだった。
コメント:
「なにが?」
「また意味深なこと言ってる」
「怖いってマジで」
「視聴者置いてくなw」
当たり前だ。
あれは映っていない。
“俺にだけ見えた”。
暗闇の奥で、確かに誰かがいた。輪郭は曖昧なのに、視線だけが異様に鮮明だった。あれは残留思念じゃない。もっと“現在進行形”の何か。
俺は息を整える。
冷静に考えろ。
残留思念は死者の最後の記録だ。だがさっきのは違う。“まだ死んでいない存在の未来の断片”みたいなものだった。
そんなもの、あり得るのか?
――あり得るだろ。
頭の奥で声がした。
今度は、はっきりと“自分の声”に似ている。
――お前はもう普通じゃない。
舌打ちしそうになるのをこらえた。
「……進むぞ」
俺は前に出る。さっきの透明刃トラップを避けながら、通路の奥へ。
その瞬間、また来た。
――右に逸れろ。罠。
――違う、左だ。右は安全。
矛盾。
しかも今度は三つ目の声が混ざる。
――止まれ。どっちも死ぬ。
脳が軋む。
情報が多すぎる。
俺は一瞬で判断する。
「……真ん中、だな」
両方の指示を無視して、壁際でも中央でもない“微妙なライン”を踏み抜く。
何も起きない。
コメント:
「え、なんで?」
「今の完全に運じゃね?」
「いや計算してるだろ」
「こいつ思考読めないの怖い」
俺は小さく笑う。
「簡単だよ。どっちも“死んでる視点”なら、外すこともある」
コメント:
「は?」
「意味わからん」
「死んでる視点ってなに」
「説明しろ」
説明なんてしない。
できるわけがない。
俺は“正解を引いた”んじゃない。
“嘘を排除しただけ”だ。
だが、その考えに別の声が食い込む。
――違う。
――お前が選ばせられてる。
足が止まる。
その言葉だけが、妙に重かった。
選ばせられている?
誰に?
ダンジョンに?
死者に?
それとも――
「……くだらねえ」
俺は吐き捨てる。
思考を切る。
ここで考えすぎると飲まれる。
配信を意識する。
「ほら、順調だろ。今日もノーダメ攻略だ」
コメント:
「それが怖い」
「普通こんな進み方しない」
「プロでも事故る層だぞここ」
「なんで生きてんの?」
“なんで生きてるのか”。
いい質問だ。
俺は一瞬だけ、答えを考える。
そして、口を開いた。
「死んでないやつの声も、使えるようになったからな」
沈黙。
コメント欄が一瞬で止まる。
コメント:
「は?」
「今なんて言った?」
「冗談だよな?」
「それアウトだろ」
「完全に倫理ライン超えたぞ」
炎上の火が、一気に広がる。
だが俺は止まらない。
むしろ、踏み込む。
「死ぬ前の“予測”とか、“恐怖”とか。そういうのも情報になる。むしろこっちの方が精度高い」
コメント:
「やばいってこいつ」
「人間じゃねえ」
「通報した」
「マジで規制されろ」
「でもそれ強すぎるだろ」
信者とアンチがぶつかる。
画面が荒れる。
だが数字は跳ね上がる。
同接、更新。
過去最高。
俺は笑う。
「ほらな。需要あるだろ?」
その瞬間だった。
――助けて。
声。
今までで一番はっきりした。
悲鳴に近い。
俺は反射的に振り向く。
通路の奥。
誰もいないはずの場所に、“人影”が立っている。
今度ははっきり見えた。
探索者だ。
装備も現実的。
血もついている。
そして――
まだ“死んでいない”。
そいつは俺を見ていた。
直接。
そして口を開く。
「お前、見えてるだろ」
音が出た。
配信にも乗った。
コメント:
「え?」
「今の誰?」
「NPC?」
「いやプレイヤーだろ」
「なんでいる?」
俺の背中に冷たい汗が流れる。
これは残留思念じゃない。
リアルタイムだ。
「……お前、誰だ」
問いかける。
そいつは笑った。
ひび割れた笑顔。
「未来のお前だよ」
心臓が跳ねる。
コメント:
「は?????」
「意味わからん」
「演出だろこれ」
「仕込み?」
「いや怖すぎる」
そいつはゆっくり歩いてくる。
一歩ごとに、体が崩れていく。
皮膚が裂け、骨が見える。
なのに、まだ動いている。
「やめとけ……それ以上使うな」
声が震えている。
だが、はっきりとした意思がある。
「残留思念は……“取り込むスキル”だ」
俺の思考が止まる。
「借りてるんじゃない……喰ってるんだよ、お前」
コメント:
「え?」
「喰ってる?」
「どういうこと?」
「やばい展開来た」
俺は一歩後ろに下がる。
「……嘘だ」
否定する。
即座に。
だが、内側がざわつく。
今まで感じていた違和感。
記憶の混濁。
人格の揺れ。
全部、繋がる。
そいつは俺を指差した。
「そのうち分かる。声が消える時……お前も消える」
次の瞬間。
そいつの体が弾けた。
霧みたいに消える。
何も残らない。
静寂。
コメント:
「今の何?」
「演出じゃないよな?」
「鳥肌立った」
「説明しろ」
「おい」
俺は何も答えない。
答えられない。
ただ一つ、確信した。
このスキルは、
“情報収集”じゃない。
“侵食と同化”だ。
そして。
最後に残るのは――
俺じゃない。
配信は続いている。
コメントは荒れている。
だが俺の視界の端で、
さっき消えた“未来の俺”が、
まだ立っていた。
笑っている。
そして、口だけが動く。
――もう遅い。
次の瞬間、俺の口が勝手に開いた。
「なあ、お前ら」
声が、少しだけ違う。
「もっと深いとこ、見たくないか?」
コメント:
「は?」
「声違くね?」
「今誰が喋った?」
「やばいって」
「続けろ」
俺は、笑っていた。
それが“自分の意思”かどうかも分からないまま。




